The RoseQuartz⑤

この2週間殆ど不眠の頭に響き渡る警告音が酷く吐き気を催させ、けたたましく鳴る時計を雑に掴んで壁に投げ付ける。

ばらばらになって黙り込んだ時計の残骸を見て、また時計を買いに出掛けなければならないと言う手間を増やした2秒前の自分に憤りを覚え、何もかもが嫌になって布団を頭まで被る。


着信が鳴り続けるスマホの画面を覗き込むと、件名に見慣れた名前が画面いっぱいに並んでいた。

既に止まっているスマホのアラームが鳴っていた事を知らせる表示を消し、ロックを解除してメッセージアプリを開く。


トーク履歴欄の1番上の数字は3件を表示して、その内の2件が不在着信になっている。

諦めの良い連絡先を選択して電話を掛けると、2回のコールが鳴った後に通話が繋がる。


「早く来いよ、遅刻は毎日だが寝坊は関心しないなぁ聖冬。相変わらず研究の毎日か?」


「おはよ心桜しおん、やっぱり映画辞めてウチに……」


「駄目だ、陽の光を浴びないと健康に悪い。それは生物学者さんが1番分かってるだろ」


「日光は敵だし、アルビノ舐めないでほしいわ。皮膚癌で病院行くとまたかって顔されるから嫌なの」


真夏日の煌々と輝く太陽が照り付ける窓の外はどこまでも青空が広がっていて、記録的な猛暑日となっている。

カーテンを閉め切って布団の中に潜り込む際に、部屋の隅で蹲る少年が一瞬視界に入る。


既に見慣れた居候だが、休日の惰眠を謳歌する私に関わることも無く、暗くて部屋を空ける事が多い所為で、じめじめしていて居心地が良いのだろう。

布団から上半身を出して寝転がる方向を変え、カメラを内側に反転させて部屋の隅を入れて自撮りをするが、勿論その画面に少年の姿は無い。


「ねぇ、思いっきり笑ってみてよ」


それを聞いた少年はハッとした顔をして怯えた目で私を見て、震える手を抑えようとして余計にガタガタと肩を震わせる。

もう少しストレスを与えて観察を続けながらメモをしていると、突然頭を誰かに軽く叩かれる。


「また変な所見て、見えなくて良いものをわざわざ見ようとするな。あとカーテンを閉め切るな、集中し過ぎて私が来た事にも気付かないのは何度目だ?」


「1度に言う小言が多い、私に何を期待してるの。それに見えているならそれは私のモノ、どう研究しようが他人に迷惑掛けなかったら良いでしょ」


「全く、鈴鹿もよくお前に付き合ってくれるな。昨日大学で会ったけど、お前の家事を殆どやってるらしいな。迷惑掛けてないなんてよく言えたな、可哀想に」


「心桜と同じ性格だから文句言いながらやってくれるの、私は鈴鹿も好きだけど1番は心桜だよ」


「はいはい」と軽く流した心桜は持っていた紙袋を机に置き、床に散乱した研究資料を部屋の隅に積み上げ、引けなかった椅子の周りを片付けて空いたスペースに椅子を置いて腰掛ける。

気怠い体を引き摺って無理矢理ベッドから下りて、紙袋の中からファイリングされた資料を引っ張り出し、そのひとつひとつの要点のみに目を通す。


「ねぇ、この世界って退屈だと思わない?」


「さぁな、お前が居れば何とも。家族は5年前の事故で死んだし、一緒に助かった弟は祖父母に引き取られたし。今は1人だから何も背負うものがないからな」


「そう言うのを退屈だって言うんでしょ、見えないものばかり。報道は人を叩くものばかり、誰か他人が死んで意味も無く悲しむ人、人、人。国民性は既に失われて、社会は閉じ篭った心をただ憂うだけ。何処も彼処も平和ボケ、ロクなテクノロジーも無い。だから私は世界を変える研究を志した、でもそれも大きなバッシングを受けてる。人権侵害、プライバシー侵害、夢絵空事、中二病」


「なぁ、もう良いだろ聖冬。私たちが叫んでも誰も耳を傾けない、なら何をしたって……」


「言葉は要らない、この世界に見せつけて残すの。私たちの傷痕を、深く深く揺らすの。届かないなら叫んでいないのと同じ、罪人となろうともキツい一撃を叩き込むの」


「……分かったよ。私は何をすれば良い、白の君」


もう1人の同居人である猫のチェリーを抱いた心桜に、シリンダーの中に入った試験品を見せると、チェリーがどこかに飛び出して行く。


「それがか……もう1つのスティグマなんだな。今度はどいつにやるんだ、また死ぬかも知れないんだろ」


「でもこれが成功すれば世界の総人口は最低でも半分、もしくはそれ以下に抑えることが出来る。次はこの空を操るストレーガを作るだけ」


「お前の願いがそうなら私はやる、だけどよ、お前はそうして自分がいる作り上げた世界を愛し続ける事が出来るか? 神みたいに作って飽きて捨てるなら、私は賛同出来ない」


「当然出来る、空と大地があればこの世界は愛するに値するでしょ。それに心に桜が咲いていれば、私はいつだって桜を見上げるために顔を上げられる」


「……それじゃあもう行くからな、風邪とか引くなよ。体調を崩すなんて論外だからな、あと何かあったら呼べよ。すぐに飛んで来てやる、すぐにだ」


「うん、それじゃあ行ってらっしゃい」


シリンダーをポケットに落として出掛けていった心桜を見送り終え、次のステージを確認しながら部屋に戻ると、視界の隅で少年が不気味に笑っていた。

急いで反転してドアを開けて外に飛び出すと、血溜まりの真ん中で心桜がうつ伏せで倒れていた。


奥には全身黒づくめの後ろ姿が走り去っていき、呼び出していた鈴鹿が丁度到着した。


「心桜! しっかりして、目を閉じないで私を見続けて。ゆっくり呼吸して、鈴鹿は早く救急車を!」


「もう呼んだ! あぁっクッソ、何だよあの野郎。顔も見れてねーしナンバーも見えなくしてやがる」


「聖冬……何とかシリンダーは、守った……狙われてた、みたいだ。やっぱりすげぇな、お前の研究は……この世界を救ってくれる、退屈な日々とは……これでおさらばか。寂しいな、お前と居られないのは」


自分の叫び声が勝手に出ているのに反して、頭の中はしっかりと冷静さを保っていて、凍り付く様に意識が固まる。

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