EPISODE 05 異変 II

「聞いてくれるかな」

 部長ちーさまの声を聞いて、俺たちはクッキーやティーカップをテーブルの上に置いて、ソファーに座りながら部長ちーさまの方向に身体を向け直す。

「これから4人にしてもらいたいこと、その話をしたいのだけど」

 落ち着いた声で話し始めようとする部長ちーさまだったのだけど。

「……あ、あの、ちょっといいですか」

 あわててさえぎるように杏美あずみんが言葉を発する。

「なぁに?杏美あずみんちゃん」

 目の前に座っている『司祭プリーストブリゾ』状態の仁美ひとみ先輩が、少し目を丸めた表情で俺の顔を見つめている。ふと横に顔を向けると、『司教ビショップミネルバ』になっている部長ちーさまが「なに?」という顔をしている。

「あの、お2人の名前の呼び方、真人まさとくんがさっき尋ねていたけど、『司教ビショップ』とか『司祭プリースト』とかじゃなくて、普段のように『部長ちーさま』とか『仁美ひとみ先輩』と呼んでいいですか。あと、話し方も普段通りにしてもらえるのなら嬉しいのですが」

 杏美あずみんの言葉に一瞬キョトンとした表情となった仁美ひとみ先輩だったが、

「あはは……そうだよね。わたしも未だに『司祭プリースト』って慣れてないから。わたしはいいわよ」

 ニコッとして答えているその表情からは、『司祭プリースト』然とした堅苦しさは感じられなかった。部長ちーさまも、

「わたしもいいわよ。さっき真人まさとくんに答えてなかったもんね」

 と、これまたアッサリと杏美あずみんの提案というかお願いを受け入れてくれた。

「そりゃそうよね、わたしもこの役やる時ぐらいしか『司教ビショップ』とか言われないし」

 その言葉に、思わず笑い声を上げてしまう俺たち4人と仁美ひとみ先輩。

 相変わらず、どこか達観しているというのか、俺には想定外としか思えない反応をしてくれる部長ちーさまらしい、そのあっけらかんとした様子に俺の方がとまどってしまう。


「で、話戻して」

 表情を引き締めた部長ちーさまが言葉を続ける。

「色々聞きたいことがあるとは思うけど、まずは、4人にして欲しいことから話をさせてね」

 部長ちーさまは腕を伸ばし陽射しが入ってくる窓部分を指差すと、カーテンのように白く大きな布が窓の手前に現れて、そこに何か人影のようなものが映し出されていた。

(何が始まるのだろう?)

 俺たちと仁美ひとみ先輩がその白い布というか幕みたいなものを見ていると、そこに緑が丘がっこうの制服を着た男女合わせて4人の姿が映し出された。

 「あれは……わたしたち!?」

 一番最初に気づいた仁美ひとみ先輩の言葉を耳にした俺たちは、改めて映し出された4人の姿を確認する。

 「わたしたち」と仁美ひとみ先輩のいう通り、そこには俯瞰ふかんの視点から見える1年前の仁美ひとみ先輩、美貴みき先輩、明人あきひと先輩、とおる先輩の姿があった。

「……こんなふうに見えるんだ」

 少し驚いた表情を浮かべながら映し出される自分たちの姿を見ている仁美ひとみ先輩の姿を見て、少しほっとしたような気持ちになった俺は、再び映し出されている窓際にある幕に視線を戻したのだった。

「ここは、もしかして『はなのみち』?」

 小さな声でつぶやく美香子みかこの言葉を耳にして、改めてその風景を気をつけながら見てみることに。

 左右に緑がえる木(桜なのかな?)や植え込みがある『はなのみち』と名付けられた遊歩道、路面にもレンガというかタイルみたいなものが埋め込まれいるその道を歩く先輩たち。

 進行方向の先、川のほとりには、戦前からも有名で今なお根強い人気を集めている女性だけによる歌劇団、その本拠地となる大劇場があることは知っていたので、「そこに続く道なんだ」という気持ちで見ていたのだけど。

 先輩たちの頭上より少し斜め後ろ、高さにして4~5メートルも無いところから映していた映像が、一瞬、俺たちの身体を包み込んだ気体と同じピンク色に変わったかと思うと、周囲の景色がそれまでの街路樹や南欧風な建物から一変していた。


 頭上近くにまで降りてくるジェットコースターに回転木馬、植物園、毛の色が黄色ではなく白い「ホワイトタイガー」とかいう種類の虎……先輩たちの周囲を、家族連れや学生らしきグループたちが行き来し合っている姿が映し出される。

 そして場面が変わってからは、それまでの俯瞰で撮影しているという感じでは無く、地面に立って目の高さか、それより少し高い場所から見えた景色になっている。

仁美ひとみちゃんたち、こんな風に入ったんだ」

「えっ、ちーさま部長ぶちょうも知らなかったのですか」

「そうよ、わたしも初めて見るもの」

 映像を見ながららす部長ちーさまの言葉に、「意外だなぁ」という感じで雄太ゆうたが反応していた。

「ここって……」

「わたしたちが小さい頃に無くなった『ファンタジアランド』よ。ほら、陸橋を渡ると大劇場につながっているでしょ」 

 俺も親や親戚、雄太ゆうた美香子みかこの親からも聞いたことがある、この地方でも有名で栄えていた遊園地だったというファンタジアランド。

 小さいながらも動物園や植物園があり、乗り物とかの施設も随時ずいじ新しいものが導入されていて、それこそ小学校の遠足とかでここを訪れていた学校も多かったとか。

 しかし、俺たちが生まれる何年か前にこの地方を襲った大地震が原因で、本当はそれだけではないのだろうけど、結果的に、俺たちが生まれてすぐの頃に閉園することになったと耳にしたことがある。

 部長ちーさまの言葉に関係なく切り替わっていく映像は、大劇場に繋がる陸橋の途中まで進むと向きをUターンさせて、隣りのエリアにある展示場みたいな建物や世界各国の民族衣装を着た人形が並んでいる建物とかを映し出していた。

 そして、人混みの中を歩く先輩たち4人、周囲の人たちから何かジロジロと見られているということもなく、自然な感じでファンタジアランドの園内を歩いている。

 最初は、初めて見るファンタジアランドの様子に気を取られていたのだけど、

「……あっ」

「ん?」

 同じタイミングで声を上げた俺と杏美あずみん、多分同じことに気がついたのかもしれない、確信は無いけど言い切れるような気持ちになる。

「やっぱり気づいていたのかい。杏美あずみんちゃんだけでなく真人まさとくんも気づいたんだね」

 ニコッとしながら話しかける部長ちーさまは、腕を上げて手先を動かすと映像を一時停止の状態にする。

 俺たちだけではない、雄太ゆうた美香子みかこの気づいていると思うし、またそうでなければ逆におかしいというか気づいていないはずが無い。根拠は無いのだけどその気持ちが俺にはあった。

 先輩たちがいるこの世界はいったい『いつ』で、どうして先輩たちが違和感なしにそこにいるのかということに。


 そんなことを思いながら再び動き出した映像を見ていると、映し出されている先輩たちはアラビア風のアトラクションの脇、その大きな遊具をながめることができる位置に来ていた。

 かなり長い長方形の魔法の絨毯じゅうたん、その上に4人掛けのイスが何列にも並び、絨毯をした床が地面と空中の間を上下に動くのだけど、こうして見ているだけでも怖そうに感じられる。

 そして地面に着地したアトラクションからは、家族連れや学生グループなどの人たちが「興奮した」「怖かった」とか口々に言いながら降りてくる。入れ替わるかのように、今度はアトラクションに乗るのを待っているお客さんたちが、「楽しみ」「どんな感じなのだろう」とか言いながら係の人の誘導で次々とイスに座っていく。

 そのアラビア風アトラクションから降りてくる人たちからは、口々に「怖かった」「面白かった」など感想を話している声とかも聞こえてくる。

 そんな人混みの中に居た小学校高学年ぐらいの女の子たちやそのお母さんらしき人たち、その一団が先輩たちの横を通り過ぎようとした時、女の子たちの中から地面に何かが落ちた音が聞こえてきた。

「あ、落ちましたよ」

 いち早く気づいた美貴みき先輩が、女の子が落としたらしき袋状のモノを拾い上げると、その声に反応した女の子が「あっ」と言う声を発して、先輩たちのいる方に早足で戻ってくる。

「どうもすみません」

 女の子のお母さんであろうか、駆け寄ってくる女の子の後ろを追うようにやってくると、美貴みき先輩に向けて軽くお辞儀をしている。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 ペコンと頭を下げた女の子は、それが彼女には大事なモノだったらしく、先輩の手から受け取った袋状のモノを丁寧にかばんの中にしまい込んでいる。

「お姉ちゃんたち、ありがとうね」

 その横にいた女の子が肩からげているバックを何か手探りで探すような仕草をした後、その両手には大きい感じの箱を取り出すと美貴みき先輩の手の中に押し込むように持たせると、

「これ、お礼です」

「えっ!?あ、ちょっと……」

 戸惑っている美貴みき先輩に気づいていないのだろうか、女の子たち2人はペコッとそろって頭を下げると、一緒に来た他の女の子やお母さんたちを追いかけるように、手をつないで肩を並べてタタタッと駆け足で去っていく。

美貴みきちゃん、何かもらったの?」

「うん?」

 仁美ひとみ先輩に言われた美貴みき先輩は、改めて手の中のモノを確認する。

「これは……?」

 美貴みき先輩が淡いピンクと水色のチェック柄の紙袋の口を開く。

「キャンディー……!?」

 白い棒の上に丸いキャンディーが付いている、子供の頃から馴染なじみのあるお菓子。それが何本か入っていた。

「懐かしいなぁ」

 取り出したキャンディーを見ていたとおる先輩が声を上げる。


 その時だった。


 先輩たちがいる場所の奥、人混みの中からフードを被った人影みたいなものが現れると、小走りに先輩たちに近づいていき美貴みき先輩の前を横切ったかと思えば、先輩が手に持っていたキャンディー入りの紙袋に手を伸ばした。

「え、何っ!?」

 その様子を見ていた俺は、一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。いや、俺だけじゃ無い、雄太ゆうた美香子みかこ杏美あずみんも同じ反応をしていたと思う。しかし、次の瞬間、

「キャッ!」

 小さな叫び声をあげながらバランスを崩す人影。何かにつまずいたような形でその身体がよろめいたところを、仁美ひとみ先輩が人影の片方の腕を抱きしめるような形で掴み、反対側の腕は手首部分を美貴みき先輩がしっかりと握りしめ逃げられないようにした。

「だめだよぉ、こんなことしちゃ」

 小さな子供を諭すような口調で、人影の正面に立った明人あきひと先輩が語りかける。そして捕まえた人影に見せつけるかのように、奪おうとした紙袋を視線の高さまで持ち上げると軽く左右に振ってみせる。

 で、いつの間にか人影の後ろにはとおる先輩が移動していて、人影を前後左右から取り囲む形になっていた。

「……っ」

 何か言葉を発しつつ首を上下に動かす人影。すると、被っていたフードが取れて頭の部分が見えた。

 髪の毛は肩に届くか届かないかぐらいで、パッと見では、先輩たちと同じぐらいの年代の女の子だったのだが。

「……あんたたちには、負けないからね」

 そんな言葉を残しキャンディー泥棒の女の子は両腕を思い切り振り回し、隙を突いて女子2人の先輩を振りほどいたかと思うと、映像の手前方向に走り出したのだった。

 先輩たちを捉えていたカメラもくるっと180度映す方向を切り替わったのだが、その時にはもう女の子の姿は見当たらなかった。

 と同時に、ちょっとした騒ぎが起きたのだから、歩いている人たちとかに気づかれてもおかしくないハズなのだが、何事も起きていないかのように先輩たちの横を通り過ぎる人々。

「どうなっているんだ!?」

 映像に映っている先輩たちもだけど、その場にいる人たちが余りにも自然に先輩たちを意識せずに歩いていること、それをどう理解すれば良いのだろう。


「驚かせちゃったかな」

 部長ちーさまの言葉で再び白い光で覆われたかと思うと、その輝きが消えた時には窓の手前にあった白い布は消えて無くなり、見通しの良い西欧風の室内の姿に戻っていた。

「……じゃあ、説明するわね」

 その声で視線を改めて目の前にいる部長ちーさまに向ける俺たちと仁美ひとみ先輩。

 そう言って説明を始める部長ちーさまから聞かされた言葉は、すぐに信じろと言われても難しいものだった。

 一言で言えば、俺たち4人は緑が丘がっこうに在学している3年の間、授業や部活の間に不定期に起こるという問題をいくつか解決しなければいけないということだった。

 そして当然のごとく、推理モノとかライトノベルとか言われる小説、あるいは謎解き系のマンガとかにもあるような、両親や友人といった俺たちの身近な人に知られずに解決するという、条件というか制限というかそういう縛りみたいなものがあるということだった。

 その縛りが正しいかどうかは分かるはずもないが、個人的には「まぁ、そうだろうなぁ」と思える範囲のものだったりする。

 が、しかし。

 俺たちが解決しなければならない問題とやらについても、それが今現在の時間軸で起きている問題だけじゃない、『時間移動タイムトラベル』した先、あるいは『並行世界パラレルワールド』という異なる時間軸で起きる問題を解決することもあり得るとのこと。

 その1つの例が、今、目の前で見せられた仁美ひとみ先輩たちの映像だったりする。

「でも、移動した先の世界で問題を解決する、それで終わるハズがないよなぁ」

 何気なくつぶやいた俺の言葉に、いち早く反応したのは部長ちーさまだった。

「その通りよ。よく分かったわね」

 笑顔満面で答える部長ちーさまを見ながら俺は、「そう言われてもあまり嬉しくないなぁ」という言葉を飲み込むしかなかった。

 『時間移動タイムトラベル』や『並行世界パラレルワールド』という世界で起きる問題、場合によっては争いに巻き込まれ無いとも限らない。今見た映像みたいに。

 しかも、お約束という意味では『過去の世界の出来事は変えてはならない』という縛りもあるだろうし、実際、過去の世界に行き何かを変えたことで今の世界に変化が起きたとしても困るだけだろう。

 『並行世界パラレルワールド』であればそうでもないかもしれないが、『時間移動タイムトラベル』、特に過去の時間軸への移動となると、そこがどの時間軸で、俺たちがどこまで行動が出来るのか、出来ないのか、そんなことを考える余裕があるのか……色々なことを考えてしまう。

 それを言えば、今、俺たちがいるこの空間も『異世界いせかい』といえばそうなのだけど、しかし一方で、「そんなに簡単に『異世界いせかい』があちこちに存在するのもどうなのか!?」とも思ってしまうし、さらに言えば、先輩たちが神官の格好をして、魔法か何か不思議な力を使っていること自体、まだ心の中でどう受け止めれば良いのか分からない状態だし、雄太ゆうたたち3人にしても俺と同じ気持ちだと思う。

 そんな俺のことを見透かしたのか、部長ちーさまが声を掛けてくる。

「なぁに真人まさとくん、考え込んた顔をして」

 いや、普通は考えるでしょうに。

「安心して。真人まさとくんや仁美ひとみちゃん、それに私も含めたメンバーが解決する問題は、それこそ『世界を破壊から救う』みたいな大げさなものじゃないから」

「確かに、そうじゃないことを願いたいですが」

 今年16才になる高校1年生の俺たちに、たけ以上のものを求められても対応出来ないし、そんな大きな問題の解決とかも出来るわけが無いとも思う。

「でもね」

 一呼吸置いて、真剣な表情をした部長ちーさまが言った。

「あんたたちへの問題は、最後はあんたたち4人じゃないと解決出来ない問題なの」


おれたち4人?」

 ここまで黙って様子をうかがっていた雄太ゆうたが口をはさむ。

「映像の中みたいに、相手が1人ならまだなんとかなるかもしれないけど、これが大人数だったり、美香子みかこ杏美あずみんに体格の良い男子が向かってきたら、それこそ俺たちがやられてしまうこともあるかも……」

 雄太ゆうたが口にした疑問はもっともなことだったし、映像を見ていた俺たち4人共が懸念けねんしていたことだったりするのだが。

「そういうことにはならないみたいよ。まあ、きずぐらいはするかもしれないけれど」

 尋ねてきた雄太ゆうたを安心させるかのように、すぐに普段の3割増しの笑顔で答える部長ちーさま

 四字熟語か何かで『一刀両断いっとうりょうだん』という言葉があると思うが(あったっけ?)、それぐらいスパッと言い切る部長ちーさまの言葉には何か力強い根拠みたいなものに基づく安心感みたいなものがあった。

「それに、映像に出てきたようなお邪魔虫っぽい人は、その相手の得意なところで勝負するみたいだね。私たちもそうだし、仁美ひとみちゃんたちもそうらしいから」

 その言葉を聞いて俺たち4人、特に美香子みかこ杏美あずみん、女の子2人はその顔から明らかに「安心した」と感じられる表情に変わっていた。

「得意なところ?」

「あたしたち、まぁ身体を動かすことはきらいじゃないからね」

 ここまで聞き役に徹していた仁美ひとみ先輩が、何気なくつぶやいた美香子みかこの言葉に反応する。

 普段は快活な印象のがここまで黙っていたのも、もしかしたら『司祭プリーストブリゾ』という属性ぞくせいで制限されていたかもしれないが。

「で、長くなったけど」

 改まった声で部長ちーさまが俺たちにげた。

「あんたたち4人でちょっと見てきて欲しい場所があるので、今からその場所にに行って欲しいの。まぁ5分か10分で終わると思うので」

 その言葉を聴き終えた瞬間、何度目かのまぶしい輝きに包まれたのだった。


「……ん、ここは……!?」

 まぶしすぎる白い輝きが消えた時、視線の先にクリーム色の建物が見えたのだった。

 空を見上げると太陽の輝きと青空が広がっていて、次いで視線を足下に移すと地面の右手方向に少しばかり影が出来ている。

 青空に見える太陽と足下に出来た影、そして影が出来ている方向とその長さから考えると、今の時間は正午を少し回った頃になるのだろうか。

 理科が苦手なハズなのに、こういう時に『日時計ひどけい』のことを思い出すというのも、何か俺らしくもないのかもしれないが。

 そして自分の背中側というのか、振り返って建物とは反対方向を見てみると。

 片側1車線ずつの道路が十字形に交差した交差点と横断歩道、信号機が視界の中に入ってきた。反対側の歩道には民家やパン屋さんといった建物も見える。

「お、真人まさと、そこに居たのか」

 雄太ゆうたの声が耳の中に飛び込んでくる。

 急いで聞こえてくる方向を見ると、人一人分ひとひとりぶんの白い煙の中から雄太ゆうたが姿を現す。もう一度周囲をくるっと見てみると、クリーム色の建物の前に白い煙が現れたかと思うと、その中から美香子みかこ杏美あずみんが見えたのだった。

真人まさとが一番最初か?」

「そうみたいだな」

 隣りにやって来た雄太ゆうたの問いかけに答える。

 少し遅れて、美香子みかこ杏美あずみんも俺たちのところにやってくる。

「で、ここは何処どこなんだ?」

 改めて、目の前に見える建物を見直してみる。

 高さは4・5階建てぐらいの建物なのだけど、横幅が軽く50メートルはあるだろう建物の中央部はアーチ型にへこんでいるのだが、その部分だけ建物を覆っているタイルの色とは異なる、より細かな違う水色のタイルで一面敷き詰められていていて、2階か3階かという部分になるのだろうか、それぐらいの高さのところに石像が飾られている。

「もしかして、あの石像はキリスト教の聖母マリア様?」

 美香子みかこの声を聴いて、建物にある石像に視線を移す。

 ベールを被った女性が赤ん坊を抱いている姿になっている。宗教というものに詳しくない俺でも知っている、イエス・キリストを抱いた聖母マリアの石像であった。

 アーチ型の凹みの一番下は建物の出入口になっていて、その出入口をはさむように人物の石像が2体、高さ1メートルぐらいの立方体(というのか?)の台座の上に置かれていた。

 俺たちはその石像に向かうと、それぞれの正面部分には同じく石で彫られたネームプレートを確認する。

「ん、ここにいる人って、戦国時代の人だよな」

 彫られている名前を目にした俺は、自然と言葉を漏らしていた。

 出入口の左右に1人ずつ置かれていたのは、1人は戦国時代末期のキリシタン大名としても有名だった武将、もう1人は別のキリシタン大名の妻にあたる女性の石像であった。

「キリスト教の教会……でも、なぜここなのだろう」

 部長ちーさまが「見てきて欲しい場所」と言って飛ばされてきたのだけど、なぜそれが教会の前になるのだろうか。

「一番最初にここに来たのが真人まさとなら、真人おまえに何かゆかりがあるってことじゃないのか」

 雄太ゆうたにそう言われたのだけれど、うちの家の人間、誰かがキリスト教を信仰しているという訳でもないし、俺自身にも何かすぐに思い当たる節とかもない。親戚にしても宗教とは縁が無い面子ばかりの記憶がある。

 しかし、意味も無く部長ちーさまがここに飛ばしたとも思えないし、ここに来た理由は何かあるとは思うのだが。そんなことを思っていると。


「見学の方ですか?よかったら、こちらにどうぞ」

 出入口のある方向から、教会のシスターらしき人に声を掛けられた。

「ありがとうございます」

 元気に返事をする美香子みかこであったが。

「お、おい、美香子みかこ

「いいじゃない、行ってみましょうよ」

 戸惑う雄太ゆうたの言葉など気にしないかのように、明るく返事をする美香子みかことその言葉に賛成する杏美あずみん

 シスターも俺たちがやってくるのを待っているみたいなので、建物中央にある出入口から建物の中に入ることにした。

 案内されて建物に入り、ロビーと思われる天井が低い場所を通り抜けた先、そこにも扉があったのだが、その奥にある扉をシスターが開けてくれて、「どうぞご覧下さい」と進むように促されたので入ってみると。

「ひ、広い」

「大きい」

 俺たち4人共、思わず声が出てしまうぐらいに驚いた。

 建物の奥に向けて延々と続く座席、その先には説教台というのか、神父らしき人が話をするであろう演台があったり、高い天井とか左右に見えるステンドグラスで出来た窓とか、飾りっ気のない外観からは想像も出来ない中のだった。

 そして正面の奥に見えるのは、編み物で出来た大きな絵というべきだろう、和風な着物を身にまとった聖母マリアと、その腕に抱かれている赤ん坊(イエス・キリストなのだろう)の姿。

 また天井方向を見上げると、演台(説教台というのかも)の上の方には大きな木製で出来た十字架があり、キリストがはりつけにされた十字架が天井から落ちないように黒いパイプ状のもので固定されていた。

 床にしても内装にしても綺麗に磨かれた大理石で出来ていて、床にある大理石には何か模様のようなものも描かれている。

 正面左右にも、編み物で出来た絵画が掲示されていたのだが、左側の絵画には外国人の神父と共に戦国武将らしき人物が船に乗っている姿、右側には室内で手を合わせて神に祈りを捧げている戦国時代の姫君の姿が描かれていた。

 おそらくは、絵に描かれている2人が玄関前にあった石像の人物なのだろう。

「……杏美あずみん、どした?」

 視線が向けられたように感じたので、その視線の方向に顔を向けてみると、視線の先に見えた杏美あずみんが、俺からの視線をそらすように顔を正面にむき直した。

(正面……何かあったのかな?)

 その杏美あずみんの姿を見て、もう一度その視線を戻すことにする。

 おそらくはこの建物に入った人が目にする和装をしたマリア様の姿だったが、何かひっかかるというか、記憶にあるようなないような……そういう想いが心の中に浮かんでくる。

「何か思い出したのか」

「思い出すじゃないけど、何かひっかかるというかモヤモヤするというか」

「……そうか」

 問いかけてきた雄太ゆうたに、今思ったことをそのまま伝えてみる。


 しばらく建物内部を見学ルートに沿って移動し、最後まで一緒に案内をしてくれたシスターにお礼を言ってから教会から出てきたのだが。

「ところで、今は『いつ』なんだろう?」

 ここに来てから気になっていることを口に出してみる。

 俺たちが元々存在している時代と同じ時間軸なのか、それとも並行世界パラレルワールドなのか、あるいは過去の世界なのか。

 仁美ひとみ先輩たちのように、過去に『時間移動タイムトラベル』していたのなら、飛ばされたここが一体いつ頃の時代なのか、昭和の終わりなのか俺たちが生まれる前なのか後なのか、それによっても思い出す手がかりとか違ってくる。

 俺と杏美あずみんとが関係するのかもしれないが、それならそれで忘れてしまった俺の幼い頃とかに、この教会とか杏美あずみんとかと何か接点があったのか否か。

 今ここで判断するにしても、材料というか手がかりが少なすぎる。そう思った俺は、ふと目に留まった掲示板のある壁面にあしを進める。

 そこには教会からのお知らせやポスターが何枚か貼られているのだけど、順番にそれら掲示物を確認していくと、その中の1枚に『XX年度、礼拝予定表』との文字。  

 どうやら、この教会で行われる礼拝(「ミサ」というのだろうか?)の予定を信者さんに伝えるためのものらしい。

「9年前……なのか!?」

 予定表に書かれていた年号は、俺たちが小学校に入学した年号を示していた。この予定表が正しいのなら、俺たち4人は少し前の過去に飛ばされたことになる。

「あ、写真もある……」

 横から聞こえてくる杏美あずみんの声。いつの間に俺の隣りに来ていたのか、人の気配とか気づかなかったのだが。

「どれどれ……っと、真人まさとも見てみろよ」

 俺を呼ぶ雄太ゆうたの声が聞こえてきた方向、今見ている掲示板の右隣に移動する。一歩遅れて杏美あずみんも俺に着いてくる。

 そこには、キリスト教に入信するために信者となる人が受ける儀式の様子とか、祭壇で黒い服装をした神父さんが何か話をしている姿とか、この教会内部にある部屋で開かれたらしいクリスマス・パーティーの写真とかが貼られている。

 教会でのクリスマス・パーティーなのだから、サンタクロースが登場しないかと言えばそうではなく、しっかりと赤と白でコーディネイトされたサンタクロースが、子供たちに囲まれて何か小さな紙袋を手渡している写真もあったりする。

 サンタクロースも、確か、モデルとなった人物はキリスト教で「聖人」としてたたえられている……と、何かの本で読んだ記憶もあったような。

「へえっ、クリスマス・パーティーかぁ。うちらも、小学校の頃まではしていたね」

 少し懐かしそうな感じで写真を見ながら話す美香子みかこ

 確かに、小学校の時は俺たちの親同士も仲が良かったこともあり、3家族合同のクリスマス会とかをしていた記憶はある。

 具体的に何をしていたのかとかは、今ではすっかり記憶から消えているが、「パーティーをした」ということは俺も覚えているし、多分、そのことは雄太ゆうたも覚えているだろう。

 そのクリスマス・パーティーを撮した写真を見ようと、美香子みかこの横に移動しようとした時、


「やっと会えた。久しぶりね」


 俺たち4人に向けて呼びかけているのだろう、女性の声が背中から聞こえてきた。 

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