第22話 本心

 「・・・自分を守る場所?」

 マーレはインパの家にいた。生きているのが不思議な程の深手を負い、治療の為に連れてこられたのだ。カプセル状の機械に横になり、機械が治療を行っている。

 「あの闘技場は、このドームが何時不慮の事故で壊れるかもしれないと言う民衆の不安や鬱憤を発散させて、爆発させない様にする場所だ。・・・過去に幾度も起こった暴動、漠然とした死の恐怖は人を悪魔に変えるんだ。

 バアト様は、人を恐れている。だから研究で産まれた産物を有効利用したのさ。・・・人の醜さをよくわかっているからこその回避方法、長生きしているだけはある・・・」

 「だが、国の人々はバアトを恐れていたぞ。逆らうと恐ろしい目に合うと」

 「そうさせたのが、人間なのさ。そして、バアト様も人間に過ぎないのさ・・・」

 「人間・・・人間とは何なんだ?一体どういう存在なんだ?」

 人間の姿は三者三様、気高いと感じる者もいれば醜く汚れていると感じる者もいる。同じ人間でありこの違い、本質とは一体何なのだろうか?

 「俺にもわからん。わからないのが普通なのかもしれない。昔聞かされたムカデの話し、どうやって歩いているのか聞かれて混乱して歩けなくなるんだ。わからなくてもありのままに生きている。鳥が飛ぶ事を誰にも教わらずに出来る様に、人は自分の本質を理解できていないままに生きているんじゃないか。

 無理に理解しようとしなくても、自分を理解すれば人を理解できるんじゃないか?俺もお前も、生まれはどうあれ人なんだからな」

 「・・・それが解れば苦労はない」

 「そうだな」

 自分で自分を正しく理解するのは果てしなく困難だ。自分を理解するには他人の目が必要不可欠だ。

 デメテルが言っていた。かつてはこの地上に百億もの人間が溢れていた。だが、よくよく考えてみたらおかしい。種として増えすぎるのは逆に絶滅の要因となる。他の生物が短い寿命と天敵の存在で個体数を調節しているのなら、人間は違っていたのだろうか?天敵もおらず、長く生きられたとしたら?その要因が文明にあるとしたら?

 チコモストクに来てわかった事がある。人間は文明に享受している。それが自分達の生活の礎となり命綱であるからだ。ではもし、人間が文明を失ったらどうなる?仮に放射能に汚染されていなかったとしても、文明なしに自然の世界で生きる事は可能なのだろうか?

 「人間は弱いのか?」

 「脆い。精神なんてちょっとした不安で傾く天秤みたいなものだ」

 「そうではなくて、肉体的にどうなんだ?」

 「どうと言われてもな、基準はどのぐらいなんだ?」

 「それは、素手で岩山を登れたり、海に一時間潜れたりとか」

 「・・・わかってはいたが、凄まじいなお前達の身体機能は」

 知ると聞くのとでは実感が違う。インパは唖然となった。

 「装備も無しにそんな事をするのは不可能だ。そもそもマーレに撃った銃撃、人間ならあれだけで死んでる」

 「それ程なのか?確かに私達の身体は丈夫だが、人間はそれ程脆いのか?」

 「脆いさ。爪も無ければ牙もない。自然で生きるにはあんまりにも弱い。だからその弱さを補う為に知能が発達したんだ。・・・生きる為の知能が自分の身を滅ぼすとは、皮肉なものだ」

 はたしてそうであろうか?爪や牙も武器なら知能もまた武器であろう。自らを傷つける生物などいない。知能で身を滅ぼしたのではなく、もっと別の何か原因があるではないだろうか?それは、最も身近で最も気づき難いもの・・・

 「インパ。お前にとって、デメテルはどの様な存在だったんだ?」

 「・・・随分と・・・突然聞くんだな」

 「すまない。だが、どうしても知りたいんだ」

 動機が知りたい訳でも、謝罪をさせたいわけでもない。ただ、気持ちを知りたいのだ。

 「デメテルは・・・俺が産まれた時から親代わりとして育ててくれた人だ。知識や技能、生きる為のノウハウの全てをデメテルに教えてもらった。

 俺の事を認めてくれて、本当の子供の様に接してくれた大切な人だった・・・」

 感謝、怒り、幸福、悲しみ、あらゆる思いがインパの中に渦巻いているのが見て取れる。促さない。インパが自ら話さなければ駄目なのだ。

 「だけど、あの人は俺だけを見てくれなかった、俺だけを愛してくれなかった。愛情に溢れすぎてて、俺には八方美人に見えたんだ。

 だから俺は・・・裏切られたと思った。どうしようもなく憎くなって、もう誰も信じられなくなった。誰も彼も俺を物としてしか見なかった中で、唯一俺を人として愛してくれた人に裏切られた。・・・俺は、俺だけを愛してほしかったんだ」

 インパは自嘲気味に語った。

 「誰よりも信頼していたからこそ、安心できる存在だったからこそ、殺したくなったんだ。・・・わかっているんだ。自分の言っている事がどうしょうもなく身勝手な我儘だと。でも、抑えられない。

 マーレ、お前は俺を裏切らないでくれ」

 これが人なのだ。揺れ動く不安定な橋の上に立っていて、それが安定して安心できる様になるのを心から祈っている。だがもし橋から落ちようものならば、這い上がるのは容易ではない。

 「裏切る気などない。・・・だが、何故だ?それ程までに他人が信用できないのに、何故私を受け入れたんだ?」

 「言葉や見た目では信用なんて出来ない。他人の内面を他人が見る事など不可能だ。だが、それを行動で示す事が出来れば、それはどんな言葉よりも説得力を産む。お前の行動は、愛だった」

 例えそれがどんなに素晴らしい言葉であったとしても、行動で示せないのならただの虚像、偽りに過ぎない。言葉は行動と伴い初めて真の価値を得る。

 「マーレ、お前は俺だけを愛してくれる言った。だが、お前には家族がいる。本当に俺だけを愛せはしないだろう」

 「・・・・・・」

 「でもそれでいい。俺の事をあそこまでして受け入れてくれたお前の行動が全てだ。だから、だからこれだけは約束してくれ。ずっと俺の傍を離れないでいてほしいんだ」

 「当然だ。私とお前は、もう決して離れる事はない。一緒にいよう、インパ」

 言葉と行動、これは最後の勉強により教えられた事であった。


                   *


 初めはただの捜索だった。何処に逃げたのかもわからない女の遺産探し、広大なこの世界では砂漠の中から真珠を見つける様な果てしのない作業、故に見つかる訳がないと思っていた。幾度となく捜索に繰り出されても、資源と時間の無駄と言う事になり捜索は注視となるのが目に見えていた。だから怖くもなく抵抗もなかった。何の成果が得られない事が前提故に咎められる事も無かった。

 だが、見つかった。見つけてしまった。それは間違いなく不幸であった。インパにとっても他の人間にとっても。予想だにもしない戦闘能力で五名の犠牲者を出しながら一体だけは確保した。犠牲者を出した事で責められたが、そもそも何もわからない状態での捜索で装備も不十分、責任は取ったがそれ以上の収穫を得た事が救いとなった。

 反感や叱責は最も恐ろしいものだ。だからこれ以上の調査は行わないと決め込んでいた。だがバアトには覚悟があった。自分がどうなろうとも新人類を生み出そうとする覚悟が。

 まさしく矛盾の雁字搦めであった。見つけなければ叱責と降格、最悪は処分。見つけたとしても用済みとして処分されてしまう。どうすればいいのかわからなかった。これ程までに激しい頭痛に襲われた事はなかった。

 デメテルが残りの四人を匿った時、パリシの部下とすり替わりデメテルの元に赴いたのは、答えが欲しかったからだ。

 『あなたが来る事は、わかっていてわ』

 銃口を向けられていても、デメテルは何処までも穏やかだった。

 『わかってるわ。あなたの気持ち、自分がどうすればいいのかわからないのでしょう?』

 『なら教えろ。俺はどうすればいい?』

 『あなたの望んでいる事はわかっているわ。・・・でも、私ではあなたを救う事は出来なかった。沢山の仲間を、子供達を愛してあげたい、救ってあげたかった。私は、あなたを愛してあげる事が出来ても、あなただけを見てあげる事は出来なかった。

 ごめんなさい、インパ。私には、あなたを救う事が出来ないの。でも、これだけは言えるわ。素直になりなさいインパ、本当はもうわかっているんでしょう?』

 そんなあやふやな答えなんて望んでいない。インパが望んだのははっきりとした救いの道、かつて信頼出来た相手だからこそ一縷の望みを賭けたが、糸は切れてしまった。

 『あなたは俺を裏切った。その上俺の存在を脅かす連中を匿うとした。あなたにとって俺は、特別でも何でもない、ただ日の光を浴びるだけの花だったんだな』

 『インパ、私はあなたを愛しているわ。でも、もう信じられないでしょう。言葉ではもうあなたには伝わらない。

 私には、本当に自分の身を犠牲にする覚悟がなかった。あなただけを特別扱いして周囲から批判されるのが怖かった。バアトと同じ、でも愛しているこの気持ちだけは嘘ではないの。

 インパ、いつか必ず行動を示してあなたを愛してくれる人が現れるわ。言葉は行動を伴って初めて意味を成すの、どうか忘れないで』

 『臆病者のあなたにそんな事を言う資格は無い!あの時俺を連れ出してくれていれば、こんな事にはならなかった!』

 マーレが子供達を連れてチコモストクから出る時、インパにも誘いの声をかけた。そしてそれをインパは断った。そしてデメテルはそれ以上言う事も無く去って行った。その程度の存在だったのだと、インパはその時強く認識した。

 銃を撃った。音の出ない消音銃はデメテルの胸に赤い花が咲かせ、腹部に赤い染みが広げた。デメテルを殺したと理解した時、とてつもない虚脱感と共に現実が遠のく空虚な感覚になった。まるでこの世が現実ではなく、夢の中にいるかの様な非現実感。

 だがそれも一瞬、壁の向こうから物音が聞こえ我に返ると行動に迷いはなかった。全てを消す。自分を蔑ろにした家も、自分の存在を脅かす存在も。間違いだと、己で気づく事など出来なかった。

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