9-2. 絶対に断る
十六にもなって幼馴染みに恋愛相談をすることか。それとも初デートに正装で行こうと思っていることか。はたまたデートが何なのかも分かっていないことか。
いったいどこからツッコめばいいのか分からない。呆れてものも言えないとは、まさにこの事だ。
「ねえ、私帰ってもいいかしら?」
「ダメだよ。ここで見捨てたら秋人は明後日、一生消えないトラウマを負うことになる」
「自業自得です。むしろこんな男との恋を後押ししてしまって、朝倉さんに申し訳がたちません」
「それは僕もうっすら思っているけど、まだ修正ができるから。まだ間に合うから。お願いだから僕に押し付けないで」
「離してください雪城くん。あなたならおひとりで大丈夫です。こういうのは女の私には理解できないことですから、男性だけでどうぞごゆっくり」
「デートなんだから、女性の意見の方が必要に決まってるだろう。ほら見てよ、これだけ色々言ってるのに秋人が噛みついてこないなんて末期だよ」
逃走を図ったけれど、カバンを雪城くんに掴まれて阻止された。
引き離そうと引っ張ってもびくともしない。大人しそうな顔してゴリラかよ。
「それにもしも二人が別れたら、僕らの一年間の頑張りが無駄になる。それでもいいの?」
「うっ……」
痛いところをつかれた。
私は一年かけて、少女漫画の主人公カップルに幸せになってほしくて頑張ってきた。これからも頑張るつもりだ。
でも、こんな腑抜けに千夏ちゃんは任せられない。千夏ちゃんを幸せにしてくれる人は、きっと他にいる。
例えば……そう、春原くんだ。彼なら絶対に千夏ちゃんを幸せにしてくれるはず。前世で私は、千夏ちゃんが当て馬役の春原くんを選ばないと分かっていながら、選んでくれと願って漫画を読んでいたんだ。
秋人なら、御曹司っていうスペックがあるんだから結婚相手は選り取り見取り。仮に秋人自身に結婚の意思がなくても、秋人の両親が厳選に厳選を重ねて選んだ壱之宮の嫁に相応しいご令嬢を宛がうだろう。
…………待ってぇ~~~~その宛がわれる令嬢って私の可能性が超絶高いじゃ~ん。そんな未来くそくらえだわ。
やっぱり千夏ちゃんには秋人、秋人には千夏ちゃんだ。春原くんは……失恋を忘れられるぐらいに好きになった可愛らしいお嬢さんと幸せになってくれ。ご祝儀ならたんまり払うから結婚式に招待してください。タキシード姿を拝ませてくださいお願いします。
とどのつまり私は、秋人の初デートを成功に導くための策を練る以外の選択肢はないようだ。
「はあ……まったくもう、秋人、全部済んだらいつも通り対価はもらうからね?」
「……たいか……。ああ、そういやぁ、前の分をまだ渡してなかったな」
脱け殻のようにそれまで黙っていた秋人は、急に覚醒して起き上がった。
何をするのか見守っていると、ベット横のチェストの前にしゃがんだ。その手が伸びる先には、ホテルでよく見る小さな冷蔵庫。少し前に雪城くんと交わした、千夏ちゃんから貰ったバレンタインチョコの行方についての会話を思い出した。
あの中に、今もチョコが保管されているのだろうか……。確認したい、でももしも本当に保管してあったらと思うと怖すぎて近づけない。
「ほらよ」
パンドラの箱から何が出てくるか身構えていると、秋人は黒い紙袋を私に差し出してきた。ひんやりと冷たいそれには、店のロゴが箔押ししてある。
こ、これは!この春に日本初上陸したギモーブ専門店のロゴではないか!
「どうしたの、これ?」
「だからこの前の貸しの分。お前が何も注文してこなかったからテキトーに選んだ」
「この前の……」
私が秋人の恋愛相談にのる条件に、相談が解決するごとに甘味を献上せよというのがある。
始まりは秋人が千夏ちゃんへの恋を自覚した頃。今回のように相談にのってあげたはいいけれど、肝心の秋人が私の忠告にいちいち文句をつけたもんだから「文句を言うなら二度と私に頼らないで」とキレた。すると後日、私の忠告を守ったおかげで千夏ちゃんとの距離を一ミリ縮めた秋人が、お詫びとご機嫌とりで私に人気店のスイーツを渡してきたのだ。
それ以来、キブアントテイク、等価交換が私たちのルールになっている。
前回の貸しというのは、二人が付き合うようになった日に言い忘れた「好き」を言ってこいと忠告したことか、その翌日に学校で話せないなら電話かメッセージアプリで交流しろと言ったことのどちらかだろう。恋が実った時ぐらい無条件で協力してあげようと思っていたのに、律儀な奴だ。
まあ、くれると言うなら貰っておこう。なにせ食べたいと思っていたお店のギモーブだ、返せと言われても絶対に返さない。
「じゃあ今回の分は、スヴニールのマカロン。春限定あまおう味入り十三個セットで手を打ってあげる」
「注文が細けぇ」
「探す手間が省けていいでしょう。さあ、秋人も起きたことですし始めましょうか。まずは服装の件ね」
ギモーブの紙袋を置くついでに、カバンに入れておいた昨日バッティングセンターで貰ったチラシを二人に見せた。
「朝倉さんが言ったお祭りは、たぶんこれだと思います」
「あさがお商店街春祭?あー、確かに地図見るとアイツの家にそこそこ近そうだな」
「明後日のお祭りっていう情報だけで、よく分かったね」
「朝倉さんのお宅のおおよその場所は、前に秋人から聞いていましたからね。日付とエリアが分かれば、すぐに調べはつきます」
と、いうことにしておこう。
「このお祭りは大きな桜の木がある神社で催す、地域の小さなイベント。ここのある服なんかを着ていったら、場違いすぎて周りの人から遠巻きにされるに決まってる。そういうわけで秋人、あなたが想像しているのはたぶん桜を観る会でしょうけど、違うからこれは今すぐ撤収ね」
「それは分かったけどよぉ、こういう祭りに合った格好ってなんだ?」
そうなんだよなー、そこが問題だ。
今の調子の秋人に任せたら、またTPOを弁えないファッションセンスを発揮するに決まってる。でも私はメンズファッション、ましてやデート服なんてまったく分からない。
ベルを鳴らして呼んだメイドさんたちがハンガーラックを運び出してくれるのを眺めながら、首をひねった。
「カジュアルというか、今みたいな普段着でいいんじゃないかしら?」
「はあ?」
「女の私にメンズファッションが分かるわけないでしょう。誰かの意見がほしいなら雪城くんを頼ってちょうだい。そのために呼んだんでしょう?」
「えっ」
「それもそうだな。よしっ!透也、手伝え」
「……分かったよ」
渋々立ち上がった雪城くんから「丸投げしやがって」みたいな視線を向けられたけど、知らぬ存ぜぬを突き通してお茶を飲む。さすがは壱之宮家が出すハーブティー。香りも味も抜群だ。
お茶とスイーツを堪能しながら、隣の秋人専用のウィークインクローゼットへ行ったであろう二人を待つ。すると十分ほどで雪城くんだけが戻ってきた。
どことなく疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
「もう決まったんですか?」
「……根本的なことを忘れてた。僕と秋人は、服の趣味が違う」
「あっ」
そういえばそうだったな……。秋人はともかく、雪城くんの私服姿を見ることは滅多にないからすっかり忘れていた。
派手できつめな顔の母親に似たとはいえど日本人顔である秋人と、四分の一にフランスの血が入っている雪城くん。同い年で体格が同じぐらいだからといって、似合う服まで同じとは限らない。私の記憶では秋人はダークカラーや柄物を着るけれど、雪城くんは柔らかめの色を着ていることが多い気がする。実際に今日もそういう感じだ。
そりゃあ、どれだけアイディアを出したって決まりっこないか。
「宝生寺さん、手伝ってくれるよね?」
逃げようとしたり丸投げしたりしたのを根に持たれているらしい。穏やか微笑みのようでいてちっとも笑っていない目に、頷くしかなかった。
どっこいしょと重い腰を上げて隣の部屋に行けば、たくさんのファッションアイテムが整理整頓されたセレクトショップのようなそこを秋人が落ち着きなく歩き回っていた。親犬とはぐれた子犬かお前は。
「それで、どこまで決まったんですか?」
「なにも決まってないよ」
「……」
「あからさまに面倒くさいって顔しないで……」
「秋人に対しての感情なのでお気になさらず」
どうせ雪城くんがTPOを弁えた服装を提案しても、秋人がぐちぐち文句をつけたのだろう。
そもそも、デート服を幼馴染みに相談するって乙女かよ。私でも自分で考えるぞ。……いや、まあ、デートなんてしたことないけど。
ぶっちゃけた話、私は秋人が失恋のトラウマを抱えたって構わない。でも秋人がフリーになると私が婚約者にまつり上げられるリスクが高まるし、千夏ちゃんには幸せになってほしい。その二つの願望を叶えるための最善策は、秋人をイイ男に仕立てあげて千夏ちゃんを繋ぎ止めさせることだ。
仕方がない、手伝ってやるか。
「秋人、黒いスキニーパンツと白いTシャツを出して。あなたは顔がうるさ……派手だから、シンプルな物の方がいいわ」
さすがに思春期真っ只中の男子高校生のクローゼットを漁るのは気が引けるので、一歩も動かないで指示だけ出す。
すると秋人は取ってこいを言われた犬のように、たくさんのアイテムの中から言われた通りの物を持ってきた。海外のハイブランドの品だということには気づかなかったことにしておこう。
次にアウターだ。秋人に選ばせたらレザージャケットでも選びそうなので、これだけは私が自分で探させてもらおう。どこのあるのか聞いてアウターコーナーに行き、近所の小さなお祭りに行く高校生カップルの図を想像しながら吟味する。
私の好みで選ぶなら、きれいめ路線でカーディガンかテーラードジャケットだけど、秋人に似合うようにするならMA-1あたりかな。白いTシャツと黒いスキニーにMA-1って、かなり逃げた組み合わせな気もするけれど王道コーディネートということにしておこう。
「スニーカーってここに置いてある?」
「あるぞ。つーかお前これ、もうちょっと真剣に考えろよ。捻りがなさすぎる」
「正装で行こうとしたあなたにだけは言われたくないわ。いいからスニーカー出して。できればピンク系」
「はあ?んなもんあるわけねーだろ。黒でいいだろ」
「春らしい差し色がほしいの!」
黒スキニーに黒スニーカーって、それこそ捻りがなさすぎるだろ!
ああいうのは脚長効果もあるから、貴様のような恵まれた体型のやつは違う色を履いていろ!
「差し色なら、これがいいんじゃないかな」
そう言って雪城くんが選んだのは、マスタードイエローのスニーカーだった。有名なスポーツブランドのものらしい。
あらまっ、可愛いのがあるじゃない。なんでこれがあるのを教えなかったんだ。そう思って秋人を見ると、酸っぱいものを口に詰め込まれたような顔をしていた。
えっ、なにその顔。どういう感情なの?
「……それだけは履かねぇ」
「宝生寺さんが選んでくれた服に合うと思うけど?」
「……それ、前にババアが寄越してきやがったもんだ」
心底不愉快そうな声に、私と雪城くんは同時に「あー……」と声を漏らして納得した。
秋人は、母親と折り合いが悪い。私との婚約を狙っているのも不愉快な理由の一つなのだが、母親のゴッリゴリの選民思想と差別意識、壱之宮の人間ならそれに相応しい人間とのみ親しくしなさいという考えに嫌気がさしているのだ。
それなのに、そんな母親から贈られた靴を履いて、一般家庭のお嬢さんとデートなんて行きたくはないだろう。
「物に、罪はないんじゃないかしら……」
「他の時に履くのはいい。でもこれで朝倉に会いに行くのは絶対に断る」
こりゃあ何を言ってもムダだ。こういう声をしている。選んだ服にも、秋人自身にも合うと思ったけれど、これ以外のスニーカーを選ぶとしよう。
ため息をついて壁の時計を見ると、時間は十一時五十分。家に帰ってお昼ご飯が食べたい。ギモーヴも食べたい。
さっき秋人が黒いスニーカーでいいって言ったから、そういうことにして話を終わらせるか。――――が、私が口を開くより先に、秋人が「もう昼だな」と言った。
「ちょうどいい。昼飯食うついでに靴買いに行くか」
「ああ、そうね、いいんじゃないかしら。そうすれば?」
そういうことなら私たちはお役御免だ。帰らせてもらおう。
朝っぱらから呼びつけられて、デート服を考えさせられて、正直言って私はもう疲れた。家に帰って昼食をとったら昼寝がしたい。
「お前ら食いたいもんあるか?」
「えっ」
「は?」
「ないなら俺が勝手に決めるぞ。佐々木ー、表に車回せ。昼飯食いに行く」
「え、ちょっ」
「…………宝生寺さん、諦めたほうがいいよ」
「なにしてんだお前ら。さっさと行くぞ」
ああ、私の貴重な春休みが……。
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