第13話 母親

 家に戻って来たデメテルは子供達と共に昼食の支度をし、食事を終えた。

 何も変わらない。この子供達も、あの子達も、皆同じなのだ。だから、今まで通り変わらずにいればそれでいい。

 食休みを取る為にデメテルは自室に戻った。子供達と一緒にいるのは楽しく和むが、好奇心旺盛で遊び盛りの子供達ずっと一緒にいると流石に疲れる。身体不調で余計な心配を掛けない為にも休息は必要なのだ。

 部屋に戻ると、顔を抱える様に俯いているマーレがソファに座っていた。その姿は、自分の過ちを酷く後悔している罪人の様にも見えた。落ち込んでいるのか、それとも悩みがあるのか、今までの経験でマーレの内心をある程度様子で察した。

 「あら、どうしたのマーレ?そんなに悩みこんで、私でよかったら相談相手になるわよ」

 優しく相手を落ち着かせる様に言い、デメテルはマーレの隣に座った。

 「・・・・・・わかるのか?私の気持ちが・・・」

 「そんなに暗い顔で俯いているのを見たらわかるわよ」

 「・・・そうか」

 何処か気落ちしている。デメテルは何も言わずにマーレの背中を優しく撫ぜた。温かい体温が身体に染み渡り、マーレは僅かに気を持ち直し顔を上げた。

 「あなたは優しいな、デメテル・・・。フルールとは違う温かさがある」

 「人には人の良い所があるわ。私には私の、フルールにはフルールの、マーレにはマーレの良さがあるのよ」

 特に深く考えた言葉ではなかったが、マーレの心には水面に広がる大きな波紋の様に強く響いた。

 「・・・デメテル・・・その、申し訳ないが・・・私の話しに付き合ってくれるか?あなたしか・・・相談相手が考え付かないんだ・・・」

 「いいわよ。何でも言ってごらんなさい」

 「・・・会ったばかりのあなたにこんな事を言うのは何だが、私は・・・自分がわからないんだ」

 「どうしてそう思うの?」

 「私は家族の中で一番最初に産まれた。長女であり、年長者であり、家族を守る義務があると思っていた。家にいる時、私はずっとそうしてきた。でも、失敗するのを恐れてる。私は家族を傷つけてはいけないと気を張り、少し失敗を延々引きずってしまう。

 リンにも、ファミーユにも言われた。「頼ってくれ」と。だが、頭ではわかっていても、どうすればいいのかわからない・・・!私は・・・私は・・・」

 マーレは泣いていない。だが、デメテルには泣いている様に見える。心が泣いているのだ。気丈である。自分の弱い所を見せない様に振る舞い、他者に心配させない様にしている。

 デメテルはマーレを抱きしめた。突然の事に驚いたマーレだが、驚きに反し身体は待っていたかの様に受け入れた。

 温かく、大きく、胸に抱かれた心臓の鼓動音が心地いい。耳に聞こえる水が流れる音は、デメテルの身体の中を巡る血の音だ。その音はまるで、大好きな海の音に似ている。

 「マーレ・・・家族の事、大好きなのね・・・」

 「ああ・・・かけがえのない・・・大切な存在だ・・・」

 「あなたのその気持ち・・・私もわかる。私も子供達の事が大好きだから。

 でもね、マーレ。守のも、助けるのも、義務じゃないの。そんな自分を追い詰める様にしても、空回りするだけよ。本当の自分を受け入れないといけないの」

 「本当の・・・自分・・・?」

 「何も考えずに静かに目を閉じて・・・。そうすれば自分の心と向き合えるから・・・」

 言われるままにマーレは目を閉じた。デメテルの息使いと鼓動音、部屋の外から聞こえる子供達の無邪気な声と足音、窓の外から聞こえる風で揺れる葉の揺れる音。次第にそれらの音が遠ざかり、代わりに聞こえてくるのは水の流れる音。デメテルの血の音ではない。意識を集中させると、それは自分の身体の中を巡る血の音だった。

 血と共に意識が身体全体に広がっていく。その奥に、奥底に手が届く。見ない様に、考えない様に鍵を掛けた自分の気持ちが、今、開かれた。

 (・・・ああ、そうだ。私は寂しかったんだ・・・。産まれてすぐ、私はあの家で一人で生きる事になった。孤独で・・・心細くて・・・泣いて過ごす事が多かった・・・。

 唯一のよりどころは、あの骸だけだった。何故か、あの骸と一緒にいると・・・心が安らいだ。一人だが、一人ではなかった。夜はあの骸と一緒に寝ていた・・・。誰にも渡したくない、独占したかった。だから、ウインドが産まれた後、あの場所に骸を埋めたんだ。

 甘えたかった・・・頼りたかった・・・だが妹や弟の為にも、私がしっかりしなければならないと決め込んでいた。私が守らねば・・・支えなければと・・・。一人になりたくなったんだ・・・

 ・・・愚かだ、私は。そんな事、誰が望んだ?頼まれた訳でも・・・自分が望んだ訳でもない・・・強迫観念だったんだ・・・。これでは・・・守れるはずがないだろう・・・こんな、自分勝手な気持ちでは・・・)

 家族を守るつもりで、守っていたのは自分だった。自分を守っているつもりで、少しづつ底なしの沼に沈んでいっていた。

 ウインドの様にはなれないかもしれない。だが、自分なりに素直になってみようと思った。変わるのは大変だが、変わらなければ守れない。

 「先生・・・甘えてもいい・・・?」

 「いいに決まってるでしょ。ずっと抱きしめてあげるわよ・・・」

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