第19話 新たな覚醒
荒れ狂う嵐と雷雨、台地はひび割れ断層が悲鳴を上げる。海は高波が荒れ狂い渦が巻き起こる。火山は噴火し溶岩が流れ出し草木を焼き尽くす。台地は隆起し崩壊を繰り返す。やがて全てが崩壊し世界は泥に覆われた。何もない、何もないがそこにある。有が無となり、無から有が産まれる。
渾沌とした世界は何かが産まれる前兆。新たに台地が作られ海が湧き出し草木が生い茂る。それは元に戻る様で、全く新しい世界の創造。性格、人格の変化。リンの内面は一度崩れ、新たに再構築された。
「・・・・・・んっ。・・・あれ、私・・・?」
重い頭を支えて、リンは目を覚ました。気を失っていたはずなのに、まるで今産まれたかの様な初々しさを感じる。まだ僅かに混乱はあったが、リンは自分が誰でどういう存在なのか全て思い出した。
「リン!目が覚めたの!?」
目覚めると同時にフルールのやや腫れぼったい眼をした顔が映った。自分はフルールの膝の上で寝ていたのだ。
意識がはっきりしてくると、自分が意識を失う直前の事を思い出す。脳に直接高圧電流を流される様な激痛、呼吸も出来なくなり、身体をばたつかせた。不透明なガラスから眺める様な映像だが、皆がとても心配していたのはわかる。
「フルール・・・ごめんなさい。心配かけて」
「ううん。いいのよ、元気になってくれればそれで・・・」
瞳に指をやり涙を拭う動作をする。多分泣いているのだろうが、涙は流れていない。最早涙が枯れ果てたのだろう。デメテルの死と重なり、自分の異常事態。どれ程心配をかけたのかと思うと心が傷む。
「もう大丈夫よ。他の皆はどうしてるの?」
「それなんだけど、実はリンの意見を聞こうと決まったの。皆のいる所に案内するわ」
心は痛むが、そんな事は決して表には出さない。自分を気遣ってくれる人にこれ以上負担を掛けたくないのなら、平常でいつも通りであるべきだ。
フルールに先導され連れて行かれた場所は、レリフの家があった焼け跡だ。そこにマーレとファミーユとケイルとカッサンドラがいた。何をしているのかと思えば雨風をしのぐ事が出来る簡素な小屋を作っていたのだ。
「皆!リンが起きたわよ!」
「何!?本当かフルール!?」
「丸一日心配させやがって。そんなに元気な顔色してるならもっと早くに目覚めるべきだろ」
「よかった・・・。リンさん、死ぬんじゃないかってぐらい暴れてたし」
「・・・よかった。これ以上、誰も死んでほしくない」
リンの周囲に集まった四人は思い思いに喜びと労りの言葉を投げかける。フルールとマーレとファミーユの姿を見たリンは、とても愛おしいと感じた。
「それで、私の意見を聞くってどんな事で?」
「ああ、それなんだが、子供達を私達の家に住まわそうと思うんだ」
「それって、私達と一緒に暮らすって事?」
「そうだ。・・・罪悪感や償いではない。先生が守ろうとした大切な子供達を、私達も守りたいんだ。
とは言え、お前の意見を何も聞かないで決める訳にはいかないからな。・・・それで、リン。お前はどう思う?」
「マーレ・・・すっごい律儀だね。私の答えなんてもうわかってるはずなのに。・・・ありがとう、待っていてくれて」
仲間外れではない。わかっていても、直接答えを聞くまで蔑ろにしたりしない。
「当然だろ?お前の意見を聞くまでは、勝手に決める事は出来ないからな」
「満場一致・・・じゃないな。後はウインドだけだな」
全員の気が引き締まった。僅かに緊張が走る。チコモストク、地上唯一の文明都市。何が待っているのか、どんな危険があるのかわからない。ウインドを助け、全員で生きて還らなければいけない。だが、生きて帰れる保障など何処にもないのだ。
「信じてます。皆さんの事、必ずウインドさんを助け出して戻って来てくれること。
・・・先生は、はっきり言ってあなた達のせいで殺されてしまった。だけど、恨みません、嫌いません、怒りません。それが先生の教えであって、同じ仲間だからです。
チコモストク・・・あそこは僕達にとって忌まわしい生まれ故郷です。・・・わがままは言いません。でも・・・まだ酷い目にあっている仲間を助けてあげてください・・・」
「わかった。必ず仲間を助け出す!」
「フルールさん・・・」
カッサンドラはフルールに抱き付いた。強い力で抱き付き、フルールは優しく抱き返す。
「大丈夫よ。必ず戻って来るからね」
「うん・・・」
わだかまりも、不信感も、妬み嫉みもない。既に子供達はリン達と強い信頼で結ばれた。
涙を流す子供達と一時の別れ、子供達にとってはとても不安であり、リン達にとっては子供達の為に絶対に生きて戻らなければならないと言う強い意志の力となる。
「・・・皆、大事な話しがあるだが、聞いてくれないか」
子供達と別れて数分経ったとき、マーレが意を決した様に口を開いた。
「こんなタイミングで大事な話しか。なんか衝撃の事実でも明かされそうだな」
「そうだ・・・。これを見てほしい」
マーレがポケットから取り出したのは、あの顔写真だった。自分の物、誰にも渡したくない、だがそれは皆のものだった。デメテルのマーレへの手紙に、全てが書いてあった。
自分は一人じゃない。家族がいる。それに、母親がいる。それで十分だ。独占は横暴な者の行いだ。
「何だこれ・・・?リンに瓜二つじゃないか?何だってこんな写真をお前が持ってるんだ?」
「フルールにはもう話してあるが、この写真の人は私が産まれた時隣の部屋で白骨死体となって死んでいた。・・・リンと瓜二つのこの人は、何か私達にとって大切な人だと思うんだ。
今まで黙っていて、すまなかった。・・・私は一人じゃないんだ。だから、皆に知ってもらいたいんだ」
「マーレ・・・」
食い入るように写真の女性を見つめるファミールの顔は、何とも言い表しようもない複雑な表情だった。
「・・・写真だけじゃ、正直俺は何とも言えない。だた、何か心に火種が出来る様なホンワカした気分だ。
リン、この写真は俺よりもお前の方が大事な物なんじゃないか?何か、感じる事でもあるか?」
「・・・うん。これは、私の物よ」
「何?どうしてそんな事が言えるんだ?これは白骨死体が持っていた物なんだろう?」
「いずれ話すわ。マーレ、これを貰っていい?」
「ああ、お前の物ならば、返すだけだ」
マーレから受け取った顔写真が付いたカードを受け取った。おそらくもう使えないとは思うが、役には立つだろう。これの使い道は、自分が一番知っているのだ。
マーレが顔写真の事を皆に話そうと決意したのは、デメテルの手紙に背を押されたからだ。手紙の内容は、余りにも衝撃的過ぎて自分の口からは誰にも言えない。だが、リンがそれを思い出したのなら、いずれリンの口から語られるだろう。これだけは、話せない。
*
窓から見下ろす景色は爽快だ。足元の地べたでただ与えられた仕事をこなす家畜の姿を眺めることが出来る。
言うなれば牧場の牛か羊、箱庭の中では限られた自由の中で限られた事で満足しなければならない。何度となく繰り返されるルーチンワークと娯楽、内側にはフラストレーションが溜まりいつ爆発するかわからない。そんなギリギリな綱渡りをする民衆を思うととても哀れであり、笑わずにはいられなかった。
「ククッ・・・ハハハハハハハッ!!ヒッヒッ・・・ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
狂ったような笑い声が部屋に響き渡る。バンバンと窓を叩き唾を吐き散らす。それは単なる愉悦か、それとも狂人の一幕か、それはわからない。だが、その様子を見守るパリシとインパは首筋に嫌な汗が流れるのを抑えられなかった。
ひとしきり笑った後呼吸を落ち着かせてバアトは二人と向かい合った。
「いやいや、わざわざ呼び出してみっともない所を見せてすまないね。何しろ笑うしかない。いやいや笑わないとどうにかなってしまいだよ。
全く君達は実に面白い。天性の才能があるんじゃないか?芸人になる気はないかい?そうしてもらえると僕は大助かりだ」
それは遠回しな解雇の宣告だ。パリシはその場で土下座をし震える声で謝罪の意を示した。
「申し訳ありません!!今回の失態、如何なる処罰であろうと受ける覚悟です!!しかし、しかし、どうかもう一度だけ機会をお与えください・・・!!」
嗚咽交じりに、涙を流しつつ、パリシは謝った。そんなパリシの肩にバアトは優しく手を置いた。
「パリシ、君の誠意は十分伝わったよ。確かに君にも至らぬ点はあったけど、今回の責任で言えば君が負うのは一割程度だ。余りの可笑しさで僕も少し言いすぎてしまった、すまないね」
そしてバアトはゆっくりとインパに顔を向ける。その視線は見ているだけで相手を殺してしまえそうなぐらい冷たかった。
「優秀とはうぬぼれであり傲慢だ。君はもう少し自分の立場を理解していると思っていたが・・・残念だ。いや、実に残念だ。
確かにパリシの作戦は慎重に徹しすぎた面があるけど、何も家を燃やす必要はない。デメテルを殺せば十分なはずだろ?もし万が一に研究材料が死んでしまったらどうする気だったんだい?
一体じゃ足りなんだ。最低でももう一体必要だ。君は人類の栄えある未来を遠ざけようと言うのかい?もしそのつもりなら、僕は君を処分しないといけなくなるが・・・」
「私の生き甲斐はただ一つ・・・バアト様に服従し人類の栄えある未来の為にこの身を尽くす事です」
「・・・まぁ口では何とでも言えるよね。君は本当にそう思っているのかい?」
「バアト様!どうかインパを信じてあげてください!どうか彼に最後のチャンスをお与えください!」
切に願い入れるパリシは深く頭を下げた。バアトはパリシの姿を眺め、芝居がかった大仰な口調で喋り出した。
「美しい・・・。なんと美しい友情であろうか!友の為に運命を共にしようとするその絆はこの世のどんな宝石よりも輝いて見える!
君達なんとも・・・都合の良い間柄だ。そんな他者の為に身を犠牲にするパリシに免じて、君にチャンスを与えよう。完成品を捕獲するんだ。おそらくこの国を目指して向かって来ている途中だろう。出来れば事を荒立てたくなかったが、仕方ないね。君の全責任の元国内における捕獲行動も許可しよう。ただし、国民に死亡者を出したらどんな結果であろうと君は処理場送りだ。それとも闘技場がいいかい?どちらがいいか、考えておきたまえ」
「・・・承知いたしました」
マスク越しではわかり難いが、インパの中には嫉妬と憤怒が烈火の如く燃え盛っている。
深々と頭を下げ、インパは退室した。後にはバアトと土下座をしたままのパリシが残った。
「いい加減頭を上げてくれ。何時まで絨毯で顔を拭いているつもりだい?」
「も、申し訳ありません」
立ち上がるパリシの姿は精巧に作られた彫像の様に大きく逞しい。だが頑強に見えるのは見た目だけ、押し倒せば容易く壊れてしまうだろう。
「君は一体何にそんなに怯えているんだい?全く性格と外見の不一致もここまで来ると哀れで同情するよ。君は優秀だ。慎重で用心深い。裏を返すと臆病で決断力にかける。君はインパに何故あんな懇願をしたんだい?君達は別段仲が良い訳じゃないだろう?」
「それは・・・」
「はっきり言いたまえ。責任や叱責から逃れようと消極的な事しか出来ないのなら、君は今の地位から降格と言う事になるぞ」
「彼にも、幸せになる権利があるからです!」
全く予想をしていなかったのだろう、バアトは驚き目を丸くして馬鹿みたいに口を開けて棒立ちになってしまった。言い放ったパリシもやや赤面している。
「産まれた者には平等に幸せになる権利がある・・・バアト様はそうは思いませんか!?」
バアトは大仰に手を叩いた。可笑しそうに、しかし称賛する様に笑う。
「全く君は・・・なんて優しい鬼なんだ。まるで人と仲良くなりたい赤鬼だよ。
君の言う通りだ。全ての者には等しく生きる権利がある。幸せになる権利も、不幸になる権利も平等にね。だが、わかるだろう?今人類は窮地に立たされている。おそらくこのチコモストク以外に人間は生きてはいない。かつて地上を覆いつくすほど存在した人間も今では二百万人しかいないんだ。
このドームは僕が生み出した最大の業績にして人類への貢献。それでも収容人数は五百万人が限界だ。何より、地震や嵐、いつ不意な自然の猛威に晒されドームが壊れるとも限らない。時間はある様でない!一刻も早く外の放射能に適応できる新人類を作り出さねば人類は滅びの道を歩む事になる。
故に、人類にとって不必要な存在を受け入れる余裕はないんだよ。残酷で身勝手極まりないが、これもまた尊い犠牲だ。だからこそインパは、幸運だった。彼は自分の存在価値を失うのを恐れているだけなんだよ。ある意味では君とインパは似た者同士かもしれないね。類は友を呼ぶとも言うし、案外そうかもしれないね。
出来ればチコモストクに彼らが来る前に事をすませたかった。民衆に余計な不安を与えたくなかったからね。とは言え、彼らがここに来てまず向かう場所は決まっている。と言うか向かわしてあげるよ。インパだってそこ以外に彼らを捕えられる場所がない事ぐらいわかるだろう。そこでうまく行く事を僕は切に願うよ」
窓から見下ろす人々が住まう街。それを眺めるバアトの視線は蔑みと軽蔑の思いで冷え切っていた。窓に映りこむその視線を見たパリシは心臓を鷲掴みにされた様な恐ろしさが全身に走った。同時に、余りの哀れな姿に同情を禁じえなかった。
「バアト様・・・インパに期待をしてますか?」
「二割ぐらいね。期待されるだけ彼には頑張ってもらいたいよ。
パリシ、君にはもう用はない。ただ少しは自分で考えて行動したらどうなんだい?僕は君に期待しているんだよ」
「・・・失礼します」
期待、それが何を意味するのかパリシにはわかっていた。バアトはずっと、自分にもインパにも期待をしていた。その期待に応えられるだろうか?わかる事は、今がその期待に応える千載一遇の好機だと言う事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます