掌と拳



 よく笑うお兄さんだった。

 背が高く端整な顔立ちをしていたので、初めに黙っているお兄さんを見たときは、子供ながらに近づき難さを感じた覚えがある。しかし、朝によく見るようになった彼は、僕にも、近所のおばさんにも、僕としばらく歩いてから彼にぶつかるようにして挨拶する元気なお友達にも、いつも笑顔でいた。

 ある時、僕は家出をした。

 今思えば本当に些細な、その時の僕にとってはとても重大なことで僕は怒って、家を飛び出し、暗くなっても帰らなかった。

 隣の家が騒ぎになっているのに気がついたのか、お兄さんは、僕の家族を手伝って僕を探してくれた。

 隣町の公園で、僕を見つけたのはお兄さんだった。

 お兄さんが、お家の人が心配しているよ、でも、帰ろう、でもなく、最初に「何があったの?」と言ったので、僕は土管の中から出た。

 話を聞いたお兄さんは、何度か頷き、僕の頭を撫でてくれて、話し終えるとそっと手を差し出した。絆創膏がぐるりと横切るその掌を、街灯が照らしていた。

 静かに僕が手を取るのを待ってくれていたお兄さんは、高校を卒業する少し前にこの世を去った。事故だったと聞いた。



つづく

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