第38話 ルラックへ
――ルラック家別邸
イブロとチハルはパメラに会うため、ルラック家別邸へ来ていた。
ここに来る際に飛竜で別邸の上空を飛ぶという派手な動きをしたが、クロエは何事も無かったかのように微笑し二人を迎え入れてくれる。
しかし、イブロは彼のビシッと伸ばした指先が僅かに震えていたことを見逃さなかった。これは……平静を装っているが、飛竜で騒ぎになっていることにお怒りだな……とイブロは思うが、彼もあえて口に出して飛竜のことを言及をせずにいる。
パメラに飛竜は庭で遊ばしていていいと告げられたので、遠慮なく紅目を庭へ移動させるイブロ。チハルはといえば、再開を喜ぶパメラにぎゅーっと抱きしめられていた。
庭から戻ってきたイブロへクロエは眼鏡をクイっと上げて貴族然とした礼を行う。
「イブロさん、チハルさん、改めてまして……ようこそおいでくださいました」
「突然押しかけてすまないな」
「いえ、お嬢様はチハルさんに会いたくてしょうがないご様子だったのです。お礼を申し上げたいのはこちらの方ですよ」
クロエは微笑を浮かべ眉尻が下がる。今度の笑みは心からのものだとイブロにもすぐ見て取れた。怜悧な印象を与える彼から棘が取れているとでも言えばいいのか、柔和な雰囲気を感じたからだ。
「チハル、こっちこっち!」
パメラは終始ご機嫌な様子で、チハルの手を引く。手を引かれたチハルもまんざらではない感じでにへえと笑みを浮かべていた。
「イブロ、チハルを少し借りるわね!」
イブロの了承を聞かず、パメラはチハルの手を引き館の奥へとスキップを踏んでいく。
対するイブロはやれやれと肩を竦め、クロエに目をやった。
「クロエ、頼みたいことがあるんだ」
「飛竜で駆けつけて来たのです。一体どれほどの依頼なのか少し……興奮してきますね」
クロエはイブロへ背を向け、スタスタと前へ進んでいく。ついてこいということなのだろう。イブロは彼の後ろを歩く。
◆◆◆
案内された部屋はクロエの執務室だろうか、少なくとも客室には見えない。品のいいダークブラウンの事務机にローテーブルとカウチが二脚。壁には羊皮紙に描かれた芸術性の高い地図が張られていた。
天井まで届くかというほどの高さのある大きな書棚が二つ置かれ、一見したところ書類の一つも机には見当たらない。この辺り、クロエの几帳面な性格が出ているのだろうとイブロは思う。
「かけてください」
「おう」
優雅な所作で手を掲げたクロエにイブロは頷くと革張りのカウチに腰かける。
「早速だが、依頼というのは『魔晶石』を集めてもらいたい」
「魔晶石? 魔石ではなく……?」
「魔晶石というのは――」
イブロはクロエへ魔晶石について説明を行った。クロエはふむと顎に手をやり目を瞑る。思慮深い彼のことだ。イブロの意図を慮っているのだろう。
イブロは彼へ全て話すべきか、それとも表面上の依頼だけを行うべきか迷っていた。クロエは当然だがルラック家と繋がっており、ルラック家は王国でも有力な貴族である。
つまり、クロエに知られるということは、王国の中枢までチハルの情報が伝わる危険性を秘めているということだ。
突拍子もない「火の海」、そして自律型防衛兵器であるチハル……。王国をあげて魔晶石集めに協力してくれる可能性もあるだろうが、チハルが囚われてしまう危険性の方が遥かに高いだろう。
「ふむ。魔晶石というモノについては理解しました。イブロさんが集めようとするくらいです。何かしら効果的な利用価値があるのでしょう」
「そんなところだ……」
「伝手はございます。いかがいたしましょうか?」
クロエはあえて主語を言わずイブロに問う。
イブロとて彼のその発言だけで、彼が何を言わんといているのか理解はできた。
つまり、資金次第で取れる手段は複数あると言っている。イブロとしては金に糸目をつけず集めたいところだが……。となれば、チハルと出会った古代遺跡に放置してきたミスリルを全て持ってくるとするか。
そうするなら、まず龍の巣へ戻り緑目にも来てもらった方がいいな……。
――とそこへ、ノックさえなく扉がバーンと勢いよく開く。
扉を開けたのはパメラだった。後ろにチハルの姿も見える。
「ちょっとイブロ! 『火の海』ってどういうことなの!?」
「む、チハル!」
全て話してしまったのか? と焦るイブロへチハルはえへへと舌を出し……。
「イブロ、パメラが聞くから言ったの」
どこまで話をしたんだ……イブロは頭を抱えたくなる気持ちをグッと堪えチハルを連れて部屋を出る。
「チハル、何を話したんだ?」
「ええと。『火の海』のことと、星を止めるには魔晶石がいるのってことだよ」
「チハル自身のことについては?」
「まだだよ。『火の海』のことをお話したら、パメラが血相を変えてここに来たの」
「そうか……」
イブロはチハルへ注意をしようとは思わない。彼女は人間の感情を学びこそしたが、人間同士の悪意や機微といったものには無知である。
彼女は誰であっても無条件に信じる。人間としてみれば幼い子供のような純真な少女なのだ。
彼女に人間の危険性について話をすべきかイブロは迷うが、今はその時ではないと彼は思う。
「部屋へ戻ろう。チハル」
「うん」
チハルの手を引き、クロエたちのいる部屋へ戻るイブロ。
「クロエ、パメラ。聞いてくれ」
「どうやら、ただ事ではないようですね」
クロエは目を輝かせメガネをクイっとあげる。
「そうなんだ。これは可能性。古代遺跡の情報なんだが、近く、星が降ってくる。そう、『破滅の星』が」
「先ほど、お嬢様がおっしゃっていたことですね」
「あくまで可能性の問題なのだが捨て置くわけにはいかなくてな。パメラから聞いているだろうが、回避するために『魔晶石』が大量に必要なんだ」
「敏腕探索者のあなたが、何かしらの古文書なりを読んだとかそんなところでしょうか」
「その辺は想像に任せる。金に糸目はつけないつもりだ。手を貸してくれないか」
「うん! 協力する! ね! クロエ!」
クロエの肩を叩き、パメラが出し抜けにそう言った。一方、突然決めてしまわれた形になったクロエは口元へ僅かな笑みを浮かべコクリと頷きを返す。
「お嬢様が喜ばれるのでしたら、協力しましょう。ただし」
「ただし?」
「資金はイブロさんからの提供でお願いします。資金を受け取り次第、動きましょう。具体的な案もこの後まとめます」
「おう、助かる」
こうしてクロエとパメラの協力を取り付けたイブロとチハルは一旦龍の巣へ戻ることにしたのだった。
龍の巣へ戻ったイブロはグウェインからの思わ
ぬ提案へ目を見開く。彼はイブロがミスリル鋼を回収しに行くことを聞くと、噴水に溢れんばかりに溜め込んだ宝石類を自由に使えと申し出たのだ。
グウェインは宝石類を使う事は無いと言う。ならば何故集めていたのかというと、「畏れ」を抱かせるためなのだという。龍の考え方は理解できないイブロだったが、豊富な資金源が手に入ったことは時間が切迫する今回の魔晶石集めに置いてこの上ない助けとなった。
急ぎルラック家別邸までトンボ帰りしたイブロとチハルはクロエへ宝石類を渡すと、彼は驚いた様子もなく「確かに受け取りました」とだけ呟き、イブロへ一枚の書面を差し出す。
そこには、クロエがいかにして魔晶石を集めるのか記されており、イブロはクロエの手腕に改めて感嘆する。
クロエは新たな美術品の制作の素材集めの一環として「魔晶石」を集めたいと名目を作り、貴族と繋がりのある商人へ依頼を投げる計画を練っていた。買い取り価格が高いのか安いのかイブロには分からなかったが、魔石の十倍ほどの値段になっている。
彼がつけた値段であれば、きっと商人たちも「魔晶石」を集めてくれることだろう。彼は更に付記として、商人へ探索者からも集めるように助言を記していた。
なるほど。これであれば、集まる「魔晶石」は全て集まりそうだ。イブロはクロエへ心から感謝を述べたのだった。
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