第15話 等しく与えられるもの
日が沈みかける黄昏時、カッサンドラはケイルと共に食堂の後片付けをしていた。既に他の子供達はお風呂で身体を洗っている。この片付けは誰に言われたものでもなく、カッサンドラ自身が承っている仕事だ。
「・・・カッサンドラ、そっちのテーブルを拭いてくれないか」
「うん」
二人は黙々と片付けをしている。子供二人では広い食堂も、繰り返し掃除していれば慣れてしまい素早く綺麗に的確に掃除が出来る様になる。
何時もの事、何時もの光景、そんな空間に扉を開けて入り込む一人の侵入者、それはフルールだった。フルールに気づいたケイルは感情のない冷たい眼差しを向けた。
「お腹が空いたと言っても、食べる物はありませんよ。必要ないとあなたが言ったんですから」
「違うの。そうじゃないの・・・。ねぇ、この時間は確か身体を洗うんじゃなかったの?どうしてここで片づけてるの?」
「それが役目だからです。誰かがやるのを待つのではなく、自分から行動するんですよ。
それで、何か御用ですか?何もなければ出てってください。掃除の邪魔です」
何処までも冷たい。何処までも冷淡。だが、それは決して悪意から来るものではない。フルールもそれはわかっている。わかってはいるが、わかっていない。
「聞きたい事があるの。あなた達の事を教えてほしいの」
「・・・教える事なんて何もありませんよ」
「ケイル・・・」
「・・・嫌な事は、話したくないものね」
その言葉と共にケイルの鋭い視線が向けられる。その瞳の奥には身を焦がす怒りが燃え盛っている。
海を眺め自分を見つめた時、初めて子供達を見た時に自分が抱いた気持ちがわかった。忌避、嫌悪、醜悪、醜い、ほんの僅かな間に自分の心に子供達とデメテルに対する非情な感情が沸き上がった。
知識として知っている人の姿と、自分達の姿はそこまで異なっていない。むしろ恵まれているとも言えるだろう。だがらこそ、異質な外見に恐れを抱いた。それは、当然にして冷酷な反応。子供達はきっと、その異形な外見を蔑まれ差別されたに違いない。
そしてそれは、真実である。真実であるからこそ、フルールにはわかっても本当の意味でわかることは出来ない。
「辛い目に会ったってわかるけど、そんなの都合のいい言葉よね。あなた達の辛さを経験していない私は、本当にあなた達を理解してあげる事は出来ない。
でも、私、助けてあげたいの。余計なお世話かもしれない。ただのお節介かもしれない。ありがた迷惑って思ってもらっても構わない。でも、守ってあげたいの。この気持ちだけは、本当だから・・・」
ケイルの瞳から怒りの感情が消えた。だがフルールを受け入れた訳ではない。その瞳は冷ややかで、氷の様に冷たい。
「口では何とでも言えるよな。初めてあなた達を見た時、僕達と同じ存在だと一目でわかりましたよ。そうじゃなきゃ、放射能に汚染された外に生身のまま出歩ける訳がない。
僕達とは余りにも違う、その綺麗に整った顔立ちと身体、妬んだよ。でも確かめようと思った。だから先生にあなた達の世話をさせてほしいと頼んだんだ。
ここで僕を見た時の表情、視線、引きつってた。醜いとでも思ったか?同じなんだよ。お前らは、僕達を生み出した人間と。大方お前ら完成品なんだろ?よかったな、僕達を踏み台して綺麗な姿で産まれることが出来て」
その言葉は重く、鋭く、心に響く。真実が持つ言葉の強さは、如何なる弁舌よりも人の心に訴えかける力を持っている。
「・・・フルールさん・・・・・・見てください・・・」
そう言うとカッサンドラは上着を脱ぎだした。驚いたフルールだが、決して止めようとはしない。カッサンドラの言葉には強い決意の意志が込められていた。それがわかっていて止めるのは野暮だ。
カッサンドラの上半身が露になる。その姿にフルールは息を呑んだ。身体が無い。いや、首から下、両腕の肘から先から身体の内部が透けている。細い血管が身体全体を駆け巡り、心臓の鼓動が目で見える。胃、小腸、大腸、肝臓、すい臓、盲腸、胆嚢など全ての臓器が宙に浮いているかのようだ。
「それは・・・」
「私は、人工的に作られた者の中で特異な存在と言われてました。薄気味悪いと言われ、蔑まれて、私を作った人は誰もこの身体を触ろうとしませんでした。
・・・わかってるんです。私は皆から怖がられてる、妬まれてる。服を着ればごまかせますから、顔は普通ですから・・・。私が食堂で夕ご飯の片づけをしてるのは、皆と一緒にお風呂に入れないからです・・・。
それでも皆は私に仲良くしてくれる。同じ辛い境遇を味わったから。でも、それは気遣いだってわかってるんです・・・!私に普通に接してくれるのは、ケイルと先生だけなんです・・・!」
泣いていた。その涙は、恵まれた容姿を持つが故の涙だった。異形の中であって異形ではない、それは強い孤独感である。幸運は不幸となり、皆と同じ様な姿で産まれたかったと願う様になってしまう。
フルールは何も言わずにカッサンドラに近づき、いきなり腹部を舐めた。
「ひゃあ!!?」
今まで味わった事のない感触に妙に上擦った声が出てしまう。ケイルもフルールの暴挙に近い行動に驚いている。
「くすぐったかった?」
「フ、フルールさん・・・何をするんですか・・・?」
ねっとりとくすぐられる様な感覚に変に艶めかしい声が出てしまう。
「私の身体にも、ケイルの身体にも、誰の身体にも臓器が入ってるの。気持ち悪いなんて事はない。普段見えないから怖がっているだけ、あなたを嫌っている訳じゃないのよ。大丈夫、恐れちゃ駄目、家族なんだから。ありのままの自分でいれば皆受け入れてくれるわよ」
「・・・・・・家族。あの時、フルールさんがそう言ってくれて、皆が私にとって大切な存在なんだと気づきました。
でも、あの後やっぱり何時もと変わらなくて・・・私、信じられなくなってきて・・・。
私・・・皆と本当の意味で家族になる為に、自分のこの姿を受け入れます・・・!先生がいる・・・ケイルがいる・・・フルールさんが舐めてくれた・・・!もう・・・怖くありません!!」
泣いていた。しかしその涙は先程の自分の容姿への怒りではなかった。受け入れてくれた事への歓喜、嬉しさだった。
だが、ケイルだけはフルールを受け入れられなかった。
「そんなの、でまかせだ!どうせ信頼が欲しいだけなんだろ!そうに決まってる!人間はいざとなれば相手を騙す為に何だってするんだ!」
「ケイル、信じてくれだなんて言わない。でも、あなた達を助けたい、守りたいって言う気持ちだけは信じてほしいの」
「うるさい!お前に何がわかる!差別されたこともないお前に、僕達の何がわかるんだ!」
それは、心の底に染み付いた自分を生み出した人間への怒りだった。
フルールは何も言わなかった。言葉はもう意味をなさない。黙ってケイルに近づくと、顔引き寄せ接吻をした。ケイルは驚き暴れるが、フルールの力には敵わない。カッサンドラは顔を赤面させ開いた口が塞がらなかった。
時間にしておよそ一分の接吻が終わり、二人の顔は離れた。
「私は、先生とは違う。だから、先生と同じ様には出来ないけど、愛してあげる事は出来るから・・・」
フルールが海を眺め辿り着いた答え、それは愛だった。産まれてまず得るものは、親の愛。きっとこの子供達は愛を与えられていない。だから、愛してあげようと決めた。
ケイルはしばし放心状態だったが、しばらくして一筋の涙が流れた。
「・・・・・・初めて」
「ケイル?」
「先生以外で・・・初めてキスをしてくれた・・・」
次第にその顔が涙で歪み出す。そんなケイルをフルールは優しく抱きしめた。
「ケイル・・・私達は家族を攫わちゃったの。助けにいかないといけない。でも、必ず戻って来る。そうしたら・・・ずっと一緒にいてあげるからね・・・!」
「うん・・・!」
厚く張った氷は溶けた。フルールは自分生き方を、覚悟を決めた。自分の勝手な決定、いつかは皆に打ち明けるつもりだ。
だが、今は言わないでおく。ウインドを助けようと言うこの局面で、皆に余計な気を使わせてはならない。生きて、戻って来るのだ。子供達の為にも。
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