29.話にズレがある


 よく晴れた土曜日。私は一ヶ月ぶりにいとこである伊蕗と花梨と会い、明日に控えた母の日の贈り物を見繕っていた。

 その最中、近況報告を兼ねてウワサ払拭騒動を話せば……、



「え、それって話にズレがあるだろ?」


「ゆりちゃんに頼んで雅女に流してもらった情報は、さっちゃんには開鵬館に彼氏がいて、アルブレヒトには婚約者がいるから三角関係は嘘じゃなかった?」



 伊蕗の鋭い指摘に、花梨も春休みのことを思い出して首をかしげる。

 私は色取り取り種類も豊富な大型フラワーショップのど真ん中で、「それよ」と華やかな空間に似つかわしくない虚ろな目で呟いた。吐き出されたため息を浴びた鉢植えのカーネーションが、心なしか萎れたように見えた。



「雪城くんのウワサも消すことにした理由の一つ。三角関係のウワサを消すために、存在しない婚約者情報を雅が丘に流したってバレたらヤバいからよ」



 ハアともう一度息をつくと、カーネーションにコバエが止まる。

 それを手であおいで追い払っていれば、後ろで兄妹が「あ〜……」とそっくりな声をあげた。



「桜子が沙百合叔母さんに頼まなければ、雅が丘に婚約者の情報は流れなかったもんな」


「人様の嘘情報を広めちゃったわけだね」



 そう、思いっきりやらかしていたのだ……。



「仕方ないじゃない……。まさかすべてが逆だなんで、あの時はこれっぽっちも思っていなかったんだからぁ……」



 花梨から雅が丘のウワサを聞いた春休みの時点では、修正力にも気づいていないし、自分が後手に回っていると気づいていない。水族館の一件での恩もなかった。

 ただ腹立たしいまでに「これでよかったの?」と聞いてくる腹探り野郎という、京都まで逃亡するぐらい関わりたくない相手だったのだから。

 まさかすべてがひっくり返されるなんて、あの時の私は想像もしていなかったのだから。


 秋人との婚約は嫌。キャットファイトも嫌。ついでに婚約者情報が伝われば彼だって肉食女子から言い寄られなくなって、全員良いことづくめ。

 あの時の私が持っていた情報では、ああするのが最善の策だったのだ。

 よって言わせてもらおう。

 悪意はない!仕方がなかったのであると!



「とはいえ、もしも情報の流出元が私だと突き止められたら、東京湾……いいえ、駿河湾に沈められるわ」



 ドラム缶にコンクリート詰めにされ、深海でサクラエビとこんにちはだ。恐怖でしかない。



「バレちゃいそうなの?」


「ううん」



 婚約者情報を流すのは叔母のゆりちゃんに一任。私と距離が近すぎる花梨は、誰かに何か聞かれたら否定だけしておくよう頼んだ。

 その後に会った雅が丘女学院の生徒である高宮さんと椎名さん、芽衣ちゃんには、ウワサは真っ赤な嘘だと言っただけ。婚約者云々は一言も言っていない。

 だから情報の流出元が私だと、雪城くんにバレる可能性はかなり低いだろう。



「でもバレなかったとしても、私が間違ったことをしたのは事実だもの。自分の不始末は自分でどうにかするのが筋ってものでしょう」



 もともと雅が丘女学院には、成瑛から情報が……根も葉もないウワサが流れていた。

 だったらもう一度ゆりちゃんに頼むのではなく、すでに開拓された成瑛〜雅が丘ルートの方が確実かつ最短で真実が広まる。しかもあれだけ派手な演出をしたんだ、もうすでに雅が丘の高等科まで広まっていてもおかしくはない。



「彼のウワサを消したのは、そういう償いの意味もあったわけよ」


「まぁ、いとこっていうのが本当なら、そうしなきゃだよね」



 妙に含みのある言い方をする花梨の目は遠くへ向かっている。そちらを見れば、店前の歩道を一組の男女が手を繋いで通過していた。



「どんな子に告白されても断ってた人が、仲良く腕組んで歩いてたんでしょう?それって、勘違いしてくださいって言ってるようなもんじゃない?」


「そりゃあ、私もそう思ったからウワサを信じちゃったわけだけど……」



 ちらっと肩にかけたカバンの中を覗く。いまだにプロパガンダに使った音声が保存されている、スマホの真っ黒な画面が見えた。

 花梨の言うことはおおいに理解できる。私だけでなく成瑛の雪城ファンも、そういう理由で腕を組んでいた女性を恋人もしくは婚約者だと予想し、だから彼がどんなに綺麗な子に迫られようと見向きもしないんだと結論づけていた。

 身持ちの堅さが、ウワサの信ぴょう性を高めていたのだ。



「うーん、でもやっぱり本当にいとこなんだと思うわ」



 チューリップの鉢植えを眺めつつ、一連の記憶をひっくり返して結論づける。



「私は本人から二回否定されたのだけれど、二回目の否定が力強いというか、しつこいぐらいだったのよ」


「しつこい?」


「私が壱之宮の御曹司とのことを否定する熱量と同じなのよ。同じだからこそ分かるというか、信じてあげるべきというか……」



 十九回も同じ質問をされ、いい加減にしやがれと心の中でブチギレていた私だからこそとも言える。



「今回の件ですぐに協力してくれたのが、ウワサが嘘っていうなによりの証拠かしら」



 仮にいとこだとしても、傍系四親等なので恋人でも婚約者でも法律上はなんの問題もない続柄だ。だから本人達が好き合ってのことなら、他人の私に口出しする資格はない。

 しかし先日の雪城くんの様子を思い返すと、あれは私と秋人がお互いに恋愛関係に祭り上げられるのを拒絶する反応とよく似ている。

 それに、時おりだが冷淡な一面を見せる人なので、もし例の女性と恋愛関係なら「あんまり広められたくはないけど、本当のことだから放っておいていいよ」と涼しい顔で言いそうだ。



「それから──」



 言いながら、何気なく少し離れた切り花コーナーへと目を向けた瞬間。ヒエッと息を呑み、その場へしゃがんで身を隠した。



「さっちゃん?!」


「どうした?」


「シーッ!二人とも黙って!というか隠れて!」



 慌てながらも、「ボッシュートみたいだったよ」「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権だろ」と言う二人の手を引っ張り、どうにかその場にしゃがませる。



「泉おば様がいるの。見つかったら面倒くさいことになる!」



 幸いなことに、秋人の母親である泉おば様のいる切り花コーナーは店の奥。一方で私達がいるのは、店内といっても鉢植えや苗木を置いてある屋外の売り場なので、しゃがんでしまえば植物や商品棚の影になって向こうからは見えないはずだ。



「泉?」


「誰だっけ?」


「壱之宮コンツェルンの社長夫人!」


「壱之宮……あっ、リュシアンの母親!」


「だったら挨拶した方がいいんじゃないか?知り合いだしご近所さんだろ?」



 これがただの知り合いや、ただのご近所さんだったら私だって礼儀として挨拶しただろう。

 しかし相手は泉おば様。私を自分の息子とくっつけさせようとし、いずれは息子とその恋人を破局させようと動く可能性のある、あの壱之宮夫人なのだ。



「私だけならともかく、伊蕗を見られるのはできるだけ避けたいわ」


「えっなんで俺?」


「あの人、自分の息子が私とくっつけば……結婚すればいいと思ってるのよ」


「はあ?!」


「ええ!?」


「声が大きい!」



 座り込んでワーワー言う私達の横を、ガーデニングが趣味なのであろう奥様が通り過ぎていく。視線が痛いが、今はそんなこと気にしていられない。



「息子とって、そんなの無理だろ?確かあそこは一人息子で、桜子だって……」


「一人娘だから、基本的には私の結婚相手は入り婿。お祖父様もそのつもりだから、私にお見合いをさせるのよ」



 一般家庭なら一人娘だろうと、夫の家に嫁ぐことだって許される。

 だが私は宝生寺家の人間、しかも宝生寺グループ現社長の一人娘。私の結婚相手は、お父様の後継者の地位が約束されているも同然だ。

 それだけ重要なポジションであり、最愛の妻に似ている私をお祖父様は猫可愛がりして、悪い虫がつく前に相応の相手を当てがおうとしている。



「泉おば様もそれを理解している。だから必要以上に手を出してこないの。でも伊蕗が……次男の息子とはいえど直系の男がいるってなると話は変わってくるわ」



 そこまで言うと、幼い頃から自分の立場を理解している伊蕗は「なるほどな」と顔をしかめた。



「直系に男がいれば、そいつを跡継ぎにって考えるのが普通。俺がいるなら、桜子が宝生寺を出ても問題ないだろうって思われて……」


「本格的に動き出しかねないわ」



 伊蕗にこくりと頷いて、鉢植えの隙間から店内の様子をうかがう。

 すぐに隠れたおかげで、どうやら泉おば様も、付き添っている運転手兼秘書の男性もこちらには気づいていないようだ。



「これで伊蕗が大うつけだったら、会ったところで後継者とは思われないのだけれど……」



 思わずジトッと伊蕗を睨む。

 伊蕗の通う開鵬館高校は、成瑛学園や雅が丘女学院と同じ名高い私立校。しかも歴史のある中高一貫の男子校なので、資産があり教育熱心な保護者が息子や孫を入れたがる人気校だ。

 そこの学生というだけでもかなりブランド価値があるが、我が従弟殿は、強豪と有名なサッカー部でユニフォームをもらうスポーツマンだ。

 身内としては鼻高々だけど、婚約や後継者問題が絡むと厄介この上ない。



「悪いな。後継者と思われそうなぐらい優秀で」



 後継者になるつもりなど欠片もないのだろう。伊蕗は他人事のように笑う。

 実は春休みの京都滞在中、お祖父様が「伊蕗に跡を継がせればすべてが丸く収まるんだがな。どうにかできんものか」と呟いていたことは、可哀想だから黙っておくことにした。



「…………」



 伊蕗はやりたいことがあって開鵬館に入ると、中学受験の時に言っていた。だったらそれが邪魔されないよう、私がお祖父様も納得するような人と結婚すればいいだけのことだ。

 それは見方を変えれば、秋人と婚約しない、本来の宝生寺桜子とは違う道を行くということ。私にとっても得である。



「というかさぁ、そもそもどうしてあの人、そこまでしてさっちゃんを自分の息子とくっつけたがるの?」



 壱之宮家ってもう充分大きいじゃんと、花梨は遠回しに、泉おば様が利益目的で宝生寺家令嬢を迎え入れようとしていると言った。

 そうであれば、いったいどれだけ楽だっただろうか……。



「……あの方は、息子には誰からも祝福される結婚をしてほしいと願ってるの。その条件に当てはまるのが、たまたま私だっただけよ」



 視線を店内の戻せば、その光景にあぁやっぱりと思った。

 あの気位の高い社長夫人が、自ら店に足を運び花を選ぶ理由なんて一つしか思い当たらない。

 秘書に支払いを任せ、出来上がった花束を店員から受け取る。まるで生まれたての赤ん坊のように大事そうに抱えて、それでもしっかりとした足取りで店を去るその姿を隠れながらもじっくり観察する。

 やっぱり化粧は普段より薄いし、靴はかかとが低いもの。花束は、白いカーネーションだった。

 私は「詳しくは知らないけれど」と前置きして言った。



「あの方は壱之宮社長……まぁ当時は社長ではなかったけれど、とにかく結婚について周りにいろいろと言われて、特に母親からは強く反対されたそうなの」



 泉おば様の姿が完全に見えなくなるのを待って立ち上がり、店内の切り花コーナーへと向かう。



「反対?なんで?」


「壱之宮家の人と結婚するのに?」



 伊蕗と花梨は、意味がわからないという顔をする。

 壱之宮家の、それも現在は社長となっている人の価値を知っていれば当然の反応だ。でもなぜ反対されたのか、本当に私にも詳しいことが分からないので、肩をすくめることしかできない。



「味方もいたから無事に結婚できたけれど、その母親とは、結局分かり合えることはできなかった。それをずっと悔やんでらして、せめて息子には自分のようになってほしくないのよ」



 白いカーネーションにそっと触れると、花梨が「あ……」と小さく声を漏らした。私が頷けば、自分の間違いに気づいて黙り込む。



「政略結婚目的だったら、私も、あの方を思う存分嫌いになれたのにね」



 母親と分かり合えないまま死別して、その強い後悔から、一人息子の秋人には誰にも反対されない相手と幸せな結婚をしてほしいと願っている。

 その願いは少女漫画の壱之宮夫人も抱いていて、だから秋人と千夏ちゃんを別れさせようとしたのだ。

 母への後悔と息子への愛情が大きい故の行動。そんな人をどうやって嫌えと言うんだろう。



「やりにくい相手だわ」



 自分が失敗したからって、息子を恋人と無理やり別れさせようとするなんておかしい。理想の押し付けだと、非難することは簡単だ。

 でも私には、両親や友人になにも返せなかった後悔の記憶がある。

 どれだけ悔やんでもどうにもできないから、次はそうならないようにしようという気持ちを痛いほど理解できてしまうのだ。



「まあ、だからって負けるつもりはこれっぽっちもないけどね」


「負けって、勝ち負けがあるのか?」


「あるどころ、絶対に負けられない戦いってやつよ!」



 気持ちは理解できるが、下手に同情してためらえば少女漫画と同じになって、こっちの身が危なくなる。

 それはそれ、これはこれ。時には非情にならねばならぬのだ。



「まさかこんな所でニアミスするとは思わなかったけれど、無事に回避できたし、私達も買いましょう」



 赤やピンクのカーネーションを指差して、ここに来た本当の目的に戻る。



「そういえば桜子、隠れる前に何か言いかけてなかったか?」



 鉢植えか切り花か、アレンジメントか。どんなカーネーションを買うか悩んでいると、伊蕗が思い出したように言う。



「ああ。雪城くんのウワサの件ね」



 別に大したことではないけれど、気になるなら言っておこう。その方が納得できるはずだ。



「彼にだって、好きな人がいてもおかしくないからって言いかけたのよ」



 それなのに私みたいな女に片思いだなんてウワサはあまりにもひどいし、婚約者のウワサだって、もし好きな人がいたら望みが薄くなる。

 今はいなかったとしても、いつかできるかもしれない。そんな時に好きでもない女を好きだと言われ、いもしない婚約者をいると言われるのは、誰だって不愉快だし都合が悪いだろう。



「私と同じで、誰とも恋愛する気がないタイプって可能性もあるけどね」



 それならそれで、やっぱりウワサされるのは嫌だろう。だって私も秋人のことが好きだなんてウワサ、死ぬほど嫌だし。

 さらに言えば、雪城ファンの中でもガチ恋勢である子達にとっても、片思いだの婚約者だのは絶望しか与えない。

 そこまで言えば花梨が「そっか!」と声をあげて手を打った。



「それは消してあげなきゃだ!」


「でしょう?」



 自分がされて嫌なことはしたくない。

 人様の恋路の邪魔もしたくない。

 私のポリシー的に、すべてのウワサを絶対に消すという選択肢しかないのだ。


 ────婚約対策に、成瑛内のあれこれへの投資。水族館での恩に、自分の不始末処理にポリシー。実はあの騒動については、他にもまだ理由や目的があるけどね。


 そんな本音は胸の奥にしまい込んで、私は母の日の贈り物選びに集中したのだった。




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