第41話 尊い誇り
龍の巣へ降り立つイブロとチハルを乗せた紅目。彼らが降り立つ姿を見てとったソルと緑目が傍へやって来る。
チハルの手を引き、イブロは紅目から降りると二匹の飛竜へ目を向ける。
彼らは先ほどから身じろきせず待機しているが、イブロには彼らが何をしたいのか理解できた。
それは、未だ空で決死の戦いをしているグウェインの元へ行きたいということだ。
「破壊の星」を支えたグウェインの高度はどんどん落ちてきている。このまま落ちれば、隣の山の中腹から頂きにかけて衝突するだろう。
速度はどうか? 信じられないことにグウェインはあの島のような「破壊の星」をずるずると押されながらも支えることができている。このまま最後まで耐えきることができれば、彼の目的は達成できるほどに。
「紅目、緑目、行っていい。お前さんたちの好きにするといい」
否とは言わせないぜ。グウェイン。イブロは心の中でそう独白すると、紅目の脚をポンと叩いた。
二匹はイブロへ首を向けると大きく一度だけ鳴き、空へと飛び立っていく。
「どこへ行くの? 紅目と緑目は?」
「グウェインの元さ。主人が危機だ」
「でも、危ないよ。あの子たちが行っても……」
「そうだな、チハル。でも、理屈じゃないんだ」
変わらない。うん。そうだ。変わらない。あの二匹がグウェインの元に行ったことで邪魔になることはあるだろが、「破壊の星」を支えることになんら貢献しないだろう。
しかし、あの二匹はここでグウェインの元へ馳せ参じねば一生後悔する。
一方、グウェインは全身を焼かれながらも、龍としての誇りだけで耐えていた。
そこへ、紅目と緑目が飛翔してくる。二匹の飛竜はグウェインから一定の距離を取り、全力で咆哮をあげる。
『全く余計なことを……』
グウェインはそう呟きつつも、表情が和らぐ。
二匹の飛竜は咆哮をあげ続け、主の周囲をグルグルと回る。まるでグウェインを応援しているかのように。
『お主らに見られているからには、下手なことはできんのお。なんせ儂はお主らの主人だからの。主人らしいところを見せねばな』
グウェインも叫ぶ。その咆哮はこれまでグウェインがあげた中でも最大のものだ。
――グウウォォォォ!
叫ぶ。
グウェインは叫ぶ。咆哮する。
刃物を通さぬ青い鱗は焼けただれ、剥がれ落ちている。鱗が焼けると次は肉が焼け、グウェインに激痛を与えるのだった。
しかし、そのようなことで我が誇りは揺るがぬ。
グウェインは持てる以上の力を振り絞り、大きく息を吸い込んだ。
チリチリと口元に青白い炎が渦巻き、ブレスとなる。
ここでブレスを吐くと自分の顔まで焼けただれるだろう。しかし、グウェインに迷いはない。
一切の逡巡を挟まず、グウェインはブレスを吐き出した。
ブレスが直撃した「破壊の星」はほんの僅かだけ落下の勢いをそがれる。それは僅かだったが、グウェインの顔はただでは済まなかった。
しかし、グウェインの顔は満足気だ。
何故なら、この一瞬を稼げたことで、地へ足を着くことができたのだから。
やり遂げた。グウェインは灼熱の「破壊の星」を支えながら地まで到達したのだった。
長い時間空中にあったことで「破壊の星」の熱も木を燃やすほどではない。落下速度もグウェインによって十分に減速させられ、木々をなぎ倒すことはできても山を崩すには至らない。
「破壊の星」はグウェインごと破壊的な音を立てて地へ沈んでいく。
『紅目、緑目。また後でな。先に我が住処へ行っているがいい』
グウェインは最後にそう叫ぶと体が地面に完全に飲み込まれてしまったのだった。
◆◆◆
「グウェイン……」
山に落ちた「破壊の星」を眺め、イブロは敬礼する。彼は敬礼のやり方を習ったわけではないので、王国の騎士がやっているのを見た記憶を手繰り寄せ真似したに過ぎない。
およそ自分に似つかわしい仕草ではないことなぞイブロには分かっているが、それでもグウェインには敬礼を持って応じたかったのだ。
「イブロ、グウェインは?」
「分からない。だが、あいつは龍だ。きっとここに戻って来るさ」
「うん。そうだね、イブロ!」
チハルはにへえと笑みを浮かべ、ペタンとその場で腰を落としてしまう。
「大丈夫か? チハル」
イブロはその場でしゃがみ、チハルの肩に手を当てる。
「うん、ほっとしちゃって」
「そうか……終わったんだな」
「うん! 星は世界を破壊できず、ワタシは役目を終えたんだ」
「おう」
「イブロはこれからどうするの? わたし、行きたいところがあるんだ」
「そうか、なら俺もそこへ行く」
イブロは気恥ずかしくなって顔を横に向ける。その時、イブロの目にキラリと光る何かが飛び込んでくる。
「チハル!」
思わずチハルの名を叫び、彼女へ覆いかぶさるイブロ。
次の瞬間、彼の左肩に激痛が走る。
「ぐ、ぐう……」
顔だけ左肩に向けると、槍の穂先が肩に突き刺さっているのが見える。
だ、誰だ……。しかしこの槍……どこかで見たぞ。
「イブロ、鷹頭さんが動いてる」
チハルの声。イブロは痛む肩に構わず後ろへ振り向くと彼女の言う通り、投擲した後の姿勢を取っている鳥頭の姿が確認できた。
噴水にあるただの彫像だと思っていた鳥頭が槍をこちらへ投げたのだ。
「ソル! 頼む!」
イブロの声がはやいかソルの動き出すのが早いかといったタイミングで、ソルは鳥頭を前脚の爪で引き裂こうと襲い掛かる。
昔のイブロならば、この場面でソルへ頼むことなどなかっただろう。意地でも自分が前に出てチハルを護ろうとしたはずだ。
しかし、彼はソルに頼った。時間を稼がせるためだけに……。
「チハル、俺の傷口を縛ってくれ」
「でも、イブロ、怪我が」
「急がないと、ソルがまずい。早く!」
「う、うん」
チハルは急ぎイブロの腰のポーチへ手をやり包帯を取り出した。
その間に彼は皮鎧の留め金を外し、槍を引っこ抜く。槍が刺さった時以上の痛みが彼を襲うが、イブロの表情に動きはない。
吹き出す鮮血を抑え込むようにチハルがイブロへ包帯を巻いていき、きつく縛る。
「こ、これは、これも記録なのか?」
「うん。一時的にだけど血はとまるはずだよ。でも、動いたらすぐにまた吹き出すよ?」
「問題ない。思った以上だ。続けてくれ」
「うん」
チハルは先ほど巻いた包帯を外し、再び巻き始める。先ほどの包帯は一時止血のため、今度は固定のためなのだろう。
はやく、はやくしてくれとイブロは気だけが焦り、ソルをずっと見つめ続ける。
イブロの思いを知ってか知らないか分からないが、ソルは鳥頭をけん制しつつ消して鳥頭に寄らぬよう戦っていた。
鳥頭は筋骨隆々の男の身体に鷲の頭をつけた異形で、身に着けているのは腰布と皮のブーツだけである。体格も人の域を超えておらず身長はおよそ二メートルといったところか。
投擲し槍を失った鳥頭は腰の剣を抜かずソルを観察している様子だった。
彼は両手を広げ、ソルへここだと言わんばかりに首を傾ける。そして、ゆっくりと一歩、また一歩ソルへとにじり寄る鳥頭は完全に無防備だ。
ここを見逃すソルではない。彼は後ろ脚をググッと折り曲げ力をためると一息に鳥頭の首元へ前脚のかぎ爪を振るう。
高い音が鳴り響き、ソルは地に降り立つ。
しかし、ソルのかぎ爪が折れ脚先から血が滲んでいるではないか。一方の斬られた鳥頭は無傷。
やはり、ダメか。イブロはギリリと歯を食いしばり鳥頭を睨みつける。
「終わったよ、イブロ」
「よし! ありがとう、チハル」
イブロはスクッと立ち上がると、腰のカルディアンを抜き放つ。
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