その日、山室はデートとも取れる本庄との買い物を早々と終わらせ、電車を乗り継ぎ本庄の通う大学へ急いでいた。

 山室と本庄の大学は別であるが、何度か死の研究をしているという、テシガワラとかいう教授にあったことがあった。もしかしたら、本庄が今何故私たちの目の前に居るのか、知っているかもしれない。

 山室は大学に入ると、迷わず端にあった研究室の扉を強い力で開ける。

 『ガンッ!』と大きな音がして研究室の扉が開け放たれた。中でふんぞり返ってノートにメモを取りながら紅茶を飲んでいたテシガワラは、思わずマグカップを落としそうになる。

 テシガワラはなんだか少しだけ手に掛かった紅茶をティッシュで拭き取ると、そのティッシュをゴミ箱に捨てて癖なのだろうか、少しだけ、火の灯った蠟燭の場所を移動させた。

「誰だい……? 君は。」

テシガワラは山室を訝しむような目で見た。山室はあくまで冷静に、

「私は、本庄くんの友人です。本庄くんについて、説明してもらってもいいですか?」

テシガワラは少し考えたあと、ため息を一つ吐いてから、重い口を開いた。

「彼は、事故で亡くなったと伝えられているだろう。事故というのは、私が彼に施した実験の失敗だ。私も、この間まではアイツは死んだものだと思っていたよ。でも、ひょっこりと大学にきおった。そもそも友達も少ない奴だし、親しい奴は真相を知っているから、どうも思わなかったんだろうがな。寝ろよ、などと言っている奴もいた。」

「テシガワラさん、真相ってなんですか? 何の実験をしていたのですか?」

山室は捲くし立てるように質問する。

「まずは、実験のほうからだな。実験は、肉体と魂を分離する実験、要は幽体離脱の実験だ。人間に許容量限界の電圧をかけると幽体離脱できるというを聞いたもんでな。ためしてみたのだが、何が許容量だ、心臓発作で死んでしまったよ。ハハ。」

 テシガワラは乾いた笑いをそこに残した。

「真相っていうのは、その電圧をかける実験のことだ。近しい友人にしか教えるなと言ってあったし、外見上事故死という風に片付いた。みんな無実だ。知っている奴は、早く成仏してくれなんて思っているらしいがな。ハハハ。」

 テシガワラはまた、乾いた笑いをそこに残す。


 一方その頃、本庄は大学近く喫茶店で西脇、草間と話をしていた。

 草間は突如真剣な表情になると、こう切り出した。

「本庄、お前は、もう死んでいる。」

「ハハ、バカなこと言うんじゃねぇよ。北斗○拳じゃあるまいし。」

「バカなことじゃねぇ。俺は大真面目だ。」

草間らしからぬ真剣な表情で、そう訴える。

「西脇も何とか言えよ。冗談なんだろ?」

西脇は黙っている。いつものすべてを悟ったような顔をして。

「冗談なんかじゃねぇよ。お前は死んでる。だからよ、お前、もう寝ろよ。」

「ふざけんじゃねぇ!!!」

本庄はテーブルを叩きながら立ち上がり、金だけ置いて走り去っていった。

 本庄がどこに向かったかといえば、件の大学端の研究室。今、山室とテシガワラが話をしている場所である。


 突然大きな音がして、ドアが開いて、研究室に本庄が入ってきた。

 本庄は山室が居ることに驚き、山室は本庄が来たことに驚いた。

 二人は少しの間互いを見つめあったあと、本庄が沈黙を破り、テシガワラに向かってこう言った。

「すべてを僕に教えてください。」

 本庄は、テシガワラの説明を聞いている間、一切しゃべらなかった。もちろん、山室も黙っている。

 机の上の蠟燭の火が揺れる中、すべてを聞き終えた本庄は、静かにこう言った。

「僕を、成仏させてください。」

「残念だが、私はそれができるほどの技術を持っていない……。」

本庄は泣き叫び、成仏させてくれ、と何度もせがむ。

「うるさいな! 黙れ!」

テシガワラもとうとう堪忍袋の尾が切れたのか、声を荒げてそう言った。

 本庄は

「クソッ!」

と悪態をついたあと、部屋から走り去ってしまった。

 山室は黙って本庄のことを追った。周りの人間に白い目で見られることもいとわず、大学内を全力で走った。前を走る本庄に漸く追いついたとき、そこは幾度となく二人が待ち合わせをした、駅の前であった。

「雄一郎……。」

 山室はふとそうつぶやくと、後ろからそっと本庄を抱きしめた。


 テシガワラがマグカップを手にとると、今までずっと火を点し続けていた蠟燭の火が、ふっと消えた。


 山室が本庄を抱きしめると、本庄の姿は、ふっと消えた。

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蠟燭の火が消えるとき 七条ミル @Shichijo_Miru

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