15-1.どうせそのうち過去の人に
新年度が始まり、四日。初日は色々あったけど、席替えチャレンジに大成功した私は比較的穏やかにスクールライフを送ることができている。
しかしストレスが全く無いわけではない。
なにしろ同じクラスになった千夏ちゃんと雪城くんが、それぞれたまに私を見て、話しかける隙を窺っているような素振りをしているのだ。最初は気のせいだと思っていたけど、どうも気のせいではないらしい。時おり背中に刺さる視線に気付いていないフリをするのはけっこう疲れる。
そういえば春休み前に春原くんと話して、千夏ちゃんが私と話がしてみたいと思っていると言っていたはず。
千夏ちゃんが何を思って私に話しかけたいのかは分からないけれど、主人公とラスボスが仲良くおしゃべりする光景なんて想像できない。それに外部生である千夏ちゃんが内部生女子の頂点である私に声を掛けたら、ただでさえ彼女を疎んでいた選民派が無礼者だのなんだの言って、鬼の首を取ったように責め立てるに決まっている。
第二部が始まった今、千夏ちゃんがそういう目に合い、原因が私にあるとなればそれはつまり漫画の宝生寺桜子と同じになるということ。トラックにひかれて強制退場ルートのフラグが立ってしまう。
ごめんね千夏ちゃん!私個人はお友達になりたいけど、周りの状況を考えると避けるしかないの!
雪城くんについては、脅しておいて今さらなんなんだよって感じだ。
でもあの土曜日の事を考えると、見られているのは監視。同じクラスになった千夏ちゃんに私が嫌がらせをしないか、秋人と別れろと迫っていないかを見張っている可能性がある。
疑い深いにもほどがある。これは冗談抜きで宝生寺桜子を信用しないことが遺伝子に刻み込まれているのかもしれない。早急に遺伝子組み換えされてください。
なんにせよ、私は二人を避けて、避けて、避けまくっている。
登校時間を去年までよりほんの少し早くして、朝のホームルームの時間ギリギリまで図書室で時間を潰す。
授業中は席替えをしたので、教室は同じでも二人とは離れている。
休み時間は南原さん達内部生女子と一緒にいれば、千夏ちゃんは近づいてこない。南原さん達が雪城くん鑑賞会を始めたら、一人でこっそり真琴か諸星姉妹のクラスに遊びに行く。
お昼休みはカフェテリアの一階席で真琴達と食べれば、お弁当派の千夏ちゃんはお友達と外のベンチで食べているし、女子に騒がれたくない雪城くんはいつも二階席で秋人と一緒に食べているので当然離れる。
同じクラスになろうと、避けようと思えば簡単に避けることができた。
そうして四日目の木曜。少し早めの登校に慣れ始めた私は、今日も人気のない朝の図書室で暇を潰していた。
登校時間を変えてから、去年は毎朝のように発生していた大名行列は一度も起こっていない。登校のピークよりちょっと早く来るだけでここまで変わるなら、去年からこうしておけばよかった……。
「あら、桜子様?」
不意打ちの声に本から声をあげ、そこにいる人にあっと思った。
「遥先輩っ!」
立ち読みしていた本を棚に戻して駆け寄れば、遥先輩は「ごきげんよう」とにっこり笑う。
ああ、美女ぉ……一歳差なのに大人な美しさがあるぅ……。
「春休み明けから、朝の桜子様の目撃情報を聞かなくなったと思ったら、図書室に隠れていたのね」
「ええ、まあ、そんなところです……」
大名行列の回避はおまけだけど、とりあえずそういうことにしておこう。
「遥先輩は何かを借りに?」
「将臣が面白いって教えてくれたミステリー小説をね」
「世良先輩が……読書……?」
遥先輩の幼馴染みで、代々政治家を輩出する家柄でありながらちょっと軟派な性格の
「想像できないでしょう?でもあれで意外と読むのよ。最近は特にミステリー小説が好きみたいでね、私はあまり得意ではないんだけど、せっかくだから私にも読みやす作品を教えてもらって読んでいるの」
「へえ……。素敵ですね、そういうの」
「素敵?」
「はい。世良先輩は遥先輩の気に入りそうな作品を考えて選んでいて、遥先輩は世良先輩のオススメなら安心して読めるということですよね?お互いの好きな物を理解しているなんて、とっても素敵なご関係ですよ」
同じ幼馴染みという関係でも、私と秋人は本をオススメするなんて情緒のあることは一回もやったことがない。それを読書家のイメージがない世良先輩が、異性の幼馴染みである遥先輩のことを考えて作品を選んでいるなんてギャップ萌えというやつだ。
そして実は二人は、幼馴染み以上恋人未満という甘酸っぱい関係。好きな女の子のことを考えながら本を選んでいるなんて、次に世良先輩に会ったらニヤニヤしちゃいそう。
「素敵な幼馴染みなら、桜子様にもいらっしゃるでしょう?」
遥先輩は居心地が悪そうに視線をそらし、髪を耳にかけた。露になった耳が赤くなっていることは、可愛すぎるから黙っておこう。
「私ですか?残念ながら、秋人を素敵と思ったことは一度もありませんね。彼はけっこう子供っぽいので」
「あの壱之宮様を子供っぽいなんて言えるのは桜子様だけよ。私達の前ではにこりともしない方なのに、桜子様がご一緒の時はよく笑っていて、特別に思っているのがよく分かるわ」
あ~それはきっと千夏ちゃんのことを話している時だなぁ。千夏ちゃんの話題を出せるのは私か雪城くんだけで、その時の秋人は毎回だらしなくにやけている。
特別に思っているのは私ではなく千夏ちゃんだ。
「そういえば最近は三人で一緒にいないようだけど、何かあったの?」
「三人?」
「桜子様と壱之宮様、雪城様の三人。二年生になってから一緒にいるのを見かけないから、何かあったんじゃないかってみんな心配しているのよ」
遥先輩のあまりにも無垢な瞳に、私は頭を掻きむしって叫びたい衝動をぐっとこらえた。
秋人と雪城くんと一緒にいないから心配されるってなんだ?!ニコイチならぬサンコイチってか?!
もともと私は真琴や諸星姉妹、それ以外だったら同じクラスの女の子と一緒に行動していて、あの二人と一緒にいることは少なかったはずだ。そりゃあ去年は千夏ちゃんとの関係に悩む秋人に呼ばれて、雪城くんを含めて三人でいることもあった。でもそれは週に一回あるかどうかだ。
毎日一緒にいたとでも言いたげなそれは誠に遺憾。遺憾の意!
「何もありませんよ?何も用がなくて、話すこともないから、一緒にいないだけです」
「そう?ケンカしたとかでもなく?」
「はい。二人とケンカなんてしていません」
片方から自動販売機ドンされて脅されはしましたけど。
「それなら良かったわ。お昼も一階で食べているのも二人と顔を合わせたくないのかなぁと思っていたけど、全部私の勝手な勘違いだったのね。ごめんなさいね」
「いいえ、こちらこそご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
「そうだっ!せっかく久しぶりに会えたわけだし、今日のお昼は私と一緒に食べない?二階に上がるのが嫌なのかと思って、誘うに誘えなかったの」
憧れの遥先輩のお誘いだとー!?やったー!
「ええ、ぜひ!」
嬉しさのあまり即答したけれど、次の瞬間には遥先輩と昼食をご一緒するということはどういうことかが頭のなかを駆け巡った。
遥先輩はいつもカフェテリアの紫瑛会専用二階席で食べている。そんな遥先輩と同じ紫瑛会である私も二階席で食べるということになる。
新年度になってから雪城くんを避けるために、お昼休みも放課後も、一度もカフェテリアの二階に上がっていない。それを今日解禁するのか~……でもせっかくの遥先輩のお誘いを断ることなんてできない……。
う~ん、食事中なら話しかけられないだろうし、遥先輩とおしゃべりを楽しんだらさっさとカフェテリアを出ていけば大丈夫かな?
遥先輩のお誘いの嬉しさの中に少しの不安を抱えつつ、午前中の授業を終えた私は真琴達に先輩に誘われたから一緒に食べられないと謝って、恐る恐るカフェテリアの二階に上がる。利用者が限られているそこをちらりと見回しても、秋人と雪城くんはまだ来ていないようだった。
「桜子様!」
こっちよ、と手招きをする遥先輩の横の席には、なぜか世良先輩が当たり前のように座っていた。
「ごめんなさい。私が桜子様と一緒に食べるって言ったら、なんだかうるさいのがついてきちゃって」
「うるさいのって、ひどい言いぐさだな。普段桜子ちゃんはガードが堅くって、こういう時じゃないと近づけないんだからいいじゃん。ねえ?」
さすがは軟派野郎。遥先輩という心に決めた人の横にいながら、息を吸うように違う女とお近づきになりたいと宣うとは……。そしてそれをまったく気にしていない遥先輩は、本妻の余裕とでも言うべきだろうか。
安心してください。私は自分が幼馴染みなんぞと結ばれる気がさらさらない代わりに、あなた方幼馴染みカップルを心から応援しています。
とりあえず世良先輩も一緒というのは構わないどころか、むしろ私がお邪魔虫なんじゃないかと思いつつ、二人に座って座ってと促されるまま同じ丸テーブルについた。
新しいクラスはどんな感じか、新入生にはどういう子がいるのか。私が誕生日を理由に副委員長を押し付けられた愚痴なんかを話しつつ、注文した今が旬の春キャベツやアスパラガス、アサリを使った春パスタをさあ食べようとフォークを握りしめる。その時ふと、吹き抜けになっている一階席が少しざわめいているのが聞こえた。
この空気のざわつき方は、秋人と雪城くんが現れたからだと、長年の経験で知っている。そのまま何も気づいていないフリをして遥先輩と会話を続けていれば、後方から先に食事をしていた紫瑛会の女子生徒が「ごきげんよう」と階段を上がってきたであろう二人に声をかけているのが聞こえた。
ああ、そうですよね……。お昼休みですもんね。食事中ぐらいじろじろ見られたりキャーキャー言われるのが嫌で、二階席しか使わない二人ですもんね。そりゃあ上がってきますよね……。
「相変わらずだねぇ、あの二人は」
二人が私達とは少し離れたテーブルを選んだ気配に内心ほっとしていると、世良先輩が頬杖をつきながら呟いた。私は怖くて振り返れないけど、からかうような視線の先はたぶん秋人と雪城くん。
「桜子ちゃんも大変じゃない?ああいう二人が幼馴染みだなんて」
「ちょっと将臣」
遥先輩にテーブルについた肘を叩かれ、世良先輩は「はいはい」と悪びれた様子もなく姿勢を正す。
おお、この夫婦のような空気感……。いい塩梅だったはずのパスタが心なしか甘く感じる。
「大変、ですか?うーん、そうですね……。周りの方にあらぬ誤解をされてしまうのは、ちょっと困りものですね」
「誤解って、付き合ってるとかそういう感じ?」
「それもないわけではありませんが、ちょっと一緒にいないだけでケンカをしたのかと思われてしまうのは困ります」
苦笑いを浮かべれば、遥先輩も申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
気にかけてもらえるのはとっても嬉しいけど、やっぱり三人ワンセットのように思われるのは困るのだ。
「幼馴染みなんてさも特別な関係のように言われても、そこに何か特別な感情が生まれることはありませんから。この縁だって今だけで、どうせそのうち過去の人に…………あっ!いえ、違いますよ?!これは私達の場合であって、お二人がそうだと言っているわけでは……!」
ひいいいい私の大馬鹿者ぉ!よりにもよって遥先輩と世良先輩の前でなんてことを言うんだッ!!
お二人はそんじょそこいらの幼馴染みとは違って、一緒にいるのが当たり前で誰よりも相手のことを理解している、何人も邪魔をすることのできぬ不可侵領域で静かに愛を育む金蘭の幼馴染みなんだよッ!!!!
「桜子ちゃん、桜子ちゃん。とりあえずフォーク持ったままオロオロするのやめよっか。危ないからね」
「ハッ!すみません!」
「桜子様は悪くないわ。遠慮って言葉を知らないコレが悪いのよ」
決して許されない失言に慌てる私は、世良先輩によって手からフォークが抜き取られ、遥先輩からは空いたその手に水の入ったグラスを持たされた。
え、やだぁ……息ぴったりだし至れり尽くせり……まるで幼女をあやすパパとママじゃん……。
ともあれ高校二年生の私は水を飲んで荒ぶる心を鎮めて、フォークも返してもらう。
「色々と失礼しました……」
「でも桜子ちゃん、意外とシビアっていうか恋愛に淡泊なんだね。もっと女子高生らしく恋に恋する感じかと思ってた」
「ちょっと将臣、あなたいい加減にしなさいよ」
「だってこのチャンスを逃したら、桜子ちゃんとこんな話は二度とできないだろう?先輩として可愛い後輩が心配だしさぁ」
「桜子様は今のままでいいのよ。それに恋愛観は人それぞれなんだから、他人に口出しする権利なんてないわ」
「とか言って~、本当は遥だって気になってるくせに~」
「うるさい。うちはうち、よそはよそ!」
う~ん、子どもの教育方針で揉める夫婦かな?夫婦喧嘩は犬も食わないって言葉をご存じですか?
私のために争わないでー!、などとボケていい空気ではなくなりつつあるので、元凶である私が早く止めなければ。
「遥先輩。私が恋愛事に縁も興味もないのは世良先輩の仰る通りなので、どうかお気になさらず」
が、どうやらそれはやぶ蛇だったらしい。
世良先輩を不快感たっぷりに半目で睨んでいた遥先輩は、ぎょっと目を見開いて、私の顔を見ながら「嘘でしょ」と呟いた。
「縁はともかく、興味がないってどうして?朝だってあんなに……」
「あ~えっとぉ、周りの方を見たり、お話を聞いたりすると素敵だなと思いますし、私にできることがあるなら協力して、応援したいと思いますよ。……でも、それだけなんです」
二人の刺さるような視線が居た堪れなくて、残り少ないパスタをフォークにくるくると巻き付ける。
困ったな。これは納得のいく答えをもらえないと引き下がらないぞ、という目だ。さて、どうしたものか。
「素敵だなとは思います。でも自分がそうやって誰かひとりの人を特別に想って、なんの迷いもなく真っ直ぐに追いかける姿を想像できないと言いますか、家族とも友達とも違う『好き』がよく分からないと言いますか……」
「桜子ちゃん、いままで一瞬でも好きな人がいたことってある?初恋は?」
世良先輩の問いに、首を横に振る。
初恋というと、きっとみんな小学校低学年ぐらいまでには経験することだろう。でも私は、六歳の頃に前世を思い出した影響で実年齢と精神年齢に大きな差ができてしまい、その頃は周りの子のことは保護者的な目でしか見れなかった。
それどころか宝生寺桜子の初恋、つまり秋人への恋心がその後の人生に破滅をもたらすと思うと、どうにも自分の恋愛に興味が持てなかった。
そもそもこれまで私に近づいてきた異性は、幼女にハアハアするタイプの変質者か、宝生寺家というブランドに釣られて親にけしかけられた七光りボンボンだけ。そんな環境で育って、異性に恋心など抱くわけがない。
そうは言っても好みタイプというのはしっかりとあって、その好みのど真ん中である春原くんのことは好きだ。でもその好きは、アイドルを応援するのと同じ好きで、芸術作品を見て愛でるのと同じ。恋愛感情ではない。
「それに……極論ですが、恋愛感情が分からないままでも結婚はできますから」
「え?」
「私、お見合いをすることが決まっているんです」
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