24-2.もう答えは出ているんじゃない?


 私は芽衣ちゃんに、言える範囲のことをすべて話した。

 雅が丘女学院の高等科で発生したらしい三角関係の噂は、事実無根で嘘八百だということ。

 その噂が関係各所に伝わると、私の立場が非常に危うくなるということ。

 噂の払拭のために、叔母と従妹、さらには古い知人に協力してもらっていること。

 おまけで超有名悲劇のヒロインの名前は、あだ名として恥ずかしいし痛々しいから心底やめてほしいこと。

 すべてを、懇切丁寧に、パフェのアイスがドロドロに溶けきって、コーンフレークがフニャフニャになるぐらいの時間をかけて、私は話した。



「ご理解いただけましたでしょうか?」


「雅が丘女学院高等科の生徒を代表して謝罪するわ」


「分かってくれてなにより」


「あと個人的な謝罪だけど。噂を聞いた時に、御曹司二人を手玉に取るなんてめちゃヤベェ女じゃん絶対に関わらないでおこって思ってごめん」


「大丈夫。私が芽衣ちゃんの立場なら同じこと思うから」



 お金持ち学校の様呼びされてる資産家令嬢って時点で、ほとんどの人からヤバい人認定される。そこに毒婦みたいな設定を追加されたら、誰からだってヤバい人認定される。

 私もそんな人とは全力で関わらないようにするので、非難も抗議もしない。


 というか、私が周囲から距離を置かれがちなのって、もちろん私にも問題があるけど、そういう周りの勝手な噂やイメージのせいでもあるのでは?

 いや、問題があるからそういうイメージを持たれるのか?

 いやいや、でも今の私にもこうやって友達がいて、良いところがあるって言ってくれる人達がいる。見て、知ってくれている人もいるから…………うん、今はやめよう。多分これ、タマゴが先かニワトリが先かみたいな問題だ。

 今の私が真剣に考えるべきは、芽衣ちゃんの恋愛相談だ。



「というわけで、幼馴染みに片思いしてる仲間じゃなくて友達としてでもいいなら、どうするべきか一緒に考えさせて?」



 置いたままにしていたスプーンを持って、私なんかで力になれるならと問う。

 すると芽衣ちゃんは、



「うん、お願い。一緒に考えて」



 肩から力を抜き、でもすっと姿勢を正して苦笑した。

 この子は他人と距離を置きがちの私に、声をかけてくれた子。変わろうと思うきっかけをくれた子だ。

 そのお礼をできるのなら、どんとこい!



「それじゃあまずは、詳しく……じゃなくてもいいか。言える範囲のことでいいから状況を教えてくれない?人柄も知らないのに、ああだこうだ言うのは好きじゃないの」


「あー、うん、そうだよね。ええと……」



 なにから言おう。どう言えばいいんだろう。そんな表情で考える姿にしばらく黙って待てば、芽衣ちゃんはまず幼馴染みくんことを……ずっと片思いしている人のこと、教えてくれた。



「私の家のお向かいが、そいつの家なんだけど。同い年の子がいるからって母親同士がすごく仲が良くて、通う学校は違うけどいっつも一緒に遊んでたの」



 うわぁ〜どこかで聞いた話と似てる〜。

 私は黙って聞きながら、溶けたアイスのせいでふやけてしまったコーンフレークを心を無にして食べ進めた。



「昔はね、家族同然、弟みたいなやつって思ってたの。でもねぇ〜その、まあ、ね?あれよ?」


「恋愛対象として見るようになった、と」


「そうでーす……」



 今度は芽衣ちゃんがコーンフレークを食べ始める。

 今日の彼女のヘアスタイルは、弾けるような活発さのあるポニーテール。あらわになっている耳は、これでもかと赤かった。

 あらあらまあまあ、恋する乙女はなんでこんなにも可愛らしいんでしょう。

 とはいえど……。



「弟から恋愛対象に変化、ねぇ……」



 そこが、私と芽衣ちゃんの決定的な違いだなぁ。



「その変化のきっかけって何?」


「えっ?!そこまで言わなきゃダメ?」


「私は秋……幼馴染みのことはずっと幼馴染み、大事には思ってるけどあくまで友愛なのよ。だから友愛が恋慕に変わるっていうのが、よく分からなくて」



 言いたくないなら言わなくていいよ、と言葉を補う。

 すると芽衣ちゃんはちらりと窓の外を見て、うーんと唸ってから、おもむろに口を開いた。



「中二の時にね、女の子と話してるのを見たの」


「見たって、幼馴染みくんを?」


「うん。後で聞いたら小学校の頃の同級生で、別に付き合ってるってわけじゃなかったんだけど。でも私は、見た瞬間にあれ?って思ったの」


「あれ?」


「嫌だなって思ったの。でもなんで嫌だと思ったのかその時は分からなくて、だからあれ?って」



 嫌?女の子と話してるだけなのに?

 よく分からなくて、私は首を傾げて続きを待った。



「それからちょっと経ってから、うちの母親と幼馴染みの母親が話してるのを聞いたんだけど……。それ、息子の部屋を掃除してたら女の子からのラブレターが出てきたのよぉ〜って話だったの」


「うわぁ」



 中学生の息子の恋愛事情をよそで話すって、芽衣ちゃんの幼馴染みくんのお母さんエグいことするなぁ〜。

 というか、このご時世にラブレターって……。

 可愛いレターセットを使ってハートのシールで封をして、誰もいないタイミングを狙って下駄箱に入れるアレでしょう?

 奥ゆかしさの極みか。そんな古風な女子中学生、可愛いに決まってんじゃん。



「で、聞いた瞬間、私また嫌だなって思ったの。でも今度はなんで嫌なのか、今度ははっきり分かった」


「なんで嫌だと思ったの?」


「誰かのものになっちゃうのが、嫌だったの」


「誰かの、もの……」


「手紙の子と付き合うのかなって考えたら、すっごい嫌だったの。それで、ああ私アイツのこと好きなのかって気がついたってわけ」



 はっきりと、迷いなく、窓の外から私に視線を戻して、芽衣ちゃんは言い切った。

 なんだか私は、すごい話を聞いてしまったのではなかろうか。



「はへぇ〜なるほどね〜はあ〜〜」


「ちょっ、何よその顔!」


「いや、私は誰かに対してそう思ったことが一回もないからさ、すごいなぁアオハルかよ〜って思って」



 芽衣ちゃんは幼馴染みくんが好きだったのに自覚がなくて、ふわふわと漂っていた気持ちが、ささいな事をきっかけにストンと腑に落ちた。

 恋は落ちるものだってずっと前に叔母のゆりちゃんが言っていたけど、まさにそれだ。さすが恋多きアラサー女子。



「それで?好きって気づいてどうしたの?告白したの?」


「す、するわけないでしょう?!」


「はあ?」


「え、なんでキレられてんの私」


「白馬の王子様が迎えにくるのは選ばれし者だけなのよ?誰かのものになるのが嫌って思うぐらい好きって気づいたのなら、逆に迎えにいけばいいじゃない。成瑛の女の子なんて、六割が肉食獣よ」



 迎えにいくなんて甘いもんじゃない。獲物を狩りにいく姿勢だと言えば、芽衣ちゃんは「共学こわっ」と顔を引きつらせた。



「それに芽衣ちゃん、私の時はすごいグイグイ来たじゃない。どうして急に奥手になるの?」


「そ、れは、恋と友情は別っていうかぁ……」


「ちょっ?!」



 芽衣ちゃんの視線がどんどんと下がり、しぼむように背中が丸まっていく。

 やだやだ待って待って。私なにか悪いこと言った?!

 この手の話は秋人としかしたことがないから、それと同じノリと空気で言ったけどダメだった?!

 恋愛思考回路死滅女なばっかりに、恋する乙女のガラスのハートを傷つけちゃった?!



「芽衣ちゃん、ごめん!私誰かを好きになったことないから、よくないこと言ったかもで、あの、本当にごめんなさい!」


「あ、いや、違う!図星つかれただけ!ただ、その……私、異性として見られてないっぽくて、だから告白以前の問題で……」


「オッケー芽衣ちゃん、無神経な私をどうぞ殴って」


「とんでもない額の慰謝料請求されそうだから嫌よ。あと別に桜子は悪くない」


「悪いわよ!全面的に!」



 もう一度謝れば、気にしないでと首を左右に振られた。

 無理です、めちゃくちゃ気にします。無神経発言をした私が悪いんだから慰謝料の請求なんてしないもん。だから殴ってください。そうじゃないと私の気が済まないのよ〜。



「私も好きって気づくまで意識してなかったんだから、向こうが私を意識してくれなくて当然。だからそこはいいの」


「でも……」


「単純に私が、フられるのが怖くて、フラれて気まずくなるぐらいなら言わなくていいやって思って、言わないでいただけだから」



 あっけらかんとした口調で、芽衣ちゃんは言う。でもその目は、それとは真逆だった。



「……それで、幼馴染みくんへの好きを忘れるために、たまたま告白してきた人と付き合ったの?」


「うん、そう」


「さっき聞いた感じだと、別れを切り出したのは芽衣ちゃんだよね。その正確な理由って聞いても大丈夫?」


「元々知り合いで悪い人じゃなかったし、付き合ってれば好きになると思ってオッケーしたの。でもそうじゃなくて、それが申し訳なくなって……」


「なるほどねぇ」



 私は、誰かに恋愛感情を抱いたことはない。だから複雑な恋愛心理は正確に理解してあげられない、共感もしてあげられない。

 つらいなら、想うのをやめてしまえばいいとすら考えてしまうのが私だ。

 そんな私が、真剣に悩んでいる子に言える言葉なんて一つもない。分かった気になって、適当なアドバイスするなんて、絶対にやってはいけない行為だ。

 でも、人間関係という広い意味で考えれば、今の関係を壊したくないから言えないという気持ちは理解も共感もできる。



「芽衣ちゃんはいい子ね」



 思ったままを口にすれば、芽衣ちゃんはぽかんとした表情で私を見てきた。その抜けた顔が可愛くて、思わずにっこり。



「幼馴染みくんを気まずく思わせないために、自分の気持ちを押し殺せる。自分を真っ直ぐに好きと言ってくれる相手に対して、本音を偽ることに罪悪感を持てる。優しい、いい子なのよ」



 私が他人と距離を置く癖がついたのも、猫を被って自分を偽るのも、誰かのためじゃない。全部自分のためだ。

 踏み込まれて化けの皮を剥がされた先で、幻滅されるのが怖いからだ。

 でもそうやって本音を隠して愛想笑いを浮かべることに、私は一度だって罪悪感を抱いたことはない。その方が人間関係円滑じゃん、とかなんとか思ってたぐらいだ。

 そんな私とは、全然違う。

 この子はすごく、すごく優しい女の子だ。



「芽衣ちゃん。私思うんだけど、元カレくんからの連絡にどうしようって思った時点で、もう答えは出ているんじゃない?」


「出て、ないわよ、だから桜子に……」


「芽衣ちゃんは優しすぎて、二人を気遣いすぎなのよ。一度二人のことは忘れて、自己中心的になってもいいと思うわ」



 ふるふると力なく首を振る優しい女の子に、私はしっかりと首を振る。



「人生は一度きりなんだから、自分のやりたいように、好きな方を選んでいいのよ」



 一つ前の生の記憶がある私が、こんなことを言うのはなんとも皮肉が効いている。

 でも私は前の生の延長線上を生きているわけじゃない。区切りはついている。前は前、今は今だ。

 だからこそ到底受け入れられない運命を変えるために、これまで自己中心的に好き放題やってきたのだ。



「さっきも言ったけど、私は初恋もまだなの。でも……ううん、だからこそ、誰をそういう意味で『好き』って気持ちを、蔑ろにはしてほしくないと思ってるの。私には無いものだから」



 芽衣ちゃんに好き放題させる。自分の気持ちを優先させるということは、元カレくんの気持ちを蔑ろにするということだ。

 そんなことは分かってる。これは綺麗事だ。


 でも、綺麗事で上等だ。


 目の前の優しい女の子を優先してなにが悪い。大切な友人に幸せになってほしいと思ってなにが悪い。

 顔も名前も知らない人の心配をするほど、私は聖人君子でもなければ博愛主義でもない。……まあ、そうは言っても──、



「ちゃんとはっきり言わないと、元カレくんもズルズル引きずって次に行けないんじゃないかしら。中途半端なことをすれば、また彼を傷つけるだけ。それが分かっていたから、どうしようって思ったんじゃないの?」



 自分の気持ちは、案外自分では気づけないものだ。

 誰かに言われて初めて気づくってことは、たくさんある。

 だから恋愛思考回路がショートし断線してる私ができるのは、こうすればいいよっていう道を示してあげるじゃない。



「どちらを選ぶか、どちらも選ばないか。あなたがどんなワガママな選択をしても、私は否定しないわ。だから芽衣ちゃんにも、自分の気持ちを否定するのはやめてほしいわ」



 こういう選択もあるんだよ、と。

 勝手に通行止めにしていた道を、その通行止め看板を愛用の金属バットフルスイングでぶっ壊して通れるようにするだけ。

 どこを通るかは、本人が決めることだ。



「芽衣ちゃんの気持ちは、どこにあるの?」






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