カプリスの巣④
温かい水底から水面に出たみたいにベッドから跳ね起きると、臙脂色を後ろに纏めた白衣がくるりと回転してこちらを向く。
ぼやけた視界に強い光が目に飛び込んで来て、しっかりと健康状態を一通り見てから部屋から出ていく。
その後を追うためにベッドから地面に足を着くと、自分の体重を支え切れずに崩れ落ちる。
自力で立ち上がろうと床に手を付いて踏ん張ってみても、入れた分だけの力が腕に伝わらない。
部屋のドアが開く音がして数秒後、突然床から浮いてベッドに投げられ、シンの手が後ろの壁に叩き付けられる。
「何を見た、ウラノスに接続したんだろ! 世界の真理か、それとも……」
「た、唯の記憶だよ聖冬さんの。多国籍街の事件みたいなやつで」
「なら鈴鹿さんはどこだ、あの日どこに行ってどうなった」
「そこまでは見てなくて、どこかに行ったのを見送って目が覚めたから」
今度は拳を横の壁に叩き付け、大きな声で「クソ」と嘆いて、1人で部屋を出ていく。
そんな事を目の前で言われても知らないものは知らないし、見ていないものは見ていない。
「あーそっか、ウラノスになるには素質が死んでるね。そりゃ見れないよ望むものなんて、エキウムもなんでこんなハズレを拾って来たかな」
シンとすれ違いざまに入って来たローザがまるで子猫でも拾って来た様に言い、呆れたように地面に転がる俺を見下ろす。
「そもそも俺は巻き込まれただけで、そんな事を言われる筋合いなんてないだろ」
「ははぁーん、そんな事言っちゃうんだ。助けられたクセに、私たちが拾ってあげた命なんだから私たちがここで始末するのも自由だって事忘れてない?」
「そんな脅しみたいなことを……」
「別に脅してる気は無いよ、選ぶのはいつだって君だからさ。死にたくないなら生きてなよ」
「そうやっていつも俺に責任を押し付けて、なんなんだ一体、俺に何を期待してるんだよ! 出来なかったら追い詰めて、出来たら
小学校ではサッカー、中学校では生徒会、そして今回は突然反国家勢力に巻き込まれ、得体の知れない力を渡され、またこうして責められる。
責任逃れをしたい無責任な大人に育てられ、当然の様に責任逃れをする子どもが周りに溢れ返り、それが常識になって空気を作っては周りを感染させていく。
そうして正常な人間を担いで叩いて蹴り落とし、最後は皆で期待に押し潰された人を見捨てる。そんな横暴が許されるのは、考え方もこの国も昔から変われなかったからだ。
「なら変わりなよ、出来ないから投げ出すなんて贅沢な。機会さえ与えられなかったシンの目の前でそんなこと言ってみなよ、今度こそ本当に収拾つかなくなるよ」
頭の中に巡っていた吐き出したかった言葉に答える様に、ローザは臙脂色を後ろにひとつで纏め、両耳を塞ぐ。
次の瞬間に鳴り響いたけたたましい警報音の中で、「Gloryの反応多数、戦闘員は直ちにスクランブル発進せよ」と言うアナウンスが建物中に飛び、部屋の外を何人かが駆け抜けていく足音が響く。
「ローザ、5人負傷者が出たから搬送するよ。BMの攻撃が通らないGloryでもう5機破壊された。私のも合わせてって、シンの言ってたクソ野郎だー!」
忙しない様子の少女が医務室に顔を出したかと思うと初対面の俺を指差して暴言を吐き、また部屋の外に駆け出していく。
それと入れ替わりで負傷した5人が部屋に運ばれて来て、ローザは白衣に袖を通して垂れた臙脂色の触角を耳に掛ける。
ピピピピッ、と言う音と同時に入った通信が「負傷者多数、医務室の状況はどうですか?」と尋ね、それに対してダリアは「医務室じゃ入らないから大講堂に運んで」と返す。
「了解しました、医療班の配備お願いします」
「あいはい、お手柔らかにね。そこの君ベッド空けて、邪魔だから」
負傷者の治療をしながら俺を一瞬指差しながら突き刺さった鉄片を引き抜いて急速リペアを打ち、その代償による痛みを抑える為に睡眠状態にさせる。
今度戦場に出たら次に自分がああなる番だと想像するだけで、横腹がそわそわして背筋が凍り付く。
さっさとここを出て家に帰ろうと医務室を出て出口を探していると、屈強な肉体の男が前から歩いて来て、すれ違いざまに「逃げるのか」と言われる。
「別に逃げる訳じゃない、最初から関係無い事なんだから」
「結局責任逃れをしたいのか、所詮その程度だな」
聞こえかけていた言葉を手で遮って、すり抜けた言葉から逃げる様に足が強く地面を蹴り出す。
一際大きな扉を開けようと速度を落とすと、右手の扉の向こうから泣き声が聞こえる。
その声で途端に足が動かなくなり、両足からパキパキッと言う音が聞こえそうな程、足下が凍り付いた様に冷たくなる。
「こんな残酷な事は無いよ、君を守ってあげられるのは他に居る」
氷を砕いて足を踏み出して建物から出て、瓦礫だらけの街を駆ける。銃の乾いた音が響く中をひたすら駆け、周りの空気を切り裂く流れ弾に怯えながら心の中で必死に謝って、瓦礫に埋もれた男性の夢を取り出す。
だが出てきた武器はエキウムの時と違い、戦いには向かない万年筆だった。
「夢だから当たり外れがあるのは分かってたじゃないか……何も出来ないのは変わらない、期待なんてさせたあいつらの所為じゃないか」
「コンビネーションC、フルファイア!」
突然ローザの声が響いたと思うと戦闘用ドローンが隊列を組んで斉射し、背後に迫っていたGloryを怯ませる。
「逃げなきゃ……」
「逃げるなぁぁ! それで何か対抗手段を見付けろ、聖冬さんが間抜けな産物を生み出すか」
「そんなこと言われたって、出来ないものは出来ない! この夢は……出来るかもしれない」
万年筆を虚空で動かして剣を描いてみるとそれが実物となって手に取れて、思い描いた通りの性能を持つ。
背後のGloryを一刀両断し、切っ先に展開した魔法陣からは弾丸が発射されて空を飛ぶGloryを落とす。
「騒がしいやつ、とっとと空飛んで! 個体反応数5つ……」
「全格闘機に告ぐ、交戦を控えてノートの補佐に徹しろ。援護に自信の無いやつは下がれ」
ローザの報告に間髪入れずシンが指示を出して場を整え、慣れない力に巻き込まれる格闘機への懸念が消える。
何度も虚空に魔法陣を描いてはそこに向かって跳躍し、全空間を利用した立体的な機動で追尾して来るGloryの攻撃をやり過ごす。
シンの指示と同時に表示されたマップのポイント地点に向かい、万年筆で障害物や魔法陣を描きながらGloryを妨害しては跳躍を繰り返す。
そうしている内に目的地である朽ち果てたビルの目前に迫り、出されない指示に戸惑いながらも瓦礫の中をすれすれで潜り抜ける。
最後の瓦礫を避けて思い切り前方に跳躍すると、ビルの足下で爆弾が起爆して、Gloryを押し潰してビルが崩落する。
「それじゃあぬるい、上から全力の一撃を叩き込めノート!」
「ッッ……ァァァアアア!」
「く、らえー!」
描いた巨大な魔法陣から46センチ砲を積んだ戦艦が姿を現し、落下しながら一斉に砲撃を始め、大きなクレーターを作った後に地面に突き刺さる。
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