第42話 調停者

「ソル!」


 イブロはソルの名を呼ぶ。自分の準備は整った後は任せろと。

 しかし、ソルは引かない。右前脚のかぎ爪が根元から折れようと、低い唸り声をあげてイブロと鳥頭の間に立ちふさがったのだ。

 

「人間であってもワタシは障害と判定されれば攻撃するようプログラムされていマス」


 鳥頭は立ちふさがるソルへ一切の意識を向けずイブロへ忠告とも取れる発言をする。

 

「お前さん、何者だ……」


 会話が成立するのか? イブロは顔をしかめながらも問いかける。もし、こいつと問答を交わすことで戦闘が避けることができるのならという思いを込めて。

 

「ワタシは調停者ヨシ・タツ=八六。星の無力化を確認後、自律型防衛兵器の存在を確認したため起動いたしまシタ。世界の脅威を除くため自律型防衛兵器を排除する役目を持っていマス」


 こいつ……チハルと同じような存在なのか……。

 

「チハルは脅威にはならない。安心して眠りにつけ。ヨシ・タツ」

「無用です。ワタシに与えらた任務は自律型防衛兵器の破壊。障害となるのなら人間であっても排除できるようプログラムされていマス」


 鳥頭は交渉の余地はないとでも言うように、腰の剣を抜き放ちイブロへ向ける。

 こいつはチハルとは違う。人の感情が入り込む余地が無い……イブロは悟った。やるしかねえ。腰を落としカルディアンを上段に構える。

 

 そこへ、ソルが脇腹を抉るようにヨシ・タツへ向けて飛び掛かる。完全に不意を突かれる形になったヨシ・タツであったが、顔を前に向けたまま剣の柄でソルを弾き飛ばしたのだった。

 打たれたソルは五メートルほど宙を駆け、乾いた音を立て地面を数度転がってしまう。


「ソル!」


 イブロは叫ぶ。あれではアバラが折れているかもしれない。しかし、彼に構っている余裕が今のイブロには無かった。

 ソルの爪がヨシ・タツに通らなかったことから、奴の体は硬質な何かでできているとイブロは思う。そのような予感はしていた。だから、イブロはソルでは敵わないと考えていたのだ。

 おそらくあいつの身体はミスリル鋼でできているとイブロは予想している。チハルと出会った直後、急に動き出したガーゴイルがそうであったように。

 加えてこいつは……モンスターにはない知性を持っている。これが最も厄介だ……。ソルを挑発した戦い方、人間の言葉を使いこなしたこと。これらのことから奴の知性は人間並みと思っていいだろう。

 

 イブロは気合の籠った雄たけびをあげると共に駆ける。

 そのまま勢いを殺さずカルディアンをヨシ・タツへ向けて振り下ろした。一方のヨシ・タツは片腕で掴んだ剣をもってイブロのカルディアンを受け止める。

――ギイイイイと金属同士がこすれ合う濁った音がし、火花が飛び散った。力は互角、お互いに一歩も引かず剣とカルディアンは動きを止める。

 イブロの肩に激痛が走る。痛みはいい、しかし力が入らないことが問題だ。たまらず体を引きカルディアンを傾けヨシ・タツの剣をそらすイブロ。

 ただの一撃……しか肩が持たなかった。これでは全力で切り結ぶことは不可能か……。しかし、イブロの顔に絶望の色はない。

 右腕は動く。肩がやられていようとも使いようはある。

 

 イブロが逡巡している間にもヨシ・タツは剣を振りぬき泳いだ体を立て直し、下段からすくい上げるように剣を振るう。これに対しイブロは左腕一本でカルディアンを振るうと右手を添え支えとして剣を凌ぐ。

 二度、三度……そして四度、イブロはヨシ・タツの剣を体を振り、頭を下げ、カルディアンで軌道を逸らしてかわす。全てが紙一重。一瞬でも気を抜けばやられる。そう思わせる攻撃だった。

 こいつ……膂力は魔晶石を飲んだディディエ並みだ。それに加え、ソルに迫るスピード。ついでにミスリル鋼で体ができていやがる……。

 もし負傷していなくとも、こいつを打ち破るには全身全霊をもってしても叶うかどうか怪しい。

 

「うおおおお」


 それでも、イブロは雄たけびをあげヨシ・タツの腕へカルディアンを直撃させてみせた。しかし、左腕だけの一撃ではヨシ・タツの腕をへこませることさえできずにいる。


「イブロ!」


 悲壮感漂うチハルの声。彼女の目にもイブロが劣勢なことが見て取れるのだろう。


「大丈夫だ! チハル」

「イブロ、ダメだよ。イブロが壊れたらダメえええ!」


 初めて聞くチハルの絶叫にイブロはニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 チハルはもう完全に人間だ。迷いはない。彼女はワタシの運命から逃れたのだ。

 

「大丈夫だって言ってるだろう。チハル。そこで待っていろ」

「ダメなの、イブロ。わたしじゃあ何もできないの。ピースメイキングもそれには……」


 そんなことを心配していたのか。イブロはチハルの力に頼るつもりなど最初から持ち合わせていない。

 ヨシ・タツはチハルやガーゴイルと同じなのだろう。ならば、ピースメイキングがきかないことなど想定内だ。

 しかし、口ではチハルに強気に言ったもののイブロはヨシ・タツの攻勢に舌を巻いていた。先ほど偶然にも奴の体に当てることができたが、それさえも次に実行できるか怪しい……。

 ならば、使う。

――カルディアン、俺に力を貸してくれ!

 「応」という声が聞こえた気がした。イブロの体を強烈な疲労感が襲い、彼はガクリと膝をつきそうになるがグッと堪える。


「守護者の槌デスカ」


 ヨシ・タツは無機質な声をあげ、構わず一歩踏み込むとイブロへ向け剣を振り下ろした。これに対し、イブロは左手一本で掴んだカルディアンで受け止める。

 再びギイイイイと鈍い金属同士が擦りあった音が響き、二人の動きが止まった。

 

「行くぞ、カルディアン!」


 イブロは一瞬だけ膝を落とし、右手をカルディアンに添え踏み込む。一方のヨシ・タツはイブロの力を抑えきれず剣を離してしまう。

 カランと乾いた音を立て地に転がるヨシ・タツの剣。

 

「ヨシ・タツ。もうやめろ」


 諭すようにイブロはヨシ・タツへ声をかけ、カルディアンを振り上げ停止する。これを振り下ろせばヨシ・タツであろうともただでは済まないだろう。


「ワタシが機能停止しない限り、ワタシの動きが止まることはありまセン」


 ヨシ・タツはブレない。カルディアンを振り下ろすならばそうしてみろと言わんばかり両手を広げ超然とした態度を取る。

 そちらがその態度なら、迷いなくやらせてもらう。イブロは右足を一歩踏み出し――

 その時、彼の背筋がゾクリとする。

 「俺の勘は外れたことがないんだ」イブロは心の中でそう独白し、大きく右へステップを踏む。すると、先ほどまでイブロがいた位置に何かが通り過ぎたのだった。

 

 あれは、槍か。

 そう、先ほどイブロに突き刺さった槍がひとりでにヨシ・タツの手元へ戻ってきたのだ。

 あのままヨシ・タツへカルディアンを振り下ろしていれば、またしてもあの槍に貫かれるところだった……イブロは胸を撫でおろす。

 

「槍が動くとはな。それがお前さんの本物の得物だろう?」

「マイムールは調停者の持つ槍です。消して失うことがない槍なのデス」

「随分とおしゃべりなアーティファクトだな」


 イブロは憎まれ口を叩き、再びカルディアンを振りかぶる。

――初撃はお互いに得物を打ち付けあい離れた。

――二撃。イブロは上半身を右にスウェーし間一髪で槍の突きを躱す。

――三撃。カルディアンが打ち下ろすようにヨシ・タツの膝を打とうとしたが、彼は数メートル跳躍しそれを凌ぐ。


 力も速度も互角……イブロの額に汗がにじむ。

 はやく蹴りをつけねば……長引けば不利なのは自分であることが自明なのだから。


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