本庄は自宅の寝室に敷かれた布団の中で、ゆっくりと思考を働かせていた。

 そもそも、何故自分が居ることで、あいつらに寝ろとか言われたり、驚かれたりせねばならないのだろう。

 疑問で仕方が無かった。不安で、あまり眠気もない。

 しかし人間人間というものは寝ねば結局動けなくなる生き物である。仕方なく本庄は一晩ずっと、目を瞑ったまま過ごした。

 その間、ずっとその日のことについて考えていたのだが、結局答えは出なかった。

 目を瞑っていても明るくなってきたのが分かった。おそらく、夜明けなのだろう。

 本庄は身体をふっと起こし、頭を掻きながら台所へ向かう。朝はあまり食べない派だが、たまには少し食べたいな、などと思い冷蔵庫をあけてみるも、見事に何も入っていなかった。

 本庄はクソッ、と悪態をつくと、キッチンを見回す。自分が思っている以上に清潔になっている。

 というか、一昨日までよりもかなりスッキリしている。自分で片付けた覚えはないのだが、どういうことなのだろうか。


 ところで、最近本庄の住むアパート周辺ではとある怪談話が広まっていた。

。」

というものだった。というのも、噂によると、その部屋の住人は少し前に事故で亡くなっており、今その部屋には誰も住んでいないのだという。その部屋から普通に生活するような音が聞こえ、さらには電気もついていたりする、などということであった。不動産に連絡を入れてみたものの、結局誰も住んでいない、ということしかわからなかった。


 さて、本庄のほうはというと、結局飯にありつけず、少し腹立たしげに電車に揺られていた。

 大学に着くと、やはり草間から、

「お前、まだ寝てなかったのか。寝ろよ。」

などといわれる。確かに、前夜は眠れなかったが、それとこれとはまた話は別だろう、と本庄は考える。そもそも、睡眠に関することだとしたら草間が知っているわけはないのだから、睡眠以外の何かについて、寝ろ、と言っているのだろう、と推測できた。

 その日もやはり西脇と共に大学端の研究室へ訪れる。テシガワラは結局本庄の身体に何があるのか教えてくれなかったし、西脇も相変わらずすべてを悟ったような目で本庄のことを見ていた。

 テシガワラは今日も本庄の身体を調べるという。よくわからないまま、しかし抵抗はせずに服を脱ぐ。

 テシガワラから見た限り、特に変わったところはない。そう、変わったところはない、普通の身体であった。

 そういえば、少し本庄には気になるところがあった。昨日今日と、誰一人として本庄に連絡を送っていないのである。メールも、SNSも、静寂に包まれていた。通知が一切無いのである。携帯を見ても、特に変わった様子はないし、どうも、何かがおかしい、と本庄自身も自分についてふとした疑問を抱いていた。


 翌日、やはり草間に寝ろと言われたり、西脇にすべてをさとったような目で見られたりもしながら、やはり、授業がすべて終わったあとは、テシガワラのところへ出向いていた。

 そういえば、明日は休日であった。たまには幼馴染の山室やまむろ美里みさとでも誘って商店街にでも遊びに行こうか、などとテシガワラに身体を調べられながら考えていた。

 さっそく帰宅中、山室に電話をかけてみた。

 暫くは掛からなかったが、本庄は粘り強く電話をかけ続け、漸く山室が出たところで、本庄はこう言った。

「よぉ美里。俺だよ俺、本庄。明日さ、暇? 商店街行かねぇ?」

山室は少し間を空けてから、こうつぶやいた。

「本当に、雄一郎なの……?」

本庄にはその意図がイマイチ読めていなかったが、

「ああ、そうだよ。本庄雄一郎。」

と普通に返しておいた。暫く話すうちに、翌日の計画はすべて完成し、その日、本庄はうきうきしながら床に着いたのだった。


 さて、その翌日である。本庄は朝早くから身支度を済ませ、さっそく待ち合わせの駅前に向かう。

 駅前はそれなりに早い時間だというのに人であふれていた。スーツを着込んで早足で歩く人、ラフな格好をして友達と歩く人、楽器を持って制服で歩く人。

 目的は人それぞれなのだろう。楽しげな顔をしている人や、悲しげな顔をしている人、さらには全くの無表情で歩く人も居る。

 待ち合わせ時間少し前、一人の女性が小走りで本庄のもとへやってきた。

「ごめん! 待った?」

「まだ待ち合わせの時間前だよ。」

 そうして本庄は山室と合流した。

 暫く歩いて、二人は商店街に到着した。

 この商店街は、平日休日問わず、結構な賑わいを見せており、日用品から少し珍しいものまでカバーする、何気に便利な商店街であった。

「ねえ、雄一郎、触っていい?」

「はぁ!?」

突然何を言い出しやがる、なんて思いながら、休日でかなり人の多い商店街を二人はゆっくりと歩いた。

 最初は、もう絶対に会えないと思っていた本庄に会えた山室はとても高揚した気分だった。

 しかし、そのとき山室は、見てしまった。


――姿を。

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