18-2.前から分かってた




 いっけなーい!困惑、困惑!

 私、宝生寺桜子!少女漫画の悪役令嬢に転生している以外はどこにでもいる普通の十七歳!でもある日ちょっとストレス発散のためにバッティングセンターで金属バットをぶん回してたら、前世からの推しにエンカウント!がっつり身バレしちゃったの!

 私、これから一体どうなっちゃうの〜!?


 ────と、一昔前の少女漫画の導入みたいなことを陽気に考えて現実から目を背けてみたけれど、私の隣に前世からの推しこと春原くんが座っている事実は変わらない。

 今すぐ人生のリセットボタンが欲しい。無理ならこれはもう食パン咥えて道路に飛び出し、トラックとぶつかってマンチカンに転生するしかないわ。



「宝生寺……で、いいんだよな?」



 同じベンチに少し距離を開けて座っている春原くんの戸惑いがちな声に、私は頷くしかない。

 さっき思いっきり顔を見られてしまったから、今更人違いだと言うことはできなかった。

 もともと私は成瑛内で良くも悪くも目立つポジションだし、春休み前には「お互いの名字をきちんと覚えておきましょう」みたいなやり取りをしたもんなぁ。そりゃあ顔も名前も覚えられるよ。


 ちなみにある意味でこの状況を作った元凶の高橋さんは、お互いの顔を見て固まる私達にただならぬものを察して、バッティングのコツを教えると言って野球少年達をブースの方へ連れて行った。と言ってもこちらの様子が気になるらしく、緑色のフェンス越しにチラチラ見てくる。



「……なんか、意外。宝生寺みたいなお嬢様でもこういう所来るんだな」


「ふふっ、私のこと箱入りのお嬢様と思っていたんですよね。ですが実は私、世間知らずだと笑われたくなくて、社会勉強として色々な所に行くようにしているんですよ」



 ……人間は追い詰められると行動力が増すだけじゃなくて、口までよく回るようになるらしい。まるで息をするように、嘘が口から滑り出た。



「社会勉強?」


「はい。こういう場所があるのはずっと前から耳にしてはいたんです。それで怖いもの見たさで挑戦してみたら、これが思っていた以上に楽しくて。世界が広がった気がしました」



 バッティングセンターに来るようになったきっかけはストレス発散。テレビで上司の愚痴を叫びながらバットを振り回すOLを見て来るようになっただけじゃないか。

 社会勉強って何。世界が広がったって何。私はどこの籠の鳥だ、おしゃべりセキセイインコなのか。

 さすがにこの言い訳は苦しすぎる。



「そっかぁ、笑われたくなくて社会勉強なんて、宝生寺もいろいろ考えてるんだな。すごいな」



 えぇ〜〜〜〜嘘でしょ、信じちゃったよ。

 さすが天然男子。そんなアホの子っぷりが推せる理由のひとつです。



「でもなんで偽名?」


「それはカモフラージュです。万が一に知り合いがここを利用しても私だと気づかれないように。宝生寺の娘がこういった場所を利用するのは、いい事とは思われませんので……」


「じゃあもしかして、友達にも秘密にしてる?」


「はい。誰にも言っていません」



 真琴と諸星姉妹なら笑って受け入れてくれるかもしれないけど、それ以外には絶対に言えない。



「あの、春原くん……そういう事なので、できれば……」


「分かってる。宝生寺が秘密にしたいなら誰にも言わない」



 にっこりと、春原くんは邪なものなど一つも混ざっていない爽やかな笑みを浮かべた。

 ヒエ〜〜顔がいい〜〜私の推しが今日も輝いてるぅ〜〜。写真撮って待ち受けにしてぇ〜〜〜〜。ありがとう神様。私はこれを見るために今日まで生きてきんだと思います。

 そして頭で考えてることを顔に出さないこの猫被りスキル、習得しておいて本当に良かったとしみじみ思った。



「それに俺が言っても、誰も信じないって」



 それは確かに春原くんの言う通りかもしれない。宝生寺桜子がバッティングセンターにいたなんて、誰一人信じないだろう。

 だってあのスクールカースト第二位、天下の宝生寺家令嬢な桜子様だ。春原くんが誰かに言ったところで、人違いと思われるのが関の山だろう。



「信じられなくても、口外はしないでくださいね?」


「ん、オッケー」


「絶対ですよ?春原くん、以前私に朝倉さんが私をどう思っているかポロッと言ってしまったんですからね?またポロッと言わないでくださいね?」


「それってフリ?誰かに言ったほうがいい?」


「絶対にやめてください!」



 ンンン天然さんめ!可愛いけどこればっかりは本当にやめてください!



「でも良治りょうじさんの言ってた髪の長いお嬢様っぽい人が、本物のお嬢様で、しかも宝生寺だったなんてなー。ホント驚いた」


「良治さん?」


「高橋良治さん」



 あの人の名前、と言って春原くんは野球少年達にバッティングを教えている高橋さんを指差した。

 なるほど、高橋さんの名前は良治だったのか。



「お互いに名前で呼び合うなんて、ずいぶんと親しいんですね」


「俺の父親があの人と同級生で、昔からここに連れてこられたんだ。父親と遊びにいくっていうと必ずここだった」


「そうだったんですか……」



 そりゃあいくらハイスペックAIに知り合いがいなさそうな場所を見つけさせても、同級生の父親の同級生が経営してるなんてことは分からない。

 ここに通うようになって一年ぐらい経つのに、これまで一度も会わなかったのが奇跡だ。いっそその奇跡は永遠となり一生会いたくなかった。



「春原くんにとって、ここはお父様との思い出の場所なんですね」



 少女漫画では春原くんの幼少期の回想はなかったから、どんな子どもだったかはわからない。てっきり小さい頃からバスケ少年かと思っていたけど、まさか野球少年だったのか。


 本人から直接入手できたその幼少期情報に、つい小さい春原くんがバットを持って飛んでくるボールに立ち向かう姿を想像してしまった。

 あまりの可愛さにニヤける顔を隠すため、お嬢様らしく「ふふっ」と笑って手を口元に添える。

 その時ふと、カウンターの中にある『今月のホームラン打者』のボードが目に入った。その映えある一位にはSさんと堂々と書かれている。

 あれって……まさか……?



「……春原くん。つかぬ事をお伺いしますが、あちらに書かれているSさんという方をご存知ですか……?」


「あ、それ俺」



 やっぱりーーーー!!

 私と同い年で、高校では野球部ではないのに二百キロでヒットを出せる化け物級に運動神経抜群のSさん。

 春原でもS、駿でもS。どっちをとってもSさんだ。ずっと前からヒントは転がっていたらしい。



「高橋さんから二百キロのボールを打ち返せると聞きました。すごいですね」


「たまにまぐれで当たるだけだよ。ホームラン出せるのは百六十キロが限界」


「……百六十キロはメジャーリーグのエースピッチャー並だそうですが……」



 百六十キロのバッデングブースにかけられた看板には、そんな感じの説明が書かれている。

 それを指差して言えば、春原くんは「機械が飛ばすストレートボールだから」と笑った。



「プロに投げられたら絶対に空振り三振するって」



 百六十キロ超えの変化球はプロ野球選手でも投げられる人は少ないし、打ち返すのも難しいと思う。

 でも春原くんならヒットにはならなくても、バットをかすめるぐらいはできてしまいそうだ。なんてことを考えるのは、身内の贔屓目ならぬ推しの贔屓目だろうか。



「おっ!終わったっぽい」



 春原くんの視線の先を見ると、ブースから高橋さんが出てくるところだった。野球少年達も出て帰っていく様子から察するに、即席野球教室の営業は終了らしい。



「モテモテっすね、良治さん」


「馬鹿野郎。気ぃ遣ってやったんだろうが。……それで……駿と桜田ちゃんは、知り合い?」



 春原くんの軽口をいなしながら歩み寄ってきた高橋さんの顔は、好奇心丸出しというか、甥っ子や姪っ子の恋愛話を酒の肴にしたい親戚のような顔をしていた。

 これは下手に否定したら勘違いされるパターンだ。



「春原くんとは同じ高校です。まさかこんな所で会うとは思ってもみませんでした」


「駿と同じって……えっ!?桜田ちゃん、成瑛の学生?!ってことお嬢様っぽいじゃなくて、本物のお嬢様……?」


「まさか!私は親族がちょっと事業で成功しただけの一般家庭から産毛が一本生えた程度の成金なので、お嬢様なんかじゃありません。成瑛は見栄っ張りな親に無理やり入れさせられただけです」



 何か嘘をつく時、ある程度真実を混ぜた方が現実味が出て自然なものとなる。

 さっきは気が動転して籠の鳥みたいなお嬢様設定を言ってしまったけど、今度は落ち着いて行動できた。

 横から春原くんがすごい顔で見てくるけど、今さら日本屈指のお嬢様だと知られたらドン引きされるに決まっているのだ。だったらここは、『お嬢様っぽい見た目で成瑛学園に通ってはいるが成金娘』という設定で突き通すしかあるまい。

 付け入る隙を与えないようにっこり笑ってそう言えば、高橋さんは「そうだったのかぁ」と信じてくれた。しかし相変わらず面倒くさい親戚のような顔で、私と春原くんを交互に見る。



「もしかして前に駿が言ってた好きな子って、桜田ちゃん?」



 ……これをデリカシーゼロと言わずになんと言う。

 隣で春原くんが固まる気配を感じて、私も顔が引きつった。



「……いいえ、私では、ない……ですね、それは……」



 本来、私は春原くんとおしゃべりできるようなポジションではない。

 同じ当て馬キャラでも、失恋しながらも相手を応援できる大きな器を持った報われない系スーパーダーリンと、初恋拗らせた挙句たくさんの人を巻き込んで傷つけて自滅するメンヘララスボス女では雲泥の差なのだ。

 それなのにあろう事か、春原くんの好きな人が私だなんて……。決して許されることのない勘違いだ。

 『ひまわりを君に』のファンであり、春原くんを推している者として、黙ってはいられない。



「春原くんの好きな子は、私なんかよりももっとずっと素敵な子です。明るくて頑張り屋さんで、ちょっと頑固なのが玉に瑕だけど、でもそういう所もとっても魅力的な、本当に可愛い女の子ですよ」



 前世からその恋路を応援してきた千夏ちゃんのことだったら一時間は余裕で語れるけど、とりあえずこれぐらいにしておこう。

 私はにっこり笑って、デリカシーゼロの高橋さんに「私ではありません」と念を押した。



「気をつけた方がいいですよ、高橋さん。人の恋愛にちゃちゃを入れると馬に蹴られる……現代ならトラックにはねられるかもしれませんよ」


「さ、桜田ちゃん、なんか怒ってる?」


「いいえ、これっぽっちも。そんなことより、カウンターでお客さんが待っていますよ」



 男性客に待つカウンターの方を指差すと、気まずそうにしていた高橋さんは慌てて戻っていった。

 残された私と春原くんの間に流れるのは、重い沈黙。

 春原くんの想い人は私の幼馴染みと付き合っていて、私は彼の想いを知っていながら幼馴染みに協力した。

 そんな春原くん的には都合の悪い存在であった私を想い人と勘違いされるなんて、空気が重くなるに決まってる。


 ああ、でも彼が千夏ちゃんと秋人が付き合うようになったと知るのは、少女漫画では六月の体育祭頃ということになっていた。そうなると今はまだ二人の関係を知らないのか。

 しかし知っているのせよ知らないにせよ、私が秋人の味方をしたのは事実だ。

 フラれるのが当て馬の運命だと分かっていても、推しを傷つけた罪は重い。そこにきての高橋さんのデリカシーゼロ発言は地獄でしかない。いっそ土下座して謝りたい。

 そんなことを考えていると、さっきまで黙っていた春原くんが「あのさぁ」と口を開いた。



「宝生寺は知ってる?朝倉と壱之宮が付き合ってること」



 太陽属性イケメンらしくない張りのない声に、ぴくりと指先が跳ねた。



「どうして、その事を……」



 少女漫画のストーリーなら、まだ知らない頃のはずなのに。どうして春原くんがその事を……。



「その感じだと宝生寺は知ってたのか。壱之宮に聞いた?」


「え、ええ、そうです。ですが春原くんは?いつ、どこでその事を知ったんですか?」


「この前、学校で。昼休みにたまたま朝倉と会って話してたんだけどさ、そこに壱之宮が来て、そん時に壱之宮から直接聞いた」



 昼休みに千夏ちゃんと話していたら、秋人が現れた。それって……それって……もしかしなくても、木曜の昼休みのことじゃないか?!

 私が屋上で雪城くんの勘違いをせっせと訂正している間に、下でそんなことが行われていたなんて思ってもみなかった。


 少女漫画では、学園が体育祭ムードに包まれ、その練習が始まった頃。

 同じクラスである千夏ちゃんから競技の練習中に、会話の流れで打ち明けられるという展開だった。

 それなのに、時期も人選も全てが狂った。


 クラス分けが漫画とはまったく違うものになっていたから、その影響はいずれ必ず出てくると予想はしていた。でもこんなにも早く、春原くんが二人の交際を知ることになるなんて想定外だ。

 しかもその状況を作り出したのは私。あの時に私が電話で千夏ちゃんと春原くんが一緒にいることを秋人に教えたばっかりに、フラれたけど未だに千夏ちゃんのことが好きな春原くんに追い打ちをかけた。

 秋人の味方して邪魔をしたどころか、推しの失恋の決定打を与えた。

 これは土下座ではなく死んで償うべきなのでは?切腹するべきなのでは?

 そうでもしないと私の気が済まない。



「あ、あの……」


「俺、そんなにショックじゃなかったんだよな」



 私が謝るより早く、春原くんはそう言った。



「まだ朝倉のこと好きだったはずなのに、二人が付き合ってるって知って、そんなにショックじゃなかったんだ。……なんとも思わなかったわけじゃないけど、それでもすんなり『よかったな』って言えた」



 春原くんはベンチの背に深く寄りかかって、天井を見上げる。

 ああ、これは私に言っているのではない。

 この顔は、複雑に入り乱れた感情の整理する人の顔だ。



「なんでだろうなぁ。朝倉が壱之宮のことが好きってことは前からうっすら分かってたし、分かってたけど……でも好きで……。応援だって本当はしたくなくて、かっこつけて言っただけだったのに……」



 その目は、天井ではないどこか別の所を見ている。

 どこを……誰の姿を思い浮かべているか分かってしまった私は、驚きと困惑を混ぜたようなその横顔から目を背けた。

 罪悪感から、目を背けた。



「一回フラれただけで、簡単に消える程度の気持ちだったのかな……」


「そんなことないっ!」



 気づけば、普段のお嬢様らしい敬語も忘れてそう声を上げていた。

 はっと我に返った時にはすでに手遅れで、春原くんは大きく見開いた目で私を見ていた。



「あ……えっと、私は、春原くんがどれだけ朝倉さんを想っているか知っていました。これまで何度も、本当に秋人の味方をしていいのか、春原くんと一緒の方が朝倉さんは幸せになれるのではと思っていたぐらいです」



 そう。私は秋人の味方をする一方で、春原くんのことも応援していた。

 千夏ちゃんが春原くんとうまくいけば、少女漫画のストーリーが根底から崩壊して、私の未来も変わる確率が高まるのではと思っていた。


 でも、やらなかった。────いや、できなかったのだ。


 漫画だの前世だのは関係なく、小さい頃から一緒にいた幼馴染みが初めて誰かを好きになった。その気持ちを、経験を、苦い思い出にさせたくないと思ってしまったのだ。

 でも、それでもやっぱり、心の中ではずっと春原くんのことも応援していた。

 矛盾していると分かっていたけれど、この人が傷つかずに済む方法があればいいのにと思っていた。


 そして春原駿という存在が当て馬キャラだと分かっていても応援していたのは、私だけではない。

 この『ひまわりを君に』という少女漫画には私以外にもたくさんのファンがいて、そのファンは千夏ちゃんを一途に想う春原くんが好きだった。



「春原くんの気持ちは、春原くんだけのものです。いつから好きとか、いつまで好きとか、そういうのは自分自身で決めることであって、他人が口出ししていいことではないのは分かっています。でも……」



 自分の好きな人が、自分と同じ想いを自分ではない人に向けていると分かっていながらも、けじめとして告白する実直さ。


 フラれたからといってすぐに気持ちを捨てることができなくて、でも嫉妬なんかせず、千夏ちゃんが幸せそうに笑うのを見て「よかったな」と言える誠実さ。


 宝生寺桜子という邪魔が入ったせいで千夏ちゃんと秋人の関係に亀裂が入った時、自分だったら悲しませないのにという気持ちを飲み込んで、千夏ちゃんを支え、秋人と本気でぶつかる優しさと真摯さ。


 私達ファンはそんな春原くんが好きで、報われない残酷さに苦しみながらも、春原くんの存在があるから『ひまわりを君に』という恋物語の輝きが増すのだと納得していた。

 そんなファンの理想像を押し付けるつもりはない。────でも、どうか……



「そんな、自分の気持ちを自分で否定するようなこと、言わないでください」



 そんな、何もかもを諦めたような顔をしないで。

 私達ファンは、あなたの陰ることのない太陽のように輝く笑顔が大好きだったんだから。

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