第17話 宿へ

 無事チハルとパメラを救出できたイブロらは、揃って館を出る。外にでて墓地を抜ける頃にはすっかり日も暮れてきていたので、彼らは疲労もあることから一旦ここで解散することにしたのだった。

 別れ際にクロエが「今回の事はキッチリ調査しておきますのでご安心を」という言葉をイブロへ残し、不適な笑みを浮かべていたのが彼の印象に残る。

 あれは絶対何か良くないことを考えている顔だ……とイブロは思い、先ほどの事を思い出し身震いしてしまう。しかし、彼のあの顔の向かう矛先は自分たちは関係ない事だと、この先起こることについて考えるのをやめた。

 

 湖のほとりまで出たところで、イブロはソルの背をわしゃわしゃと撫でる。

 

「ソル、助かった。ありがとうな」

「ありがとう、ソル」


 イブロに続きチハルもソルへ労いの言葉を述べ、チハルも彼に続きソルの頭をそっと撫でた。

 一方撫でられたソルは気持ちよさそうに目を細め、一声吠えブルブルと身を震わせる。

 イブロとチハルはここでソルと別れ、宿泊予定の「かじりつくカモメ停」へ向かうのだった。


 ◆◆◆

 

 「かじりつくカモメ停」の扉をくぐると、昼間と異なり中は酒と食事を楽しむ客でごった返していた。

 それでも、マスターはイブロ達の姿をすぐに認め気さくに声をかけてきてくれる。

 

「お疲れな顔をしているな、イブロ。そこの料理を持っていくといいぜ。部屋で食べな」

「悪いな。助かるぜ」


 イブロが一人ならマスターは絶対にこういう提案はしない。しかし、彼の良いところはさりげなくチハルを気遣ってくれることだろう。

 この時間になると、チハルくらいの歳の者の姿は無く珍しさから絡んでくる酔っ払いも出てくるかもしれない。

 しかし……食事の準備まで万全にしているとは……イブロはマスターへ心の中で再び礼を言ったのだった。

 

 マスターのおかげで少し心が温かくなったイブロは、上機嫌でチハルと共に部屋に戻る。

 そのままテーブルに食事を置いて食べ始めたところで、イブロはとあることに気が付く。

 

「すまん、チハル。服屋で最初に買った服……服屋に置いたままだった」

「そうなんだ。わたしは構わないよ、イブロ。この服があるし」


 頭をボリボリとかくイブロ。一方チハルはメイド服の袖を指で引っ張ると何かに気が付いたように口元に指先を当てる。

 

「イブロ、わかるよ。イブロは今『嫌そうな』顔をしてるって」

「え? あ、ああ」


 図星を突かれたイブロは顔をしかめ、無精ひげを撫でまわす。

 

「んーと、この服が好きじゃないと思うんだ。だから……」


 チハルは椅子から立ち上がると、メイド服へ手をかけ……。

 

「待て、脱がなくていい! 替えの服もないだろ。それに、人間は他の人の前で裸にならないんだ」

「そう……『嫌なこと』をわたしはイブロにしたくないよ?」

「んー、そのままでいい。それにしても、チハル。随分、人のことを学んだんだな。偉いぞ」

「うん。パメラがいろいろ教えてくれたの」

「そうか」


 あの短い時間でチハルはパメラからいろんなことを学べたんだな。イブロは微笑ましい気持ちになりついチハルの頭を撫でる。

 するとどうだろう。彼女は目を細めうーんと気持ちよさそうな顔をするではないか。


「暖かい……ソルも暖かいのが『気持ちよく』て目を細めたんだよね」

「そうだ」


 再び食べ始める二人。イブロはチハルの成長を促すにはやはり自分一人だと足らないと思い始めていた。

 もちろん、イブロはこれからもチハルを護っていくつもりではある。しかし、左目を探す道中で人と交流できる機会があれば活かしていきたいと考えている。

 もっとも、人を見極めねばこちらが害される事件に巻き込まれる可能性もあるから難しいところだが……。

 

「イブロ、その顔は何か考えている時の顔だよね」

「そうだな……」


 本当によく観察しているなとイブロは驚きで目を見開く。

 

「うーんと、イブロの考えていたことは……」

「考えていたことは?」


 まさか分かるのか? と思い食事を取る手を止めじっとチハルを見つめるイブロ。

 

「今日あったことを思い返していた?」


 ガクリと首を落とすイブロだった。やはり、人の考えていることを読めるわけではないのか。

 逆に少し安心したイブロは、首を振りつつチハルの言葉に応じる。

 

「いろいろあったよな。服屋に行って、チハルとパメラがさらわれて……」

「イブロが助けに来てくれて、女の人と……」


 女……イブロはあの女と口づけを交わしたことを思い出し頭を抱える。ま、まさかあんなことになるなんて。

 結果的にうまくいったからいいものの……。


「そ、そうだな……」


 イブロは乾いた笑い声をあげる。

 

「あの女の人といろんなことをお話していたね。わたし、一つ印象に残ったことがあるの」

 

 思い出したくもない。イブロは首をブンブン振り、ビールを探すが持ってきていないことを思い出し仕方なく水を一息で飲み干した。


「時は過ぎるものというところ」

「あ、確かにそのことは一番印象に残ったな。時は残酷だとも言っていたな」

「イブロもそう思うの?」

 

 チハルは食事の手をとめ、じーっとイブロを見つめる。

 

「俺はずっと過去に囚われているからな。時の経過は抜け出せない迷宮みたいなものだ。チハルはどうなんだ?」

「うーん、時は過ぎるものじゃなくて、時は満ちるものだよ?」

「そうか……深いな」

「そう? パメラやクロエならどういうことを言うのかなあ」

「聞いてみるか」

「うん!」


 チハルは口元だけに笑みを浮かべ、首を縦に振った。

 人の考え方に興味を持つことはとてもいい傾向だ。イブロはチハルへ頷きを返すのだった。

 

 ◆◆◆

 

――翌朝

 イブロとチハルが朝食をとっていると、パメラの使いの者がやって来て彼らに包み紙を手渡す。

 中には昨日チハルのために購入した服ともう一着、着替え用の服まで入っていた。手紙も添えられていて、内容は昼食の誘い。場所は昨日彼らが食事をした洒落たレストランだった。

 

 朝食の後、イブロはチハルを伴い、旅に必要な細かい道具を買い揃えくだんのレストランへ向かう。

 彼らが到着すると、すでにパメラとクロエは来ており奥のテーブル席へ彼らを案内する。

 

「イブロさん、昨日のことは感謝してもしきれませんわ。改めてありがとうございます」

 

 パメラはスカートの端をつまみ淑女然とした礼を行う。その姿は幼くてもさすが貴族と思わせるもので、イブロからすると完璧な礼儀作法に見えた。

 

「イブロさん、昨日はありがとうございました。伯爵家としても私個人としても感謝いたします」


 クロエもまた優雅な礼をし、イブロへ感謝を述べた。

 

「いや、昨日も言ったがお互い様だ。それに礼はいただくっていっただろ?」

「はい。心得ております。むしろ、お嬢様は大層喜んでらっしゃいますよ」

「チハルとご一緒できるなんて、私の方がご褒美をいただくみたいですわ」


 などなど、言葉が交わされ食事が運ばれてくる。


「イブロさん、昨日の事件のあらましが大方判明いたしました」

「ほう……早いな……」


 イブロは不適な笑みを浮かべるクロエへ言葉を返すも、背筋に嫌な汗が流れた。

 分かっていても、クロエのこの笑みは苦手だ……イブロは肩を竦める。

 そして、クロエが語る事件の真相を聞きながらイブロはやはり……「この男……できる」と改めて思うのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る