12-1.信じたくないけど



 京都滞在二日目。私は朝からゆりちゃんと従弟妹を引っ張り、京都市で神社仏閣巡りをした。

 目的は厄除けと厄払い。晴明神社に始まり、吉田神社、下鴨神社、八坂神社、途中で受験生である花梨のために北野天満宮へも行って、最強女神様パワーを頂くために市比賣神社ではご祈祷もお願いした。お守りや玄関に飾るお札などももらい、絵馬にはこの先一年をお守りくださいと書き、最後にご神水をくんでラッパ飲みした。

 ああ、お願いします神様!善良な私の高校生活を脅かす全てのものからどうかお守りください!







「で?急に必死こいて厄除けって、昨日花梨が言ってた噂、そんなに嫌だったのか?」



 お昼。ゆりちゃんが約束通り焼肉店に連れていってくれた。しかも完全個室制で、なにをしゃべっても大丈夫な空間をいう気遣いっぷり。

 焼肉と聞いて最初は「さっき天神さんでなで牛撫でてきたばっかりなのに~」と言っていた花梨も、上タンが焼き上がる頃にはお肉を頬張っていた。俗世は弱肉強食である。



「これを食べたら安井のこんぴらさんに行って、縁切りをお願いしたいぐらいには嫌ね」


「やめとけ、やめとけ。あそこの神様、手段選ばねぇぞ。最終手段にしておけ」



 確かにあそこは縁を切るために、願った相手を病気で入院させたりするからなぁ……。

 絶対に縁を切ってやるという根性を感じるが、私の場合は少女漫画のシナリオを繰り上げて、トラックにひかれて入院させられるかもしれない。ゾッとする話だ。

 それに秋人との縁を切ったら、その恋人である千夏ちゃんとの縁も切れてしまって、将来千夏ちゃんのウエディングドレス姿を見れなくなってしまう。雪城くんとの縁を切ったら、妹の澪ちゃんとの縁も消えて、百点満点の幼女スマイルを拝めなくなってしまう。

 ここは伊蕗の言う通り、安井金比羅宮は最終手段にしておこう。



「でもさあ、リュシアンとアルブレヒトって成瑛でファンクラブあるんでしょう?イケメンと噂になるって嬉しくない?」


「つまり花梨は私に死ねと?」


「そうじゃないよ。ブサイクと噂されるより良いじゃんって意味!」


「あ~まあ、それは……いや!やっぱ無理!あの二人だけはダメ!」


「どんだけ嫌なんだよ……」


「まあまあ、例の噂はこのお姉様が消してあげるから安心しなさい。ほらお肉お食べ」



 ヤダヤダと首を振っていると、焼肉奉行をしていたゆりちゃんが同情するようにカルビを私の取り皿に置いた。

 この店オリジナルのタレをつけて食べると絶品だった。もう三枚ほどください。



「そう言うなら任せるけど、ゆりちゃん、どうするつもりなの?」


「雅が丘のOGで頻繁に会う子が噂好きでおしゃべりなの。その子にさりげなーく三角関係の話をして、でもそれがデマで、デマに踊らされてる高校生達をせせら笑ってやるのよ。そうすればいずれデマって情報が、雅が丘の在校生に伝わるわよ」


「ああ、なるほどね。上流階級のコミュニティー、まったくの第三者の言葉の方が信じこみやすいっていう性質の利用するのね」


「そういうこと。だから花梨は、誰に何を聞かれてもデマじゃない?って言ってしらを切りなさい」


「はーい」



 とりあえず雅が丘の内部事情は私も詳しくないから、卒業生のゆりちゃんと在校生の花梨に任せておこう。

 それにしても、三角関係だなんていう根も葉もない噂を流したのはいったいどこの誰なんだろうか……。秋人と私が赤ん坊の頃からの幼馴染みで、秋人と雪城くんが親友だということを知っている人物じゃないと、あんな噂は流せないはずだ。



「ねえ花梨。三角関係の噂の出所って調べられる?」


「えー!無理だよ。雅女で有名な噂って言っても、噂してるのはほとんど高等科の人達だもん。わたしだってクラスの子から聞くまで知らなかったんだよ?」


「そうよねぇ……」



 雅が丘女学院の高等科か。そうなると噂の発生源は、私と同学年の新高校二年生とみてよさそうだな。

 同学年なら私も何人か顔見知りがいるし、秋人も雪城くんもそれなりに知り合いはいるだろう。私達三人の誰か一人とでもある程度親しければ、幼馴染みや親友という関係を知ることも難しくない。



「ねえねえ、さっちゃん。リュシアンとアルブレヒトの写真ってないの?わたし、噂は知ってるけど顔は知らないの」


「あ、それ俺も気になってた。ファンクラブできるってどんだけイケメンなんだ?」


「写真?あるわけないでしょう、そんなもの」


「私は壱之宮家の……秋人くんだっけ?その子なら前にパーティーで見かけたことあるわよ。背が高くて、ちょっと近寄りがたいクール系のイケメンよね」



 背が高いクール系のイケメン。まあ、見た目の話なら否定はしないけれど、あの男は初デートの服装を幼馴染みと親友に相談するポンコツなんだよ?

 しかも今日はその服を着て恋人と初デート…………うっわ、そうだった。今日は日曜だから、秋人と千夏ちゃんは今まさにデートの真っ最中ではないか。すっかり忘れてた。

 大丈夫かなぁ、秋人。一応今まで「朝倉さんは一般家庭のお嬢さんなの。好きなら、あなたが朝倉さんのペースに合わせなさい!」と耳にタコができるほど教え込んできたから、そこまで浮世離れした言動はしていないと願いたいけど……。

 あのバカはプライドの高さがエベレスト級だからなぁ。千夏ちゃんに失礼なこと言って怒らせてないといいけど。



「さっちゃん、話し聞いてる?」


「あ、ごめん。なに?」


「だから二人の写真。後ろ姿とかでもいいから写ったやつない?」


「後ろ姿……。う~ん、ちょっと待って、探してみるから」



 カバンからスマホ出して画像フォルダを開き、一枚ずつ確認していく。

 でも案の定、真琴や諸星姉妹、仲良くしている内部生の女の子ばかりで、そもそも男と写っている写真がない。あったとしても、去年の学園祭で撮って送ってもらったクラスの集合写真だけだ。



「あっ」



 意外や意外。一枚だけ二人らしき男子生徒が写っているものがあった。



「あったか?」


「見せて見せて!」


「この後ろに写ってるのがそうよ。右がリュシアンって呼ばれてる壱之宮秋人。左がアルブレヒトって呼ばれてる雪城透也」



 去年の夏にあったサマースクール中に撮った一枚。確かこれは自由時間で、ホテルのプライベートビーチで真琴と諸星姉妹の四人で遊んでいた時の写真だ。

 四人で写るそれに、なにやら話しているっぽい秋人と雪城くんが写り込んでいた。しかも後ろ姿ではなく正面を向いていて、成瑛の人間なら二人だと分かる程度にはっきりと写っている。

 画像を拡大してスマホをテーブルに乗せると、伊蕗と花梨はどれどれと覗きこむ。



「うわっ、レベル高っ!これあれだよ、グットルッキングガイってやつだよ!」


「あ~これは……」


「さっちゃんヤバいね!こんな二人と噂になってたの?」


「確かにこれだと下手に噂されたら刺されるかもな。茶化して悪かった」



 花梨はきゃあきゃあと楽しそうにスマホ画面をゆりちゃんに見せ、伊蕗は哀れむような視線で私を見てきた。これが女子中学生と男子高校生の違いか。

 私の苦労と恐怖を理解してくれたようでなにより。伊蕗に対してこくりと頷いて、無言で網の上のみすじを全て確保した。



「ていうか、アルブレヒトって雪村じゃなくて雪城だったんだな」


「化粧品メーカーでSCCってあるでしょう?そこの御曹司よ。成瑛だと王子様とかアイドル扱いで、告白なんてしょっちゅう。バレンタインデーも毎年スゴいわよ。まぁそれは秋人も同じだけど」


「へえ~。うちで言うところの睦月むつきみたいなもんか」


「睦月?」


「俺と同じ開鵬館のサッカー部で、次期エースって言われてるヤツ。試合があると他校の女子が応援しに集まるし、普段もたまに下校時間になると出待ちされてる。ああ、自称彼女のストーカーの二人が校門の前で鉢合わせして、警察沙汰になったこともあるな」


「うわぁ……なにそれ、すごいわね」



 自称彼女のストーカーがいるのもすごいけど、それが二人もいて、さらに警察沙汰になるってトラウマになるレベルでしょう。私だったら怖くて校門に近づかなくなる。

 でも同じモテる男でも、その睦月くんとやらのファンと、成瑛の二大巨頭のファンでは調教のされっぷりが違う。

 壱之宮ファンクラブと雪城ファンクラブには厳しい戒律があるらしいから、視線は肉食獣でも、五メートル以上離れて鑑賞している。自称彼女のストーカーなんて現れた日には、「恋人を自称するなど不届千万!天誅!」とファンクラブの子達に抹殺されるだろう。



「睦月くんねぇ~。雅女でも有名だよ。開鵬館のフランツってね」


「フランツぅ?それもバレエか?」


「コッペリアだって」


「コッペリア……って、なんだっけ?」



 首を傾げて、伊蕗は私を見てきた。



「結婚秒読みの恋人がいるフランツっていう青年が、コッペリアという謎の美少女に恋をするの。フランツの恋人スワニルダはフランツの浮気に気づいて、コッペリアの正体を探ると、なんとからくり人形だと発覚。スワニルダはコッペリアを壊して、フランツに全ての事実を話して仲直り。結婚。めでたしめでたし」


「色々はしょり過ぎだよ、さっちゃん……」


「そう?だいたいこんなストーリーじゃなかった?」


「聞いた感じ、睦月と共通点一つもないな」



 そこについては私も同意する。

 秋人のリュシアン、雪城くんのアルブレヒト、私のジュリエットを考えると、ストーリーとあだ名に共通点なんてないと思う。きっと雅が丘女学院内の隠語みたいなものだろう。

 その後も三人で好き勝手にお肉を注文して、焼いて、食べながら話していると、ふと焼肉奉行だったはずのゆりちゃんが途中から一言も発していないことに気がついた。

 すっかり忘れていたその存在の方を見ると………



「イケメンなんて滅びろッ!!!!」



 突如、テーブルに突っ伏して絶叫した。



「ゆりちゃん?!」



 メニューを開いてデザートを選んでいた花梨は、あまりの出来事にビクッと肩を揺らす。だが私と伊蕗はこの状態のゆりちゃんを何度か見たことがあったから、驚きはしてもすぐに呆れが上回った。



「桜子、これってまさか……」


「信じたくないけど、十中八九いつものアレでしょうね」



 ゆりちゃんのそばにあるグラスに鼻を近づけ中身の匂いを確かめると、くらりとするアルコール臭。やけにぐびぐびと水を飲むなぁとは思っていたけれど、どうやらいつの間にか日本酒を注文していたらしい。

 車の運転を買って出てくれた人が飲酒するわけがないと思って、完全に油断していた。

 店側についても擁護するつもりはないけれど、徒歩移動が基本の京都市という土地柄と、私か伊蕗が十八歳以上に見えてしまったことで確認を怠ったのかもしれない。



「このご時世になんてことを……」


「イケメンなんてねぇ!顔だけなの!あとはみんなクソなの!どいつもこいつもクソ野郎なのぉ!!!!」


「あーあーほらゆりちゃん、大きい声出さないの。いくら個室でもお店や他のお客様にご迷惑よ」


「桜子ぉ!いい?!男の顔に騙されちゃダメよ?!大事なのは、中身と稼ぎ!顔なんて整形でどうにでもなるのよ!!!!!」


「そうねぇ~、性格が合わないのもツラいし、稼ぎの悪い男は結婚相手には見れないわよねぇ~。はい、お水飲みましょうね~」



 渡した水を素直に飲むので、これは相当ヤバイ状態だ。一人だけ状況が読めずオロオロしている花梨にはあとで説明するとして、今はこの場を納めなければ……。

 いまだに「顔だけ野郎が!くたばれ!もげろ!」と絶叫するゆりちゃんをあやしながら伊蕗に目配せすると、心得たとばかりに頷いた伊蕗はどこかへと電話をかけ始める。しばらくして電話を終えると「十五分以内に来るって」と教えられた。



「オッケー。十五分もあればゆりちゃんも力尽きるわ」


「ね、ねえ、ゆりちゃんどうしちゃったの?酔っぱらってるの?」


「あのね、ゆりちゃんは普段ならどれだけ呑んでも酔わない酒豪なんだけど、彼氏とケンカしたり別れたりした後だと必ずこうなるの。たまに私や伊蕗が、ゆりちゃんに誘われて外食しているのは花梨も知っているでしょう?」


「うん……」


「実はその誘いはね、毎回必ずゆりちゃんが彼氏とケンカしたり破局したりして、その愚痴を吐き出すための会なの。たぶんこの感じだと、イケメンの彼氏とケンカ別れでもしたんでしょうね」


「いいか、花梨。おばさんがこうなったことは、じいちゃんはもちろん誰にも言うなよ?」


「う、うん……」


「伊蕗ぃ!あんたは……あんたは、クソ野郎になるんじゃないわよ!恋人のすっぴんを見て、うわっとか言う男になるんじゃないわよ?!日本はねえ!一夫一妻!重婚はぁ!罪なのよおお!」


「あーはいはい、言わない言わない」



 ゆりちゃんの標的が伊蕗に変わる。徐々に呂律が回らなくなって支離滅裂になっていく話を聞くと、今回はずいぶんとひどい別れ方をしたようだ。

 別れた男は四股をしていて、ゆりちゃんはもう三人の女性とタッグを組んで四股男を問い詰め、男の勤務先に匿名で四股男とのタレコミをしたらしい。過激だ。そしてどこかで聞いた話だ。

 昨日私が二股という単語を口にした時、血走った目をしていたのはこういうわけだったのか。



「つーか、四股って逆にスゴくね?」


「そうね……」



 私と伊蕗がため息を吐いている頃にはゆりちゃんは力つき、伊蕗が手配した迎えの車も到着した。

 そして駆けつけてくれたお祖父様の邸宅の使用人の方々に飲食代の支払いや潰れたアラサーの回収、近くのコインパーキングに停まった真っ赤なスポーツカーの代行運転を任せて、私達未成年は口直しのデザートを食べるために歩いて近くのカフェに向かった。




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