6.すげぇかっこいいなって思ってた
明日の修了式で、いよいよ春休みになる。誰もがそう思って浮かれる前日の放課後、私は生粋の帰宅部員のくせに体育館へ向かっていた。
理由は女子バレー部に所属する真琴に忘れ物を届けるためだ。
数分前まで私は教室で、同じく部活に入っていない諸星姉妹とおしゃべりをして迎えの車が来るまでの時間を潰していた。そしてすでに部活へと向かった真琴の椅子に、ブレザーが掛けられているのに気づいた。
ブレザーだけなら「教室にブレザー忘れてるよ」と連絡してあげるだけでも良かったけれど、メッセージを送信した瞬間に真琴のブレザーから軽快な着信音が聞こえたものだから、さすがに貴重品を置いていくのはまずいだろうとなり、届けることになったわけだ。
ちなみに諸星姉妹は先に迎えの車が来てしまったので、渋々ながらも帰っていった。
そんなわけで私はひとり、普段女子バレー部が練習している第一体育館へたどり着いた。しかしそこには、真琴どころか女子バレー部員達の姿はなかった。
いるのは先生が数名と、講演台や花台を運び込んだり配線作業をしたりする業者さん方。普通に考えれば明日の修了式の準備中だろうけど、この学園で式典をするのは決まって大講堂だ。体育館ではない。
「あら宝生寺さん、どうかしましたか?」
入口に突っ立っている私に気付いて、中年の女性教師が声をかけてきた。服装や生活態度に口うるさくて、しかも女子生徒にのみ注意をしてくるから毛嫌いする生徒は多いけれど、私は学園中で品行方正な優等生と思われているので注意されたことは一度もない。
私は慌てることなく、良家の令嬢の皮を被った。
「女子バレー部の方の少々用がありまして……。今日は別の場所での活動でしょうか?」
「ええ。ここは明日の修了式に使用するから、女子バレー部にはトレーニングルームで活動してもらっているのよ」
「修了式は、大講堂ではないのですか?」
「明日の午後に、理事長が講演会をなさるの。ですから大講堂はそちらに利用するので、式はここですることになったわけなのよ」
「そうでしたか。作業の邪魔をしてしまい申し訳ありません」
令嬢らしく振る舞えば、あらあらいいのよ、と機嫌よく返されたのでぼろが出る前にそそくさと第一体育館を離れた。
成瑛学園高等部は、勉強面で優秀な外部生を集めるだけでなく、部活動にもかなり力を入れていて全国から県代表レベルの生徒を集めている。そしてそんなスポーツ推薦入学の外部生が不自由なく活動できるように、各種スポーツ専用の競技施設が完備され、何にでも使用できる体育館は五つある。もちろん運動部だけではなく文化部の活動環境も完璧に整っているのだが、トレーニングルームは今いる体育館エリアから離れた場所にあった。
たかが忘れ物を届けるために、無駄に広い敷地内を横断しなくてはいけなくなるとは。正直言ってかなりめんどくさい。でも真琴のためだ、行くしかない、と腹をくくって渡り廊下を歩いていると、足元に茶色い物が転がってきた。
「あっ、すいませーん。ボール拾ってくださーい」
反射的に転がってきた茶色い物、バスケットボールを拾ってその声の方を見た瞬間、「ギャッ!」と驚いた猫みたいな声で叫びそうになった。
たったったっと軽い足取りで向かってくる男子生徒の名前は、
成瑛学園にはスポーツ推薦で入学してきた外部生で、超強豪として有名なバスケットボール部では一年生ながらユニフォームを貰ってベンチ入り。冬にあった全国大会では、ほぼレギュラーとして大活躍。さらに男子U-16日本代表の候補に選出されるほどの、本物のスポーツマンだ。
なぜ内部生で生粋の帰宅部女子である私が、外部生で青空と炭酸水と白いシャツが似合うバスケ男子のことを詳しく知っているかと言えば、彼は去年の秋頃まで千夏ちゃんをめぐって秋人と火花を散らしていた男だからだ。
つまり春原駿は、『ひまわりを君に』で主人公千夏ちゃんにフラれる当て馬キャラなのである。
爽やかで、人懐っこくて、ちょっと天然なアホの子だけど決める時は決める好青年。
この学園では女子人気は秋人と雪城くんの二大巨頭だけど、少女漫画の読者からの人気は秋人と雪城くんに、この春原駿ともう一人を加えた四人。通称『ひまきみ男子四天王』だ。
ちなみに読者の一人だったかつての私の好みは、春原駿だ。見た目も性格も全てが好みのど真ん中。少女漫画を読みながらヒイヒイ言っていた。
それは宝生寺桜子になっても変わらなくて、一年前の入学式で彼を見かけた時は、神が創りたもうた尊き存在に拝みそうになった。二礼二拍手一礼しそうになった。正直今でも見かける度にやってしまいそうだ。
そんな存在が、私の方へ向かってきている。
え?なにこれ?どういう状況?夢か? 手の甲を力いっぱいつねってみると、めちゃくちゃ痛かった。
「あー助かったー。拾ってくれてありがと」
「……どういたしまして」
ボールを手渡せば、春原くんは人懐っこく笑う。瞬間、思わず顔を背けた。
なぜならその真夏の太陽も裸足で逃げ出すであろう眩しさに、私ごときは見たら最後、拝むことすら許されず昇天させられる気がするのだ。
そもそもなのだが、私が春原くんと関わることなんて一生ないと思っていた。それが宝生寺桜子として生まれた私の運命のひとつだと思っていたから、この予想外の出来事に頭のなかは大混乱だ。
主人公の恋愛に絡む外野と言えば宝生寺桜子もだけど、宝生寺桜子と春原駿は同じ当て馬でも天と地の差がある。当然だが天は春原駿、地は宝生寺桜子。
春原駿は、正々堂々と秋人とぶつかり合い、千夏ちゃんへ告白してフラれてもその気持ちは変わらず、第二部でも秋人と付き合いはじめても千夏ちゃんを支える報われない系スーパーダーリン。そんな彼が、千夏ちゃんの幸せを脅かそうとする宝生寺桜子を嫌わないわけがない。
雪城透也のように絶対零度の睨み合いをするわけではない。ただ単純に、春原駿は千夏ちゃんを傷付ける宝生寺桜子を嫌い、宝生寺桜子は千夏ちゃんを守る春原駿を邪魔に思っていた。
かつて私はそれを「あのワンコ系の春原くんがそんな顔するなんてぇ~千夏ちゃん大好きなのねぇ~」とニヤニヤしていたけれど、今では他人事ではないのだから笑えない。まったくもって笑えない。
私自身は何もしてないのに嫌われるなんて、メンタル硬度二の私が耐えられる訳がない。身に覚えのない罪ではっきりと拒絶された日には、木っ端微塵の微粒分になるだろう。
とはいえ、そんな水と油の関係であるはずの私に、春原くんはにこにことご機嫌で微笑んでいる。
もしかして、笑顔が見れなくてうつ向いているから、ボールを拾ったのが宝生寺桜子だと気づいていないのか? だったらバレる前に逃げて――――
「あっ!どっかで見たことがあると思ったら、ほーしょーさんか」
「おしいっ!」
高難度のクイズの答えが分かったみたいな明るい声に、私は反射的に顔を上げ、そう言ってしまった。
すると、きょとんとした春原くんと視線がばっちりぶつかってしまった。
うっ、顔がいい。拝みそう。
「えっと……私は“ほうしょうじ”です。宝生寺桜子」
「ああ!そうだった!ごめん、わざとじゃないんだ」
「い、いえ、よく間違えられるので……」
本当にわざと間違えたのではないのだろう。わたわたと慌てて謝る姿がずるいぐらい可愛くて、声を出して笑ってしまいそうだった。
するとうつ向いて笑いをこらえる私の姿に、名前を間違えられて傷付いたと勘違いしたのか。春原くんはさらに慌てて「ごめん!」と言ってくるものだから、我慢しきれずフッと笑いをもらしてしまった。
「本当に気にしてませんから、ふふっ、そんなに慌てなくて大丈夫ですよ」
「でも名前間違えられるって、やっぱイヤでしょ?俺だって“すのはら”なのに、いつも“はるはら”って間違えられてちょっとやだし」
ああ、いい子だなぁ……。好き。永遠に推せる。
私は宝生寺って苗字、言いにくいし覚えにくいから間違えられても仕方がないって思っているんだけど、春原くんが可愛いので黙っておこう。
「では私はきちんと春原と覚えておくので、春原くんも宝生寺と覚えておいてください」
「うん、宝生寺ね。オッケー。朝倉もよく宝生寺さんが~って言ってるから、もう間違えない」
「朝倉さん?」
「あっ、やべ」
春原くんは、慌てて自分の口を手で隠した。
そんなことをしたって私の姿に耳には、しっかり朝倉と聞こえた。そして春原くんの口から出た朝倉が、朝倉千夏ちゃんだと分からないほどバカではない。
「朝倉さんが、私のことを何か言っていたんですか?」
「あーいやぁ、その~」
「ああ、別に教えてほしいわけではないので、大丈夫です。でもほら、私って外部生からあまり良い印象持たれてないでしょうから、知らないうちに不快に思わせていたのは……申し訳ないというか……」
スクールカースト第二位で、毎朝大名行列をしている女子生徒の頂点。しかも自分の恋人の近くを彷徨いてる女なんて、千夏ちゃんにとっては嫌な存在でしかないだろう。
薄々分かっていたことだけれど、いざ口に出してみると硬度二の私のメンタルにひびが入った。
「違う」
「え?」
「朝倉は、宝生寺を悪く言ったことなんて一回もない。きれいで、頭よくて、いつも助けてくれるイイ人だって、憧れるって言ってた」
「……え?」
「俺はぶっちゃけ最初は、壱之宮と一緒にいるあんたこと好きじゃなかった。でも朝倉がそう言うからあんたのことよく見てたら、宝生寺は俺ら外部生を守るみたいなこと言ってて、いっつも誰かのために動いてて、すげぇかっこいいなって思った」
はっきりと、一点の曇りもない目で見られながら言われた言葉に、ほんの一瞬だけ思考が停止する。
気付かれていたんだ。知っていてくれたんだ。未来を知っているのにちっともうまく立ち回れなくてごめんね。
再起動した私のなかには、困惑と嬉しさと申し訳ないさがぐるぐると回って、最終的に口からこぼれ出たのは、
「ありがとう、ございます……」
何に対して感謝かは自分でもよく分からないけど、その一言だった。
でも他に言いたい言葉が見つからなかったから、きっとそれが私の本心なんだと思う。
「あっ!朝倉があんたのこと言ってたってことはナイショな?恥ずかしいから誰にも言うなって言われてんだ」
「わかりました。聞かなかったことにしておきます」
「ああ、あと朝倉がいつか宝生寺さんと話してみたい~って言ってたから、もし話しかけられたらよろしくな」
「それも私には隠しておくべきことでは?」
「あっ。じゃあ、これもナイショで」
いたずらが成功した子どものような顔で、春原くんは言った。
そっか。千夏ちゃん、私と話してみたいって思ってくれていたんだ。私も同じことを思っていたし、あわよくば友だちになりたいって思っていたから、すっごく嬉しい。
でもそれは、ありえないこと。あってはいけないことだ。
「春原くん。聞かなかったことにする代わりに、ひとつだけ頼みごとをしてもいいですか?」
「別にいいけど、なに?」
「朝倉さんに、私には話しかけるなと伝えてください」
「……なんで?」
「私は、朝倉さんがとてもいい子だと知っています。でも私の周りには、それを知らなくて、外部生で特待生で、壱之宮秋人と親しくしているという理由で朝倉さんを嫌っている人が多いです」
ご存知ですよね?、と問えば、黙って頷かれた。
千夏ちゃんを大事に思っている春原くんにとって、そういった選民思想な内部生たちは敵と言っていいぐらい嫌な存在だろう。私だって、そう思っている。
「朝倉さんが私に話しかけたら、そういう周りの人たちが黙っていないと思うんです。そうなったら朝倉さんが傷つけられることになってしまう。だから……」
「だから、話しかけるなって伝えろ?」
「はい」
「ごめん。無理」
「えっ?!」
自然とそらしていた視線を春原くんに戻せば、彼はボールを受け取りに来た時と同じ笑みを浮かべていた。
「たぶん朝倉は、俺が伝えたってどうにかして話しかけに行くよ。というか、伝えたら逆にムキになってすぐにでも話しかけに行くと思う。朝倉はそういう奴だから」
「朝倉さんのこと、よく分かっているんですね」
「好きな子のことだから。まあ、フラれてんだけど。壱之宮と一緒にいるし、知ってるよな?」
「……ええ」
知ってるよ。でもフラれたからといって、すぐに千夏ちゃんへの思いが消えるわけがなく、今でも好きなことも知ってるよ。
千夏ちゃんのことを応援するのと同じぐらい、君のことも応援していたからね。
あっ、ちょっと待って。今の時期の春原くんって、千夏ちゃんが秋人と付き合うようになったこと知らないんじゃなかったっけ?……やだぁ、こんないい子がなんで報われないの?泣きそう……。
「朝倉は頑固で図太いから、簡単に負ける奴じゃない。だからそんなに心配する必要ないと思う」
「でも……」
「大丈夫だって。朝倉は敵も多いけど、味方も多いから。それに俺、朝倉と宝生寺は似てるから、仲良くなれると思う。仲良くなれば、周りの奴らだって文句言ってこれないって」
輝かしい笑顔で春原くんが言うと同時に、体育館の出入り口から一人の男子生徒が出てきて春原くんを呼んだ。一緒にいるのが私だと気付いて顔色を悪くしたから、たぶん外部生だと思う。
すると春原くんはもう一度ボールを拾った礼を言うと、「じゃあ!」と私の答えも聞かずに体育館の中に消えていってしまった。
「……言い逃げ、された……」
似てる?私と千夏ちゃんが?
そりゃあ私は中身は悪役・宝生寺桜子とは違うけど、これまでやってきたことは『ひまわりを君に』の第一部の宝生寺桜子とほぼ同じ事をやってきたはず。
実際にさっき春原くんは、私のことを好きじゃなかった……嫌っていたと言っていた。漫画の春原駿と宝生寺桜子の関係とほぼ同じだ。それなのに、その春原駿が私と千夏ちゃんが仲良くなれるなんて、何を言っているんだ?
――――いや、待てよ。春原くんの発言よりも、そもそも、最初に思った通り今の状況がおかしくないか?
千夏ちゃんが宝生寺桜子と話したいと言って、それを聞いた春原くんも、反対するどころか「よろしくな」と宝生寺桜子に言ってきた。しかも人懐っこい犬のような笑顔で。
嫌悪されているどころか、好感度がかなり高かった。
どう考えてもおかしい。私の知ってる、『ひまわりを君に』の人間関係と違っている。
「どうなってんの……?」
呟いた私の頭の処理能力は限界に達し、太陽属性イケメン尊いという結論しか出てこなかった。
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