2021年11月22日
探偵事務所に来た依頼者はストーカー被害に遭っているという。犯人を捕まえて欲しいと言っているが、なんとなく嫌な予感がしたので遠回しに警察行けば?と言うと、何だか気まずそうな顔をしたので神妙な顔を取り繕って話を聴くことにした。
仕事が来ること自体は助かるので調査を進めると、依頼者は体を売っており、ふざけて撮ったチェキが出回ってストーカーが湧いたという何とも自業自得な話だった。
自衛意識の低さが招いた自体を棚に上げて悲劇のヒロイン気取りの依頼者。
こういうのは大抵、病に侵されている。自らの非を認めてしまうと死に直結してしまう病。死を拒絶する本能が言動に表れるため、次第に人間関係をも蝕み、自分の非を認める前に殺害されるなど物理的に死ぬこともある。
しかし、依頼者は悲劇のヒロインぶっているが、ヒステリックではない。自業自得の病を患う者にしては、やけに落ち着いていると思った。
さて、調査は滞りなく進み、証拠もひとつふたつと揃ってきた頃に依頼者が「話がある」と1枚のカードを渡してきた。カードには店の名前と住所が洒落た書体で印刷されてあった。名刺のようなものなのだろう。
待ち合わせは20時もすぎたあたり。いつもより少し気を遣った服で階段を降りていく。
シンプルなプレートが貼られたドアを開けると、そこは地下のバーであった。赤と黒を貴重とした目に悪い内装。カウンターとボックス席、ショーも開催しているのだろうか奥に小さなステージが置かれていた。
依頼者は既に到着しており、カウンター席に座っていた。その隣にもう1人座っている。
隣同士で座るくらいだ。おそらく依頼者にとって見知らぬ誰かというわけではないだろう。
依頼者と軽く挨拶を交わしたところで、「私の知人です」と紹介を受けた。依頼者の知人は何故このような場所に同席しているのか不思議でたまらないという表情筋であった。気まずさすら感じているだろう。
依頼者の知人にも「どうも」と会釈をする。手元が見えるギリギリまで照明が落とされている店内だが、依頼者の知人は調査していたストーカー候補の1人によく似ていた。
依頼者はここで白黒つけるつもりだろうか。
こんな場所で断罪するより然るべき公的な機関に、今までかき集めた証拠を持っていった方がいいだろうに。
依頼者は探偵の力も借りて今までされてきた嫌がらせの証拠を集め、あなたが犯人でしょう?とやけに芝居がかった仕草でカクテルが残るグラスを揺らした。
その、あまりにも自信たっぷりな物言いに知人は、グラスを爪が白くなるほどに握りしめる。そして勢いよくグラスの中身を飲み干し、底をテーブルに叩きつける。
店主らしき男が知人を睨む。
そこからはもうよくある言い争いだ。
断罪するような内容から次第に、個人的に気に入らない点をぶつけ合うようになっていった。あとはまぁ、知人も同業なのだろうか客を横取りしただの合意だの、さすがに論点がずれてきているようだったので一旦、仲裁に入る。
そのついでに依頼で集めた証拠について知人に確認を取る。
質問が終わりに近づくにつれて知人は俯き、返事をする声もだんだん小さくなっていった。
疑われている中で記憶を辿るのは中々、気力が削がれるものだ。今日出会ったばかりの者からも(探偵にその気は無くとも)犯人扱いされては知人の視線も下がる。
「ご協力、ありがとうございます。」
そう言って、テーブル上に広げた証拠を一纏めにしてカバンにしまう。視界の端で依頼者が知人に耳打ちしているようであった。
このままでは、どこまでも平行線の論争が続くだけなのでさっさと警察なり裁判所なり行って欲しいところだとため息をついた時、
知人がいきなり椅子から崩れ落ちた。肉が床に叩きつけられる派手な音が店内に響き渡る。
突然、人間が倒れたにもかかわらず依頼者も探偵も店主(仮)もそれを眺めているだけだった。
床に倒れた知人の髪が急速に白くなっていく。綺麗に整えられた指先が水分を失っていく。
人間が急速に変わり果てる様を探偵は頬杖をつきながら見ていた。
あぁ、天秤が傾いたな。と。
◆◆◆
双方に非がある場合、互いに非を認めず擦り付け合うからこそ釣り合う天秤がある。天秤は自業自得の病。自らの非を認めてしまうと死に直結してしまう病。
どちらも死を拒絶する本能が言動に表れているため、論争は拮抗しているようであったが。
依頼者が知人に何を吹き込んだのかは知らないが天秤が傾いたのは確かである。偏った業は人体を急速に蝕んでいく。
脚を綺麗に折り畳み、揃えて置いた指先に頭を乗せた、いわゆる土下座をしたまま知人は動かなくなってしまった。依頼者は満足気にそれを見下ろし、探偵は興味が無いようで酒を1杯、注文していた。
―――望ましきは喧嘩両成敗、その天秤が傾けば業が内から喰い尽くす。
いやぁ残念、無念。
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