第2話
自身の魔力を宿らせた武具であり、またそれが人の姿をとった
依代を持たない魔女はいない。それは明確に区別されて、一般的には魔法使いなどと呼ばれる。
魔女と魔法使いの差は依代の有無だけで、そこに優劣はない。
魔力量や魔法の技量で魔女を上回る魔法使いなんて、世の中にはごまんといる。
――そもそも、魔女の絶対数が少ないのはさておいても。
魔法を使う素養のある者のほとんどは魔女となることを望み、依代を求め――しかし実際に魔女となれるのは、そのごく一部の者だけだった。
その理由は、依代を生み出すための触媒が見つかりにくいことにある。
魔女を魔女たらしめる依代の触媒となるものは、何でもいいというわけではない。
依代を生み出す手順自体は、そう難しいものではない。
術者はまず触媒を用意し、儀式を行う。
儀式ではいくつかの決まりごとに従い、術者は触媒に対して魔力を注ぐ。
十分な魔力を得た触媒は人の姿を取り、その時点では
そうして生まれた名無しと術者の魔紋の親和性が高ければ、名無しは依代となり、ここで術者は依代に名付けを行う。
――もしもこの時名無しと術者の魔紋の親和性が低ければ、名無しは依代となることはできず、術者は名無しを
これだけだ。
名無しが依代となったかどうかは、宿主と依代との間に
結果として依代となった触媒が
例えばカレンにとってのそれは
過去の伝承の中には依代を複数生み出した魔女もいたというものもあるが、その真偽は定かではない。
選んだ触媒が天授であるかどうかは、魔力を注いで名無しを生み出してからでなければ判別できないのが普通だ。
きちんとした手順に従って儀式を行いさえすれば、魔紋の親和性が低い触媒からでも名無しを生み出すことはできる。
――折れてしまった、あの
名無しが依代となるか残骸となるかは、とどのつまり、選んだ触媒が天授であるかそうでなかったかの違いだけで。
術者の技量や魔力の多寡には左右されない、
それが魔女ではない力ある魔法使いが存在する理由でもあり、魔女の絶対数が少ない理由でもある。
何年も儀式を繰り返しても天授と出会えず、魔女となることを諦めて魔法使いとして生きる者の方が多いのだ。
なれなくて当たり前――とまでは言わないが、魔女になるための道は遠く、門は狭い。
だからといって、私は諦めるつもりはない。
いつか、魔女に――そのために、何人もの残骸を生み出し、処分することになっても。
「残骸を生み出して悲しむ気持ちは、私にだってわからないでもないんだけどね」
ため息を一つ吐いて、カレンがそんなことを言ってくる。
カレンだって、短刀の赤に出会うまで何度も同じ経験をしていた。
それに、魔女となってからは残骸の処分を行う側にその立場を変えている。
残骸を処分するには、依代の力が必要となるのだ。
私が生み出した名無しをカレンに処分させた回数は、片手では数え切れない。
「……わかってる」
何でもないように返したつもりが、声が震えてしまった。
頭では理解していても、感情は割り切れていないのがどうしても滲み出てしまう。
名無しに感情と呼べるものはないとはいえ、だからといってそれが心が痛まない理由にはならない。
「そう……わかってるならいいわ。いつでも付き合ってあげるから、また儀式を行ったら声をかけなさい」
他人と比べて必要以上に悲しみ過ぎだ、と。そんなことは誰かに言われるまでもない。
しかし、初めての儀式を行ったその時から、心が感じる痛みの強さ変わらない。
ただ少し、感情の
そんな私に対して、カレンは多くは言わないでいてくれるからありがたい。
それだけ言って、短刀の赤を連れてどこかへと行ってしまった。多分、自室に帰ったんだろう。
カレンの後ろ姿を見送った私は、地面に横たわったままの槍だったものを拾い上げた。
「ごめんね……」
名無しの存在がこの世界から完全に消え去ってようやく、私は彼女に対して謝罪した。
一つの人格を生み出しておきながら、残骸だから――依代になれないからと処分する。
魔女になるために誰もが行っていることだとはいえ、そんな身勝手な行動を私はあと何回繰り返すことになるのだろうか。
身勝手だという自覚はあっても、きっと私は止まれない。――止まらない。
私の手の中にある槍だったものは、今はもうただの木の棒だというのに。
やけに、重かった。
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