14-3.席替えをしませんか?
なぜだ。京都であれだけ厄除け厄祓いで有名な神社を巡って、ご祈祷も受けて、お守りだってちゃんとかばんの中に入っているのに、なぜこんなにも運がないんだ。
やっぱり私の厄は一回のご祈祷では落ちきれなかったのか?!しぶといの?茶渋並みにしぶとくこびりついているの?!
それとも軽率に神は死んだとか考えるから?信仰心が足りなかったの?
心を入れ換えるので今すぐお助けください神様!
「桜子様?どうかなさいましたか?」
始業式を終えて教室へ戻る道すがら、私のことを快くグループに迎え入れてくれた一人である
こんないい子達に「神から見放されて、あなた達が王子と持て囃す腹黒との縁が切れないの」などと言うわけにはいかない。
「ああいった式典は長いでしょう?なんだか少し疲れてしまって」
「まあ!大変!」
「今すぐに保健室へ参りましょう!」
「えっ?!そんな、大したことはないわ。大丈夫よ?」
「いいえ、無理はよくありませんわ!」
あ、あぁあ、やめてぇ。嘘だから。メンタルはズタボロだけど体はピンピンしてるから。私は昔から健康優良児だから。
心配してくれるのは嬉しいけど、周りの人がなんだなんだと見てくるから騒がないで。ただでさえ私が廊下を歩くとモーセの海割り状態になるのに、これでは完全に爆発物でも運搬するような雰囲気だ。
「本当に少し疲れてしまっただけなの。保健室へ行くほどではないわ。心配してくれてどうもありがとう」
教室へ戻りましょう?、とさらに言えばみんなは顔を見合わせてから「桜子様がそう仰るなら……」と納得してくれた。
あれ?なんでついさっき仲間に入れてもらった私が、グループを仕切ってるんだろう。
「あの……桜子様、本当に大丈夫ですか?朝、教室にいらっしゃった時も普段より少し顔色が悪いように見えたので……」
歩みを再開すると、南原さんが恐る恐るといった感じで言ってきた。
……えっ、南原さんいい子すぎじゃない?内部生だから顔見知り程度ではあったとは言え、仲がいいわけではない人の体調をここまで心配できるっていい子すぎる。
しかもあの時は、受け入れがたい現実から逃げ出したいぐらい気分が悪かったのは本当だ。顔には出していないつもりだったけど、それを気付けるなんてナイチンゲールの生まれ変わりかなにかなの?
「南原さんは、本当に優しいわね」
「えっ?!」
「実は私ね、初等部から仲良くしている子達と別れてしまって、新しいクラスに馴染めるか不安だったの。でもあの時南原さん達が声をかけてもらえて、とっても嬉しかったわ。ありがとう」
おかげでこうやって移動する時、ひとりぼっちにならずにすんだ。まさかこんなにいい子達がいるとは……。
千夏ちゃんの件だって、微妙に気にはなるけど、頑張る千夏ちゃんの姿を近くで鑑賞できると思えば受け入れられる。出席番号二十八番の奴と同じクラスで隣の席ということを除けば、三組で良かったと心から思えた。ありがたや、ありがたや。
そんなお礼を伝えた瞬間、南原さんは「へあ」と謎の奇声を発して後ろへよろめいた。周りを見れば南原さんだけでなく、同じグループの子達もなんとも表現できない顔で動きを止めていた。
え、なに?どうしたの?
「えっと、あの……?」
「桜子様ッ!!」
再起動した南原さんに鬼気迫る顔でガシッと手を握られ、思わず「ヒッ」と小さく悲鳴が出た。
「同じクラスになれたことに浮かれ、桜子様が速水さんとも諸星さん方とも離れてしまいお寂しい思いをされていると気づけず申し訳ございません!」
「え」
「私達ではお三方の代わりにはなれないでしょうが、精一杯お支えいたします!」
「いや……」
「ですからどうかご安心くださいませ!」
手を握る南原さんだけでなく、
きっとこれは仲良くしてくれるっていうことなんだろうけど、私がお願いしたいのはもっとフランクな関係。心配したり励ましてくれたりするのは本当に嬉しいけど、私が欲しいのは休みの日に遊ぶような対等なお友達だ。
でも彼女達の反応は、ちょっと前に読んだ小説に登場した和平のために隣国へ嫁ぐ姫に付き従う健気な侍女達の様だ。この雰囲気では対等なお友達は無理かもしれない。
しょっぱい気持ちになりながら、とりあえずお礼を言って、野次馬の視線から逃げるようにそそくさと教室へ戻った。
余談だがにその姫はシリーズ中盤で、実は敵国のスパイだった侍女の一人に暗殺され、途中退場した。
二年三組の担任は、影で生徒に金八のあだ名で呼ばれている
真面目で堅苦しい感じの教師が多いなかで、なぜこの人が成瑛学園の高等部に雇われているのかは、現在の成瑛学園高等部七不思議の一つだったりもする。
「いや~まさか俺も話題沸騰の三組の担任になるとは思ってなくってな~。ぶっちゃけ押し付けられた感があるけど、今年は修学旅行もあるからとりあえず全員仲良く、一年間よろしく頼むぞ」
明らかに私と雪城くんを見ながらその発言は、ぶっちゃけ過ぎである。
そう思うぐらいだったら、私達を同じクラスにしないで欲しかった。
「どうせ二年だし、一人一人自己紹介とかはやらんでいいよな?んじゃまあ、さっそくクラス委員長決めて、委員会とかも決めて、さっさと解散するぞー。委員長やりたい奴は手ぇ上げろ」
瞬間、それまで教卓の前に立つ金元先生に向かっていた三十人分の視線が、四方八方に散った。
クラス全員、無言の拒否。
「おいおいマジかよ。委員長だぞ?名誉職だぞ?内申点あげちゃうぞ~?」
こういう時、だいたいクラスに一人はいる積極的な真面目さんが立候補してくれるけど、どうやらこのクラスにそういう人はいないらしい。
でも仕方がないと思う。なにしろ私達の学年は去年、一年八組女王蜂事件を体験もしくは目撃しているのだ。
つまり、紫瑛会の人間が二人いるクラスがどれほど殺伐とした空気となるか。それをどうにかしようとした、八組の委員長だった積極的な真面目さんが一年間でどれほどやつれたか。あの事件の恐ろしさと面倒臭さが刷り込まれているということだ。
スクールカースト二位と三位がいるこのクラスで、委員長になりたがる勇者は外部生にも内部生にもいないだろう。
黙ってたって意味はないと分かっているけれど、ここで不用意に動けば押し付けられるという空気に全員が口を閉ざし、明後日の方向を見ていた。
「委員長決めないと、この先なんも決まらんぞ」
心の底から面倒くさそうな金元先生の声以外、物音ひとつしない。隣のクラスの声が聞こえるぐらいだ。
誰か、誰かいないの?!確かに私と雪城くんがいるけど、少なくとも私は大人しくしているから大丈夫だよ?!大変なのは休み時間の度に集まる雪城ファンクラブの皆さんを追っ払うことぐらいだよ?!
ちなみに私は修学旅行がある二年での委員長なんて、雑用が多くて面倒くさそうなので絶対に嫌です!
「あーじゃあアレだ、年功序列にするか。四月生まれの奴、手ぇ上げろ」
ゲェッ!!!!
この流れはまずい。たぶん金元先生は、クラスで一番早く誕生日がくる人に委員長をやらせるつもりだ。四月生まれの私にとってこれは非常にまずい。
いや、そうは言っても生徒の誕生日なんて把握してないはずだ。ここはしらを切らせてもらおう。
「四月生まれって言った瞬間に肩揺らした二人。観念して手ぇ上げろー」
金元先生の視線は私に向けられている。完全にバレてる……。
諦めておずおずと手を上げると、私の他にもう一人、うつ向きながら手を上げる男子生徒がいた。
「志村と宝生寺な。お前ら誕生日は?」
「……俺は四月五日です……」
ヨッシャア!勝った!
「私は十三日です。志村くんはこのクラスで唯一の十七歳のようですね」
私がにっこりと勝利の笑みを浮かべれば、志村くんが机に突っ伏し項垂れる。
うわぁ、可哀想。ほぼ全員が彼を同情的な目で見ながらそう思っている。そんな空気が、教室に満ちた。
「じゃあ委員長は志村で、副委員長は宝生寺でいいな」
はあ?!副委員長?!
「ま、待ってください先生。副委員長とは……?」
「委員長のサポート」
「それは理解していますが、私などではなく親しい方とのほうが、志村くんもやり易いのではないでしょうか?」
私のその言葉に、志村くんはがばりと起き上がって必死に首を振る。向きはもちろん縦である。
自分で提案しておいてなんだけど、そんなに私に関わりたくないのかよ……。
「あーまあ、それもそうだな……。じゃあ副委員長やりたい奴いるか?内申点やるぞ?」
私と志村くんを除く二十八人分の視線が、四方八方に散った。またもや無言の拒否である。
ねえ、ちょっと嘘でしょ。みんなして私達に押し付ける気なの?誰でもいいから何か言ってよ、無言はやめてぇ……。
志村くんなんて哀れなもので、後ろの席の男子に「瀬川!助けてくれ!おい無視すんな!マジでお願い!」と必死に縋っている。どこからか人身供犠という単語が聞こえた気がするが、空耳ということにしておく。
「僕は、宝生寺さんなら大丈夫だと思うよ?」
左隣からの声に、顔が引きつった。
だ、誰でもいいから何か言えとは思ったけど、貴様にだけは黙っていてほしかった……。
そして静まり返った教室に響いた穏やかなそれは、私と志村くんにとっての死刑宣告、私以外にとっては鶴の一声だった。
「そうですわ!桜子様はお心の広い方ですもの。これで三組は安泰です!」
「雪城様のおっしゃる通りですわ!」
一人が言い出せば、私も私もと同調する声が上がり始める。最初は女子だけだったが、次第に男子もうんうんと頷いて同調し始めた。
これは私を評価されての意見ではない。学園の王子様の意見に同調したいだけであり、ここで反対意見を言えばじゃあお前がやれと言われるからだ。
志村くんなんてもう顔が土気色である。
「満場一致で委員長は志村、副委員長は宝生寺でいいなー?」
よくないでーす。
そう言いたいけれど、二十八対二という状況のなかで拒絶できるほど、私達の心は強くなかった。
どうもこのクラスは積極的な真面目さんはいないけれど、何か決め事をする時に揉めることはなさそうだ。それぐらい空気が一つになっている。
私と志村くんに拒否権はなく、金元先生に呼ばれて渋々席を立って教卓へと向かった。
「副の宝生寺から先に一言挨拶しとけ。なんでもいいぞー、なんだったら面倒おこして私を煩わせるんじゃないわよって言っとけ。宝生寺が言えば効果覿面だ」
「……言いませんよ、そんなこと」
「なんだよ言ってくれよ。クラスが荒れると担任は理事長に呼び出されんだぞ?しかもボーナスが減る。お前らが仲良くしてくれれば俺の生活が保障されんだよ」
よく喋るうえに自分の欲望に忠実だな、この教師……。
「仲良く……ああ、では挨拶ではなく、一つ、提案をさせていただいてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「席替えをしませんか?」
ぽかんとした顔で見てくる金元先生を含めた三十人に、いつもの猫かぶりお嬢様モードで微笑んだ。
「私、去年のクラスで席替えがなくて、一年間教室の風景が変わらなくてつまらないと思っていたんです。同じクラスになれたもの何かの縁。ずっと出席番号順なんて味気ないですし、定期的に席替えをすれば、今までお話しする機会がなかった方とも気軽にお話しができるようになるでしょう?金元先生の言葉の通り、全員仲良く、ですよ」
言い切ると、それまで首を傾げていた女子生徒達が揃ってハッとした顔になり、窓際の席に座る雪城くんを見た。その目は獲物を見つけた肉食獣。――――よしっ、喰いついた!
ファンクラブの鉄の掟である『最低でも半径五メートルは離れて鑑賞すべし』は、授業中では適応外。つまりファンクラブの子達が雪城くんと合法的に接近できる唯一の手段、それが同じクラスで近くの席になること。
彼女達がこの特大の餌に喰いつかないわけがない!
「どうかしら?」
さあ、喰いつきなさい!飢えた獣共!
そして私を、あの男の隣という地獄から解放してちょうだい!
「さすがは桜子様、素晴らしいお考えですわ!」
「せっかく同じクラスになれたんですもの。お話しする機会は多い方がいいに決まっています!」
「賛成いたしますわ!」
内部生らしき女子達が、凄まじい熱量で一斉に賛成と言い始めた。雪城くんに興味がない千夏ちゃんだけはぽかんとしているけれど、さらに賛成派に外部生らしき女子も混ざり、これで席替えを却下されたら暴徒化しそうな勢いになる。
またも勝利を確信した私は、笑みを深めて金元先生をちらりと見る。
「……あ~……分かった分かった、そんなにやりたいならくじ作ってやるから、その間に委員会決めてくれ。志村委員長、司会頼むぞ」
「……」
「恨むなら俺じゃなくて、もう一ヶ月母親の腹の中にいなかった十七年前の自分を恨め」
「……うっす」
その後、委員会決めは一秒でも早く席替えをしたい女子と、その女子の圧に屈した男子の協力によってあっという間に終わった。
そして金元先生お手製の中立公平かつ厳正でちょっと殺気立ったくじ引きの結果、私は無事に雪城くんと離れることに成功。神は私を見放さなかった。
志村くんは終始死にそうな顔だった。
ごめんなさいね、私も四月生まれで。なにせ春の花が名につく女なもので。
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