第7話 痛みを食べた名刀
日々は過ぎていく。残酷な景色のように。僕は何故、悪役になったのだろう。憧れていたものは、ヒーローだったはず。そうだ、僕はヒーローになりたかったんだ。僕の学生時代は、イス取りゲームだった。ヒーローの人気は高く、悪役は人気が低かった。きっと子供には、悪役の魅力が理解出来ないのだろう。僕はヒーローのイスに座れなかった。イスの数は人数分用意されてはいない。それで良しとするのが、この世界だよ。
多くの子供が無事に育てば、学校は成立する。イスに座れなかった子供がいても、学校は合格点をもらえるのだ。完璧は多くの世界で実現出来ないことを、僕はあの日に知った。
僕はウスバに問う。
「観客だったウスバは、何故わざわざ悪役会社に入社したのだ?」
ウスバは少し考えて答える。
「うーん、
シハイ様に出会ったからよ」
僕は意味がよく解らない。
伝説の悪役シハイのことぐらいは僕でも知っているが、納得は出来ない。
「ウスバはシハイクラスの名悪役になりたいのか?」
ウスバは再び考えるポーズ。
「それもあるけど、少し違うなあ。私はシハイ様の刀が名刀だって知った日に、悪役はヒーローより輝いて見えたの」
僕は一つの疑問を持った。
「シハイの刀が名刀とは、あまり聞かない。悪役だったからか?」
ウスバは少し怒った。
「シハイ様の刀は、百円ショップに並んでいたものだったのよ。でも、名刀だって私は知っている。痛みを食べる名刀だって、私は知っているの」
僕は頭にハテナを浮かべる。ウスバは僕相手にもかかわらず、シハイの魅力を必死に訴える。言葉では足りない経験を、ウスバはしたのだろう。僕にそれは伝わらない。新米ヒーローヒリュウと僕は、今日も戦う。実力はほぼ互角だ。権利ポイントは、ヒリュウの方が少し多い。体力があるということだ。僕とヒリュウの低レベルの心理戦だ。
ウスバも楽しそうに演技する。
「ヒリュウはさ、イスに座れたんだから勝っていいんだよ。私とアクイは悪役だから、イスを持たないんだ。私の贈り物は、痛みを食べることだよ。いつの日かシハイ様の名刀のように魔法刀はドロップを海に落とす。アメ玉は口には収まらないってことさ。それこそが真の悪役だって、シハイ様は言っていた。アメ玉の代わりに痛みを食らうってね」
ヒリュウが踏み込む。
「アクイは悪役だから、俺より目立つな!」
僕はコツコツを続ける。
「目立つ悪役を倒し、さらに目立てばいいのではないか、ヒリュウ!」
僕とヒリュウは火花を散らす。
ウスバは別の仕事をする。アイツは邪魔することを知っていたってことか? オーナーはいつもの言葉を口にする。
「ヒリュウもアクイも、大して目立ってないぞ。二人でもっと呼吸を合わせるのだ」
ゴウとアオイも、目立とうと頑張っている。ロストさんの引き際は良かった、と言う人も多い。ゴウとアオイもそう言っている。
ロストさんは、エリート達を見ていた。それでもロストさんは、コツコツを僕に送った。それは、僕に逆転の可能性が少しはあることを意味する。ロストさんの勘違いかもしれないけれど。ロストさんは今、何をしているのだろう?
ウスバは今日も名刀を手にすることなく、笑顔だった。
「私は自分だけでなく、みんなの痛みを食べたいんだ。その時に、魔法刀は名刀に変化する気がするの。シハイ様は、自らを名刀にしたと言えるでしょう?」
よく解らない表現をウスバはする。伝説の悪役シハイにウスバは心酔しているようだ。
ウスバが昔ばなしを始める。ウスバの学生時代だ。ユウキのようなヒーローになりたかったらしい。そのためには、ウスバのハゲトラの娘というステータスは逆に邪魔だった。ウスバは、実力ではなくコネでヒーローになれると言われ続けた。ウスバのような明るい性格に、いじめは通用しなかったらしい。だが、ハゲトラの名はいじめクラスのたちの悪さだろう。ウスバに用意されたイスは、目立ち過ぎるほど豪華であったのだ。
そのことを知ったウスバの父ハゲトラは、ユウキに相談する。ユウキはウスバの実力を計る。そしてユウキは、ウスバはプロのヒーロークラスと判断した。ユウキは、ウスバの能力を見て、痛みが完全には見えていなかったと、ウスバは語る。ウスバはヒーローとしてデビューを飾る予定だった。ユウキの用意した普通のイスは、一般ヒーロー達には輝いて見えたらしい。ウスバのイスを奪えと、ヒーロー達は本気になる。
「私は、ヒーローの器じゃなかったよ。あなたはシハイさん?」
シハイは舞台へと上がり、イスというイスを破壊する。シハイは、ウスバの存在にすら無関心だった。
ウスバはヒーローという名のイスにしがみつく。そして、必死でイスを守る。
「何処の誰かは知らんが、俺が痛みを食べてやろう。テメーが守ってんのは、痛みだ。ヒーローになりたいがための下らんブライドだよ」
とシハイは言いながら、ヒーローウスバを切り裂く。残酷なまでのウスバの敗北は、ヒーローに何故成りたかったかを思い出させた。
ウスバのイスは、シハイに破壊された。ウスバは力なく言う。
「なんてことをするの、シハイさん」
「テメーのイスは壊れた。ヒーローの座ってのは、壊れたら壊れた者同士で仲良くすればいい。俺も悪役の同胞なら仲良くしてやるぜ」
と、シハイはウスバだけではなく、多くのヒーロー達に向かって言った。そして、シハイはもうそこにはいない。
正義とはカッコいいと思って、ウスバはヒーローになりたかった。ウスバはつぶやく。
「シハイ様は、ヒーローよりカッコいい」
これはシハイからの贈り物。ヒーロー落選組に入ったウスバに痛みはなく、シハイの刀さばきはハゲトラの刀より名刀だったと、ウスバは熱弁する。
ハゲトラはシハイに言う。
「俺の娘に何をしてくれる!」
シハイは呆れて言う。
「まあ、ハゲトラの娘も俺と同じ悪役さ。仲良くしてやんよ。痛みを食らうのが悪役さ」
ユウキとシハイは、何度でも戦うライバルだ。ユウキは言う。
「そろそろ引退したらどうだ、シハイ」
「ユウキを倒してからだ」
と、シハイ。この戦いを見るハゲトラからも、ウスバはもう痛みを感じなかったという。ウスバは、シハイの生き方に惚れたのだ。自らもそうなりたい、悪役になりたいとウスバは何度も繰り返す。昔ばなしはこれで終了だ。
ウスバは真面目な顔で言う。
「痛みを食べる名刀は、私の目標だよ。たとえそれが百円ショップで買ったナマクラでもね❤」
師匠ハゲトラが嘆きそうなセリフだな。これは僕の素直な感想だ。だが、シハイが伝説の悪役と呼ばれるほどのカリスマの一端を、僕は見た気がするよ。
ウスバはきっと、たくさんの痛みを魔法刀の餌にする。育った刀は、名刀とは呼ばれないかもしれない。しかし僕は、ウスバが何かを成し遂げたのなら、名刀だって言うだろう。例えそれが慰め程度の効果だとしてもな。
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