27-1.すべてが逆だったのよ



 ウワサ払拭劇ことプロパガンダから四日が過ぎた。

 その効果は翌日には現れ、私の予想通り、昼休みのカフェテリアは昨日の話題で持ちきり。放課後になる頃にはウワサが嘘だったという情報が高等部の新常識となった。

 私が廊下を歩けば、遠巻きに見られながらひそひそと「昨日談話室で……」と言われ。教室の自分の席に座れば、内部生の女の子達がそろそろと近づき「桜子様にご不快な思いを……」と申し訳なさそうに言われる。

 しかし私は怒ってなんかいない。心の中ではフゥウウと叫び踊り狂いながらも、顔はゆるりと品良く微笑んで──、



「誤解を与えてしまった私にも非があるのだから、どうかそんなに気に病まないで。間違いだと信じていただけて、私、とっても嬉しいの」



 そう答える私は、どうやら誰が見ても上機嫌だったらしい。

 真琴曰く花をポンポン飛ばして笑う私の様子に、周りは秋人との関係は真っ赤な嘘だと確信したようだ。



「もしも壱之宮様をお慕いなら、あんなにもお喜びになるわけないわ」


「そういえば、桜子様がご自分から壱之宮様に近づかれる姿、あまり見たことがなかったものね」


「ええ、だからやっぱりウワサが嘘。桜子様の仰っていたことが本当のことなのよ」


「ということは、雪城様のご婚約者も……!」


「嘘ってことよ!」



 キャアーと喜ぶ声をたまたま女子トイレの個室で聞いた私は、拳を天井へと突き上げた。

 完全勝利。すべてが思い通りになり、私はこの数日笑いが止まらない。

 だが私以上に笑いが止まらないのは、協力してくれた諸星姉妹だった。



「んふ〜、くひっ、いひひひひっ」


「んふふ、ふひっ、いひひひひっ」



 初夏の爽やか風が気持ちがいい昼休み。高等部の敷地の一角にある東屋に、二つの邪悪な笑いが響く。



「二人ともいつまで笑っているの?」


「いい加減にしなさいよ。昼休み終わるわよ」



 先にお弁当を食べ始めている私と真琴が声をかけても、瑠美と璃美は一卵性の双子らしく、揃ってテーブルに突っ伏し肩を震わせ続ける。



「だって、だってさぁ〜」


「絶対に面白いことになるって思ってたけど」


「あの二人の顔!」


「傑作だよね!」



 双子はヒャヒャヒャヒャッと声を上げて笑う。しかも揃ってテーブルを叩くもんだから、私のスープジャーからすまし汁がこぼれそうだ。

 慌てて持ち上げて「コラ!」と注意しても、これまた揃って「あ、ごめーん」と言って反省のカケラもない。

 プロパガンダの翌日から、双子はずっとこの調子だ。



「女の子に取り囲まれてる秋人と雪城くんが、そんなに面白いの?」


「すんごい面白い!」


「チョー笑える!」



 写真撮りたいぐらい!、と二人は同時に顔を上げて声を揃える。

 その大きな四つの目は、遊園地にはしゃぐ子どものように爛々と輝いていた。



「公園でパンくず撒いたらめちゃめちゃハトが集まってきたーみたいなあの顔!サイコーに面白くない?」


「違うよ!あれは池にエサ撒いたらコイがビチビチ集まってきたーって顔だよ!」


「ハト!」


「コイ!」


「どっちだって変わんないわよ」



 ようやくランチボックスを開けて食べ始めたかと思えば、ハトだコイだと揉め出す。璃美がハト推し、瑠美がコイ推しだ。

 そんな二人に溜息を吐く真琴の横で、私は笑いながら自分のお弁当をつついた。

 ちなみに外で持参したお弁当を食べている理由は、話題の人である私がカフェテリアに行くと針のむしろだからだ。そうなると予測した真琴が翌日から外で食べることを提案し、諸星姉妹がピクニックみたいだと喜んだことでこうなった。

 私はウワサが消せるなら針のむしろぐらい我慢だと覚悟していたので、親友達の気遣いが嬉しくて少し泣きそうになったのは秘密だ。



「ハトにせよコイにせよ。ウワサが消えた途端に声をかけてくる子が増えて大変そうよねぇ、あの二人」



 そろそろノイローゼになるんじゃないかしら。

 日毎に増える肉食女子達に対し、日毎に眉間のしわが深くなる王様と笑顔の胡散臭さが増す王子様を思い出しながら言って笑う。鼻で。



「エサをぶちまけた本人がそれ言う?」


「あら、私は先に無断で撒かれていたエサを掃除しただけよ」



 秋人と私の間に恋愛感情はなく、雪城くんに婚約者はいない。二大巨頭は揃ってフリー──本当は秋人はフリーではないけれど、そこは秘密なのでそういうことにしておく──というのが新常識となった。


 そうなれば、どうなるか。

 無防備な極上の獲物に、肉食系女子達が狩人の目で群がるに決まっている。


 特にアグレッシブなのが紫瑛会の女子生徒達だ。スクールカースト上位という文句を言われにくい立場である彼女達は、獲物を見かけると積極的に話しかけ、これでもかとアピールしている。

 良家の娘らしくふわりと清廉な笑みを向けるけれど、その目は隙あらば仕留める気満々。目指せイケメン彼氏ゲットからの玉の輿!、という強い意志を感じる。

 今まで忠実に守られていた半径五メートルルールはどうなったことやら。



「ところで、私と秋人のウワサっていつからあったか知ってる?」



 わざとらしく話題を変えれば、三人は食事の手を止め私を凝視した。



「いつからって、なんでそんなこと聞くの?」


「実はね、雅が丘女学院でも似たようなウワサをされていたのよ。それがずいぶんとまあ、恋に恋する年頃の女の子らしい妄想でね」



 私はお弁当を食べ進めつつ、春休みのことについて話した。

 花梨……雅が丘の中等科に通う従妹から、高等科で三角関係などというおぞましい関係だとウワサされていると聞いたと。

 そして成瑛にその話が伝わらないよう、雅が丘に縁のある人達にウワサの否定を頼んだと。その効果は現れ始めていると。

 もちろんジュリエットなんて痛々しいあだ名は恥ずかしいので隠したけど。



「でも、すべてが逆だったのよ。雅が丘から成瑛に伝わるのではなくて、成瑛から雅が丘へすでに伝わっていた。先手を打ったようで、後手に回されていたの」



 花梨から話を聞いた時、私はこう考えた。

 秋人と私が赤ん坊の頃からの幼馴染みで、秋人と雪城くんが親友だということを知っている人物じゃないと、あんなウワサは流せないはず。いったいどこの誰がそんなことを言い出したんだろう、と。


 しかし逆だと考えれば、その疑問はあっという間に解ける。


 成瑛の生徒なら、私と秋人が幼馴染みで、秋人と雪城くんが親友で、その関係で私と雪城くんも比較的親しいと当然知っている。

 そのせいで生まれてしまったウワサを、成瑛の生徒が、雅が丘の生徒に話した。

 雅が丘から成瑛ではなく、成瑛から雅が丘。私は自分の周りの厄介な人達の耳に入らないよう先手を打ったつもりだったが、完全に後手だったのである。



「それで私、成瑛の誰がウワサの発生源なのか気になっていてね。秋人共々気をつけていたし、中等部の頃は大丈夫だったのに、いったいどこの……」



 誰がと言いかけたが、お弁当から視線を上げれば、親友達はてんでばらばらの方向を見ていた。

 え、ちょっと、この反応はまさか……。



「……いつから知っていたの?」



 途端に痛み出したこめかみを揉み、ため息混じりに尋ねる。

 すると普段おしゃべりな諸星姉妹はもごもごと口ごもってしまったではないか。こういう場合はもう一人に頼るに限る。ちらりと見ると、真琴は苦笑し肩をすくめた。



「ごめん。わざとじゃなかったの」


「分かっているわ。いろいろと混乱していて、状況を把握したいだけだから……」



 友達だと胸を張って言える子達だ。悪意があって隠していたような子ではないと知っている。

 そもそも私だって三人に山ほど秘密を抱えている。自分のことを棚に上げて、そのことを責めるような気分の悪い行為をするつもりはさらさらなかった。

 ……ん?あれ?そういえばちょっと前にも……。



「もしかして、前に真琴が言っていたのってこれのこと?」


「え?」


「ほら、少し前に話したじゃない。言ったら最後だから絶対に言わない秘密の話」



 先月のことを思い出して言えば、真琴は「あー……」と呻いてから首を振った。



「それとこれは別」


「良かった。言いたくないって言っていたことを、言わせようとしているかと思ったわ」



 なんだ。てっきり私は、ウワサの存在を隠していただけで友達をやめると言い出すような薄情者と思われていたのかと不安になってしまったじゃないか。

 違うと分かりホッとしつつ、じゃあどうして黙っていたんだろうと思った。



「それで?ウワサはいつ誰から聞いたの?」


「去年の今頃だったかしら。私が部活中に聞かれたのよ、宝生寺様と壱之宮様って付き合ってるの?ってね」


「エッ?!ちょ、ちょっと待ってちょうだい」


「待ったが早すぎるわ」


「だって、女子バレー部所属で、私をそう呼ぶって……!」



 成瑛学園の高等部は、成績優秀な生徒を推薦という形で全国から集めている。それは千夏ちゃんのような学業の成績だけではなく、春原くんのような部活動の成績優秀者もスポーツ推薦枠で集めているのだ。

 さらに一芸入試制度があるので、特技があれば資産家の子弟でなくとも入学できるチャンスはある。

 さらにさらに、そうして入学してきた外部生達の間では、『紫瑛会には厄介な性格のやつがいるからなるべく関わるな。もし関わらなければならないのなら苗字に様を付けて呼ぶのがベスト』というアドバイスが先輩から後輩へと受け継がれている。私は桜子様と呼ばれることもあるけれど、それは基本的に内部生の女子が使う呼び方だ。

 つまり、その二点を踏まえて考えると……!



「が、外部生がウワサの発生源ってことぉ?!」



 悲鳴のような私の声に、親友達は揃って頷いた。



「もちろん聞かれた時は否定したわよ。でも部活には、私みたいに内部生も何人か入ってるから。そこから内部生にも広がっていったんだと思う」


「瑠美達もね、クラスの子に聞かれた時は違うって言ってたんだよ?さくらは幼馴染みとしか思っていないって!」


「そしたら聞かれなくなったから、あっ消えたんだな〜もう大丈夫だな〜って思ってたの!だからさくらにわざわざ言うことじゃないって思ってて……」


「消えたのではなくて、確認する必要がないぐらい真実だと思われていたのね……」



 ああ、なんてことなの……。ウワサを知ったのタイミングが、雅が丘中等科の花梨は去年の秋、高等科の高宮さんは夏と言っていた。他校まで伝わるタイムラグを考えれば、発生したのが去年の今頃というのも一致しているではないか。

 雅が丘、成瑛の内部生、外部生。その順でウワサが広がっていくと思い、私は成瑛に伝わる前に手を打ったと思っていた。

 それなのにまさかまさかの逆。成瑛の外部生、内部生、雅が丘の順で知らぬ間に広まっていただなんて……。

 両手で顔を覆い、これまでの人生で一番重たくクソデカい溜め息を吐き出す。



「あ〜なるほどね、外部生、外部生ねぇ〜……」



 中等部の頃は、秋人との関係をウワサされてなんかいなかった。

 それは上流階級のコミュニティーによって、宝生寺家も壱之宮家も総合商社を経営する一族で、現社長……つまりは私達の父親が若い頃からの友人だと知っている人が多かったからだ。

 けれど高等部から入学する外部生はそうではない。コミュニティーの外側である者がその情報を得るのは難しい。


 名家に生まれた幼馴染みの男女。なんともロマンスの匂いがする関係ではないか。

 思春期の乙女の妄想を掻き立てるには充分だろう。


 そして当事者である私がウワサを知らなかったのは、発生源である外部生と縁がないから。

 高等部入学当初から周囲から桜子様と呼ばれ、紫瑛会などという特権階級の生徒とは、誰だってなるべく関わらないようと用心して距離を置こうとするだろう。私自身もそう思われても仕方がないと諦め、距離を縮める事はしなかった。

 そうなればさらに別次元の人と思われ、距離を置かれ、距離を置き……の負のループ。

 春原くんのように普通に会話をしてくれる外部生もいるにはいるけど、絶滅危惧種並みの少なさだ。どっちみち情報が回ってくるわけがない。

 同じく当事者である秋人も然りだ。だってあの男はミーハーなファンは山ほどいても、友人は私以上に少ないのだから。

 情報源が外部生だと考えれば、すべての辻褄が合う。



「どうして私はこうも、大事なことに限って気がつくのが遅いかしら……」



 私が去年一年間好き勝手にしたせいで、少女漫画のストーリーに歪みが生まれていることも。その歪みを修正するための力が働いていることも。

 大事であればあるだけ、気がつくのが遅い。


 秋人と宝生寺桜子に関係する話は、漫画では内部生である親友から教えてもらうことで千夏ちゃんは初めて知る。だから元読者である私は内部生にさえ気を付けていれば大丈夫だと思っていた。過信していた。

 ウワサの発生源が外部生になったのは、たぶん修正力の影響だ。ストーリー上で重要なのは学園内にウワサが流れることであり、発生源はどこであろうと関係ない。


 ああ、もっと早く、周囲との関わり方や距離感について考えを変えておけばよかった。

 例え高等部入学時に『学園でも群を抜いたお金持ちのお嬢様』というレッテルで避けられたとしても、私が仕方がないなどと諦めなければよかった。

 そうすればきっと修正力が修正できないぐらい、漫画の設定を大きく歪めることができたのに。前世の記憶というアドバンテージがあるのに、ちっとも上手く立ち回れない私はどれだけ要領が悪いんだ。



「はあ……」


「桜子」


「なにング?!」



 顔を上げた瞬間、口に何かを突っ込まれた。

 ふわふわで甘酸っぱいそれを味わえば、真琴の本日のランチメニューであるサンドイッチ。その中のフルーツサンドイッチだと分かった。



「ウワサはもう消えた。桜子があれだけのことをして失敗するわけがないし、もしまた何かあっても、私達がいるわ」



 突っ込んだ張本人、真琴は端的に言う。



「……真琴のそういうところ、私好きよ」


「ちょっと調子出てきたわね。それに終わったことをウダウダ悩んでるなんて、桜子らしくないわ」


「そう、よね……ええ、ええ、そうね。この私が失敗なんて、ネガティヴに考えるなんて、ありえないことだわ!」


「それそれ。その調子」



 気づくのが遅れると言っても、ちょっと遅れるだけ。手遅れになる前に気づき対処できてきた。

 今回だって最も危惧するべき秋人の母親に知られる前に、ウワサを消すことができた。

 できることは全部やった。

 それなのに何を私は後悔し続けているんだ。唯一の長所であるポジティブはどこいった?!

 やっちまったことは仕方がねぇ!その後悔は次に活かしていけばいい!オッケー切り替えてこうぜ!これからもガンバッ、ガンバッ!



「よしっ!」


「璃美、そういう顔してる時が一番さくらだなぁーって思うよ」


「春の間の時のさくら、さくらだけどさくらじゃなかったもんねー」



 メンタルリセットを終えた私を見て、諸星姉妹はうんうんと頷いてお弁当を食べすすめる。

 宝生寺桜子だけど私じゃないって鋭いな。でもそれは私のことを知ってくれているからこそで、私は宝生寺桜子という名前の別の人という証拠で嬉しかった。

 と、その時、ブレザーのポケットに入れていたスマホが震えた。



「ん?誰かしら?」



 親友達は今ここで一緒にいるし、両親のどちらかか芽衣ちゃんかな?

 いそいそと取り出しせば、画面には幼馴染みの名前。カフェテリアの二階席でアグレッシブな肉食女子に熱い視線を向けられているであろう秋人の名前が、表示されていた。



「……」


「急ぎの連絡?」


「いいえ、ただのメール広告だったわ」



 面倒くさい気配を察知した私は、メッセージアプリを開くどころかスマホの電源を切り、ポケットに突っ込んだ。

 知らない。私は何も見てない。『ウワサを消せばこうなるって最初から分かってやがったな』という怒りのメッセージなんて見ていません。




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