25-1.運命なんてくそ食らえよ
初日に芽衣ちゃんと遊び、両親との金沢旅行や親友達とのショッピング、さらにバッティングセンターで四月分のストレスの発散。そんな充実した休暇を過ごせたゴールデンウィーク最終日の午後。
うっかりやり残していた英語の課題を片付けていると、辞書代わりにしていたスマートフォンが鳴った。ポポンッと軽快な音はメッセージアプリの着信音だ。
確認すれば、送り主は秋人。
「え?『イルカはありだった』ってなに?」
訳がわからず、思わず送られてきた文章を口に出してしまった。
とりあえずアプリを開いて、『なんの話?』と送る。返信はすぐにきた。
『イルカショー外すなって言ったのお前だろ』
『水族館のこと?』
『それ』
『話が読めない』
『イルカ観てきた。朝倉と』
………………ん?
一度画面を伏せて、ちょっと考えてから画面を見直す。
送られてきた文章に変化はない。
「うえっ、ちょ?!あ、いやいやいや、まだ早い!慌てるのはまだ早いよね。いったん落ち着こうか、うん」
スイスイと画面に指を滑らせて、送信。
『朝倉さんと水族館に行ったということ?』
『今もいる』
…………いまも?
過去形ではなく現在進行形?
「今もぉお?!」
私は修正力なるSF存在の有無を確認するために、秋人に水族館の招待状を渡した。
これを使って、千夏ちゃんをデートに誘え。でもゴールデンウィークは急すぎるから、五月の週末のどこかにすればいい。そう言って。
そしてそれを
目撃すれば修正力有り。どうあがいても漫画の通りに進んでいく可能性大と分かる。
目撃しなければ修正力無し。すべてが漫画の通りになるわけではなく、運命を変えることができると分かる。
そう思っていたけれど……これは……。
「どっち……?」
ゴールデンウィークという時期、水族館という場所。初デートではないけれど、時期はズレず、場所も変わらない。漫画の通りなので、修正力有りに一票だ。
でも私は今、自分の家の、自分の部屋にいる。この後に出かける予定もない。漫画とは違うので、修正力無しに一票だ。
こんなどちらにも一票入ってしまうようでは、二人を水族館へ行かせた意味がない。
まさかこれで修正力の有無を確認しようと思ったのが誤算?この程度では判断できないものだった?
────いいや、まだだ!
少ない情報で無理やり結論を出そうとするのは、愚か者のすること!
急いては事を仕損じる。冷静になって考えるんだ。
漫画の宝生寺桜子が目撃するのは、デートの帰り道で手を繋ぐ二人の姿。しかし現実の二人はまだ水族館にいる。
よってもしも修正力があるとしたら、その力が働くのは今からではないだろうか。
「漫画の目撃シーンは夕暮れだったから……。ミーティス、今日の日没時間を教えて」
サイドテーブル上のクマのぬいぐるみ、AIスピーカーのミーティスに声をかければ、日没予定時間は午後六時半と答えが返ってきた。
「今が三時ちょっと過ぎだから、三時間半ぐらい……」
これから約三時間半、家から一歩も出なければ目撃することはない。
そうなれば、漫画の通りに
結論を出すのは、午後六時半を過ぎてからだ。
私は一度深呼吸をしてから、放ったらかしにしていた秋人に返事を送った。
『デート中に他の女と連絡を取るなんてバカなの?』
いつもだったら事後報告なのに、なんで今日に限って現地報告なんだ。
デートの邪魔をしたくないから、この一文でやり取りを終わらせよう。そう思っていれば、またもや返事はすぐにきた。
『土産買い終わるの待ち中』
なに待ってるんだ、一緒に買い物しなさいよ。
さてはその間に暇だから連絡してきたな?
妙にレスポンスが早いと思えば構ってちゃんモードかよ。
『別行動するなとあれほど……』
『待ってろって言われたんだよ!』
主人の帰りを待つ忠犬か。しかしその間に違う人に構ってもらうようでは、駄犬だな。
呆れていると、返事を送る前にさらにメッセージが送られてきた。
『この前、透也になに言われた』
は?急になんの話?
あとなぜこのタイミングでその名前が出てくる?
『前って?』
『下見の時』
下見の時って……。
「ああ、そういえばあの時もなに話してたか聞かれてたような……?」
稲村穂高から隠れた直後、あの時は私ではなく雪城くんに「なに言った?」とかなんとか聞いていた気がする。
要するに自分が大水槽を見ている間、クラゲコーナーでなにを話したかという質問だろう。
でもあの時にしゃべっていたのは、ほとんど私だ。雪城くんに言われた内容を、あの場にいない秋人に端的に説明するとしたら……。
『ちょっと何言ってるかわかりませんねって感じのこと』
ほんの一瞬考え、あの時に私が思った感想をそのまま送る。
すると少し間をおいて、
『なるほど』
とだけ返ってきた。
聞いておいて反応薄くない?思ったままを素直に送った私がいけないの?でも下手に嘘ついたり誤魔化したりする方がいけないでしょ。
いろいろと言われたけど、あいにく私は救世主でも聖人でもなく、破滅する悪役令嬢。これが事実だ。
だからいまだに私は「はあ?」と思っている。
『でも最後まで聞いてないの。途中で秋人が来たから』
『俺のせいかよ』
『せいじゃなくておかげ。私的にはね』
『は?』
『あのまま話してたら稲村先輩と会ってたから』
ずっと前から──に続く言葉がまったく気にならないと言えば、もちろん嘘になる。
でもあの時にそのまま続けられていたら、私は確実にキャパオーバーを起こした。被った猫を引っぺがしてブチギレていただろう。
だから秋人に遮られて、ほっとしたのも事実だ。
さらに秋人が来なければ、稲村と鉢合わせしていた。さらにさらに雅が丘女学院の上条さんに二人と一緒にいるところを見られたら、例のおぞましい噂の燃料にされてしまうところだったのだから、責めたりなんかしない。
まあ、元はと言えばアンタが下見なんて言いださなければ、全部起こらなかったことですけどね!責めないけど、感謝なんてしませんからね!
『なんでそんなことわざわざ聞くの?』
『なんとなく』
『暇なのね』
『お前もだろ』
『暇じゃない。課題やりたいから暇なら雪城くんに構ってもらって』
『今日最終日だぞ』
『うっかりしてたのよ』
そのまま課題を進める片手間でやり取りを続けていれば、短く『戻ってきた』と送られてきた。千夏ちゃんが戻ってきたという意味だろう。
私が『帰り道に気をつけて。暗くなる前にお家まで送ってあげなさい』と送れば、もう返事は来なかった。
お土産を買っていたということは、水族館はもう出るつもりなのだろう。
しかし今の時刻は午後三時半。日が傾き始めるにはまだ早いから、二人はこの後もしばらく一緒にいるはずだ。──きっとそれが、漫画の目撃シーンに繋がるのだろう。
大丈夫。日の入りまで出かけなければ、仮説はすべて間違い、思い過ごしということになる。
三時間なんて、課題の続きをやったり、部屋でぐうたらしたりしていればあっという間だ。大丈夫、大丈夫。
そう念じながらスマートフォンで午後六時半にアラームを設定し終えると、部屋の扉をノックされた。
「桜子ちゃん、ちょっとだけいいかしら?」
この家で私をそう呼ぶのは一人だけ。
返事をすれば、お母様は扉を開けて見慣れた微笑みを覗かせた。
「あら、お勉強の邪魔をしちゃった?」
「ううん、大丈夫。どうかしたの?」
「今日でお休みは終わりでしょう。だからお夕飯はどこか外でいただこうかって、お父様と相談していたの」
ボキッと、手に持っていたシャーペンの芯が折れた。
「……行くとしたら、何時に出かけるの?」
「六時ぐらいかしら」
子持ちの人妻らしからぬ無邪気な笑みで「桜子ちゃんはなにが食べたい?」と聞いてくる。
いつもだったら喜んで食べたい物を言うけれど、今は胃痛と寒気でそれどころではなかった。
「わ、私は……今日は家で食べたい、気分かなぁ〜」
「そうなの?どうして?」
「ここ何日か出かけてばっかりで、なんだかちょっと疲れちゃって。それにほら、九時から放送のドラマ。あれ、お母様も毎週楽しみにしていたでしょう?」
「あっ、そうだったわ!」
すっかり忘れてた、とお母様は口元に手を当てる。
「先週の終わり方がすごくてね、続きが気になっていたの」
「ね?外食はいつでもできるんだから、今日は家でゆっくり過ごしましょう」
「そうね」
うなずくお母様に、私もにっこり笑ってうなずき返す。
そして「お父様にもそう伝えるわね」と言って去るのを見送った。
耳をすませば、リビングの方へと足音が小さくなる。完全に聞こえなくなった瞬間、どっと体から力が抜けた。
「違う、絶対に違う!あれは偶然、たまたま、お母様のお出かけスイッチとお父様の家族サービススイッチがたまたま入っただけ!修正力なんて、そんな……!」
落ち着け、落ち着くんだ私!
百歩、いや千歩譲って本当に修正力が実在して。それによって私が外出させられそうになったとしても、こうやって外出を回避できたんだ。
家から出ない以上、漫画の通りに手を繋いで歩く秋人と千夏ちゃんを目撃することはない。
回避できたのなら、結果的には修正力無しが有力。漫画に近いことが起きても、すべてが漫画の通りになるわけじゃない。
私の運命は、変えられる。
「運命なんてくそ食らえよ。絶対に変えてやる……!」
こっちは五体満足で長生きして、友人達の結婚式に出席したり親孝行したりするって決めてるんだ。
悪いことは何にもしていないのに、勝手に幼馴染みの婚約者に祭り上げられた挙句に交通事故にあってたまるか。
運命だの修正力だの、そんなもんは愛用の金属バットでタコ殴りにしてくれるわ!オラオラァ!
────三時間後。
英語の課題も終え、読みかけの小説のページをめくっていると、セットしていたアラームが午後六時半を報せた。
あれから家どころか、自分の部屋からも一歩たりとも出ていない。
窓の外はもう暗い。漫画のシーンの再現……私を、漫画の宝生寺桜子へ修正することは不可能になった。
少女漫画では、手を繋ぐ二人を宝生寺桜子が目撃することで第二部のストーリーが動き始める。漫画の展開的にこれは絶対に外せない出来事だった。
だからもしもこの世界に漫画通りに事を進める力があるのなら、私は絶対に外出させられていたはず。けれど、そうならなかったということは……。
「あ〜もうっ、全部私の思い過ごしか〜」
そりゃあこの世界はSF小説じゃなくて少女漫画なんだから、あるわけないよね。そんなもの。
無事に修正力無しが確定し、私は安心してゴールデンウィークを終えることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます