第29話 母の記憶

 リンが左肩を負傷したこともあり、中からエレベーターでバアトの部屋まで上がる事にした。エレベーターが到着すると、中にはファミーユとマーレ、それにインパがいた。

 「その傷は、どうしたんだリン!?」

 「少しトラブルがあって、マーレももう傷はいいの?」

 「ああ問題ない」

 「スパイダーに襲われたな。あれは改良されてからバアト様の部屋に保管されていたからな」

 「インパ、あなたはどうしてここに?」

 「・・・逃げない為だ。全て受け入れる」

 インパの顔には強い罪の意識が滲んでいた。それが何を意味するのか、考えたくはなかった。

 「早く行こうぜ。エレベーターが焦らすなだってよ」

 エレベーターに乗り込み、最上階へ上がる。おそらくものの数分で着くだろう。

 「・・・これから直接会う男は、私達にとっても重要な意味を持つ人なの」

 「あの詐欺師みたいな奴がか?」

 「茶化さないでファミーユ」

 「だから、皆には母さんの事を知ってもらいたいの。私の中にあるのは記憶だけだけど、それでもバアトの事、人間の事、国の事がわかるかもしれないから」

 それは悲壮な決意。インパは全てを知っている。だからこそ、重い。自分もまた人間であったと強く実感させられる。

 (凛・・・誰かが手を差し伸べていたら、この国を変えていたかもしれないな)


                    *


 凛は神に愛されていた。そう思えてしまう程に、恵まれていたのだ。あるいは、地上最後の日本人故に天が二物を与えたのだろうか。バアトは凛の事を「唯一の純潔日本人」として丁重に大切に扱った。

 幼い頃よりその才覚は発揮された。ドームの耐久性、防護服の安全性、食料生産の向上。電化機器の電力消費量を削減し動力エリアの負担を軽減など、これらを僅か十歳になるまでの間に成し遂げてしまう。まさしく天才、人々は凛を褒め称えた。

 ニ十歳の成人を過ぎると遂に新人類誕生の為の研究に加わる事になった。遺伝子、生体部門に関しても凛は優秀な成績を残していた。だが、真実を知った凛の心には深い傷跡が残る事になった。

 凛は外の世界の事を知っていた。自然溢れる世界から、どうしてこんなドームの中で暮らしているのかも知っている。三百年前に人間が世界を放射能で汚染させたからだ。だからこそ、凛はずっとその事を考え続けた。

 「わからないわ。どうして人は生命の源である自然を破壊したのかしら・・・」

 防護服から見る雄大で命溢れる自然の姿は、実に美しい。ありのままの、自然体の美しさがそこにある。そこに余計な言葉も解釈も必要ない、ただ感じるだけで全てを知り得そうな気がする。・・・防護服越しでなければだが。

 「凛!そろそろ帰還の時間よ」

 「もうそんな時間?わかったわ、今行く」

 命の危険が付き纏う外の探索及び調査、凛は必ず参加する様になっていた。自然を見て、感じて、考えたいのだ。何時も仕事を手早く終わらして、物思いに自然を眺める。非常に心地いい時間だ。だがあっという間に時が過ぎる様な気がするのは気のせいだろうか?

 飛行機に乗り込みチコモストクに帰還する。除染室で放射能を落とし他の所員達と挨拶を交わす。変わらず所員達の目には妬みと嫉妬が込められていた。

 「お疲れ様凛、今日も変わらず自然を眺めてたわね」

 凛に親し気に話しかけてきたのはデメテルだった。優しく、朗らかで、気配りと思いやりに満ちている母性溢れる女性。そんな彼女を見る度に、凛は深い悲しみと罪の意識に苛まれるのだ。

 「出来る事なら、後一時間は自然に浸っていたかったわ」

 「随分と謙虚ね」

 「自然の中で死んだ方がマシ、そう言った方が良かった?」

 「駄目よ。そんな命を粗末にする様な事を言ったら」

 半分冗談で半分本気だ。他人なら笑い飛ばす事も、デメテルは真剣に答えてくれる。

 「わからないわ。どうして人は生命の源である自然を破壊したのかしら・・・」

 「歴史書にもその事は載っていないけど、きっとわからない方がいいと思うわ。人の犯した過ちを知っても、同じ過ちを繰り返すだけだもの」

 もう何回言ったかわからない事にデメテルは律儀に答えてくれる。

 過ち。即ち放射能、即ち文明だ。何度考察し理論を重ねてもこの答えに行きつく。過度に発達した文明が放射能を生み出したのなら、今の自分達はまた同じ過ちを繰り返そうとしているのではないのだろうか。

 現に、デメテルがそれを体現している。彼女は人間の過ちの象徴とも言うべき存在だ。バアトが考案した新人類誕生計画、放射能に適応した人間を人為的に作り出し、現人類と交配させていく事で放射能に適応させる。だが、遺伝子を破壊する放射能と適応した人間を作り出すなど無謀もいい所であり、多くの奇形児が誕生した。データ収集後の末路は処理場送りか闘技場送り、この血も涙もない非道に凛は疑問を持たずにはいられなかった。

 その中においてデメテルは非常に優秀な頭脳持って産まれ、研究員として生きる事が許された。そんな彼女に向けられる視線の多くが、嘲り、侮蔑、軽蔑、嫉妬の込められたものだ。それを見る度に凛は強い自己嫌悪に襲われる。

 「生きて行くのが嫌になるわ。どうしてそこまでして生き様とするのかしら・・・」

 「そうね、もう少し人の気持ちを理解出来たらわかるんじゃない?」

 「醜く生にしがみ付いて文明に享受する人間の気持ちなんてわからないわよ」

 「もう少し前向きに捉えましょうよ」

 少なくともチコモストクの真実を知るまで前向きだった。成人前は日々勉学と開発に忙しく、闘技場に行く事もなく人との交流もほとんどなかった。人の役に立ちこの国に貢献しようと、本気で思っていた。それが何も知らない無知な子供の夢だと知ると、余りにも虚しく残酷だ。

 いっその事無能で産まれたかった。それならこんなに悩み苦しむ事はなかった。だがそれは、所詮自分も人間なんだと自ら宣言している様なものだ。

 「・・・間違ってる」

 「間違ってるって・・・何が?」

 「バアト様の研究が。実験体を生み出しては殺し続ける不毛な日々、やっと誕生したインパですら物としか見ていない。人間が特別な存在?元は木の上で暮らす猿じゃない。進化の過程でこうなっただけじゃない」

 「凛!余りそんな事は言っては」

 静止しようとしたデメテルを凛は手で制した。

 「私は文明を否定しない。だけど何事にも限度があるわ。人は余りにもより良いものを望みすぎる。底が無いのよ。向上心があるなんて綺麗な言葉では済まされない、例え自分の身体を壊して首を絞める事になっても止まらないのよ。

 哀れだわ。惨めだわ。だけど、救いようがないわ。今も昔も、何も変わっていないんだもの。どうして自然から自分達が拒絶されたのか、それすらも理解していないんだから」

 苦悩し、胸の内に堪った澱を吐き出す様に凛は言った。デメテルはやや困惑した様子だが、それでも優しい笑みを浮かべ諭す様に話し出した。

 「そんなに悪い面ばかり見ようとしたら駄目よ。確かに、人の心は汚れているかもしれないし、今の行いも悪い事なのかもしれない。間違っていると口に出して言える事もある。

 でも、人には素晴らしい一面もあるのよ。他者を慈しみ、思いやり、支え合う心が。バアト様だって、人を救いたいからこそ今の研究を始めたのよ。

 もっと広い視野と寛容な心を持って人と接するのよ。あなたは少し、自分の考えに固執しすぎよ」

 凛には、デメテルの言葉が理解できなかった。何故こうも自分を苦しめる人間の事を寛容的に見る事が出来るのだろうか?何故こうも、愛情に溢れているのだろうか?自分を蔑む相手に対して気を配る行為は、凛には理解できなかった。

 悪い面。そう、悪い面だ。昔の自分は純粋だった。穢れたのは大人になってからだ。夢も希望もない醜く虚しい日々、そこに自らの目標を見いだせたのは幸いだった。

 「デメテル、帰ったら話しがあるの」

 

                   *


 チコモストクに戻ると、デメテルは間を入れずに凛に付き合ってくれた。すぐとは言っていないのに、付き合いが良いと言うかとことん人に尽くすと言うか。こんな人間がいてくれればと凛は残念で仕方なかった。

 凛は私室にデメテルを案内した。だがその道中偶然インパに遭遇してしまう。インパはデメテルを見て表情を緩め、凛の姿を見て忌々し気な顔をした。

 「帰ってすぐに密談か。随分と仲が良い事だな」

 「あなたもデメテルと仲が良いでしょ」

 「それは嫌味か?」

 「何でそうなるのよ・・・」

 「もういい。馬鹿と天才は紙一重とはこの事だな」

 そう吐き捨ててインパは去って行った。何故あんな事を言われたのか理解できず、怒るよりも不可解さが残った。

 「何なのインパの奴?」

 「私が彼を理解してあげてないのよ・・・」

 「産まれてからずっと過ごしてるんだから、十分理解してあげてるでしょ?」

 「あなたって、本当に得意なこと以外は駄目ね」

 何故そんな事を言われたのかさっぱり理解できないが、凛は考えるのをやめた。これから大切な話をするのに、余計な事で煩われたくない。私室に入り、お茶を用意してデメテルにある資料を手渡した。

 「これは・・・」

 資料には放射能に適応できる人類の誕生のデータと説明が記されている。人間を遥かに超越する身体機能、鋭い爪と牙を持ち、男女比は8:2、男の方が身体機能は大きく優れている。知能はそのままにエネルギー効率を改善し一日一度の食事で満たされる。近親相姦をしても遺伝子異常は発生せず、平均寿命は六十歳前後。肉体が老い始めるのは五十歳から。

 荒唐無稽としか思えない資料。しかし既に動物実験による成功例を出している。凛ならば、自分の理想通りの人類を生み出しるのかもしれない。

 「あなたが最も信用できる人だから教えるのよ。

 私は、バアト様が行っている研究は決して完成しないと思うの。初の成功例だったインパも、奇形から逃れる事は出来なかった。遺伝子を破壊する放射能と人間は相容れないのよ」

 「でも凛、外で暮らす動物は放射能に適応しているのよ」

 「わからない?動物たちは放射能に汚染された大地でその数を大きく減らしながらも世代を渡るごとに放射能に適応できたのよ。でも、人間にはそれが出来ない事が証明されてしまった。

 だから私の結論は、人間と言う種を残すには、自分達の遺伝子を引き継いだ全く新しい新人類を生み出す事なのよ」

 「待って凛!そんな事をしたら、バアト様に何されるかわからないわよ!」

 「粛清?実験台?望むところよ。そもそも命を弄ぶあんな男に、何をされても言われても説得力の欠片も無いわよ」

 デメテルは恐れた。自らの行いを微塵も疑っていない。正しき道、信じる道、我が道を行く覚悟が凛にはある。意志の強さ、我を押し通す強さ、それは我儘でもあり非常に身勝手だ。これ程までに意志の強い人間は素晴らしいが、恐ろしくもある。

 「凛、バアト様は人間を救いたいの。その気持ちは今も変わりないわ。あなたは、人を救いたいと思わないの?」

 「別に私は人間を滅ぼすとは言ってないわ。ただ自然の中で生きる新しい人類を生み出すだけよ」

 「・・・凛、それではあなたもバアト様と同じよ。自分の意志を強く持つのは素晴らしい事だわ。でも、周りの気持ちも考えてあげないと、独りよがりよ。

 どうか広い心を持って。人は醜さだけじゃない、素晴らしい側面もあるんだから。人間を信じてあげて」

 凛にはその言葉が深く胸に突き刺さった。自分もバアトと同じ、確かに言われてみれば独善的だ。他人と不干渉になり過ぎていたのかもしれない。

 「・・・わかったわ。もう少し冷静に考えてみる」


                  *


 人を知りたいと言っても、どうすればいいのかわからない。そもそも人の内面と言うのは知ろうと思って知る事が出来ないものだ。口や態度が素晴らしくても、中身が知り得ないのでは意味がない。

 凛には余り親しい友人はいないが、デメテル以外で丁度良く、内面含めて全てを知っている人物がいたのは好都合だった。

 「人について知りたい?」

 急に生産エリアのカフェに呼び出され、唐突にこう切り出されたパリシは困惑気味だ。

 「前起きなく本題に入るのはいいが、前後を略しすぎだ。一体どうしたと言うんだ?」

 「前後はいいの。要は人の心とか心情とか、表に出てくる感情が全てなのかどうか知りたいのよ」

 パリシは困った様に頭を掻いた。凛とは十年来の付き合いだ。恋人ではなくあくまで友人同士、互いにいろんな事は知っている。凛はいつも、一つの事をとことんまで追求するのだ。そんな時の凛は決して他人の事など考えない。

 「どうしてそれを私に聞くんだ?」

 「あなたが最も信用に足る人間だから」

 「デメテルじゃないのか?」

 「彼女は優しすぎるわ」

 それは確かにそうではあるが、だとすると自分は信用たる人間だから選ばれたのか、それとも人非人だから選ばれたのか、だが流石に後者は無いとすぐ思った。

 「聞きたい事はわかったが、私は精神科医でも心理士でもない。独自の偏見と知識が入るがそれでもいいか?」

 「そんな事はわかってるわ」

 パリシは観念した様に苦笑いした。口でも知識でも、凛に敵う気がしない。

 「そうだな・・・大前提として、人は安心を求めたいんだ。文明、食事、友人、恋愛、人の行動とは欲であり、その根源は安心なんだ」

 「それはわかるわ」

 「だから人は表面上友好的に、親密的に、優し気に接する事が多い。最も個人差はあるし、つまらない事で理外の怒りを見せる人もいるがな」

 少しばかり遠い目をしているのが、実体験だと言う証拠になっていた。

 「人は自分達が安心出来る場所にいて初めて人間になれる。安心出来ない環境にいれば荒み、荒れてしまう。断言は出来ないが、人が荒んでいる時は安心できない場所にいると言う証拠になるかも知れないな」

 「だから闘技場なんて作ったの?」

 「あれはただの発散場所だが・・・ある意味では安心に繋がる場所だな」

 少しばかりバツが悪い顔をしてパリシは言った。

 「それに、人は誰だって自分を肯定してほしいんだ。自分の行いや存在意義を認められると嬉しいからな」

 「肯定って、自分が思う正しい生き方をしていればいいんじゃないの?」

 「誰がそれを教えてくれるんだ?それに、日々の暮らしが忙しくて自分が望む生き方が出来ない者もいる。特に生きる為に働くとなると、自分の望む生活なんて出来るもんじゃない。「本当にこの生き方でいいのか?」、「もっと他にやれる事があるんじゃないのか?」そんな時肯定してもらえれば人は励みになるしその意志を貫き通せるんだ」

 「要するに甘えじゃない。自分の行いや意志を肯定してほしいのならまず自分が行動で示せばいいでしょ。そんなの、まるで親離れ出来ない子供みたいね」

 「人に限らず全ての生物は母親から産まれる。辛い時苦しい時、すがりたい甘えたいと思う時は誰にだってあるさ」

 そう言うものなのだろうか?あるいは、産まれてすぐに親を失い、ほとんど自分の才能と努力で生きて来た凛には理解出来ない事なのだろうか。

 「人と言う者は都合の良い生き物さ。何の根拠も無く世界が自分の都合の良い様に回っていると思ってしまう。それでいて誰が今の恩威をもたらしたのかすぐに忘れる恩知らずな生き物さ。

 よく言えば多様性がありあらゆる可能性がある。悪く言えば纏まりがなく身勝手。だからこそ人間なんだろう」

 「その原因は感情と心にある。それが無くなればとも思うけど、それじゃもう人間じゃないわよね・・・」

 「難しい所だな。それに人間が人間たるのは欲だ。欲があるからこそ行動原理が生まれる。だが欲には際限がない、それをどう己で制御するかが問題だな」

 「制御できなかったから世界は一回滅びたんでしょ」

 「それは何とも言えないな」

 パリシの人間に対する説明はあくまで個人の主観だ。それでも広い視点で物事を見ていると思う。だからこそ人間と言うものが、わからない。救いようがない様で、救いようがある。

 「パリシ、少し付き合ってもらいたいんだけどいい?」


                    *


 安心を求めるのが人なら、この国は実に安心に適してない。何時最後の時を迎えるかわからない不安な日々、もしその不安が頂点に達したらどうなるか?だからこそ不安から目を逸らす為にこの場所は作られた。

 怒号と狂乱が飛び交い、血潮と悲鳴が飛び交う闘技場。本日も盛況につき大盛り上がりだ。本来なら経営時間中闘技場の控室、牢獄には入れないのだが、凛もパリシも権力者なので無理を言って強引に入らせてもらった。血の臭いと呻き声が、否応にでも自分達が下劣な存在であると認識させてくる。

 「どう思う?」

 「・・・お前が何を言いたいのかわかる。だが・・・」

 「人間が可能性を示すのに、こんな非人道かつ残酷極まりない事をしなければならないの?」

 「・・・・・・」

 「人に限らず全ての生物は命の上に立っているわ。だからこそ動物は日々を己の本能に従い、役割を全うして生きている。なら人間はどうなの?それを自覚して可能性を模索してるの?」

 「今は・・・生きる事が第一だ」

 「だったら、まだ他にやり様はあるはずよ」

 パリシはそれ以上答えず、凛も話す事はなかった。牢獄を進みある牢の前で凛は止まり、優しく呼びかけた。

 「ロップス」

 牢獄の暗闇から何かが動き、大きな影がこちらに歩み寄って来る。それは四本腕の単眼巨人、凛の前で静かに坐するとやや疲れた様な声を発した。

 「闘技場の営業時間にここに来るとは、何用だ母よ?」

 凛はロップスを見る度に己の犯した罪の大きさを思い知る。優秀な科学者であるとは言え、凛もまたバアトの部下に過ぎない。実験体の研究に忌避気味であったが一回もしないとなると上からの叱責は免れない。やらざるを得ない、所詮は自分も人間だった。最善を尽くし、慎重に時間を掛け誕生したのがロップスだった。巨人と言う史上初の事例に加え、ロップスは遺伝子的に非常に人間に近かった。近いと言ってもそれは人間とチンパンジーの様なもので、生殖は不可能であったが。

 己一人で成し遂げた研究。凛は改めて周囲に優秀である事を認められた訳だが、内心は後悔の念と罪の意識で満たされていた。

 「ごめんなさいロップス・・・あなたをこんなに苦しませて・・・」

 「謝るな母よ。お主が悪い訳ではない。それ程に愛情もって接してもらえるだけで、俺は充分に満ち足りる」

 優しい言葉。しかしそれには諦めの観念が含まれていた。

 「ロップス、必ずあなたを救い出すわ。何時になるかわからないし、それは私の子供達になるかも知れないけど、必ず全員助け出す!」

 「・・・何とも、ありがたき言葉。俺達にその様な事を言ってくれるのは母とデメテルだけだ。

 俺は母を信じる。だが焦らずともよい。あのバアトから俺達を解放するのは、容易くはなかろう」

 「・・・ごめんなさい。そして、ありがとう」

 ロップスは柔らかな笑みを浮かべ凛の頭を撫ぜた。撫ぜたと言ってもロップスは巨体なので小指で優しく撫ぜる格好になったが。

 牢獄から去る途中、凛はパリシに向かい合った。

 「パリシ、協力して。この国を変えるわ」

 「・・・何だと?」

 「過去の教訓から何も学んでない。このままでは人間は破滅するわ。人間を救う為にも、バアト様の行い全てを正さないといけない。あなただってわかっているでしょ?今の行いが間違っていることぐらい。

 はっきり言って、人間に救う価値があるのかどうかわからない。でも、デメテルがあそこまで信じた人間を、私も信じたいの。でも、一人では難しいわ。だからあなたに協力してほしいの」

 パリシは大きく狼狽えた。凛は本気だ。本気でこの国とバアトを変えようとしているのだ。

 「無理だ。バアト様に逆らえば、どの様な目に合うか、わからないはずじゃないだろ?」

 「そんな事は承知の上よ。それにバアトに人間を救う気持ちがあるのなら、耳を傾けてくれるはずよ。一人では説得力はなくともあなたと言う賛同者がいてくれれば心強いわ。お願いパリシ!協力して!」

 「デメテルに頼んでくれ。私は・・・」

 「人間でないと駄目なのよ!パリシ!」

 「駄目だ!私には出来ない!」

 「意気地なし!変わりたいと思わないの!?」

 パリシは走って逃げ出した。その背を凛は、口惜しそうに眺めた。

 「支配者に怯えて行動できないのも、かつての人間と同じなのかもしれないわね。いいわ、一人でもやる。誰かがやるのを待つんじゃなく、私がやる!」


                  *


 「凛、僕の後を継いでくれないか?チコモストクの指導者となり、研究を引き継いでほしいんだ」

 バアトの部屋に入った凛は開口一番そう言われ面食らった。バアトの方から何か言われるにしても、そんな事を言われるとは予想だにしていなかった。

 「どうしたんだい?君は何時も返事はすぐに返すじゃないか」

 「・・・ああ、いえ、そんな事を言われるとは考えていませんでしたので。・・・申し訳ございませんが、私はバアト様の後を継いでチコモストクに指導者になる資格はありません」

 「何故だい?君程の天才なら十分その資格はあると思うのだがね」

 「能力と人の上に立つ力は異なります。己の力量を把握してこそ、真の優れた者と言えるでしょう」

 バアトは微かに目を細めたが、それは一瞬ですぐにまた笑みを浮かべた。

 「そうか、君は実に優秀だね。では、君は僕に一体何の用あるんだい?」

 「単刀直入に言います。研究をやめてください」

 部屋に机を叩く音が響いた。バアトが痙攣するかの様に身体を震わせ、気が変になったかの様な笑い声を上げる。

 「カッハハハハハハッ!!!全く・・・キッヒヒヒヒヒヒヒ!!!君は何時からそんな面白い冗談が言える様になったんだい!!?」

 「冗談ではありません。命を粗末にする非人道的な研究はやめてほしいだけです」

 「・・・・・・ハハハ、君は優しんだね。全く君の言う通りだよ、命を犠牲にする研究は実に非道だ。だが、そうしなければ人類に未来はないんだ。放射能に適応した新人類、その為には尊い犠牲も必要なんだよ」

 「別の方法はないんですか?まだ模索すれば見つかると思われますが」

 「・・・・・・どうしてそんな事を言うんだい?」

 「余りにも実験で産まれた人達の扱い、末路が酷すぎるからです。人を御する為にあの様な施設を置くのも選択肢としては」

 「もういい!!出て行け!!」

 「バアト様」

 「撃ち殺すぞ!!」

 銃口を凛に向けるバアトの表情は今まで見た事がないぐらい憎悪に歪んでいた。これ以上は話しが出来そうもない。

 「・・・失礼しました」

 凛は一礼して部屋から出ようとした。だが扉は開かなかった。更に後ろで何かが降りてくる音が聞こえ、振り返ると透明なガラスの壁が現れていた。

 「バアト様!?これは」

 言葉の途中で壁からガスが噴出された。瞬く間に凛が閉じ込められた空間はガスで満たされ、意識が遠のいていった。

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