第4話 この世界に生きた
僕は驚く。
「パレットさんが引退だと! 悪役としていい活躍をしているじゃないか」
ウスバは現状が解っていない。
「パレットって誰よ?」
パレットさんも五十八歳だが、僕はまだやれると思っていた。パレットさんは、このヒーロー特撮の世界で長い間生き続けたのだ。
僕達は騒ぐ。
「パレット引退セレモニー? ふざけんな。パレットさんの仕事の良さは俺達が見てきた」
パレットさんは確かに、大きな勲章を得るほどではなかったけれど……。やっぱり僕達は納得がいかなかった。仕事仲間のゴウは言う。
「もう、あの演技は見られないのか」
アオイも言う。
「パレットさんが納得したのなら、仕方がないことね」
ここで、オーナーが出てくる。
「パレットはハーフレベルの悪役に過ぎない。しかしパレットは、クビになることなくヒーローショーの世界に居座り続けた。何人も見送ってきたキサマらなら、解るだろう。パレットは偉大な悪役にして私の誇りだ」
僕達は、ポジション争いを繰り広げてきた。ここで言うところのポジションとは、ただの位置取りだけではない。観客にうけることが出来る役を、勝ち取れるかということだ。僕程度では、ポジションを譲り、何処で逆転してやるかを考えるレベルだ。
パレットさんが、ついに姿を現す。
「そうだ。私はポジションを争い、蹴落とし、蹴落とされの繰り返しだった。そこでクビにならないコツとは、オリジナルポジションを作ること。しかしそれらは、未知なる世界だった」
そうだ、パレットさんのチャレンジ精神は、失敗の連続だったと言える。その中から、『使える』役を生み出していったのだよ。
今日は、パレットさんに主役を譲ろう。悪役達はみんな、僕と同じ考えだろうな。しかしパレットさんは、強気の発言をする。
「今日もキサマらは全力で、私からポジションを奪いに来い」
「魔法刀のサビにしてやるわ!」
と、一人浮いているのはウスバ。
そして、ウスバは目を閉じる。
「パレットはこのオーナーの最高傑作だったのね。ハーフレベルの悪役なんて腐るほどいるけれど、この世界に生きたことは事実。彼はどんな贈り物を用意しているかしら? クビではなく自らピリオドを打った男の最後を見届けましょう」
何か知らんけど、ウスバは真面目なことを言っている。予想外だ。ウスバは空気をしっかり読んでいるというのか! オーナー涙の引退セレモニーが始まる。何だ! これは。
これ、いつものヒーローショーと同じじゃねえか。民間人がいて、ヒーローを雇う金がオーナーになくて……。観客達が見ている。ウスバは感じ取る。
「観客達が集中している。今日はいつもと違うことを、観客達は理解している。楽しむためのリラックスをしている」
そうなのか? 観客出身のウスバが、そう言ってんだからそうなのだろう。
パレットさんは叫ぶ。
「今日だけ私のサポートをしてくれても、嬉しくはない。全力で民間人を倒せ!」
「ラジャー」
と、みんな。何だと! パレットさんが動いた。動作のことではない。ポジションを保持しているということだ。強いボスクラスの悪役を演じているパレットさんが、なんと民間人に苦戦している。
これが伝説の『悪役と民間人の連携』だ。民間人に次にどう行動させるか、パレットさんは誘導しているのさ。パレットさんが民間人に同情しているところを突かれる。もちろん演技だ。観客達の人気を、一人持っていくパレットさん。
「まだ現役でいけるぞー! パレットー!」
と、観客達の叫び。それは、僕達悪役の叫びでもある。
ウスバは、驚いた表情で言う。
「パレットとかいう悪役の託すものは、好きで今まで悪役をやってきた、自らのプライドだ。舞台を楽しむ心がパレットからあふれだす。そこまで好きな仕事を引退する理由は、パレットに私は問わないよね」
やけに真面目なことを今日のウスバは言う。パレットさんは、今日という日を思い出の一ページにしたいのだろうか? パレットさんは、特別なものではなくありふれた日常を描く。いや、それこそがパレットさんにとって特別なのかもな。
アオイが、このタイミングで口をはさむ。
「私達はパレットさんから何かを得たい。ただの日常から」
ゴウも続く。
「そうか。パレットさんは、今日俺達に『見せたかった』のだろう」
二人の表現が、僕にも伝わってくる。分かりにくいけど、今の僕なら理解できる。
パレットさんは一人つぶやく。
「私は託され続けたから、この世界に生きた。先輩達から受け取った技術を、後輩達に託そう。そして私は、『観客』になることもきっと出来る」
託され続け、僕は今日パレットさんの技のどれくらいを、受け取れただろう? 受け取る人達をパレットさんは信じた。だから僕達は託された。そう思いたい僕がいる。
ヒーローのいないいつものヒーローショーは、終盤に入る。これって、ヒーローショーなのか? パレットさんは、きっと今日のヒーローだ。だから、この劇の名はヒーローショーでいい! ウスバはつぶやいた。
「引退セレモニーは、まだ終わらない」
「どういうことだ?」
と、僕はウスバに問う。しかし、ウスバはカプセルを見つめたまま、何も答えない。
声が聞こえる。
「ヒーローショーとは、パワーに憧れる力無き者達へ贈られる惨めなものさ」
「それはどうかな」
声は、観客席から聞こえてきた。それに対し、パレットさんは力強く言った。パレットさんは、ヒーローとは何かをきっと知っている。パレットさんは、僕の知らないことを、たくさん知っているんだ。今この時もな。
もうすぐヒーローショーは終了する。明日につなげるためにと、僕は心に刻んだ、一人の悪役パレットを。僕もいつか技を託す日が来るのだろうか? そんなことより今を楽しもう。
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