第5話
「――
ぐっ、と。両足に力を込め、魔術名を呟くと同時に地面を蹴る。その瞬間、私の体は重力の楔から解き放たれる。
文字通り跳躍力を高めるこの魔術は、魔力を持たない常人では成し得ない跳躍距離と滞空時間を私にもたらす。具体的には、三階建ての建物の屋根に跳び乗ることができるくらいの高さだ。
その程度まで跳び上がった辺りで、感じていた浮遊感がなくなった。もう間もなく、私の体は落下を始めるのだろう。
「――
その前に、私は手にした
ただその場に浮かぶだけの魔法だけれども、空を飛ぶためには必ず習得しておかなければならない。でないと、空を飛んでいる時に魔法の
跳躍からの空中浮揚。一年前に
私は問題なく空中浮揚が発動したのを確かめ、杖に腰掛けた。
周囲には、多少の高度の違いはあるものの、同じように空中に浮かぶ
全員が全員空中に
『全員、問題はないなー? くれぐれも無理はするなよー』
級友たちの視線の先、中心に位置する場所に長い黒髪をなびかせて浮かんでいる一人の女性。
『墜落死でもされたら私の立場が危ういんだからなー。いくら私が飛空学の教師だとしても、首までは飛ばしたくはないぞー』
私たちの担任にして飛空学教師であるフューリル先生だ。
高い身長に、すらりと伸びた手足。吊り上がった細目に長い黒髪が相まって一見怖そうに見えるが、口を開けば聞こえてくるのは間延びした声。しかもかわいらしい。
性格も明るく生徒思いのため、生徒たちからの人気も高い。
いつもの軽い感じで先生はそんな冗談を言い、何人かがくすりと笑う。
『とはいっても、このまま空中浮揚を維持するだけだけどなー。まずは道具を使って空に浮かぶ感覚に慣れることー。
はーい、と級友たちの返事がある。
その返事も間延びこそしているが、実際には空中浮揚の魔法を維持するのに集中している人も少なくはないだろう。少なくとも私はそうだ。
集中を切らしたからといって、すぐに墜落したり暴走したりすることはないだろうけれども。
自分の体にかけた時とは違い、杖にかけた空中浮揚を制御するのは中々に難しかった。
『焦る必要はないからなー。単身飛行だって、最初から完璧に飛べたやつは少なかっただろー?』
級友たちは誰も、外見上では焦りを見せてはいなかった。皆していかにも空中浮揚くらい問題ありません、という雰囲気を醸し出していた。内心はどうであれ。
その内心は、しかし先生には見透かされていたらしい。
言われてみれば確かにその通りで、一年前、最初から上手に飛べたのはノーマを含めて数名くらいなものだった。それが、学年が上がる頃にともなれば、全員が自由自在に空を飛べるようにまでなっていたのだ。
『制御が厳しくなってきたやつらは一旦下に降りて休憩しとけー』
しばらくすると、先生のその言葉に従って降下していく級友たちの姿もちらほらと出てくる。私も、もう少ししたら降りよう。
◆ ◆ ◆
――一体、何がどうしてこうなってしまったんだろう。
「やっぱり
「だーかーらぁ、もう杖で飛ぶのとか古いんだって」
私を挟んで言い争っているのは
付与飛行の授業も何度か受けていると、何となく道具を使って飛ぶ感覚にも慣れてきた。まだ自由自在に、とまではいかないけれど。
そろそろ学院に貸与される杖ではなく自分用の道具を用意しようか、というのがことの始まりだったように思う。
「授業で貸与されるのが杖であることを考えれば、もう答えは出ているのでは?」
「それは、どうせ貸与品だからって新しいものを買ってないってだけだろ?」
杖を推すノーマと、それに噛みつくサウラ。別に、それぞれが好きなものを選べばいいのだけれども、そんなことを口に出せる雰囲気ではなかった。
「昔から変わっていないということは、それが適しているということだと思うわよ?」
ノーマが言うように、昔から付与飛行で使われる道具の大半は杖だった。
「昔の奴と同じことばっかしてたって、何も進歩しねーじゃねーか」
サウラの言いたいこともわからなくはない。確かに杖で飛ぶのはある程度の安定感はあるものの、言ってしまえばそれだけだ。
もっと出力を上げて速度を出したり、逆に制御を細かく調整して小回りを利かせたりするなら、多分他の道具を探した方がいい。
ただ、その道具が何かを見つけ出すのも簡単ではないから、結局のところ杖に落ち着いてしまうといったところなんだろうと思う。
「まぁ、サウラが杖以上に付与飛行に向いている道具を見つけて私に勝てるというなら? 私も、考えを改めてもいいわよ」
そう言ってノーマは挑発的な笑みを浮かべる。サウラも飛空学の実技では成績上位ではあるものの、ノーマに勝てたことはほとんどない。
ただでさえ荒っぽい性格のサウラが、そんな風に言われて黙っていられるはずもない。
「言ったな? じゃあ今度の実技試験、一番遅かった奴が
ノーマの挑発に応えるように、サウラが返す。
あれ。今、何か。少しおかしかったような気がするのだけれども。
「二人とも、頑張ってね」
違和感から目を逸らして、私は二人に
しかし返ってきたのはとびきりの笑顔で。
「何言ってるの、リゼルも参加するのよ?」
「降りるなんて選択肢はねーからな?」
――本当に。一体、何がどうしてこうなってしまったんだろう。
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