カプリスの巣①

「おかえりなさい鈴鹿さん、忙しいのに時々顔を出してもらって感謝してます。皆鈴鹿さんが来るって聞いて、昨日から大騒ぎでしたから」


「そんなにか、私は何もしてないのに。本当に感謝してるよシスター」


「もぅ、私の事はクレアと呼んで下さいって何度も言ってるじゃないですか。鈴鹿さんに助けられてから、この名前が1番の宝物なんですから」


「大袈裟だな、まぁクレアが生きてくれるって言った時は嬉しかったよ。私もまだまだ世の中捨てたもんじゃないって、その証明がクレアな……」


「シスタークレア! 今日も美しい、僕の自警団に加わる気にはなってくれたかい?」


突然横槍を入れて来た青年は軽武装をしていて、言った通り現代日本では無意味な自警団をしているのだろう。自警団のどこに魅力を感じて死に向かって身を投じるのかは理解出来ないが、軽い気持ちで自警団を名乗られるのも不快極まりない。


大した戦闘能力を持ち合わせていないだろうクレアを誘うのは、恐らくこいつの女好きな性格からだろう。或いは広告塔とし大義名分を得る為なのか、どちらにしろこいつはロクでなしのクズだろう。


「私は自警団に入るつもりは無いです、鈴鹿さんがくれた私の居場所をずっと守っていくつもりです」


「いいやクレア、自警団に入ったと聞いたらより安全になる筈さ。何せ僕がリーダーなんだから!」


「そうだよクレア、私たちと一緒にやろうよ自警団」


「そうよ、クレアはまだ分かってないだけ。ハヤトは凄いんだから」


バッと両手を大きく広げたクズ(仮定)の態度は謎の過信に満ち溢れていて、見ていても清々しいのが痛い程伝わってくる。

それに加えて両脇でぎゃーぎゃー騒ぎ立てるのは気弱そうな細身の少女と、活発そうで運動によって引き締まった体をしたアシンメトリーな2人の取り巻きだった。


「僕は英雄になるべくして生まれてきたんだ、凄いじゃ済まないくらいになるんだ。この教会の安全も確実になるんだよ?」


「いえ、鈴鹿さんが居るので結構です。これ以上の安全は無いですし、そもそも自警団にに恨みを持つ人が現れれば、危険だけが増す一方です」


「そんな事は無いよ、僕は皆が平和で争いの無い……」


「ねぇクズ、それは貴方のエゴ。初対面の私がとやかく言うつもりは無かったけど、自分のエゴを押し付けるクズに、何かを救えるなんて思わない事ね」


見ているだけで吐き気が止まらなくなる状況に耐え兼ねて、口から溢れ出た言葉は何か他の苛立ちをぶつける様にも聞こえた。


「ちょっと何よあんた、誰か知らないけど何も出来ない雑魚が口を挟まないでくれる?」


活きの良い方の少女が前に詰め寄って来て、胸倉を掴みながら私を見上げてクズの擁護をする。


「おい、聖冬に手上げてんじゃねぇぞ。次気安く触れてみろ、その腕ごと飛ばすぞ」


異様で重い空気を纏った鈴鹿がその手を離させ、活きのいい少女はガチガチと歯を鳴らしながら無抵抗で後ろに尻もちをつく。


「申し訳ないのですが自警団には入れません、鈴鹿さんに御迷惑をお掛けする訳にはいきませんので」


ただ1人変わらずに平然とした態度を保ち続けているクレアは、依然丁寧な対応で頭を下げ、おぞましい気を纏っていた鈴鹿は座り込んでいる少女に手を差し出して立ち上がらせていた。

一瞬ハラハラする瞬間が訪れたが、子どもの戯れだと判断したのか、そう怒っている様子も無い。


活きのいい少女も力の差察しているのか、差し出された手を大人しく取って立ち上がり、未だにガタガタ震えているクズに泣き付いている。


「スラムの南で暴れてる奴が居るぞ、手が空いてる奴は来てくれ! クレアは1人も外に出ない様に子どもを見てろ、鈴鹿さんは来てくれたら嬉しい」


「行くぞ二人とも、僕達がやらないで誰がやるんだ!」


「あっ、待てクズ野郎! 付いて来い聖冬、クレアは戸締りして皆を守ってろ、こっちに近付いて来たら避難させるから準備頼んだ」


走り出した鈴鹿に遅れずに隣を走り、瓦礫の山を飛び越えて前を走るクズ御一行を追い越して南に向かう。

近付きつつある喧騒を見渡そうと手前の路地に入ると、鈴鹿に頭を押さえられ、無理矢理屈ませられる。

その刹那に頭上を走った弾丸が壁を壊し、後方に飛び退いて壁に身を隠した私たちの足を止める。


「久し振りだなぁ、また会えるなんて生きてりゃ良い事もあるもんだ」


路地から距離を取って廃車の後ろに隠れると、暗闇から姿を現した気味の悪い男が、火傷でただれた顔を手で押さえながら車の陰に居る鈴鹿を見る。


「こいつは長生きするもんじゃないな、最悪の相手だよ正直。国際指名手配犯、闇焰やみほむら


「覚えてくれるなんて光栄だなぁ。至高の殺し屋、世界最強の殺し屋である星の魔女シュテルンサバトは全殺し屋の憧れだよ。僕は君に敗北してから死に物狂いで生き延びたよ、君みたいに楽しめる相手が居るなんて。まさか日本の一部がこんなに無法地帯だなんて、助かるよねぇ」


「チッ、教会に戻れ聖冬。こいつはたまたま運が良くて勝てたけどよ、こうも平地じゃ勝てる気がしねぇ」


「分かった、気を付けて。でも教会には戻らない、暴動でも何でも止めてくるから。一緒の戦場に居させて」


車の陰から出ようと顔を少しだけ出して様子を見ようとしたが、弾丸が車を削り飛ばして出る事すら許してくれない。

腰から素早く抜かれた時代遅れなコルトSAAが私たちを睨み続けており、簡単には獲物を逃がしてはくれない。


「早撃ちをさせたら光よりも速い、闇の中が光ったら既に撃ち抜かれている。あいつは夜目が効く、真っ暗闇から5人を1秒も掛けずに殺した事から、闇焰なんて名が付いた」


「確かに凄い腕の持ち主だけど、ウチの鈴鹿に比べたら怖くないわ」


「おいおい、そりゃ皮肉か虐めって言うんだぜ!」


反対側から銃だけを覗かせて発砲したのと同時に飛び出し、腰からCOLT CUSTOM COMPETITIONを引き抜き、2発だけ撃って瓦礫の山を駆け上がる。

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