17-3.言いたいのに、言えない
雪城くんの腹を探ると決めたはいいけれど、これがなかなかうまくいかない。
そもそも、雪城くんが捕まらなかった。
化学の授業が終わって教室に戻る道すがら探ろうと思えば、気付いた時には視聴覚室にその姿はなかった。
終わると同時に出てったのかと思って私も教室に戻ってみると、教室にもいない。先に戻っていたクラスメイトに聞いても、戻ってきていないと言われた。
じゃあ待っていればいいかと思って自分の席に座って待っていたけれど、奴が戻ってきたのは四時間目の授業が始まる直前。チャイムが鳴ってから戻ってきた。
だったら昼休みにと思って授業を受けたけど、よく考えたら昼休みは真琴と諸星姉妹と一緒に食べる約束をしていた。三人にも今朝のお礼とお詫びをしたかったから、たくさんの疑問は一先ず忘れて、カフェテリアの一階席で親友達を過ごした。
野郎一人と親友三人なら、後者を優先するに決まってる。
そうなれば次のチャンスは五時間目と六時間目の間の休み時間だけど、やっぱり気づけば奴は消え、授業が始まる直前に戻ってきた。
こうなったら放課後だと思ったら、先生に今朝の件について話があるからと生徒指導室に呼び出されてしまった。
用件としては、バラの贈り主に思い当たる節はないかなどの事情聴取。それから、真琴達が仕分けてくれた差出人不明のプレゼントが職員室に置かれているため、その処置について。
バラの花束同様、贈り主に悪意はないと思う。しかし誰からか分からない物を受け取るほど私の神経は太くないので、学園側で処分してもらえるようにお願いした。
「今日一日、私事で学園を騒がせてしまい申し訳ございませんでした」
宝生寺さんは被害者なんだからと慌てる先生達に、私は深々と頭を下げて、生徒指導室を離れた。
「さてと、まだ教室にいてくれるといいんだけど……」
誰がと問われれば、雪城くんに決まってる。
私はカバンと、差出人が分かっているプレゼント入りの段ボール箱を持ちに自分のクラスの教室に向かった。
しかし教室には数名のクラスメイトが残ってしゃべっているだけで、雪城くんの姿はなかった。
あんの野郎ぉ、自分で後でと言っていながら、ついに帰りやがった……!
その時、カバンの中からメッセージアプリの着信音が聞こえた。
誰かと思えば秋人からで、『まだ校内にいるか。いるなら今すぐ来い』とのこと。
どこにだよ。普通はそうツッコむところだけど、放課後の校内で来いと秋人に言われれば、カフェテリアの二階席なのがいつものパターンだ。
私は返事は送らず、段ボール箱を抱えてカフェテリアへと向かった。
「……お前、それ持って帰るつもりかよ」
二階席への階段を上りきった私を見るなり、秋人はしかめっ面でそう言い放った。
黙っていれば綺麗な顔をしているのに、本当に残念な男だ。
「この中身は全部、差出人が分かってるものだもの。ありがたく持って帰るに決まっているでしょう」
焼失したバラや処分が決定したもう一つの段ボール箱の中身と違って、こっちは直接渡してくれた物や見知った名前の書かれていた物ばかりだ。
誕生日を知ってわざわざ用意してくれた女の子達の気持ちを捨てることなんて、私にはできない。
「それで?どうして私を……あっ」
どうして私を呼んだのかと聞きながら秋人の座るソファーに近づくと、その向かいの席に荷物が置かれているのが目に入った。テーブルの方には飲みかけのコーヒーカップ。
学園の暴君と同じテーブルについてコーヒーを飲む人物なんて、一人しか思い浮かばない。
「……もしかして、雪城くんここにいたの?」
「いたって言えばいたな」
なんだその曖昧な表現は。
隣のテーブルに段ボール箱を置きながら首を傾げれば、秋人は「忘れ物したつって教室に行った」とスマホを操作しながら言う。
「そうなの?じゃあまたすれ違いになってしまったわね」
「また?」
「朝からずっとなの。花束の件のお礼とお詫びを言いたいのに、言えないままで本当に困ってるのよ。ノートも借りたままにはできないし……」
ついでに色々聞いて、これまで腹を探られた分も探り返してやろうと思っていたのに……というもう一つの用件は隠しておく。
「こういうことは直接伝えるのが礼儀だと思っていたけど、仕方がないわね。土日を挟むぐらいなら文明の利器を使いましょう」
「ここで待ってればいいじゃねぇか。そのうち戻ってくるぞ」
「出来るならそうしたいけど、今日はなるべく早く帰るようにお父様から言われているのよ」
今日会えないなら文明の利器、スマホのメッセージアプリを使って文章でお礼とお詫びを伝えて、週が開けた月曜に改めて直接伝えればいいだろう。
腹を探ることだって、急いでいるわけではない。時間はたっぷりあるんだから、気長にやっていこう。
それに今夜は、私の誕生日を祝うためにレストランを予約したとお父様が今朝言ってくれた。しかも中華レストラン。誕生日を免罪符に好きなものを好きなだけ食べていいので、さっさと帰って準備をしたい。
あっ、ついでだから数学のノートについても、雪城くんのカバンのそばに置いておいて、その旨とお礼も文章で伝えておこう。
「雪城くんも私に話があるって言っていたけど……。こうなってるってことは忘れる程度の用件だったみたいだから、やっぱり私は帰るわ」
話があるなら雪城くんが自分の都合のいいタイミングで、常に暇な私に話しかけてくるだろうと思っていた。しかし放課後になってもそうではなかったから、きっと忘れてしまう程度の内容だったのだろう。
なんだろうと思って、気にしていたのがバカバカしいぐらいだ。
「言いたいことがあるなら探せばよかっただろ。同じクラスのくせに何してんだよ、お前ら」
「普通の人が相手だったらそうしたわよ。でも雪城くんが休み時間に教室からいなくなるのは、集まった女の子から逃げるためだって、前に秋人が教えてくれたじゃない。自分も鬱陶しいからそうするって。静かに過ごしたいと思っている人をわざわざ探すのは、なんだか気が引けて……」
そう、これが私が雪城くんを探しにいかないで、教室に戻ってくるのを待った理由。
腹を探ると決めたのなら捕まえに動いたってよかった。でも今日はファンクラブの子達が校内でストーカーじみたことをして、さらにその実況までしていると知り、休み時間ぐらいそっとしておいてあげたくなったのだ。
今ここで秋人がダラけているのと同じように、学園の王子様にもお休みは必要だろう。
喋りながら文章を打ち終え送信してみたけれど、ソファーに放置してある雪城くんのカバンからは物音ひとつしなかった。バイブレーションすら切っているのか、スマホを持って教室へ行ったのだろう。
「それで、秋人はどうして私を呼んだの?」
「……これ、春休みの時の貸し」
どうぞと差し出されてしまうと、ついどうもと受け取ってしまうのがやっぱり人の性であるわけで。渡された紙袋には、私が前に注文していたスヴニールというお店のロゴが箔押ししてあった。
ちらりと中を確認。注文したのは春限定十個セットのはずだけど……。
「これ多くない?二十個ぐらい入ってる箱よね、この大きさ」
「…………誕生日分」
ぼそっと、そっぽを向いて秋人はそう言った。
ソファーには腹が立つぐらい長い足を組み、ふんぞり返って座っている。しかしどこか居心地が悪そうな姿は、じわじわと笑いを誘った。
耐えようと思ったが耐えられず、ふっと笑った私に、秋人はまた顔をしかめる。
「ふっ、ふふふふ。秋人、あなたってほんと……ふふっ」
「やっぱ返せ。腹立つ」
「いやよ。私、マカロンはここのが一番好きだもの」
伸びてきた手をかわして、紙袋を遠ざける。
もうこうして私の手に渡ったのだから、返せと言われても返すもんか。
「あなたのそういう律儀なところだけは、昔から好きよ」
「はあっ?!……お前なぁ、急に薄気味わりぃこと言うのやめろ。誰が聞いてるかわかんねぇんだぞ」
「別に褒めているだけで、他意はないわ。それに好ましく思うのは律儀なところはだけよ。勘違いしないでちょうだい」
「返せ。マジで今すぐ返せ」
心の底から不愉快そうな秋人を笑いつつ、貰った紙袋を段ボール箱の中に入れる。
こうやって秋人と話していればそのうち雪城くんも戻ってくるかもと思っていたけど、それも予想外れだった。もう駐車場に迎えの車も来ているはずだから帰ろう。
私は秋人にマカロンのお礼を言ってから、荷物を抱えて階段を降りた。
するとカフェテリアから廊下に一歩踏み出した時、後方からかすかに話し声のようなものが聞こえた気がした。
立ち止まらずちらっとそちらを見ても、もともと二階席の様子は下からは見えない構造になっている。
秋人が文句でも呟いたのかもしれない。そう思った私は特に気にすることなく校舎を出て、待っていてくれた迎えの車に乗り込み、見慣れた家への帰り道をぼんやりと眺めた。
朝はちょっとトラブルがあったけど、今までの誕生日で最も多くおめでとうという言葉を貰った。
もちろんその分プレゼントも貰ったけど、私は物よりもその言葉が何よりも嬉しい。わざわざ朝から私を探したり、待っていてくれたことが嬉しい。
朝の通り魔的に「おめでとうございます」と言われプレゼントを貰ったことを思い出し、自然と頬が緩む。総合的には良い誕生日だった。
が、しかし、そうのほほんとしていられたのは、家につく前までだった。
我が家の門がもう少しで見えてくるというところで、一台の車とすれ違った。
傷や汚れなんて一つもない、光の加減によっては濃紺にも見える黒い車体に、高級輸入車のエンブレム。ナンバープレートの数字は『1』。後部座席の窓にスモークがかかっているせいで、車内の様子は見えない。
この辺りでその条件を満たした車に乗る人は、一人だけだ。
「今のって……」
「壱之宮家のものですね」
私の呟きを、運転手が拾った。
「私がお嬢様をお迎えに向かう前に壱之宮夫人がいらっしゃいましたので、おそらくはその帰りでしょう」
「いらっしゃったって……えっ、うちに?」
「はい」
「どうして?」
「お嬢様の誕生祝いの品を届けにいらしたそうです」
はあ!?なんだってぇ!?
そりゃあ宝生寺家と壱之宮家は、父親同士が学生の頃からの友人ということもあって結婚当初から親しかったらしい。そこに私と秋人が生まれてからは、お互いの子どもが同い年で家も近所ということもあって家族ぐるみの付き合いとなった。
しかしそれは小学生の頃までのことだ。中学生になる頃には秋人が反抗期と思春期に突入して、さらに私と秋人の間で婚約回避の協定が結ばれたこともあって、昔に比べたら疎遠になっていた。
私の誕生日についても、何年か前からは郵送でメッセージカード付きのフラワーギフトが届いていただけだ。
それなのになぜ、当日に泉おば様本人が贈り物を届けにわざわざ我が家にやって来たのだろう?
泉おば様の意図が分からず、とりあえず厄介な事態にならないことを祈り、私は帰宅。自分の部屋に行く前にリビングを覗けば、案の定お母様はそこにいて、お手伝いさんが来客用の茶器を片付けているところだった。
帰るのがもう少し早かったら鉢合わせになっていたかもしれない。
「おかえりなさい。実はついさっきまで泉さんがいらっしゃってね、桜子ちゃんにこれを置いていかれたのよ」
まるで自分のことのように上機嫌なお母様に差し出されたのは、金色のリボンが結ばれた、あまり厚みのない黒い箱。値段が張る品が入っていますと主張する見た目だ。
「……そう、泉おば様が私に……」
義務感からリボンを解いて箱の中身を確認すると、白とピンクゴールドの万年筆。ご丁寧に名前入りの品だった。
万年筆……万年筆かぁ……。うん、成人祝いなどで贈る定番の品だし、よその家のお嬢さんの誕生日プレゼントに選んでも違和感はない。
てっきり私は、第二部がはじまったこのタイミングでの泉おば様の訪問に、なにか少女漫画のストーリーに関わるような事態になるかと勘ぐってしまった。でも万年筆を見る限り、特に深い意味は込められていなさそうだ。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、私は万年筆を箱にしまった。
「次にお会いした時には、お礼を言わないと」
「そうね。あ、そうだ桜子ちゃん、京都で買ってきてくれたお干菓子あるでしょう?」
「和三盆のやつ?」
「そう。それを泉さんにお出ししたらとっても気にいられてね、次に会った時にどこのお店の物か教えてほしいっておっしゃってたわ」
あの干菓子は私が自分で食べたくて買ってきたものだったけど、まさか勝手にお客様のお茶うけに使われるとは。
まあ、誰が食べてもいいようにキッチンに置いていたものだから、少し数が減ったぐらいは気にしないけど。
「お教えするのはいいけど、あまり時間が経つと忘れてしまいそうね」
実際今日もどっかの誰かさんが、話があると言ってきたくせにすっかり忘れているようでしたしねぇ……。
「それなら大丈夫よ!泉さんがね、桜子ちゃんのお誕生日プレゼントのほかにコレも置いていかれたの!」
お母様は急にパアッと顔を輝かせると、テーブルの上にあった開封済みの深紅の封筒を差し出してきた。
見て見てと言いたげな視線に負けて中身を確認すると、二つ折りのメッセージカードが出てきた。それを開いて書かれた内容に目を通す。
そして書かれた文言を理解した瞬間、とある前世の記憶が脳裏をかすめ、全身から血の気が引いた。
「い、壱之宮コンツェルンの……パーティー……」
「来月に新しいブランドを立ち上げるそうで、そのお祝いのパーティーなんですって。桜子ちゃんのエスコートは秋人くんがしてくれるそうよ。今度一緒にドレスを選びにいきましょうね」
横からお母様がいろいろと言ってくるけれど、そんなのは右から左へ抜けていく。
前世で散々読み込んだ大好きな少女漫画『ひまわりを君に』の第二部でも、秋人の実家の会社、壱之宮コンツェルンの企業パーティーが催される回があった。
そしてその回は、物語が完結に向けて動き出すきっかけとなる重要な回でもあった。だから自分が主人公千夏ちゃんの前に立ちふさがる
なぜなら漫画では、この壱之宮コンツェルンのパーティーの最中に――――――壱之宮秋人と宝生寺桜子の婚約が発表されるのだ。
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