撫でる手



ほら、おいで。

そう言って手を広げる。

僕は彼女の膝の上にぽすんと乗る。

定位置に収まった僕の頭を、いつものようにゆっくりと、彼女は撫でる。

嬉しかったこと、

悲しかったこと、

黙って撫でられていると、そんなことがなんとなく口から出てきて、

たまに温かい雫もぽたぽた落ちて、

黙って聞いている母はしかし、その撫でる手でうんうんと、答えてくれていた。

わたしはね、あなたのお母さんで、

あなたはね、わたしの子どもなの。

ずっとずっと、あなたが大きくなっても、

それは変わらないの。

だからわたしは、あなたの頭をずっと撫でるよ。

あなたが大きくなって、

強く、

たくましくなって、

頭を撫でられることなんて

なくなっても、

わたしは、あなたの頭を撫でるよ。





僕は大きくなった。

あの定位置にはだいぶ座っていなかった。

母は僕をいつも一人前のように扱い、

僕は一人前のつもりでいた。

離れて暮らしていた父が亡くなった。

母が涙を見せずに喪主をつとめていたので、

僕も泣かなかった。

帰ると家はどこも変わらず

なにごともなかったように

僕らを迎えた。

茫然と立ち尽くしていると、

ほら、おいで。

まるでいつもやっているように、

母がそう言って手を広げた。

聞き慣れた、しかし

しばらく聞いていなかったその言葉に、

素直にそばに寄っていた。

母の膝は小さくて、

逡巡したのち僕は、母の前に座った。

自然と垂れた頭に、手が乗った。

母は何も言わなかったが、

その手が悲しんでいるのがわかった。

涙が四つ、滴った。





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