24-1.ちゃんと考えた方がいいかな

 ゴールデンウィークになった。

 テレビから流れる高速道路や駅、空港の混雑情報を、私は広いリビングでのんびりと聞き流す。



「桜子ちゃん、今日は何時に帰ってくるの?」


「うーん。ランチの約束してあるから午後にはなるけど、具体的に何時かは決まってなくって……」


「あんまり遅くなっちゃダメよ。明日は金沢に行くんだから」



 めっ!、と幼児を叱るような態度のお母様。十七歳の私はつい乾いた笑いが出そうになったけれど、手の中のスマートフォンで時間を確認するフリでどうにか誤魔化し「分かってる」と頷いた。



「ところで、今日は誰と会うんだ。さっきからそんなにそわそわして」



 お母様の次はお父様か……。

 私の交友関係に口を挟むのはお母様の十八番だったけれど、テレビを見ながら何度もスマートフォンを確認していたせいで不審に思ったらしい。

 まさか彼氏でもできたのか、と言いたげな視線に、白けた視線で返す。



「この前のお花見で仲良くなった子です。雅が丘女学院の子で、緑川芽衣ちゃんっていうの」


「あら、真琴ちゃんと双子ちゃん達じゃないのね」


「雅が丘で、緑川……。もしかして緑川ダイニングのお嬢さんか?確かあそこの代表には、桜子と同い年のお嬢さんがいただろう」


「いただろうって言われても私は知らないし、芽衣ちゃんにもお家で事業をしているかは聞いていないから……」



 知らないと首を振りながら、緑川ダイニングって事業者名なんぞに興味のない私でも分かる外食産業で有名な会社じゃんと思った。

 雅が丘女学院に通っているならそれなりのお家柄だろうとは思ってたけど……。芽衣ちゃん、がっつりお嬢様だったのね。京都の鴨川等間隔カップルに舌打ちする令嬢、なかなかの猫かぶりだ。

 なんてことを思っていると、お父様は「まあ」と言葉を続けた。



「桜子が会うのを楽しみにする相手はそう多くないんだ。どこの家の子だろうと、親しくなれたのなら大事にしなさい」



 さらりと、それが当たり前のことのように言う。

 どこの家の子だろうと。その言葉が私にとってどれだけ価値のある言葉か、お父様は知っていて使っているんだろうか。



「……うん。もちろん、そのつもりです」



 成瑛学園のような特殊な学校に通わせる親は、子どもに「付き合う相手は選びなさい」や「あの家の子とは仲良くしておきなさい」などと言ってくる人が多いと聞く。実際、私自身も宝生寺の娘というだけですり寄られることも多い。

 けれどお父様は、どこにでもいる父親だ。年頃の娘を心配しつつも信頼して、必要以上に縛り付けない。自主性を重んじる、というやつだろう。

 お母様の『幼馴染みの秋人くんと結ばれてほしい』願望も、迷惑でうんざりしているけど、一人娘に幸せになってほしい気持ちの表れと言い換えることもできる。


 私は、すごく、すごくすごく恵まれた環境で生きているんだ。それに報いたい。前世でできなかった分も。

 今の両親を前の両親の代わりにするつもりはないけれど、今度は親不孝者にはなりたくない。

 前世に区切りをつけることのできたからか、その思いは、前世を思い出した時より強くなっていた。



「大事にしますよ、全部」



 たくさんの人の連絡先、交わした会話、一緒に写った写真。そんな繋がりの証であるスマートフォンの黒い画面を撫で、両親に「いってきます」と言ってから家を出た。

 都会の人間は、連休になると都会の喧騒を離れたくなる生き物なのか。普段の休日より交通量の少ない気がする街並みを眺めながら、待ち合わせ場所である駅前まで車で送ってもらう。

 そして車を降りて辺りを見回すと、事前に約束していた通り、時計の下に芽衣ちゃんらしき女の子が見えた。……が、足が止まる。



「えぇっと、あれはどっちかな……?」



 私は基本的に女の子の顔は見間違えない。何年も会っていなくても名前を聞けばすぐに思い出せるし、一卵性の双子だろうと見分けられると自負している。なので時計の下にいるのは、芽衣ちゃんで間違いない。

 しかしその芽衣ちゃんの前には、三人の同年代ぐらいの男がいて、なにやら話しかけているようなのだ。


 この場合、考えられるのは二つ。たまたま会った知り合いか、ナンパか。


 知り合いなら私が今行くとアウェイになってしまうけど……。などと悩んでいると、男の一人が芽衣ちゃんとの距離を詰め、芽衣ちゃんが嫌そうな顔で一歩後ろへ下がった。

 はーい、ナンパ、それもかなりタチの悪いヤツ確定でーす。桜子、いきまーす!



「待たせてしまってごめんなさい」



 あえてカツカツとヒール音を立てて近づき、男達の背後から芽衣ちゃんに向かって声をかける。



「桜子……」


「さっ、早く行きましょう。時間がもったいないわ」


「えー、俺ら完全無視?ひどくない?」


「待ち合わせの子だよね。暇なら俺たちと一緒に遊ばない?」



 芽衣ちゃんの手を取って去ろうとすれば、三人のうちが二人がなんのひねりもない常套句を吐く。

 そこで初めて私は男達に目を向け、にっこりと、長年の猫かぶりで培ってきた他者を寄せ付けぬ令嬢スマイルを浮かべた。



「あなた達に使う時間はないと言ったのだけれど、理解できなかったかしら?」



 それじゃあさようなら、と男達が何かを言ってくる前に、今度こそ芽衣ちゃんを連れてその場をすたこらさっさと離れた。

 しばらくそのまま歩き続ける。そして角を曲がり男達が見えなった瞬間、芽衣ちゃんがプッと吹き出した。



「ちょっと!どこのイケメンが来たかと思った!」


「かっこよかった?」


「あれはホレる。イケメンにやらてたら一発で落ちてた」


「それはそれは。女でどうもすみませんでした」



 ケラケラと笑う芽衣ちゃんの手を離し、とりあえず「おはよう」と挨拶をしておく。



「でも、私ももうちょっと早く動けばよかったわね。知り合いかもって思って、ちょっと迷っちゃった」


「あーそういうパターンあるもんね。でもめちゃめちゃ慣れてるわね。もしかして出かけるたびにナンパされる?」


「まさか!慣れてるのは、友だちとか親戚とかとがナンパされるのを蹴散らしてるから。私は宗教の勧誘しかされたことない」


「宗教!」


「あ、うち仏教なんで〜って言って逃げたけど」


「逃げ方テンプレすぎ!あっははははは!」



 よっぽどツボに深く刺さったのか、芽衣ちゃんはついにお腹を抱えて笑い始めた。

 さっきまでのしおらしい姿はどこへ行ったんだ。これなら私が動かなくても、自力でどうにかできたんじゃないだろうか。



「ねえ、もうこの話題やめない?おっきいパフェは?」


「お店こっち」


「急に落ち着くのやめてぇ?!」



 そうだった。この子は急に「やっぱなし!」と叫んで立ち上がり、ちょっと歩いてまた座るという奇行をとった前科があるんだった。

 しかも曰くその理由は「落ち着きたかった」だから、見せられたこっちは落ち着かない。取扱説明書がほしい。



「ほら桜子、行くよ!一日限定十個のパフェだから、早く行かないとなくなる!」


「うわっ、ちょ!?」


「あれ?ここ工事中?え〜もうしょうがないわね、遠回りだけどこっちから行くよ」


「ま、待って、転ぶ!転ぶから!」



 さっき私がやったのより、力強い。手ではなく腕を取られて、こっちこっちと強引に迂回路へ連れて行かれる。


 なんか最近、こういう事をいろいろな人にやられてる気がする……。


 でも今日のこれは、気分としては散歩が大好きな犬にリードをぐいぐい引っ張られるような感じだ。

 そういう犬は、リードを離した瞬間にあっという間に遠くへ走っていってしまう。運が悪いと二度と会えなくなる場合もある。だから飼い主は、絶対に愛犬のリードを手放してはいけないのである。

 芽衣ちゃんが犬だとは思っていないけれど、結局私は芽衣ちゃんが止まってくれるまで、腕を引っ張られ走らされた。



「ここ?」


「うん、ハア……そう、ここ……ハア、ハア」



 案内されたのは、裏路地にある店。

 赤レンガの外観はレトロ感があるけれど、入口近くの立て看板には可愛らしいチョークアートが描かれている。ぱっと見は渋いマスターのいそうな純喫茶だけど、たぶん経営しているのは若い女性のカフェだ。



「へえ〜可愛い〜。こういうところ好き」


「あ、ほんと、ハア、それならよかった」


「さっきからすごいハアハアしてるけど大丈夫?」


「逆になんで息上がってないわけ?!」



 同じ距離走ったのに!、とまさかの逆ギレである。



「私、体力には自信があるの」


「スポーツテストやったよね?シャトラン何回?」


「ええっと、たしか六十……」


「オッケー分かった、もういい」


「なんかごめん」



 本当はもう少し走れた。でも脱落していないのが陸上部やバスケ部、バレー部といったゴリゴリの運動部エース級女子ばかりと気付き、内部生で帰宅部の生粋のお嬢様・宝生寺桜子のイメージ的に七十回超えはマズいと思って途中で切り上げたことは黙っておこう。

 芽衣ちゃんはどこか悔しそうな顔で、お店の扉に手をかける。それに続いてお店に足を踏み入れれば、案の定、カウンターの中に三十歳前後の女性が一人だけいた。



「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」



 人懐っこそうな笑顔でそう言われて、芽衣ちゃんが「窓の近くでいい?」と言うので頷いた。

 座って内装を見渡せば、カウンターやテーブル席は外観と同じ純喫茶風。でもインテリアや手書きのメニュー表はやっぱり女性的なセンスを感じるから、純喫茶だった場所を若い女性客向けに改装したって感じかな……。



「中も可愛い。雅が丘の友達ともこういう所来るの?」


「えっ!?あー……ううん、ここは違うかな。それでね、これが私が言ってたパフェなんだけどね」


「どれどれ、えっ四十センチ!?」


「大きいから二人からじゃないと注文できないの。あ、今さらだけどシェアとか嫌なタイプだった?」


「ううん、友達となら全然気にしない。チョコとイチゴと抹茶、どの味にする?」


「桜子が選んでいいよ。さっき助けてくれたお礼ってことで」



 そう言ってもらえるなら選ばせてもらおう。

 でもどの味を選んでも美味しそうで、迷ってしまう。普通の大きさなら二人で違う物を注文して二つの味を楽しむこともできるけど、一つしか選べないなんて……。

 メニューをじいっと見ながら散々悩み、結局一番上に書いてあるチョコレートパフェを注文した。

 そしてしばらく他愛ないおしゃべりをして待っていると、思わず「おおう……」と声が出てしまうパフェがやってきた。

 上はチョコレートソースとアーモンドスライスがかかったホイップクリーム、チョコプリン、ブラウニー、バナナとクッキーが突き刺さっている。ガラスの器の中身を見下ろしていけば、チョコ味のアイスやムース、コーヒーゼリーなどなど、途中で角切りスポンジやコーンフレークを挟んだ、王道かつシンプルなチョコレートパフェだ。

 ただいかんせん、デカい。



「四十センチって、こんなに大きいものだっけ……?」


「目の前にくるとすごいわね。いける?」


「いける」



 二人で持ち手の長いスプーンで、上から食べていく。

 おっ、ソースはビターチョコか。ミルク感の強いクリームと素晴らしいコンビネーションだ。



「……あ、のさぁ、桜子」



 しばらくパフェの感想を言いながら食べ進めていると、芽衣ちゃんがブラウニーを突きながら気まずそうに口を開いた。しかしすぐにブラウニーを食べて、黙ってしまう。

 私はクッキーを引っこ抜きながら、返した。



「無理に言わなくていいわよ」


「えっ?」


「私が猫を被らないでいい相手だとしても、言いたくないって少しでも思うなら、無理して言わなくていいよ」



 引き際が良すぎるのは、単なる保身からくる逃げ。それはよく学んだ。距離の取り方を変えるって気持ちは変わらない。

 でもやっぱり、無理に他人のデリケートな部分に踏み込んで暴くのは好きじゃない。

 それに、聞かないことが救いだと言った人が、いるから。



「もちろん、言いたいことがあるのなら、ちゃんと聞くけどね」



 距離の取り方は変えるけど、今の私のままでもいいと肯定してくれる人がいるのなら、変わらなくていい部分は残していこう。バランスの良いところを見つけていこうじゃないか。

 先日のドタバタ水族館を経て、そういう結論に至ったわけだ。

 まあ、相変わらず私がいつ誰を救ったのかは分からないし、あの時の言葉の続きも聞けないままだけど。


 というかあの男、人が決意したばっかりのところに、心のちゃぶ台を思いっきりひっくり返しやがってぇ……!

 肯定してくれて、それこそちょっと救われたと思っていなくもないけれど、あの出鼻くじかれっぷりはちょっと怒りも感じる。いったいどういう魂胆であんなことを言ったんだか。

 人のことを何を考えているか分からないと言ったけど、その言葉はそっくりそのままお返ししたい。



「桜子って、変なタイプに好かれること多いでしょ」


「あ!コーヒーゼリーとホイップクリーム、一緒だとすっごいバランスいい!おいしい!」


「誤魔化し方ヘタクソか」


「否定できないのが悲しい」



 幼少期に近づいてきた幼女にハアハアするタイプの変質者だけなら、もう被害はないので否定できる。しかし先月の誕生日にあった差出人不明のバラの件があるから、厄介なタイプに何かしらの感情を向けられることは否定できなかった。

 あとスベスベマンジュウガニの件もある。どっちの意味でも否定できないのがつらすぎる。



「でもまあ、なんか、そういうこと言ってくれる人でよかった」



 芽衣ちゃんはコーヒーゼリーとホイップクリームを一緒に食べて、「あっ本当だ。おいしい」と薄く笑った。



「さっき桜子、ここに雅女の友達と来るのかって聞いたでしょ?」


「うん」


「友達とは来てない。それは本当」


「うん」


「それで、実は友達とじゃなくて……元カレと来たことはある……」


「ほほう、元カレと。どうぞ続けて」



 私は食べる手を止め、そっとスプーンを置いた。



「いやなんでスプーン置くの」


「さっき言ったでしょう。ちゃんと聞くって」


「食べながらでいいから!」



 アイス溶けるでしょ!、と睨まれるけど、ふくれっ面は可愛いだけである。

 とはいえアイスが溶けてしまうのも本当のことなので、私は食べるのを再開した。



「それで?ここが元カレとの思い出の場所とぶっちゃけて、その続きは?」


「思い出の場所って……。まぁいいか。それでその元カレっていうのが、別に私は好きで付き合ってたわけじゃなくて」


「えっ??」


「私には別に好きな人がいて、その本命を忘れようかなって思ってる時に、たまたま告白されたからオッケーして付き合っただけです。そして別れたのは京都で桜子に会う三日前。さらに昨日、相手から復縁希望の連絡がきました。さてどうしましょう?」


「どうしましょうね?!」



 私はほとんど放り投げるようにスプーンを置いて、頭を抱えた。



「えっ……と、つまり芽衣ちゃんは恋愛相談がしたいということでオッケー?」



 こくりと頷かれ、今度は言葉を失う。

 なぜって、それは私達はまるで長年の親友のような空気感で会話をしているけど、こうして会って話すのは三回目だ。

 私はまだ芽衣ちゃんについて知っているのは、名前と同い年ってことと、雅が丘女学院に通っているということだけ。出かける前にお父様に大手外食企業のお嬢さんかと聞かれても、知らないとしか答えられなかったほどだ。

 それなのにいきなり恋愛相談って、ちょっと荷が重くはないだろうか……。



「私なんかに言ってよかったの?もっと、ずっと前から仲良くしてる子とか……」


「桜子だから言ったの」


「あっはい」



 きっぱり言われてしまうと頷くしかない。

 それに、そういう相談をしてもいい相手だと思ってくれてるってことだし、これは真剣に相談に乗るべきことだ。



「昨日元カレから連絡が来て、私、どうしようって思ったの。それですぐに桜子のことを思い出して……」


「私のこと?」


「別れた理由がさ、結局ずっと本命の……幼馴染みのことが好きだったからなの」



 あれ?おかしいなぁ、急に寒気がするぞ?パフェに盛られたアイスをパクパク食べたせいかな?



「でも向こうはまだ、その、私が好きだからって昨日連絡がきたのよ」


「……へえ」


「だから望みの薄い片思いは諦めて、好きって言ってくれる人のことをちゃんと考えた方がいいかなって思って。桜子ならそういう場合どうする?」


「……」



 どうしよう。

 頬を染めて話す芽衣ちゃんは大変可愛らしい恋する乙女の顔をしているのに、猛烈に嫌な予感がしてきた。



「……ねえ、芽衣ちゃん。まず一つ確認したいことがあるんだけど」


「なに?」


「どうして幼馴染みへの片思いを諦めるかどうかの悩みで、すぐに私を思い出したの?」


「えっ?だって桜子、幼馴染みの壱之宮の御曹司のこと好きなんでしょう?」



 ハイほらやっぱりね!そんなことだろうと思いましたよ!!ええ、思いましたとも!!!

 だって芽衣ちゃん、雅が丘女学院高等科の子だもん!花見の日に私が名乗ったら、例のとんでもないあだ名を口走りそうになってた子だもん!!

 あの根も葉もない三角関係の噂を知ってると思ってましたとも!!!

 ああもうっ!寒気が怖気に変わって全身鳥肌です!



 金色に輝く連休は、鳥肌と共に開幕。

 ああ、いっそ鳥になってブラジルまで逃げ去りたい。



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