14-2.とんだしわ寄せだわ
や、やってしまった……。
生徒用玄関に駆け込み、新しい下駄箱に靴をしまいながら溜め息を吐いた。
ふと視線を動かし、同じ二年三組の下駄箱に朝倉と雪城という名前を見つけて、さらにもうひとつ。今度は重く深くハア~と。
最悪だ。関わりたくない、避けたい、顔が合わせづらいと思っていた人達と、これから一年間同じ教室で授業や学校行事をこなしていかないと思うと、最悪という言葉しか見つからない。
これでも車に乗っている時は「いくら疑われようと私は潔白なんだから、堂々としていればいいんだ!」と強気でいたけれど、いざ会ってしまうと小心者な私には無理だった。堂々とするどころか、顔も合わせず逃げ出してしまった。
これでは潔白の証明とは反対に、邪魔をするなと言われた負い目で逃げたみたいだ。もう何もかもが最悪。
――――というか、またストーリー変わっていない?
私の記憶が正しければ、『ひまわりを君に』の第二部では千夏ちゃんと春原くんが同じクラスになり、二人を除く登場人物は全員違うクラスになっていたはずだ。当然ラスボスである宝生寺桜子も彼らとは違うクラスだった。
でも千夏ちゃん、雪城くん、私が三組。春原くんは五組に名前があった。
たかがクラス分けと侮ることなかれ。体育祭に修学旅行に学園祭、その他イベント目白押しな第二部のストーリーは、千夏ちゃんと春原くんが同じクラスで、それ以外が違うクラスだから成立するストーリーだった。
これでは春休み中に秋人と千夏ちゃんが初デートしたこと以上に、ストーリーが変わることになる。
「どうなってるの、これ……」
去年一年間、つまり第一部は私がどれだけ巻き込まれたり首を突っ込んだりしても、ストーリーの通りだった。
それなのに千夏ちゃんが秋人に告白して第一部が完結したあの日から、まるで走るレールを切り替えられたかのようにぽつぽつと漫画のストーリーや設定と違うことが起こり始めた。初めて春原くんと話をしたと思ったらなぜか好意的だったり、秋人と千夏ちゃんの初デートが春休み中になったり、今度は二年のクラスがごちゃごちゃになった。
まあ、これはちょっと前に私というイレギュラーが第一部のストーリーに深く関わってしまった影響という結論がでている。
そもそも私は、トラックにはねられて強制退場というストーリーを変えたくて動いてきたから、第二部の始まった今がストーリー通りではない方がありがたい。
でもお母様がいまだに私と秋人の婚約にこだわっていたり、雪城くんが宝生寺桜子である私を疑ったりと、ストーリーと同じでことも多いから頭が混乱する。
いっそまるで別物になって、秋人との婚約や交通事故に合う可能性もゼロになってくれればいいのに。そこはやっぱり、これからも頑張っていくしかないのかぁ……。
今日から一年の頑張りで今後の人生が決まるなんて、ああ、憂鬱だわ。
内心とぼとぼ、でも人目があるので表向きは優雅な態度で廊下を進む。新しい二年三組の教室までの道は、さながら黄泉路である。
「さーくーらーこっ!」
「ひゃっ?!」
ぽん、と軽く肩を叩かれた。
でもこの声と叩き方は……
「真琴!すっごく会いたかった……!」
「えっどうしたの?」
「クラスが……私の一年が……!」
「あ~、私達ものの見事に別れちゃったわね」
振り返った先の真琴に手を伸ばすと、驚ながらも当たり前のように握られる。そして私の曇天な心情を察してくれたのか、喋りながら乙女の秘密会議場・女子トイレへと誘導された。
ああ、この安心感よ……。やっぱり後ろを許せるのは親友だけだ。
高校の女子トイレとは思えない広さと内装のそこに人がいないのを確認すると、真琴は水滴ひとつない洗面台に軽く寄りかかって「で、どうしたの?」と改めて首を傾げた。
「クラス分けに不満しかないの。理事長へ直訴しに行きたいぐらいに」
「理事長って……。でも高二のクラスって、修学旅行とかがあるから仲が良い人と一緒にしてくれるって聞いてたから、ちょっとショックよね」
「でしょう?私がお願いすれば、あの名簿は間違いということになると思うのよ」
「そんなの絶対に無理って言えないのが宝生寺家の令嬢の力よねぇ……」
真琴は私から目をそらして、ははっと空笑い。
「そうは言っても桜子は、家の権力振りかざすのが大嫌いでしょう?」
「それは……まあ、嫌いだけど……」
どうも真琴は私が新しいクラスに不満なのは、仲が良い三人と別れてしまったことと思っているらしい。残念ながらそこじゃないんだけどなぁ。
確かにそれもかなり不満だけど、瑠美と璃美が双子である以上、四人揃って同じクラスになることはないと諦めていた。だから真琴が四組、瑠美が七組、璃美が一組となっていても、あまり驚きはなかった。全員ばらけてしまったのはちょっと寂しかったけど。
それに修学旅行だって、自由行動の時はクラス関係なくグループを作っていいという情報を先輩からもらっているから、大事な思い出作りには困らない。
私が不満なのは、千夏ちゃんと雪城くんという宝生寺桜子的に関わりたくない二人が揃っていることだ。それを変えるためなら、家の権力という名のバットで理事長をタコ殴りにするのもやぶさかでない。
「諦めなって。それにたぶんもう、学年中に桜子が三組ってこと浸透しちゃってるわよ。私が掲示板の前に行った時、宝生寺様と雪城様が三組だーってえらい騒ぎになってた」
ウゲェッ!そういえば私がいた時も内部生っぽい女子がいろいろ言ってたな……。
「やっぱり騒ぎになるぐらいありえないことよね。自分で言うのもあれだけど、紫瑛会の中でもわりと上の方の人間が同じクラスになるなんて」
「わりと上の方じゃなくて、桜子は二番目、雪城くんは三番目の権力者よ」
「その二番と三番を一緒にするなんて、学園側はバカなのかしら」
「それはたぶん、桜子も雪城くんも学園内の権力争いに興味がないからじゃない?ほら、去年の八組ひどかったし」
「去年の八組……あっ」
あ~~去年起きたあの一年八組女王蜂事件か~~~~!
紫瑛会の人間は、権力者の子どもばかりだから自分が一番じゃないと気が済まない自己顕示欲の塊みたいな人が多い。だからクラス内に二人以上いるとどっちがクラスのボスかというマウンティングが起きる。
それを避けるために学園側は、紫瑛会はクラスに一人という暗黙のルールを作った……という噂があった。
でも私の学年には紫瑛会は十一人いて、高等部のクラスは十個。どうしても二人以上いるクラスができてしまう。
その問題は高等部よりもクラスが少ない初等部や中等部では、序列一位の秋人のいるクラスに九位を、二位の私いるクラスに十位を、三位の雪城くんのいるクラスに十一位をそれぞれ入れるなどして、例え二人いようとボスが誰かをはっきりさせるという方法で解消していた。だから初等部からこれまで、二位の私は序列が近い秋人と雪城くんとは同じクラスになることは一度もなかった。
しかし去年、学園側はなにをトチ狂ったことをしたのか、紫瑛会内でも地位が同じぐらいで、同じぐらいプライドが高くて自己顕示欲の強い女子生徒二人を揃って八組にしたのだ。おかげで八組は一つの巣に女王蜂が二匹いる状態になり、覇権争いで常にぴりついていた。巻き込まれたクラスメイト達は本当に可哀想だった。
そして今年のクラス分けでは、その二人は引き離されていた。
たぶん学園内は、誰と誰を組み合わせたら派閥争いが起きないか必死に考えたのだろう。そこで白羽の矢がたったのが、学園内での権力争いに興味がなく、家の権力を振りかざすことのない私と雪城くんだ。
家の力がほぼ同格の秋人と私でもなく、ファンクラブができるレベルで人気を二分する秋人と雪城くんでもなく、家の力の差がありつつどちらも外部生を差別しない穏健派の私と雪城くんの組み合わせ。学園側の理にかなっているだろう。
が、私からすれば「なんてことをしてくれやがった!」と家の権力バットで学園中の窓ガラスを全て叩き割ってやりたいぐらいだ。迷惑際なりない。万死に値する。
「とんだしわ寄せだわ」
「えっ?もしかして雪城くんと一緒なの嫌なの?初等部の頃から仲良かったよね?」
「それは目の錯覚よ、真琴」
「……なんかあったの?」
あったと言うか、これから起こると言うか、はたまた現在進行形で起きてると言うべきか。
あの男はずっと私を疑い腹を探り続け、ついに本性を現したのだ。ああ、今思い出しても怖い。
いっそこれで私と雪城くんが、少女漫画の通り敵対するようになったら、学園側がどうするか楽しみに思えてしまう。いや、いくら疑われていようと潔白だから敵対するつもりはありませんけどね、少なくとも私は。私は事なかれ主義だもん。
でもそんなこと言うわけにはいかないので、とりあえず別の理由で誤魔化しておく。
「秋人や雪城くんのいるクラスって、いつも休み時間になるとファンの子が集まるじゃない。教室にも廊下にも大勢がたむろするなんて嫌よ。すっごい迷惑」
「気持ちは分かるけど……、桜子が注意すれば一発で散るでしょ」
「陰で恨まれそうだから嫌よ。言えないわ」
令嬢スイッチを入れれば注意できるけど、雪城ファンクラブの子はガチ恋勢が多いから、下手に注意すると恨まれそうで怖いんだよなぁ。事なかれ主義者としてはあまり関わりたくない。
思わずため息を吐いたその時、朝のホームルームが始まる十分前のチャイムが鳴り響いた。
「ねえ真琴、クラス交換しない?三組なら女バレの子いるわよ?」
「しませーん。私も野次馬がわらわら集まるクラスなんて嫌でーす。ほら、諦めて教室行こ?」
真琴に背中を押されてトイレを出され、教室がある方へ連れて行かれる。気分はドナドナと売られていく子牛。
そして真琴は自分のクラスである四組の教室の前につくと、「グットラック!」といい笑顔で入っていってしまった。う、裏切り者ーッ!
渋々すぐ隣の三組の教室を、後ろのドアからそっと覗く。すると窓際の席という教室内で最もいいポジションに奴がいやがる。そして出席番号一番の千夏ちゃんは、廊下側の一番前の席に座って隣の席の子と楽しそうにおしゃべりしている。
この光景、秋人だったらすっごく喜ぶだろうに。本当に交換できるなら交換してあげたいし、交換してほしい。
本日何度目か分からないため息を吐く。
その時、教室の後ろの方でさっそく雪城くんの鑑賞会をしていた女子生徒の一人と、ばっちり目が合ってしまった。
「桜子様っ!」
パアッと明るい顔で駆け寄ってきてくれたのは可愛いけれど、その大きな声のせいで教室中の視線を独り占めしてしまった。
そして外部生らしき男子は「うわっ出た!」みたいな顔でサッと目を逸らした。とてもつらい。
「おはようございます、桜子様!」
「私達も三組なんです。一年間よろしくお願いいたします!」
「ごきげんよう、皆さん。知っている方がいて安心したわ。こちらこそ一年間よろしくお願いしますね」
集まってきた子達の言葉に、つい即座に微笑んで返事をしてしまった。ああ、体に染み付いた猫かぶり技術の弊害が……。
もうこうなってしまっては、三組という現実を受け入れるしかない。
でも真琴とも諸星姉妹とも離れてしまったから、皆さん本当によろしくね?移動授業の時とかグループ学習の時とかでハブらないでね?仲間にいれてね?
あと私の席ってどこかしら。授業中ずっと外部生に怯えられるなんてつらいから、内部生に囲まれてる席の方が精神的に楽なんだけど。
黙って教室を見回すと、座っている生徒もいるけど空席も多い。えーっと、席は出席番号順になってるから~……。
「あっ、お席ですね」
「桜子様のお席はあちらですわ」
「廊下側から五列目の、真ん中のお席です」
席を探してるなんて一言も言っていないのに、私のさ迷う視線に気づいてくれたらしい。集まってきた子達が笑顔で丁寧に教えてくれた。
「教えてくれてどうもありがとう」
私も笑顔でお礼を言って、教えてくれた席へと向かう。
机の右上に「出席番号23」という目印の紙が置いてあるから、間違いない……………………ま、間違いで、間違いであってくれーーーーーーっ!
このクラスは三十人。席は余ることなく一列五席で、六列できることになる。
そして出席番号二十三番である私と二十八番である奴の間には、四人いる。
つまり私の左隣は……。
「おはよう、宝生寺さん。同じクラスで隣の席なんてすごい偶然だね」
ごきげんよう、右隣の名も知らぬ出席番号十八番くん。実は私、窓に近い席だと死ぬ奇病にかかっているの。よろしければ交換してくださらない?学園の王子様の隣っていうオプション付きよ?
ねえ十八番くん、お願いだから目を逸らさないで!ねえ!ねえ!換わって!!
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