2020年2月25日
これは昔の、自分が小学生くらいだった時の話だ。
近所に少し変わったアミューズメント施設があった。少し変わったと言っても今思えば、の話で当時は何の疑問も抱かなかった。
受付のおねーさんと話すのが楽しくて、しょっちゅう遊びに行っては受付で話をするだけしては帰っていた。
ただ受付で話し込んでは帰る、迷惑な客に見えただろう。しかし当時の自分は小学生で、小遣いも定期制ではなかった上に遊びに使うとバレたら怒られるような家だったから、仕方ないと言えば仕方なかった。
それに1人で受付業務をこなしていたおねーさんはそんな自分にも嫌な顔せず話を聞いてくれて、時に接客をして、また話に相槌を打ってくれるもんだから、自分はすぐ懐いた。いっそ好きになったんだと思う。
今も昔も変わらず、自分は単純なので。
夏休みに入り、自分は走っていた。その手には、お金を握って走っていた。
祖父母が我が家に滞在することになり、その恩恵として自分は小遣いを手に入れたのだ。夏休みだもんね、と両親も遊びに行くことを許してくれた。
そのわずかな軍資金を持って、自分は例のアミューズメント施設へと向かった。
受付のおねーさんは、お金を持って来た自分に少し驚いたようだったが、次には笑顔で
「あちらの扉から中にお入りください」
と言った。どうやらお金のやり取りは中で行うようだった。
アミューズメント施設は受付の隣に扉がある。防音のためらしく、開け閉めの度に中から騒音が漏れていた。
着いてすぐに案内されるとは思っていなかったので、少し戸惑ったが、好奇心には勝てなかった。
「おねーさん、あとでお話しに来てもいい?」
と自分は聞いた。いつものように雑談する気でもあったからだ。彼女はいつものように笑って「待ってるね」と言った。
扉を開ける。子どもの腕には重い扉だった。
その施設はゲームセンターのようで、未就学児用の遊び場もあれば奥に重厚な扉があったり、と想像よりずっと混沌としていた。高く、薄く、湾曲した壁というか、仕切りは巨大迷路を思い出させた。
客層も様々で、自分と同じくらいのグループもいれば大人が1人で来てたり、親子連れがいたりもした。
中ではお金じゃなくてチケットを使うらしい。持ってきたお金を切符ほどの大きさのチケット数枚と交換する。帰る時に余ったチケットや稼いだコインも換金できると説明を受けていざ、ゲーム機が並ぶコーナーへ。
ふと、腕時計を見ると既に夕暮れ時であった。ここは楽しいが、帰らなくてはさすがに怒られてしまう。しかし手元にはチケットがまだ余っていた。これをお金に戻してまた来よう。まだ夏休み中なのだから。
チケットを機械に飲ませ、お金に戻すらしい。画面には金額ではなく、箇条書きの項目が表れた。
よく見ると、それはゲームのデイリーミッションのようなものであった。
・顔写真を撮る
・コインを100枚以上集める
などなど。
10個ほどある項目のうち、自分はその半分も満たしていなくて、それでも「帰らなくては」という焦燥感で思考が鈍っていたため、そのままOKボタンに触れてしまった。
すると、視界が歪む。その場に立っていられなくなり、自分は、溶けて、融けてしまった。
溶けてしまったと自覚したわけではないが、自分の目線が急に低くなり、体が冷たい床に滑るように広がって行ったのは、まさに溶けたとしか言いようがなかった。
■
夏休み中の話である。自分は祖父母から貰ったわずかな軍資金を持って、いつものようにアミューズメント施設へと来ていた。
案内された扉へ向かう前に受付のおねーさんに、
「あとでお話しに来てもいい?」と自分は聞いた。いつものように雑談する気でもあったからだ。彼女はいつものように笑って「待ってるね」と言った。
扉を開ける。子どもの腕には重い扉だった。
中ではお金じゃなくてチケットを使うらしい。持ってきたお金を切符ほどの大きさのチケット数枚と交換する。いろいろと説明を受けていざ、ゲーム機が並ぶコーナーではなく、プリクラ機が並ぶコーナーへ向かう。
何故かはわからないが、写真を撮らなくてはいけない気がした。
1人で遊んでいるといずれ飽きが来る。周りがグループばかりなら尚更だ。そろそろ帰ろうかと思ったが手元にはチケットが数枚、残っていた。これをお金に戻してまた来よう。まだ夏休み中なのだから。
チケットを機械に飲ませ、お金に戻すシステムらしい。画面には金額ではなく、箇条書きの項目が表れた。
よく見ると、それはゲームのデイリーミッションのようなものであった。
10個ほどある項目の自分は全て満たしておりOKボタンに触れると、小銭ではなく、紙の束が出てきた。不思議に思いつつ手に取ると、テレビで見たことがある100万円の束ほどの厚さで、青色と赤色の紙が半分ずつであった。よく数えなかったが、100枚くらいあるのだろう。
1枚ずつ全ての紙に英語と数字が混ざった字列が書かれており、先程チケットの説明をしてくれたおじさんが「どうぞ、こちらへ」と施設の奥にある重厚な扉へと案内してくれた。
いや、そんなことより帰りたかったのだが。
扉の向こうからは水のにおいがした。水族館みたいなにおいだった。
中に進むと、観客席の向こうに見えるは大きなプール。なるほどイルカのショーでも始まるんだろうか。すごい帰りたい。
しかし扉は閉まってしまった。なぜだかわからないが、内側からは開かないような気がした。
仕方ないので、適当な席に座る。
手元には赤と青の紙が合わせて100枚。中でも赤色の紙を見ていると、どうも落ち着かない。
ブザーが鳴った。ショーが始まる合図である。予想は外れ、なんと抽選会が始まった。紙に書かれた英語と数字は当選番号のようだった。それにしても帰りたいが、赤色の紙に対する違和感が拭えないままであった。
次々と当選者が出てはプールの前に集められる。集められた人々は司会者に赤色の紙を渡していた。
「あ、」
と声が出たのは、思わずといったところだ。本当は声なんて出す予定なかったのに。
プールの水が波立ち始め、自分が赤い紙の違和感の正体に気づくと同時に、当選者たちはプールから溢れた水に飲まれ、消えてしまった。溢れた水の量なんて、たかが知れたものだが、人が一瞬で消えてしまった。
そこから何があったのかはよく覚えていない。時に濡れ、時に助けてもらい、逃げ回っている内にパンツ1枚になっていたのは鮮烈に覚えている。何から?何から逃げてたんだろうな。それすら忘れてしまったよ。
気づけば舞台裏みたいなところで自分は1人でいた。金属の床と階段、そして目の前には受付のおねーさんがいた。
おねーさんは自分が今しがみついている階段を降りれば帰れると教えてくれた。
「おねーさんも一緒に、」
逃げよう、なんて言えなかった。
抽選会場も死ぬほど怖かったけど、いちばん「死ぬ」って思ったのは、その受付のおねーさんとパンツ1枚で向かい合ってた時だ。いやパンツ1枚だったのは関係ないけど。
「怖くて半べそかいてて目の前なんて良く見えてなかったけど、アレ人間じゃねぇって、あん時小学生だったオレでもわかった。腕からずっと腕が落ちてんの。でも腕の長さは変わらない。顔、顔アレ何だろうなわかんねぇや…思い出せないってことで良いか?あ〜…むり、ちょっと泣きそう……」
まぁ、とにかく受付のおねーさんだったモノの顔を直視してしまった自分は、転がり落ちるように階段を駆け下りた。
おねーさんはいつものように「また来てね」と言った。そう言っていた気がする。声じゃなくて、ただ音を発していただけかもしれない。
オレの手元には何も残っていなかった。青い紙も赤い紙も。ついでに服も。
そのままパンツ1枚で家まで走って帰った自分は家族にめちゃくちゃ怒られた。服を着ていなかったので。
アミューズメント施設にはあれ以来、行っていない。というか、辿りつけなくなってしまった。あそこまでは田舎特有の一本道みたいなものだったのに。
しばらくしてから、この話を家族にすると「化かされたんだろ」と笑われた。ちなみに今でもネタにされてる。
これは余談だが最近、湿気が多い。日本の気候は湿気が多いものだけど、今年は全国的に晴れが多く、節水を呼びかけるCMも流れているほどなのに、なんだか家が湿っている、ような気がする。
昨日は庭に水溜まりができていた。我が家の庭には水やりをするものなんて植えてない。植物は全て鉢に入れて管理しているし、猛暑対策なら玄関先に水を撒くだろう。
まさか、ね。
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