4-2.関係ねぇだろ




 秋人と千夏ちゃんの出会い、二人がお互いにその存在を知ったのは去年の六月。一学期の中間テストの結果が出た時だ。



 高等部では定期テストで三十位以内に入ると、廊下に張り出される順位表に名前が載せられる。なぜこの方法を取っているのか言えば、競争心を煽るためと、高等部から成瑛学園に入学した外部生を守るためだ。


 成瑛学園は、初等部と中等部は資産家の子ばかりなのだが、高等部になるとそれがガラリと変わる。

 高等部では名門としてのブランドを保つために、学生生活にかかる費用の全額負担や返済不要な奨学金制度をうたって、将来有望な学生を全国から集めている。学業やスポーツ、芸術など卒業後に有名大学に進学したりプロになったりしてくれそうな彼らを、金にものを言わせてかき集めているのだ。だからこそ成瑛は超名門校として全国に名を馳せている。


 しかし学園内は家格と血筋で序列が決まるため、そうやって入学した一般家庭出身の生徒は、内部生から差別され虐げられる事が多かった。特に初等部から成瑛に通い、選民思想に染まりきった純血の成瑛生からの扱いは本当にひどいものだ。

 学園側はそれを防ぎ、外部生を守るため、成瑛のブランドは優秀な外部生のお陰で保てているのだと、ブランドを保ってくれている生徒は誰がなのかを示すために定期テストの結果を発表しているのだ。

 ――――しかし、私達の学年の場合、それがかえって仇となった。



「あ、一位だ」



 張り出された順位表を見上げてそう呟いたのが、外部生……それも学生生活にかかる費用を全額負担してもらえる特待生である、朝倉千夏ちゃんだった。

 特待生が首席になり、順位表に内部生の名前がないのは他の学年では当然の事。しかし私達の代では、それはあってはならない事態だった。

 なぜなら朝倉千夏という名前のすぐ下に、壱之宮秋人と雪城透也の名前が続いていたのだ。

 秋人と雪城くんは、初等部の頃から成績優秀で、他の生徒からの憧れの存在だった。高等部に上がってからは、すぐにカーストの第一位と第三位に立っていた。

 そんな二人が外部生に負けたという事実は、内部生に衝撃を与えた。



「壱之宮様と雪城様の上に立つなんて……」


「あの子、外部生でしょう。なんて失礼なの」



 一位になったのは千夏ちゃんの実力だ。なぜそれを失礼と言うんだと問い詰めたかったけれど、私はぐっと我慢して、自分の名前が二十位という注目度の薄い順位だったことに安堵のため息をついた。

 この時の本来の宝生寺桜子の順位は、雪城透也の下の四位だった。二人だけでなく女子生徒の頂点である宝生寺桜子も負かした事で、千夏ちゃんへの反感はかなり強いものとなる。私はそれを知っていたから、宝生寺家の令嬢のブランドを守るため三十位以上を目指しつつ、テストではわざと間違った回答をして順位を調節したのだ。

 その効果もあって私の知る『ひまわりを君に』のスタートに比べたら、千夏ちゃんに集まる負の感情は少なかった。しかしそれでも秋人と雪城くんのファンからは、嫌がらせを受けることとなってしまった。



「ねぇ秋人、中間で一位になった特待生の子、あなたと雪城くんを慕っている内部生に嫌がらせされているそうよ」



 本当は、千夏ちゃんの嫌がらせの件に関わるつもりはなかった。

 千夏ちゃん自身が肝が座っていて気にも止めていなかったというのもあったけど、荒れ狂う女子生徒達もすぐに違う話題に夢中になるだろうと思っていたのだ。だから温厚で心の広い宝生寺桜子様として、陰で女子生徒達をなだめる程度で、表立って千夏ちゃんを守る行動はしなかった。

 私が声をかけるせいで、私の周りの子達からまで嫌がらせを受けることになるのを避けたかったからだ。

 でも結果発表から一ヶ月以上経っても嫌がらせは続いていたため、私は我慢しきれず秋人にそう言ったのだ。



「ああ、あの女か。あの女が嫌がらせを受けてるのがどうしたんだよ。俺には関係ねぇだろ」


「大ありなのよ。嫌がらせの理由が、あなたを抑えて一位になったからだそうよ」


「はあ?特待生は頭がいいから特待生なんだろう。一位になって当然じゃねぇか」


「それがね、一部はそう思っていないみたいなの。あの子さえいなければ、あなたが一位になれる。そう思って、あの特待生の子を学園から追い出そうとしているみたいよ」


「なんだよそれ!それじゃああの女がいる限り、この俺は一位になれねぇって思われてんのか?!」


「そうみたいね。どうするの秋人?このままあの特待生の子を追い出させる?でもそれだと、あの子に負けを認めることになってしまうわね」



 秋人の扱い方は簡単だ。自尊心を揺さぶってやれば、あとは勝手に行動してくれる。

 そして目論見通り、翌日秋人は千夏ちゃんに嫌がらせをする内部生を「くだらねぇことしてんじゃねーよ!」と怒鳴り、さらにその後、立場を弁えていないのは成績優秀さを買われて入学したのに内部生である自分に負けた他の外部生だろうと、大勢の生徒の集まる昼間のカフェテリアで言ったのだ。

 これにより千夏ちゃんへの嫌がらせは格段に減った。本当はゼロになってほしかったけど、憧れの壱之宮様に庇われたという新たな負の感情を生んでしまったから仕方がない。

 でも秋人の言動で千夏ちゃんの嫌がらせが落ち着くのは、私の知る『ひまわりを君に』のストーリー展開とおおよそ同じだった。

 私は思わぬ成果に驚く一方で、これから朝倉千夏と壱之宮秋人の恋物語を特等席で観られることに喜び、宝生寺桜子の運命を変える戦いが始まったことに気を引き締めた。

 しかし、その時ひとつだけ誤算だったのが、



「秋人にあんな風にけしかけて、宝生寺さん、いったい何を企んでるのかな?」



 雪城くんに、ものすごく疑わしいものを見る目でそう言われたのだ。

 この時点では秋人は千夏ちゃんに恋をしていないので、私が宝生寺桜子として二人の仲をどうこうしようと画策しているとは思われていないだろう。でもいつか、これ以上に冷えきった目で見られるのかもと考えたらゾッとした。



「企むなんてとんでもない。私はただ、あの特待生の子が理不尽な理由でひどい目にあっているのが嫌だっただけですよ」


「へえ、そうだったんだ。じゃあもしかして、二十位なんて宝生寺さんらしくない順位だったのは、他の外部生があの特待生みたいに内部生から嫌がらせを受けたりしないように、わざと答えを間違えた……なんてことがあるのかな?」


「……まさか。中間の成績は、いくら高等部でも順位は下がっても二つか三つだと高をくくっていたせいです。次は巻き返しますよ」


「そうだよね、まさかそんなことするわけないか。安心したよ。じゃあ次の期末テストは、また僕と宝生寺さんの二位争いになるんだね」



 雪城くんのにこやかな微笑みに、表情筋をフル活用して微笑み返した。でも心の中では、肉食獣に追い詰められた小動物のようにガタガタと震えた。

 その後の期末テストでは、無事に一位に秋人、二位に雪城くんとなり、順位の下がった千夏ちゃんへの嫌がらせは収束した。

 ちなみに私の順位は、いずれ世界を席巻するであろうハイスペック人工知能ミーティスにヤマをはってもらうというチート技で猛勉強した甲斐あって第三位。

 この時に注意したのは、間違っても千夏ちゃんの一つ下の順位にならないようにしたことだった。例え秋人と雪城くんに負けても、「今度は宝生寺様に勝ちやがって」と選民思想の内部生が荒れるのを防ぐためだ。

 なので無事に四位である千夏ちゃんの上に滑り込めて、私は心の中で拳を天高く突き上げ、喜びと安堵を爆発させた。


 そうして成瑛学園高等部は夏休みとなったのだが、高等部一年には、厄介なことに親睦を深めようという主旨のサマースクールがあるのだ。

 そこで秋人と千夏ちゃんはトラブルに巻き込まれ、私と雪城くんもその巻き添えを食らうというさんざんな目あった。

 するとそのサマースクール事件のせいで、夏休み明けにはまた千夏ちゃんは秋人のファンから睨まれるようになってしまった。さらに秋人が千夏ちゃんに恋をしていると気付き恋患いとなって腑抜けになり、少女漫画的に言うなら当て馬役の男子生徒と千夏ちゃんが急接近となって、秋人と当て馬が千夏ちゃんを巡って対決するのにまたもや私と雪城くんが巻き込まれた。

 秋になってそれが落ち着いたと思ったら、今度は秋人に学園のアイドルが近づいてきたり、縮まり始めた秋人と千夏ちゃんの距離が広がったり、学園祭、定期テスト、クリスマスとイベントが目白押しで、くっつきそうでくっつかない二人を中心に多発する事件に、私と雪城くんは巻き込まれた続けた。

 私は『ひまわりを君に』でいつどんな事件が発生するかおおよそ知っていたけれど、それに巻き込まれるのは親友ポジションの雪城透也だけであって、宝生寺桜子まで引きずり込まれるのは全くの想定外だった。

 本来の宝生寺桜子と違う人生を歩んでいるのは喜ばしいけれど、ああも巻き込まれ続けては疲れる。



「どっちからでもいいからさっさと告ってしまえ!!!!」



 そう心の中で叫んだのは、いったい何百回あったことか。

 そんなこんなで年が変わり、途中でバレンタインデーというイベントを挟んで今に至るわけなのだが、なぜ今が二人の交際を公表するのに最悪のタイミングなのかと言うと、それは最近の秋人の行動が関係している。



「秋人、あなた卒業式の日に、霧島静香きりしま しずかをフッたじゃない。だから今、朝倉さんとのことを公にするのはやめた方がいいわ」



 秋人は訳がわからんとばかりに首を傾げるけれど、雪城くんは私の意図を察したらしい。「なるほどね」と呟いて頷いた。



「確かに霧島静香って言ったら、選民派せんみんはだ。おまけに中等部の頃から紫瑛会しえいかいだったから、成瑛での影響力は宝生寺さんの次ぐらいにある」


「だからなんだよ。霧島はこの前卒業したじゃねーか」


「本人はいなくなっても、彼女に影響を受けた選民派の生徒はたくさんいるわ」



 選民派、そして紫瑛会とは、成瑛学園の因習だ。

 まず紫瑛会というのは、私達三人のようにカフェテリアの二階席を利用できる特権階級の生徒達の呼び名だ。

 資産家の子の集まる成瑛学園の中でも群を抜いてお金持ちで、古くから栄えている家柄の生徒。つまりスクールカーストで最上位の生徒のみが二階席を利用できるのだが、そんな逆らってはいけない権力者達を識別するために、いつしか付けられた俗称である。

 そして選民派というのは、高等部も中等部までと同様に資産家の生徒だけにするべきと考えて、外部生を差別する一派のこと。

 先日卒業した霧島静香は、その紫瑛会の人間として選民派を束ねていた内部生だ。彼女が消えても、彼女の信奉者だった生徒は二年や一年に大勢いる。



「あなたが霧島先輩をフッた話は、学園中に広がっているの。それなのに先輩をフッてすぐに外部生である朝倉さんを選んだ、なんて話が広がったら、残っている先輩の信奉者が黙ってはいないはずよ。そうなったら、朝倉さんは今までで一番ひどい目に合わされる可能性がある。下手したら本気で学園から追い出そうとするかもしれないわ」


「そんなこと、この俺がさせねぇ!全員ぶっ飛ばしてやる!」


「だーかーらっ!今まで何度もそうやって感情的になって、選民派から表立って朝倉さんを庇ったでしょ。今はあなたの怒りを買いたくないから選民派の連中も大人しくしてるけど、その事で今でも朝倉さんを目障りに思っているのよ?!少しは自分の立場と周りの状況を把握しなさいよ単細胞!」


「あ゛あ゛?!」


「あーあーストップ、ストップ!二人共落ち着いて」



 殴りかかる勢いで立ち上がる秋人を、雪城くんは慌てて止めた。

 別に止めなくたって本当に秋人が女の私を殴るわけがないし、仮に殴られそうになっても拳を避けてカウンターを食らわせる自信がある。

 誘拐対策として護身術を習わされたのは自分だけだと思うなよ!私は殺られる前に殺るのがモットーだぞ!



「宝生寺さんの言ってることは正論だから、秋人は受け入れろ。宝生寺さんも、秋人につられて感情的になってどうするんだ」


「だって桜子が……」


「だって秋人が……」


「だってじゃない」



 私と秋人は言葉の続きを小バエの如く叩き落とされ、渋々黙って座り直した。こうなった雪城くんに、私達は昔から弱かったりする。

 普段大人しい人が怒ると厄介というのは、彼のことを言うんだと思う。



「とりあえず宝生寺さんの話を整理すると、選民派が荒れるのを避けるためにしばらくは秋人と朝倉さんのことは隠す。それでいいね?」


「ええ、私はできることなら新学期になるまでは確実に隠した方が良いと思います」


「今週の金曜には修了式だから、それは秋人さえ大人しくしていれば大丈夫だと思う。秋人もそれでいいな?」


「……」



 雪城くんの呼び掛けに、秋人は子供っぽくそっぽを向いて答えない。

 そりゃまあ昨日付き合い始めたばかりなのに、一週間口をきくなと言われたら不機嫌になっても仕方がない。

 そんな可哀想な秋人くんに、心優しい幼馴染みが知恵を授けてあげましょう。



「じゃあ秋人、校内で話せない代わりに、朝倉さんとコミュニケーションをとる方法を教えてあげる。それで我慢してちょうだい」


「なんだよそれ、さっさと教えろ」



 せっかく気を遣ってあげたのに、それが人様に教えを乞う態度かよ。



「スマホ貸して。朝倉さんに伝えたいことがあるの」


「はあ?なんでだよ。自分ので連絡とれよ」


「秋人のからじゃないと意味ないの!ほら早く。それとも新学期になるまで朝倉さんと話せなくてもいいの?」


「……チッ、落とすなよ」



 いちいち癪にさわる言い方だなぁ。床に叩き付けて画面バッキバキにしてやろうか。ていうか私は千夏ちゃんと話したことすらないんだから、連絡先知ってるわけないでしょ。

 渡された高級ブランドのカバーがついた秋人のスマートフォンを起動させ、メッセージアプリから千夏ちゃんの連絡先を見つける。一番最近のやり取りは四日前になっていて、なんで付き合い始めた昨日の夜に連絡とってないんだよとつっこみつつ、そのやり取りを見ないように伝えたい内容を打ち込むことに専念した。

 ああもう、なんでフリック入力設定なんだ!打ち慣れてないからローマ字入力に変えてやる!



「おい桜子、なにするつもりだ?」


「秋人のフリをして、朝倉さんに今の私達の会話を伝えるの。彼女は頭が良いから、秋人と違って今の状況を理解して行動しているけど、一応情報は共有しておいた方がいいでしょうからね。あと朝の挨拶も」


「そんなもん直接伝えれば……ああ、それもできねぇのか……」


「そうね。だから秋人、これから学校がある日は、彼女に毎朝こうやって挨拶と情報共有をしなさい。口で伝えられないのは味気ないけど、なにもできないよりはマシでしょう?」


「電話は?」


「朝倉さんは電車通学でしょう?電話だと出られない可能性があるし、メッセージならいつでも読み返すことができて便利よ。電話したいなら夜にしなさい」


「ふーん、そんなもんか。分かった。そうする」



 さっきまでのふてぶてしさ何処へやら。秋人は素直に頷いて、私が打ち込む画面を雪城くんとともに覗きこんだ。



「宝生寺さん打つの早いね」


「あっ!てめぇ、なに勝手に設定変えてんだ!」


「終わったら直すわよ。よしっ、打てた!雪城くん、秋人っぽい文章か添削してくれます?」


「ん~……うん、ほどよく雑でちゃんと秋人っぽいと思うよ」


「雑が俺っぽいってなんだよ!」



 赤ペン先生のオッケーが出たので、いざ送信。

 よりによって千夏ちゃんとの初コンタクトが、秋人のフリだなんてすごい悲しい。できることなら私だって毎朝挨拶したいし、休みの日に遊びに誘いたい。お友達になりたい。

 秋人が羨ましくて悔しいので、ローマ字入力設定のままにして、ついでに壁紙も威嚇するコアリクイのかわいい画像に変えておいた。



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