第26話 統率
一度燃え広がった大火を消すには長い時間雨を降らせるか、大量の水を浴びせるしかない。多少火が弱まった所で、まだ燃えてはいるのだ。
電力が戻り明かりが点いた事で何人かの人が正気に戻り、やや放心状態で立ち尽くしていた。だが全てではない。我を失っている者は動きを止めた者を容赦なく襲い掛かり再び血が飛び散り悲鳴が連鎖する。
「やめんかぁぁぁぁ!!!」
天を衝く激が生産エリアの全体に響き渡り人々は身体をすぼませ、また正気付いた様に顔を上げる者もいる。
激を発したのはロップスだった。他にも何人か仲間を連れている。
「な、何でここに闘技場の実験体共がいるんだ・・・?」
人々から狂気は失せた。代わりに現れたのは疑問、恐れ、唾棄などの感情。その様子にロップスの傍にいる男が顔を大きく歪ませ血が出る程拳を握りしめた。
「ロップス・・・俺だけじゃない。ここにいる全員が人間を殺したいと願っていた!産まれてすぐあんな地獄に放り込んだ人間達を同じ目に合わせてやりたいとずっと思っていた!
あんな奴の言う事なんて本当に信じるのか?この場であいつ諸共人間を殺した方がいいんじゃないのか?」
ロップスは瞑目した。あの時の出来事に思いを馳せていた。
「今まで俺達頭を下げる人間はおらなんだ。口だけの心のない謝罪など聞き飽きた程だ。だが、あの男は俺達に土下座までして謝った。そして俺達に助けを求めた。解放する代わりに、人間の暴動を止めてほしいと。
あれ程潔い人間を俺は初めて見た。人間は憎い、だがそれでも凛やあの男の様な人間もおるのなら、まだ滅びるには早かろうよ。何より、俺達まで人間と同じ事をしてどうするのだ?」
仲間たちは納得しかねない様子で、それでもロップスに従った。人間と同じ、それが彼らの怒りに歯止めをかけた。
「人間達よ。今よりこの国の新しい指導者による演説が始まる。心して聞くのだぞ」
その言葉が切っ掛けの様に国中のスクリーン映像にパリシの顔が映し出された。全体の顔の皺が深く刻み込まれているのは深く決意をし、深く後悔をしている様にも見える。
『チコモストクの人々よ。どうか私の話しを聞いてください。今、この国、ひいては人類そのものが変わろうとしています。三百年前、何故人間が滅びたのか?はっきりとした理由は私も知りません。しかし私は、その理由が文明にあると思うのです。
人は弱いです。おそらく自然界に生きる全ての生物の中でも、下位に位置している存在であると思います。しかし、その弱さを補う為に頭脳が発達し、自らが生きられる場所を作る為に文明を発達させたのです。文明は人を守り、文明は命を育み、文明は豊かさと繁栄の象徴となりました。
しかし文明に依存しているが故に、人はより弱くなってしまったのです。文明が失われれば自然での生きる力を無くした人間は滅びるしかありません。今の世界においては人間は自然で生きる事も許されないのです。
増えすぎた人間により滅びた過去の世界。かつて「衣食足りて礼節を知る」と言う言葉がありました。充分な生活が送れない人は荒み己を第一に考え行動してしまいます。そこに善悪はありません。当人にとって行動が全て善なのですから。
私達は己が生きる事だけを考えて自然を、命を蔑ろにしてきました。己の事だけを考え、奇形児を多く産み出し、そして殺して見世物にしてきました。救いようがない程のエゴ、しかし、まだやり直す事は出来るのです。
人類は今日より新たな道を進む事になります。不安も恐怖もない日々を常に、とは約束は出来ません。しかし、豊かに幸せな日々が送れる様になる事を約束します。私の事を信じてくれる人は、研究エリアまで来てください。そこで新たなる一歩をお見せいたします』
映像は消え、人々は戸惑いお互いの顔を見合わせた。程なくして人々は研究エリアに向けて歩みだす。
パリシの演説は、そのほとんどが理解されなかった。人々は助けと許しを乞う為に歩み出す。その手は血に濡れ、女性の膣からは体液が漏れている。この狂乱の中で犯してしまった己の罪、正気に戻った時の衝撃に再び気が狂いそうになる。それでも、助けてくれる指導者がいるのなら、すがりたいのだ。人が平静を保っていられる理由はそれしかない。
「ロップス、俺達はどうするんだ?」
「待つのだ。リンを、その家族を。約束が果たされるその時まで」
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