EPISODE 06 異変III

「誰っ……」

 美香子みかこの声で、その視線の先を見つめると。

 ちょうど逆光ぎゃっこう状態で教会の建物に近づいてくる人影、しかし近づいてくるにつれて、その全体像というかその身長や服装とかが明らかになっていく。

「……ん!?」

俺たちの学校みどりがおかの制服!?」

 俺と雄太ゆうたが「まさか!?」という表情で、お互いに顔を見合わせていたりする。で、女子2人の方に視線を向けると。

「……ふうっ」

 ため息というか、「やっぱりね」と何かさとったような顔をしていた美香子みかこ

弥生やよいちゃん……なの!?」

 杏美あずみんもこの登場を予期していたような顔で声を掛けている。

「2人がいると分かった時に、もしかしたら『いるのかな!?』とは思ったのだけど、まさか本当にいるとは」

 女子2人の前に立ち止まった人影が、俺と雄太ゆうたを見つめながら話しかけてくる。


 身長は女の子としてはそう高くもなく、体型も太くも細くもなく、美香子みかこ杏美あずみんとそう変わりはないが、その笑顔と健康的なキャラクターで、俺たちと同じ1年男子なら「好みの女の子」と答える野郎やろうが多いであろう女の子がそこにいた。

福永ふくなが……か?」

 名前を覚えるのが苦手な俺でも認識している数少ない同級生の女の子、福永ふくなが弥生やよいという名だったか。

 中学の時、助っ人で陸上競技会に引っ張り出された雄太ゆうたの応援で、市役所駅近くにある学校に行った時、他校の女子生徒を軽く抜き去った姿を見たことがあるし、その後、朝礼で表彰状をもらっていたことは覚えている。

「どうして、福永ふくながが『ここ』に来たんだ?」

 疑問符が残っている表情ながら、福永ふくながに話しかけている雄太ゆうた

 本来俺たちがいる時間帯よりも過去、しかも、ピンポイントで場所まで突き止めてやってくること自体、出来すぎているというかあり得ないことなのだが。

 しかも、男子2人にはその予兆みたいなモノはなく、女子2人は事前に知っていたような反応。

 過去に飛ばされるそれだけでも充分トンチキな出来事なのに、さらにその出来事に関わる人間がまだいたとは。不思議好きなやつ(どっかの小説にあった、その手の不思議が好きな女子高生とか)ならこの状況で楽しめるのだろうけど、そうではない俺にとっては、なんというか少し疲れるような話ではある。

「今日は顔見せというか、なんというか……」

 困ったような顔で雄太ゆうたの問いかけに答えるのだが。

「どうやら私は、あんたたちのサポート役になりそうな感じなんだけど」

 また、いつかのような展開だ。

 いきなりこの『異世界いせかい』とも言える過去の時間にやってきて、「サポート役かもしれない」と落ち着きのある声で言われても、すぐに「そうなのか」と理解出来るハズもなく、まだ頭の中は「はてな」のマークが大量に飛び交っていたりする。

 入学以降、こう訳の分からない状況が続くと、さすがに勘弁して欲しいとも思ったりするし、せめて、もう少し説明とかあっても良さそうなモノだが。

「説明したいところだけど、時間が無いのでついてきて」

 何が起きるのか分からないが、今居る場所、教会の前からどこかに連れて行きたいらしい。

「じゃあ、行きましょ」

 迷いも無く、俺たちにそう告げてくる美香子みかこ。その横に居る杏美あずみんも、美香子みかこの言葉に同意するかのようにうなづいている。

 そう言うや否や、福永ふくながの後を追うように歩き始めるので、俺と雄太ゆうたもその後を追いかけることに。

 教会の出入口の前、ちょうど交差点の角になるような位置まで歩くと。

「ちょっと、場所を移動してもらうわよ」

 福永ふくながが手に何かを握ったような形で、その右腕を空高く掲げるようなポーズを取ると、この場所に来たときのようなまぶしい輝きに包まれたのだった。


「……学校!?」

 今日何度目かの閃光せんこうが消えていき、周囲の景色が見えるようになった俺たち、その俺たちの視線に入ってきたのは、緑が丘がっこうの体育館だった。

「ん?」

 入学して見慣れてきた建物になった体育館なのだが、それでもすぐに何か違和感みたいなものを感じた。体育館だけじゃない、校舎や運動場、南側に見える小学校の建物、そして空の色やグラウンドの土の色、全てがどこか黄色?金色?っぽい輝きに包まれているのだ。

 しかも、空気の流れ、循環も感じられないというのか、目に見える範囲内にあるる木々の動きとか、流れていく風の匂いとかがない世界というべきか、とにかく「生きている」感じがしないのだ。

 昔読んだ小説で、主人公がいる場所の空が半球形のドーム状みたいな天井になっていて、主人公の周囲に建っている建物から草木まで、それらが一色で染まっている空間という描写があったが、それに近いというか、空の色から建物から何から黄色っぽい輝きを発している。

 そんな状況を把握しようとしているのは、俺だけじゃ無かった。首を左右に振りながら周囲を確認している雄太ゆうた美香子みかこ、そして杏美あずみんの姿が俺の視界に入ってきた。

「みんな無事に移動できたのね」

 俺たちと少し離れた場所にいる福永ふくながが、俺たちがこの場所に移動してきたのを確認するかのように見回すと、「こっちに来て」と言うように右手を動かして手招きしている。

 黄色く輝いている体育館、校舎からに続く渡り廊下に立っている福永ふくながの前まで来ると、教会の前にいた時のように俺たちを先導するかのように歩き始める。

 体育館の入口を入ると、すぐに左右に2階に上がる階段があるのだけど、何の迷いも無く福永ふくながは左の階段を登っていく。

「行くしかないよな」

「ないよなぁ」

 そんなことを俺と雄太ゆうたは話しているのだが、前を歩く美香子みかこ杏美あずみんは教会の前以降、一言も口を開かずに福永ふくながについて行く姿もどこか妙な緊張感をはなっていた。

(女子2人、何をそんなに意識しているのか?)

 普段なら俺たちの会話に加わってくる美香子みかこ杏美あずみんが、福永ふくながが現れて以来、おとなしいと言うより意識して口を開かない、会話を極力しないようにしているのも何か引っかかりを感じる部分ではある。

 そんなことを感じつつ建物の2階、体育館の出入り前までやって来る。

 壁で仕切られたエントランスのスペースも黄色く輝いているのだが、不思議と目に刺激が来ないというのは、俺たちがこの輝きに慣れてしまったのか、そもそもそういう輝きなのか、後に振り返ってみても俺自身も分からないままなのだが。

「対戦相手は先に来ているみたいね、中に入るわよ」

 中央にあるメインの出入口、その前に4人が揃ったのを確認した福永ふくながが、念入りに確認するように俺たちにたずねてくる。

「『対戦相手』って、何だ!?」

 俺が心の中で思っていたことを、俺より先に雄太ゆうたが言葉にしていた。

「ついて行くことになった時点で、俺たちが何かさせられるのは予想出来たし、美香子みかこ杏美あずみんの様子からも『何かある』とは思ってた」

 一度、言葉を句切る雄太ゆうた

「だったら、せめて俺たちに何をさせたいのか、何をすればいいのか。それぐらいは教えてくれてもばちは当たらないと思うのだけど」

「そうね。上野うえのくんと大谷おおたにくんには説明しておく方が良いのかもしれないね」

 少し考える素振そぶりをする福永ふくなが。実際に考えているのか、それとも考える振りなのかは分からないが、数秒目を閉じて思いを巡らしている様子に見える。

「中に入って、実際に『誰が』待っているのか。それを確認した方が良いのかも」

 そう言うと、美香子みかこ杏美あずみんを引き連れるような形で、体育館の中に入っていく福永ふくなが、俺たちも3人の後から少し遅れる形で足を踏み入れたのだが。


「どうして……!?」

「なぜっ!?」

 足を踏み入れた美香子みかこ杏美あずみんが、体育館の中で待っている人物を見て、どこか驚きというのか困惑に近い感じの声を上げている。

 遅れた入った俺や雄太ゆうたが、広い体育館、その中央辺りに立っていた2つの人影が誰なのか、確認するかのようにその顔を見たのだが。

 「……まさかっ……!?」

 さすがの俺も、そしておそらくは雄太ゆうたも、予想もしなかった人物がそこに居たのだから驚いた。

「ちょっと久しぶりって感じかな」

 俺たちがやってきたのを見て最初に言葉を切り出したのは、俺たちから見て左側、山の斜面側に立っている長袖ジャージを上下に着用している女子だった。 

 そして、

「学校ではすれ違っているけど、話す機会なかったもんね」

 その女子続く形で、俺たちから見て右側、運動場側に立って同じく長袖ジャージを身につけている女子が口を開く。

「……なぜ、この2人なんだ!?」

 中学では部活関係に顔が広かった雄太ゆうたが、この状況を見守っているような福永ふくながに問いかける。

「あ、そうだった。男子2人はコートの外から見ていてね」

 こっちに来いという感じで、4人から少し離れた壁際かべぎわに移動を促す福永ふくなが

 俺たち2人が壁際まで移動すると、背後がピンク色の輝きで覆われ、次の瞬間には、美香子みかこ杏美あずみんも上下長袖ジャージ姿に体育館用の運動靴というで立ちに変わっていた。

「今から10分程度、柔軟体操とかしておいてね。終わったら対戦だから」

 福永ふくながが女子4人に声を掛けると、再度彼女たちの居るスペースがピンクの雲で隠されてしまう。

「だって、4人に向こうの2人には聞かれたくないし、そして向こうも私には言われたくないでしょうし」

 当然でしょう?という顔をする福永ふくながは、一呼吸置くと話を始めたのだった。


 福永ふくながの話をまとめるとこうなるらしい。


 体育館で待っていたのは、中学でも一緒だった双子姉妹。

 最初に話しかけてきたのが、姉にあたる三田園みたぞの悠子ゆうこ、そして、後で言葉を発したのが妹の三田園みたぞの麗子れいこ

 高校は、姉の悠子ゆうこが俺たちが合宿している皐月さつき温泉がある皐月さつき山、そこにある私立高校に中学卒業後通っているとのこと。

 私立高校そこ緑が丘うちよりは文化部や運動部の活動が盛んらしく、この地方のなにがしかの大会とかコンクールとかでは常に入賞しているイメージがある。

 で、妹である麗子れいこといえば、俺たちと同じみどりおかに進学したのだが、中学での進路指導の時には「姉妹で別々の高校に通うのか!?」という声も生徒だけでなく先生方からもあったのだとか。

 まぁ、さすがに家庭の事情とか本人の考えとかもあるかもしれないので、それ以上に話は大きくならなかったと福永ふくながはいう。

「そうなのか?」

「そうだよ、福永ふくながの言うとおりさ」

 あきれた顔をしながら雄太ゆうたが俺の問いかけに答えてくれる。

 そして外見はといえば、さすがは双子というのか、慣れていない人には同じ髪型だと判別に困る人もいたとか。

 髪の毛は2人とも肩の辺りまでの長さだけど、そのままストレートに流すか耳の横辺りで結ぶ(サイドテールと言うのか?)のが姉の悠子ゆうこで、中学の時はツインテールみたいにまとめていたのだが、高校生となった今は姉の悠子ゆうこみたいに下ろしているが、天然パーマっぽい髪質なのか、毛先が軽くカールしている、それが妹の麗子れいこだ。

 それでも分かりにくいのかもしれないが、中学の時、麗子れいこがメガネを着用していたということなので、メガネの有無で区別する同級生もいたらしい。

 身長は、ぱっと見たところ、美香子みかこと同じぐらいなので、160センチまでは無いのだろう。

 似たような背格好なだけに、区別が付きにくいというのも納得出来たりする。


 で、本題というか、「悠子ゆうこ麗子れいこという2人が、なぜここにいるのか?」ということなのだが。

 どうもこの悠子ゆうこ麗子れいこの姉妹、美香子みかこ杏美あずみんに対して、小学校・中学校の間、一方的な対抗意識みたいなものを持っていた……と福永ふくながが説明をしてくれたのだが。

「まだ麗子れいこ美香子みかこちゃんに対抗意識を持つのは、私にもわかるのだけど……」

 なんでも、小学校高学年から中学校の頃、部員でもないのに運動部に「すけっ人」とした美香子みかこが参加ししていたのは知っているし、中学校の時だったか、何かの記録会かどこかで優秀な成績を収めたということで、朝礼の時に正規の部員たちと一緒に表彰状を受け取っていた……というのを福永ふくながの話を聞いていて思い出していた。

 正規の部員たちと変わらない、時にはそれ以上の成績を出していた美香子みかこのことを、麗子れいことしても頭では分かっていても感情という部分で納得出来無かった……というのは、中学の時に事実上帰宅部だった俺でも理解出来る話だし、雄太ゆうたにしても分かる話だとは思う。

 しかし、悠子ゆうこ杏美あずみんに対して対抗意識となると、部活云々うんぬん以前に「どこで2人に接点があったのか?」という部分が気になってしまう。

 そんなことを考えていた時、ふと頭の中に浮かんできた景色があった。


 ちょうど今居る体育館のような場所、多分、実家うちのあるマンションやこの校舎や校庭から見えている、学校の南側に隣接する市民体育館、その中なのだろう。

 天井近くにある窓の外が暗く、体育館を照らす照明が反射しているのを思うと、時間としては夕方から夜の時間帯なのだろう。

 そして俺の視界に見えたのは、運動しやすい私服というのか、学校の体操着やら個人のスポーツウェアやら、思い思いの格好をしたおそらく小学生であろう、10数名の男女の一団が一列になり、順番にバスケットボールを手に持つと、出発地点からドリブルしてゴールにシュートを決めている様子だった。

 そのゴールを決めている子たちの顔を見ると、半分ぐらいは緑が丘ここの学校とかで見たことがある顔ぶれだったが、残り半分ぐらいは市内のどこかから通ってきている子たちなのだろう。

 視線の奥、ゴールの後ろ辺りに大人たちが数名、パイプ椅子に座ってシュートする子たちを見ているので、ここに来ている子たちの保護者なのだろうと思う。

 そんな中、上は何かキャラクターの絵柄のTシャツにジーンズで出来た短パンを身につけた女の子が目に留まった。

(あれ、これは福永ふくなが……なのか!?)

 顔立ちはやや幼いが小学校高学年ぐらいの彼女だとしたら、そう言われて納得するような感じの子が、軽やかに走ったかと思うとシュートを決めている。

 次に出発地点からスタートしたのは、どう見ても小学校高学年頃の俺自身だ。運動はやや苦手だったので、確か小学5年生だったか?半年間ほど、市が主宰する「市民こどもバスケット教室」とかいう名前の教室に通わされたことがある。土曜日の夕方、6時から30分程度の時間だったと思うし、月謝もそう高くなかったと記憶には残っている。

 目の前に見える小学生の俺は、この時は上手くゴールボードにボールを当てシュートを決めていた。珍しいともあるもんだ……とそう思いながら見ていると、出発地点に立っている女の子たちに気がついた。

 1人は長い髪の毛をポニーテールにし、上半身は何かのトレーナーにキュロットスカートを履いている姿、その顔を見ると悠子ゆうこ麗子れいこどちらにも似ているような感じにも思える。

 そしてその悠子ゆうこ麗子れいこ似の女の子の前には、上下紺色のジャージ姿にピンクのリボンで髪の毛を束ね、講師からのスタートの合図を待っている女の子の姿があった。

(これは……杏美あずみんか!?)

 最初は分からなかったが、幼い顔立ちの中にも今の杏美あずみんっぽいものが感じられる。

 その紺色のジャージを着用した女の子は、講師助手らしき女性からボールを受け取ると、軽やかに助走からシュートを決めた後、床を跳ねたボールをこれも軽やかに受け止めていた……。


大谷おおたに、あんたも見えたの?」

 福永ふくながの声で現実に引き戻された俺自身と、福永ふくなが

声に反応して俺たちを見る雄太ゆうた。その雄太ゆうたも、俺と目が合った時に首を縦に振ったので、きっと雄太ゆうたにも見えていたことが分かる。

「小5の時だったか、真人おまえが通っていたバスケ教室か」

 そんなこともあったよなぁという顔で、雄太ゆうたが口を開く。

「しかし、全く記憶に残っていないんだよなぁ」 

「何が?」

 俺が何気なく漏らした言葉に、福永ふくながが反応する。

「あのバスケ教室に、福永ふくながだけでなく三田園みたぞの杏美あずみんがいたこと……全く覚えていなかったということが」

「そんなこともあるさ、俺だって小学校の時の習い事、そこに『行っていた』ことは覚えていても、『何をしていたか』までは覚えてないし」

 そう雄太ゆうたが声を掛けてくれたのだが、三田園みたぞの姉妹が杏美あずみんを意識をする原因がバスケ教室だけとはどうしても思えなかったし、他に何か接点とかあったのだろうか……そんなことも考えていた。


「あ、準備が出来たようね」

 思い出したかのように福永ふくながが声を掛けてくる。

 その声で女子4人がいる体育館の中央部に視線を戻す俺と雄太ゆうた

 少し前まであったピンク色の雲は消えていて、中学の指定ジャージ服みたいな格好をした美香子みかこと、どこかの学校の指定服みたいな上下えんじ色のジャージを身につけた杏美あずみんが、体育館の中央、入口とステージの中間に描かれた白線、その入口側でスタンバイするかのように立っている。

 そして反対側、ステージに近い側には、こちらも同じように準備万端という雰囲気で悠子ゆうこ麗子れいこという三田園みたぞの姉妹が、何か合図を待っているかのような顔をしてこちら側を見ていた。

「私が、合図をすることになっているみたいね」

 ため息交じりに福永ふくながはそう言うと、制服の上着、その左ポケットから笛(ホイッスルというのか?)を取り出すと、軽く息を吸い音を鳴らした。

 すると、その甲高い音色ねいろがキッカケとなり、体育館の中に色々なモノが出現した。

 中央にある白線からステージ寄りと出入口寄りの2つに広い体育館が分かれ、その両方にバスケットコートが描かれた床と近代的なバスケットゴールが出来上がっていた。そしてご丁寧にも、中央にはバスケットボールの球が1個ずつ置かれている。

 で、さっきのピンク色の雲ではないが、コートの周囲は何かガラスみたいな大きな透明なモノで仕切られていた。

 イメージで言えば、スカッシュとかいう室内で行うテニスに似た競技、それを行う空間みたいだと言えばわかりやすいだろうか。

 そして、どうやらその空間の外にいる俺と雄太ゆうたそして福永ふくながの3人は、試合中はコート内に立ち入ることが出来ないというか、立ち入らせないというその空間の意思みたいなものを感じていた。

美香子みかこ杏美あずみんに1対1のバスケの試合でもさせるのか?」

 体育館の中に出来上がった空間を見て、雄太ゆうた福永ふくながに問いかける。

 確かに、バスケットボールには『1on1ワンオンワン』という1対1の形式の試合もあり、地域などで勝利条件が違うという話は通っていたバスケ教室の指導員から聴いたような記憶がある。この出来上がったコートを見るまでは忘れていたが、実際にコートを目にして思い出したのだった。

「これ、どっちが何点入れたら『勝ち』になるんだ?」

 点数だったりゴール数(例えば、先に3ゴールを決めた方が勝ち)だったりとか、条件が地方や地域で違うことがある競技なので、今から始まる試合での勝利条件はどうするのか?俺も気になったので、福永ふくながに尋ねてみた。

「今日はいきなりの試合なので、どちらかが先に3本ゴールを決めれば、その人が勝ちになるわ」

 まぁ、問答無用でこの場所に連れてこられて、しかもそこで試合をさせている時点で、「いきなりの試合」というのも無理がある言い方なのだが、でもしかし、この福永ふくながにしても何らかの理由でここに召喚しょうかんされたのなら、彼女にそれを言うのも違うかもしれない。

「得られる得点ポイントじゃなく、ゴールを決めた回数?」

「うん、そういうことになるみたいね」

 確認するかのようにたずねる雄太ゆうたに「そうでしょ」と当然のような顔をした福永ふくながが答える。

 そういうルールだということには、俺自身、「それもあるか」と思うが、この福永ふくながの発した言葉に、俺は少し引っかかりを感じる。

 なぜ福永ふくながは「なるみたい」という曖昧あいまいとも取れる言葉を言ったのか。

 福永ふくなが自身の考えなら、多分このような言い方はしないと思う。まるで、誰かが試合のルールを作りましたということじゃないか、今の言い方ならば。

 俺は言葉には出さなかったが、そういう思いで福永ふくながが次に何をするのかを見ていた。

「じゃあ、試合開始ね」

 一度大きく深呼吸をすると福永ふくながは再度笛を吹いた。


 笛のと共に、2つ現れたコートのうちの1つ、麗子れいこ美香子みかこがいる空間だけが一層明るくなり、それ以外の場所が光が消え薄暗い状態になった。

美香子みかこが先に試合をするのか……」

 次に何が起きるのか分からないまま、「注目してくれ」と言わんばかりに明るくなっているコートに立つ美香子みかこ麗子れいこを見ていると、もう一度吹かれた笛の、今度はさっきよりは少し短い長さで福永ふくなが吹くと、コートの中で2人がじゃんけんをする姿が見えた。

 で、じゃんけんに勝った麗子れいこがボールを選び、美香子みかこは今立っている側のコート、位置的には山側になるコートを選択したみたいだった。

 少し間を開けるかのように、コート内の2人を見つめている福永ふくなが。 その彼女の足下を見ると、何かを計るかのようにトントンとつま先を動かしている。

 一方、コートの中では、中央の円の部分(何というのだ!?)の上、中心線から等距離の場所に美香子みかこ麗子れいこが立っている。多分、福永ふくながからの合図を待っているのだろう。

「いきましょうか」

 動かしていた足を止め、福永ふくながは長い笛のを響かせた。


 そこからの動きは激しかった。

 ゴールに向けてドリブルをしながら走り出す麗子れいこも凄かったが、その動きに遅れず、腕やあしを伸ばしゴールへの進路を妨害する美香子みかこ

 最初のシュートが外れた麗子れいこも、リバウンドしたボールを奪った美香子みかこを追いかけ、腕や身体を美香子みかこの前に入れてきて、ドリブルを妨害している。

「こんなに運動できたのか、麗子れいこは」

 驚いた顔で2人の動きを見ていた雄太ゆうたつぶやいている。

 女子のバスケットボールの試合は、中学の時に部活の試合を体育館で見たぐらいだが、見たことは覚えていても実際の試合内容というか、女子たちがどういう動きをしていたかは忘れてしまっている。

 それだけに、今、動画で見るような男子バスケの試合さながらに、激しく動いている美香子みかこ麗子れいこの姿に、正直、圧倒されているというのか、「2人とも、こんなに激しく動けるのか」という驚きの方がまさっていた。

 試合の方はそれぞれ1本ずつシュートを決め、膠着こうちゃく状態を避けるかのようにロングシュートを狙った麗子れいこの球を、間一髪のタイミングでカットした美香子みかこが、逆にそのボールを奪いドリブルから2本目のゴールを決めた。

 その後は、再び一進一退のような感じでボールが跳ねる音と靴から発する音、そして2人の荒い息づかいだけが聞こえてくる時間が続いた。

「……さすがは麗子れいこ、いい身体の動きをしているし、それに負けていない美香子みかこちゃんも流石さすがだわ」

 観客になったかのように福永ふくながも言葉を発する。

 高校に入って以降、運動とは縁遠いハズの美香子みかこが、こうしてバリバリ運動部の麗子れいこを相手に一歩も引かずに対応していることに、俺は素直に「凄い」としか思えなかったし、そう大きくない身体のどこに、その力を秘めていたのか……とも思ってしまった。

 そうこうしているうちに、ドリブルして攻めようとする麗子れいこの一瞬のすきを突く形で、美香子みかこはボールを奪ってから間髪を入れずミドルシュートをはなち、ボールは麗子れいこの側のゴールポストに吸い込まれていく……。

 美香子みかこがシュートを3本決めたところで福永ふくながが笛を吹き、その音色を合図に今度は杏美あずみん悠子ゆうこの居る側のコートが明るくなる。


悠子ゆうこって運動はどうなの?得意なの?違うの??」

 笛を吹き終えた福永ふくなが雄太ゆうたが問いかける。

 雄太ゆうたのその言葉を聞いて、「悠子ゆうこって中学時代、何の部活に入っていたのか?」という疑問も浮かんでくる。

 双子なら、身体のつくりが同じならば、運動能力とかもそう変わらないのか!?と思ったりもするのだが。

「普段はどうなんだろ、中学の時は運動部の子たちほどじゃ無いけど、そう運動が出来ないという様子じゃなかったけどね」

 俺も雄太ゆうたも、中学3年間、三田園みたぞの姉妹とは同じクラスにはならなかったので、運動部で有名だった麗子れいこは記憶に残っていても悠子ゆうこの方はそう詳しくは知らない……というところなのだが。

 しかし、だ。

 それ以上に気になるのは杏美あずみんの状態というか、麗子れいこほどでは無いにしろ、運動がそこそこ出来るらしい悠子ゆうこを相手に戦えるのか!?

 さっきまで見ていた麗子れいこのような動きまでではないが、そこそこ俊敏しゅんびんに動かれたのでは、杏美あずみん悠子ゆうこに勝つ確率が、それこそ限りなく下がってしまうのではないか!?

 試合が始まる段階になった今、冷静に状況を考えてみるとこんなことを想像してしまう。

 その思いは雄太ゆうたも同じだったらしく、コート内に立つ杏美あずみんを少し厳しい表情で見つめている。

 ただ、俺と雄太ゆうた、2人の間に立っている福永ふくながだけは、何も問題とか起こらないという顔でコートの方をながめていた。

「じゃあ、始めようか」

 少し間を開けてから、美香子みかこたちの時と同じように福永ふくながは笛を鳴らした。

 どうやらこちらも、じゃんけんに勝った麗子れいこがボールを選択したらしく、手に持ったバスケットボールをトントンと軽く叩いている。

 一方、コートを選択する形になった杏美あずみんは、双方のゴール板やゴールポストを確認するかのように、軽く首を動かしたりしていた。そして、福永ふくなが吹いた長い笛のをキッカケに、今度は悠子ゆうこ杏美あずみんの試合が始まったのだが、それは俺だけでなく雄太ゆうた福永ふくながも、おそらくはコートにいる麗子れいこ美香子みかこも驚くものだった。


 最初こそボールをドリブルしながら攻める悠子ゆうこと守る杏美あずみん、さっきまでの麗子れいこ美香子みかこの試合よりは、ややスピードとかが遅いぐらいで、ゴールを決めさせない杏美あずみんとボールを奪わせない悠子ゆうこが、双方のコートを行ったり来たりする状態が続いていたのだが。

「なにっ!?」

 俺も、雄太ゆうたも、驚きで声を上げてしまった。

 ドリブルをしながら杏美あずみん側のゴール横に駆け込もうとする悠子ゆうこであったが、そのドリブルが少し大きく跳ねたところで杏美あずみんはボールを奪い取ると、次の瞬間、悠子ゆうこから遠ざかる形でドリブルしながら中央線近くまで杏美あずみんが走り、中央線の手間で立ち止まるとジャンプをしながら手に持ったボールを悠子ゆうこ側のゴールリングめがけて投げた。

 投げられたそのボールは一直線にゴール方向に飛ぶと、軽くリングに当たってゴールリングの中に吸い込まれていく。

 ゴールリングから落ちてきたボール、それが床に跳ねて響く音を聞くまでボールの行方を見ていた悠子ゆうこも、そこから1段階ギアを上げたのか妹・麗子れいこのように素早くボールを拾い上げ、素早くリスタートしようとコートを駆けていく。

「……小野おのさんって、運動が出来る方だったの!?」

 それこそ「信じられません」とでも言いそうな顔をしている福永ふくなが

 そして俺たちも初めて見る杏美あずみんの姿なのだから、俺も雄太ゆうた福永ふくながと同じような表情をしていたのだろう。

 試合といえば、悠子ゆうこも直接シュートを狙うようにジャンプしたり、その素振りを見せてドリブルでゴールに近づこうとするが、杏美あずみんもその悠子ゆうこの動きについて行っているというか、ドリブルも前に進めさせないように身体を大きく使って動いたり、シュートに合わせてジャンプしたり腕を伸ばしたりして、結果として悠子ゆうこの動きを封じ込めている。

 麗子れいこ美香子みかこの試合みたいに一進一退が続くのかと思いきや、センターサークルの辺りでドリブルミスをした悠子ゆうこ、その彼女からボールを奪った杏美あずみんが再びジャンプからのシュートを決めると、最後の3本目は、リスタート直後の悠子ゆうこからボールをもぎ取ると、ドリブルからの流れるような動きでシュートを決めたのだった。


「試合終了!」

 笛を吹いてから発した福永ふくながの言葉で、体育館の中は一瞬ピンク色の輝きで包まれたかと思うとすぐに落ち着いた黄色系の色に戻り、バスケットボールのコートやゴールも役目を終えたとばかりに消えて無くなっていた。

 と同時に、美香子みかこ杏美あずみん三田園みたぞの姉妹の服装も学校の制服姿に戻っていた。

「本当に2人別々の学校なんだな」

姉貴ゆうこの学校って、こんな制服だったっけ」

 緑が丘うちの制服を着た麗子れいこ皐月さつき温泉近くにある私学、皐月さつき自由学園とかいう名前だったか?お洒落なブレザー姿に黒のニーソックスが目立つ悠子ゆうこが近づいてくるのを見て、俺と雄太ゆうたは改めて見る三田園みたぞの姉妹の制服姿について感想を述べる。

「お疲れ様」

「ありがとう」

「そっちもお疲れ様」

「どういたしまして」

 俺たちの前に2列に自然と整列した麗子れいこ美香子みかこ、そして悠子ゆうこ杏美あずみんはそれぞれ握手を交わすと、麗子れいこが俺の前に一言もの申すことがあるという顔で近づいてくる。

大谷おおたにくん」

「はいっ!?」

 麗子れいこがそう言って少しの間、俺の顔とか服装とかを観察するような視線で見つめた後、

「……正しく伝えないと大谷くんあんたは誤解しそうだから、後でメールとか送るからちゃんと読んでね」

 今の俺に理解不能な言葉をかけてくる。次いで悠子ゆうこが、

「私は3年間、部活でライバル関係になるみたいだから、その時はよろしくね」

 と悠子こちらも何かを匂わすような発言をする。

 そして小声で「耳を貸して」と言ってくるので、少ししゃがんで悠子ゆうこが話しやすいように姿勢を取ると。

麗子れいこから聴いたけど、大谷くんあんたはまだ気づいていないみたいやね。ちゃんと小野おのさん……杏美あずみちゃんのことを思い出して、きちんと向き合ってあげて。大谷くんあんたにとってのキーパーソンなのだから」

 何を言うのかと思っていたら、麗子れいこ以上に意味不明なわけがわからないことを言ってくる。

 話し終えた悠子ゆうこは目配せをすると、麗子れいこ福永ふくながの3人が両手を繋いで三角形を作るような形を取ると、三角形の中心から白く輝く光の柱が現れて、その光が今居る空間を包み込んでいく。

「じゃあね」

「また学校で」

「また会いましょ」

 光の輝きの中から福永ふくなが麗子れいこ、そして悠子ゆうこの声が聞こえてくるのと共に、俺たち4人も白い輝きの中におおわれていくのであった。

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