2020年5月18日
ここは屋形船の第二待合所。自分を含め、いつもつるんでいる3人の他に老若男女がざっと数十人、ひな壇状になっているベンチに座っていた。
数少ない移動手段の1つであるからか、第一待合所にもぎゅうぎゅうに人が座っている。日陰に通る冷たい風に身震いをすると待合所が少しザワつき始めた。
どうやら屋形船が定刻を過ぎても姿を見せないらしい。なるほど遅延か。自分達はさして気にしていなかったが、先を急ぐ者も中にはいるのだろう。次第に苛立ちが広がり始めたようで、皆、口々に不満を漏らすが待合所から立ち去る者は誰一人いなかった。
「あ、来たぞ!」
と言ったのは誰だったか。その声の通り、屋形船が川を滑るように進んで行った。向かう先は第一待合所だろう。笠を被った船頭が長い棒で速度を調節しながら通り過ぎて行った。
屋根がついた木製の船の中には、既に何人か乗っているようだが、ここで降りるということなのだろうか。そうでなければ待合所にいる者たち全員が乗るのは難しいだろう。
今回、自分はこの屋形船に乗るのは初めてだったので、どんなものかと待合所から身を乗り出して見ると、共に来ていた知人に「田舎者か」と鼻で笑われてしまった。
その事に腹が立つよりも、目の前の光景に開いた口が塞がらなかった。
屋形船から出てきた人々は道ではなく、川の上をアメンボのように屋形船の進行方向とは逆に歩き始めた。空になった屋形船に乗り込む人々はあまりにも多く、溢れてしまうだろうと思っていたが、何故か全員乗船できたらしく、第一待合所には誰一人残っていなかった。
この気味の悪い光景を見た自分は共に来た知人達にここを離れようと提案した。
川の方から低く抑揚のない歌が聞こえてきた。屋形船に乗った人々が歌っているようだが、本来、今来た屋形船はそのまま進んで行ってしまうはずだ。戻ってくるわけが無い。
戻ってきた屋形船に屋根はついておらず、ただの船となっていた。その上には数多の人が歌っていた。
その光景を見た第二待合所の人々も吸い寄せられるように船へと向かい始めた。乗れる席などあるはずも無いのに。その中に知人も引き寄せられていたので引っぱ叩いた。どうやら正気に戻ったようだ。
低く抑揚のない、同じ言葉を延々と繰り返すだけの歌に背筋が毛羽立つ。
「あ、」
と声が出たのは不意にこちらを振り向いた人と目が合ってしまったからであって、自分は悪くない。
動かず話さず、この光景が終わるまでいるつもりだったが、船に向かう人々はその中に異端がいることに気づいてしまった。
その後はお約束の展開とも言える。船へと向かう人々に知人諸共、腕を捕まれ引っ張られ、船へと連れて行かれそうになる。
多勢に無勢、人の波にもまれながらも船上の人と目が合った。彼らは鼻が異様に肥大化していた。口は開いておらず、ならば、その歌は今どこから聞こえてきているものなのだろうか。
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