カプリスの巣③

ゆらゆらと不快な振動が連続する中で目が覚めると、鈴鹿が気の付いた私を一瞥してまた前を見ながら歩き続ける。

頬にはすすが付いて黒くなっていて、それを取ろうと腕を動かしてみるが、いつになっても自分の手が視界に入らない。

微妙に涙を浮かべた鈴鹿が少しだけ空を仰ぐと、涙は見えなくなっていた。


「もう歩けるから下ろして」


「出来ない、お前の体は暫く動かないからな。あれはそう言う代物ってのは分かってるだろ、それもお前が1番」


「望んで出来上がったものじゃないな、副産物にしてはタチの悪い兵器ではないか。他人の願いを取り出し、武器とする畜生のなり損ない。願いが無くなれば命を使ってでも武器とする、燃え尽きるまで走り続けるネズミ花火」


「思考が回ってないだろ、話し方が歪だぞ。お前にしてはかっこ悪い」


しゃがんで左手を前に突き出した鈴鹿が2発発泡し、騒ぎの原因である武装集団の1人を撃ち抜き、また私を持ち上げて倒れた青年に歩く。

トリガーを的確に破壊していた為足から出血した青年から反撃は受けないが、その隣に倒れていた人を見ると、生かした青年の脳幹を削る。


虫の息で地面に転がるクズ野郎は私たちを認めると手を伸ばして生を望むが、地面にぶちまけた赤はもう助からない程に広がっている。

少し離れたところには活発な少女がへたり込んでいて、傍らにはもう1人が息絶えていた。


「おいクズ野郎、お前は助からないから放っておく。そこの馬鹿、いつまでもへたり込んでないでこっちに来い。それともこのクズ野郎と一緒に殺してやろうか?」


「なんで……あんたたちは何してたのよ! なんでそんなに元気そうにしてるの、私たちは街の人を守りながら……」


「そんなのはてめぇらの勝手だろ、好意で守ってたってのは立派だと思うぜ。けどよ、それで死人が出て文句を言うってのは、お門違いにも程があるだろ。死ぬのも殺すのも怖いなら銃なんて持つな、遊び半分で覚悟も無しに人を守るとかほざいてんじゃねぇよ。背負うのは勝手だ、押し潰されるのも勝手だ。けど誰の所為か最後に決めるのは世の中だろ」


「な、なによ。そんなの言ったって……」


「チッ、文句があるなら付いてこい。右腕が使えない、右から来るやつは任せた。血眼で探せよ、邪魔だと判断したら後ろから撃つ」


「……てよ……いっそここで殺してよ!」


その言葉の終わる瞬間に響いた発泡音が足下のクズ野郎の苦しみを消し、自分が撃たれたと勘違いした少女はうずくまって震えている。


「付いてこい、それとシェルターに隠れてるクレアのとこのガキも拾ってかねーと。時間が無い、弾も少ないから早く来い。捕まった女は慰みものにされて売られるだけだ、それが嫌なら歯食いしばってとっとと歩け。避けたって事は、死にたくないって事だろ」


「……う、ん」


やっと大人しくなった少女は立ち上がり、鈴鹿の背中に隠れながら周囲の警戒を始め、震える手で銃を握る姿は恐怖と言うより、見えない希望を何とか探そうと震えながら雪道を進む旅人の様だ。


「手を繋いでても良いよ、足下さえ見えない程不安なら、私でも良いなら微かな光になれると思うからさ」


「……私の名前はニコラ、手握るから」


「うん、良いよ。ニコラちゃんって言うんだ、やっぱり」


「どうかしたの?」


「なんでもないわ、小さな手だなって思って」


「なっ、これからだし乳でか。成長期があるから、あんたよりは大きくなってやるんだから」


握られた手に感覚が無い事を改めて認識して、認識と言う表現すら定かではない自分の目線に、シェルターから顔を出す男の子が目に入る。

男の子はこちらに気付いて駆け寄って来ると、鈴鹿の足に抱き着く。


私をお米様抱っこに抱え直して少年を抱き上げ、扉が歪んだ教会に帰ってくる。

中は静けさに包まれてはいるが、教会で面倒を見てもらっている子どもたちが次々にいろんな所から顔を出して周りに群がる。


「クレアがどこかに連れてかれちゃった。お願い鈴鹿さん、助けて」


「あぁ、シンから全部聞いた。お前たちはクレアが帰って来るまでこの教会を守れ、聖冬を頼んだからな。行くぞニコラ、どうせ場所は知れてる。この多国籍街を疎んでいるやつらは極右の反民主勢力と一部のやつらくらいだろ。これで懲りたろ、大人しくしとけよ聖冬」


「動けないから、どうしようもないでしょ。ニコラに傷を付けたら駄目だからね、世界最強なら簡単でしょ?」


「Yes My fair lady」


鈴鹿は使えなくなった右腕をぷらぷらと揺らしながら、左手で持ったガバメントを軽く振って余裕を表す。

不思議に光った教会の扉の向こうに消えた鈴鹿を見送った後、光の差し込む天井を見てから眠る。

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