第6話 ヒーローの条件

ウスバは気合いの乗った表情をしている。

「勇刀は、こういう経路で名刀と呼ばれた。私は私のやり方で、魔法刀を名刀にして見せる。そうでないとつまらないもの」

「このパターンは、もう通用しないかもね」

「そうだな。俺は悪役だけどね」

ゴウとアオイも、演劇にパチパチと拍手を送る。僕達は、名刀の瞬間を演技とはいえこの目で見たんだ。

次の日から、僕達は悪役の日常に戻っていく。パレットさんは引退したけれど、次の人生へと向かっていったのだ。権利ポイントとの戦いは、まだまだ続く。僕は、あと何回でクビだっけ? いやいや、僕はクビにはならない。僕はパレットさんのように、自ら『引退』するのさ。

僕は、コツコツからタメアタックにつなげる。ワンパターンだ。パターンを増やさないと、僕もロストさんみたいにクビになる。急に怖くなってきたぜ。

ゴツン! 僕は何者かに、原始人の持っていそうなヤりで叩かれた。痛いぞ! そもそも僕は、本物の原始人など見たことがない。

「誰だ?」

声が返ってくる。

「俺はヒーローだ。それ以外の何者でもない」

僕はヒーローとやらに言う。

「そんなこと聞いてねえよ。まともに答えろ!」

ヒーローもどきは語る。

「俺の名はヒーローヒリュウ。この悪役会社で初のヒーローとなった」

オーナーが少し説明をする。

「私はヒーローに憧れていた。ならば、ヒーローを入社させるのも、悪役会社とはいえ許されるだろう」

許されねーよ。僕は心の中で呟いた。

「魔法刀のサビとなれ、ヒーロー!」

「返り討ちにしてやる」

ウスバとヒリュウは遊んでいる。観客は見ている、見事につまらなさそうにな。

今日の仕事は終わった。僕は関わりたくないヒーローと遭遇した厄日だったよ。ヒリュウは問う。

「入社テストにイケメンの項目があったのどうよ? ヒーローはイケメンだけだと、逆に不気味じゃねえか? しかも、俺の評価はイケメン項目十段階で二点だった。見る人によっては、俺はイケメンかも知れないのに……」

「それはない!」

と、ウスバは断言する。酷い!

僕はフォローに回った。

「なあ、ヒリュウ。お前はイケメンでないなら、お面でも被ってろ。ヒリュウはイケメンでなくとも、他にいいところがあったから入社できたんだろう?」

ヒリュウは一言呟いた。

「ヒーローの条件って何なんだろうな」

言葉は残らない、記録でもしない限り。記憶の記録も、僕は自信がなかった。僕がヒリュウに興味を持った理由かもしれない。

僕は悪役として、民間人を倒す。ヒリュウはヒーローとして、僕の前に立ちふさがる。ゴウとアオイもノリノリで、民間人達を脅かす。そして、そんな毎日が続く。僕のクビまでのチャンスは残り三十回程度。これはまずいぞ! 僕の評価は上がってはいるものの、続投までは遠い。このペースではダメだ。

そんなことを考えていると、オーナーはステージを眺めていた。

「思い出とは、厄介なものだ。カプセルに降り立った少女は、今私をヒーローだと認めてくれているだろうか? 私は、身体能力が低かったので経営者となったが、あの日ほど自分をヒーローだと思いたいと感じたことはない」

そういえば、僕は先輩に聞いたことがある。先輩によると、オーナーが薬草園を作ったのは、オーナー自身への戒めだったと。効果はそれほど高くない薬草達だ。先輩の一人が、オーナーと会話を始めた。

「オーナーはステージが限界だと?」

「このステージや器材たちも名残惜しいが、役者達の安全には代えられないさ」

「まだ味のあるステージだと、僕は思いますけど……」

「ヒーロー達も喜びそうなセリフだ」

「ハハハ」

えっ? ステージを新しくするのって、結構金がいるらしいぞ。それに、僕はこのステージに慣れてしまっている。思い出とは本当に厄介なのかもしれない。僕は独り言を言う。

「僕はもっと活躍して、権利ポイントを増やすのだ」

ヒリュウは呆れた顔で、僕に話しかけてきた。

「アクイは知らないか。権利ポイントの割り振りは、活躍順ではないぞ」

僕は少し驚く。

「オーナーは、活躍すれば増えると言っていたぜ」

ヒリュウは確信を持って言う。

「俺はバイト時代に、ヒーローショーについて調べていたんだ。権利ポイントは、体力順に割り振っているということだ」

「何故だ?」

と、僕は疑問に思った。

オーナーは答える。

「なんだヒリュウ、詳しいではないか。かつて、このヒーローショーで重傷を負った役者がいた。観客の少女は薬草を持って、『ヒーローは人を傷つけてはいけないよ』と言った。その言葉は、今も私の心のトゲだ。その事故は、過労によるものだった」

僕達は理解する。

「体力のない者が権利ポイントをたくさん持っていたら、事故につながるかもしれないということか」

オーナーは苦渋する。

「安全を優先するあまり、良質なトレーニング器材よりも、疲労を回復する器材を重点的に整備し、私は臆病になってしまった。その結果、才能のある悪役達を開花させられなかったかもしれん」

僕達は、オーナーの言うヒーローの条件について考える。オーナーは、本当に臆病なのか? 今の僕には理解出来なかった。オーナーが経営者として優れているのかも解らない。ただ、うちのオーナーが大きな実績を持たないのは事実である。

僕達は、薬草園で労働をする。ある時、一人のおばさんがここを訪れる。

「あの日、私はまだ子供だった。オーナーさんのヒーローとしての才能を、私は歪めたのかもしれない。でも私は、このステージが好きなんだ。他のステージよりアクシデントが圧倒的に少ないことを誇りに思う」

この人は、もしかして事故の日に降り立った元少女。オーナーにとって彼女の存在は、プラスになったのか、それともマイナスになったのか……。ヒリュウは自信を持って言う。

「ヒーローである俺によって、この悪役会社は飛躍する。あなたが気にすることはひとつもない」

それを聞いたウスバはヒリュウをぶったたく。

「根拠のないこと言わないの、ヒリュウ!

うちのバカがすみません 」

なんだ? おばさんから迷いが薄れていく。

「ヒリュウ君だったわね。あなたはいつか、ヒーローの条件をクリアーするでしょう。だって、こんなに元気に育ったヒーローは、周りさえも変えていく」

ヒリュウはおばさんの手を握って言う。

「あなたの挑戦状は受け取りました」

ウスバはまた、ヒリュウをぶったたく。

「本気にするな、ヒリュウ!」

「元気なヒーローは大勢いるじゃない」と、おばさん。もしかして、僕も含まれている、元気軍団の中に。

その光景をオーナーは、遠くから見ていた。

「私はトレーナーではなく、経営者だ。優秀ではないトレーナー達だと、契約料だけで判断していた愚かなオーナーだ。あの日の少女は、ヒーローの条件の一つの答えを知っていた。私が信じれば、トレーナー達は青さを吸収し成長するだろう」

社員とは、コマであるとも言える。だがオーナーは、社員を信じなければ、本当にただのコマで終わるのかもしれない。

オーナーはおっさんだが、経営者として成長することが出きるのか? このあたりは、ヒーローショーを盛り上げるヒーロー達とは少し異なる。僕もウスバもヒリュウも、そしてオーナーでさえ、ヒーローの条件を満たしているかは解らない。何故なら、その答えは無数に存在し、特定出来ないのだ。オーナーが疲労回復器材を好むのも、一つの条件であろう。



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