第18話 事件の経緯

「……伯爵家の事情に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 クロエはそこで一旦言葉を切り、すっかり冷めて湯気がたたなくなっていた紅茶を一口。

 どうやら今回の誘拐騒動は裏で伯爵夫人が糸を引いているとクロエは言う。伯爵夫人は自分の娘ではないパメラが伯爵家の長女であることをうとましく思っている。

 伯爵家には男児はなく、後継ぎは長女であるパメラが第一候補だ。伯爵夫人としては、既に亡くなった前伯爵夫人の娘が伯爵家を継ぐことが面白くない。

 まあそれはそうだろうなとイブロも思う。

 そのため、伯爵夫人は細かい嫌がらせをパメラにしていたという。今回の事件もこれまでと同じでパメラを亡き者にしてやろうという企みではなかった。

 パメラが服屋を訪れることは伯爵夫人も知るところだったので、彼女はパメラに怖い思いをさせてやろうとさらい、郊外へ放り出してやろうと考える。彼女が手の者に調べさせたところ、ちょうどいい具合に誰も訪れることのない廃墟になっている邸宅を発見した。

 そこで、パメラが着替えをしている間に手の者が店員と入れ替わり彼女を拉致して、例の廃墟になっている邸宅に放り出す計画を実行する。

 しかし、この時既に先日調査に向かった手の者のうち一人が洋館に入った際に、シルビアに操られていたのだ。後はイブロの知るところである。

 

「なるほどな。よく昨日の今日でここまで調査できたな」

「お嬢様を危険に晒したのですからね……私とて諜報力が無いわけじゃあないんですよ」


 不適にほほ笑むクロエ。

 

「しかしただの嫌がらせがこんなことになるとはな……」


 イブロは呟く。

 一方のクロエは上品に紅茶の入ったカップを皿に置くと言葉を返す。

 

「イブロさん、お嬢様とチハルさんへやったことは必ず報いを受けさせますのでご安心を」


 クロエは満面の笑みを浮かべ、メガネを中指でクイっと上げた。

 これは触れない方がいい事案だ……。イブロは底知れぬ何かをクロエから感じ冷や汗を流すが、これ以上彼に何も言わないことを決める。


「そ、そうだ。クロエ。この後、チハルとソルを預けてもいいか?」

「ええ、もちろんですよ。お嬢様の別宅ならばソルでも受け入れ可能です。お泊りになられても大丈夫ですよ?」

「あ、いや、そこまでは……」


 さすがにチハルを寝泊まりさせると、彼女の異質性が隠し切れないだろう。

 パメラと接することは彼女にとって非常に良いことだとイブロは認識しているが、泊まらせるのはやり過ぎだ。

 

「そう……泊っていただけなくて、少し残念ですわ。ところで、クロエ、イブロさん、大人のお話はおしまいですの?」


 横でずっと話を聞くだけだったパメラが口を挟む。

 

「おう、街の外に出てソルを呼んでくる」

「了解しました。そうされると思って、街の外へ馬車を準備してます。ソルでも乗せることができますので、それで別邸へ行きましょう」


 クロエの準備は万端なようだ。

 この男、仕事はできるし気遣いもできる……裏表はありそうだが……。

 とはいえ、彼を信頼していないわけではない。彼に任せ、ソルに護衛させればチハルはイブロ一人で守るより安全に過ごすことができるだろうと彼は思っている。

 

「パメラ、あとで聞きたいことがあるの」


 ずっと黙っていたチハルが食事を食べ終わるとぼそっと呟く。

 突然の言葉であったが、パメラは「もちろんですわ」と彼女へ笑顔を向けたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 チハルとソルを見送ったイブロは街の地図屋を訪れていた。地図屋はどの街にもあるわけではなく、ルラックと同じ規模の街であっても地図の専門店が無い事の方が多い。

 ルラックは伯爵家の拠点ということもあり地図屋があるのだ。また、例外的に港街にはどこにでも地図屋がある。

 

 イブロは地図屋に入ると、店の壁に掲げている巨大な地図を眺めチハルから聞いた「左目の位置」がどの辺りに存在するのかを見繕っていた。

 彼女が告げた距離はあくまで直線距離なのだ。間に山や海があった場合、迂回する必要がある。

 

 ええっと、ここが遺跡だよな……イブロは遺跡のある場所を指で押さえそのまま真っ直ぐ北東へ指を進めていく。

 辿り着いた位置は、別の遺跡だった。

 これは偶然じゃないな……必然に違いない。イブロは目的地とルラックの街を交互に見つめ腕を組む。


「どうされましたか? 何かお悩みですか?」


 初老の店主がイブロへ声をかける。

 

「この遺跡に行きたいんだが、どのルートを取ればいいのか悩んでいるんだ」

「なるほど……ここからですとかなりの距離がありますな。本気で行くつもりで?」

「ああ、俺は『探索者』だからな。たまには大冒険でもしようかってね。そろそろ、俺も歳だしな」

「ほうほう。そこで大冒険ですか。剛毅なことです。帰還の際にはぜひ土産話を聞かせていただきたいものですな」

「ははは。おやっさん、旅好きなのか?」

「ほほほ。それが高じて今じゃ地図屋をやっておりますからな」


 イブロと店主はお互いに笑いあう。

 店主は三つのルートをイブロに示す。一つはルラックからチハルと出会った遺跡に至り、そのまま北東へ真っ直ぐ進むルートだ。このルートは山脈を二つ突っ切る必要があるが距離は最短になる。

 二つ目は山脈を迂回し森林と砂漠を抜けるルート。こちらは距離があるが、道中は山脈を抜けるより楽だろう。最後の一つはルラックから目的地と反対側の北西に進み、港街に出てそこから船に乗る。

 船で目的の遺跡の北側に回り込み、そこから南へ歩き目的へ至るルート。こちらも二つ目と同様に険しい山道を超える必要は無い。

 どのルートを通っても、想定される行程は約一か月といったところか。

 

 イブロは腕を組み、どのルートが最適か思案する。

 山脈を超えるルートは無しだな。チハルを連れている以上、過酷な道のりは避けたい。わざわざ危険を冒す必要はないだろう。

 同じ理由で海も無しだ。船が嵐や事故にあってしまった場合、逃げ道がない。沿岸部を航海する船を選んで旅をすれば危険は少なくなるが……ソルもいるし……不特定多数の人間と一緒に船内に閉じ込められるのも避けたいところだよなあ。

 となると、迂回ルートか。このルートなら馬車を使うことだってできそうだ。

 

「おやっさん、このルートで行きたいと思うんだ。詳しい地図があれば一番だが、村の位置が描かれたものがあるか?」

「大きな街道と村を記載したものならありますな。少し値は張りますがどうですかな?」


 店主は紙へ値段を書き、イブロへチラリと見せる。


「了解だ。物を売ってからまた来る。準備しておいてくれるか?」


 イブロはそう言い残すと、地図屋を後にし遺跡から持ち帰ったミスリルを売りに探索者の専門店へ顔を出す。

 そこでミスリルを売ったイブロは再び地図屋に戻ると、無事地図を買うことができた。

 地図屋を出る頃には日が落ち始めており、イブロは馬車と糧食の購入は明日に持ち越すことにしてチハルを迎えにパメラの別邸へと向かうのだった。

 

 パメラの別邸でイブロとチハルは夕飯をご馳走になり、「かじりつくカモメ停」へ戻る。

 夕食の際にイブロは適当に誤魔化しながらも、本業の探索を行いに明後日には街を旅立つことをパメラとクロエに告げると、クロエが馬車と糧食を準備してくれることになった。

 最初はそのことを断ったイブロではあったが、パメラの「ぜひ」という言葉に折れ、彼らの申し出を受けることになったのである。

 

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