第25話 覚悟
電気の供給が止まってしまった為、エレベーターを素手で登る事になった。とは言え、リン達にっては然程苦ではないが。だが依然謎は付いて回った。
「動力エリアが停止するなんてありえない。どうして電気が止まっているの?」
「謎解きは後だ。さっさとウインドを助けに行くぞ」
「そうよリン。これもバアトに聞けばすぐにわかるわ」
頭の後ろに引っ掛かるものを感じつつも、フルールやファミールの言う通りなので出口まで駆けだした。しかし、その疑問はすぐに解消される事になった。
鬼瓦の様な厳めしい顔つきは見るだけで萎縮しそうだ。鍛え抜かれたその巨体は樹齢を重ねた松の木の様に太く逞しい。体躯に違わぬ長身は、最早存在するだけで場を制してしまいそうだ。
そんな男の顔には汗が滲み出ている。僅かに呼吸も早く、緊張に表情も強張っている。しかし、強い決意の意志も感じられる。
「あなたは・・・パリシ・・・」
「・・・やはり、お前は凛なのか?瓜二つなのは、外見だけではないのか?」
「私は私。お母さんの子供よ」
「ねぇリン、この人は誰なの?」
「チコモストクにおける第二位の権力者にしてバアトの右腕。その実態は優秀だけど見た目に似合わない繊細で弱い心を持った意気地なし。バアトにとって都合の良い右腕のパリシよ」
歯に衣着せぬ物言いにフルールは驚きファミールは吹き出しパリシはバツが悪そうな顔をした。
「子供にまで同じ事を言われるとはな・・・。だが全ては私の自業自得だ。だから、変わらなければならないんだ」
「それはバアトの命令?」
「いや、私の意志だ」
「まさか・・・」
「そうだ。私がチコモストクの全てを乗っ取った。何もただずっとバアト様のお傍にいた訳ではない。お前たちを助ける為に一時的に電気の供給を停止させたんだ」
「嘘・・・だってあなたは・・・」
リンは言葉を飲み込んだ。流石にこれ以上は悪く言いたくはない。
「変わらぬ人もいれば、変わる人もいる。何がきっかけになるかわからないがな。私を変えるきっかけを与えてくれたのは、お前達の母親なんだ。
初対面、しかも怨敵の配下である私を信じる事など出来るはずもないだろうが、どうか信じてほしい。私は味方だ」
リンは、味方だと信じたい。だが、イエスマンであり反骨心の欠片も無い男が変わったと言われて信じられるのだろうか?試されるのは己の見極め。外見から人の本質を見抜く事は困難なのだ。
故に行動で示すしかない。己の覚悟と決意の程を。そしてそれは、もう既に示されていた。己の命を賭していた。
「・・・覚悟を決めてるのね。私達があなたを素手で殺せるとわかっていながら非武装で一人で来た。それで充分よ。私はあなたを信じるわ」
「リンが信じるのなら、私も信じるわ。私、人を信じていられたいもの」
「・・・覚悟はあるな。行動も出来ている。お姉ちゃん達がそう言うのなら俺も信じるけどよ、あの惨状どう責任取るつもりだ?」
遠方に見える生産エリアと住宅エリアから火の手が上がっている。悲鳴と怒号が聞こえ、血の臭いが漂って来る。
「お前、まさかこのまま傍観してるなんて言わないよな?」
「私は、確かめたかったんだ。人間が追い詰められた時何処まで人間でいられるかを。だが、結果はあの通りだ。追い詰められていたのはバアト様だけではなく、人間も同じだったんだ。
文明を失えば人は死ぬ。昔君達の母親に言われた事だが、まさにその通りだ。カーゴに乗ってミミルの塔に行け、私は電力を復活させて人々を落ち着かせる」
パリシがタブレットを操作すると、消えていた明かりが次々と点灯し国に光が戻った。
「パリシ、最後に教えて。ウインドは、生きているのよね?」
「・・・生きてはいる。早く会いに行ってやれ」
含みのある言葉、しかしそれ以上は頑なに口を閉ざしパリシは話そうとしなかった。
生きているのなら、助けられる。そう信じて三人はカーゴに乗り込みミミルの塔に向かった。
(いっその事、死んでいた方が幸せだったのかもしれないな・・・。
・・・やるべき事をやろう。私は、バアト様のご期待に応えなければならないんだ)
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