第11話 歴史

 家の中は見てわかる様に広々としていた。しかし自分達の家の広さをよく知っているリンもフルールもマーレも手狭さを感じていた。

 家の中はよくわからない物で埋め尽くされている。下に敷かれてあるのは動物の毛皮の様な感触だが、複雑な模様と踏み心地から毛皮とは違う何かだと察した。岩を削って作ったのだろうか、丸く何かを入れられそうな置物には花が入れられてある。窓の傍にぶら下がっている布は、触れて見るとつやつやとした触れた事のない感触だ。天井からぶら下がっているガラスからは日の光とは似て異なる眩しい光が発せられている。

 左右の壁には扉があり、僅かに開いた箇所から先程の子供達がこちらの様子を窺っている。小声で話しているが、自分達にははっきりと聞こえていた。

 『どうして先生人間を連れて来たんだろう?』

 『でも人間は防護服がないと外に出られないんでしょ?』

 『あの耳、絵本で見た狼みたい。人間にはあんなのないし、きっと人間じゃないんだよ』

 『じゃあ私達と同じなのかな?でも、あんなに綺麗なの見た事が無いよ』

 会話の意味はよくわからないが、非常に意味深な内容だった。 

 そのまま黙って後を付いて行き、階段を上がると細い廊下が壁に沿う様に作られている。左側の壁の隅の扉を開けると、やや手狭な、それでも人一人が暮らすには十分な部屋があった。棚には本が隙間なく置かれており、机の上はよくわからない資料が散らばっていた。

 「その子をベッドに寝かせてあげて。疲れているんでしょう?」

 「いいんですか・・・?」

 「気にしないでいいのよ。この家は外に住まう者皆の家なんだから」

 意味深な発言に全員の顔色が変わった。この女性は何かを知っている。ともかくフルールをベッドに寝かし、女性に向かい合った。

 「自己紹介がまだでしたね。私はマーレと言います」

 「私はリンです」

 「フルールと言います」

 「ファミーユだ」

 「ご丁寧にありがとう。私はデメテル。子供達からは先生と呼ばれてるわ」

 穏やかなで、和やかな雰囲気を漂わせた人だ。つられて笑みを浮かべそうになるが、人に見えない外見が笑みを浮かべる事を拒絶した。

 だが、会ったばかりで「あなたは人間なんですか?」などと失礼極まりない質問が出来るだろうか?何て躊躇していたら、遠慮のない男が訪ねてしまった。

 「ところで、あんたは人間なのか?俺達が知っている人間の姿とだいぶ異なってるぞ。あの子供達も同じだ。あんた達は一体何者なんだ?」

 はっきりとものを言うのにも程がある。ファミーユには場の空気や相手の気持ちを考えて発言する事は出来ないのだろうか?リンもマーレもフルールも頭の中が真っ白になった。どうぞ怒ってくださいと挑発している様なものだ。一気に空気が張り詰めた。

 「人間よ。ただし、人間に作られた人間よ」

 しかしデメテルは怒る事も無く穏やかに静かに答えた。まるで、そう聞かれるのが慣れているかの様に。

 「どういう事だ?人間は人間から産まれるんだから、人間が作るも同じだろう?」

 「・・・私達は母親のお腹から産まれてはいないの。私達は、透明のガラスの中で作られた人工人間なのよ」

 それは、それは自分達の産まれとそっくりではないか。驚愕、衝撃、吃驚、愕然、驚きの余り全員言葉を失った。

 「あなた達は、この世界の歴史をご存じ?」

 「・・・・・・いや、何も知らない」

 「なら、今から歴史のお勉強をしましょうか。ただ、少し長くなるからお茶でも入れてからね」


                   *


 二本の触手を器用に扱い、綺麗な模様が描かれたコップに紅茶を入れていく。鼻に近づけるといい香りがして、飲むと身体の芯から温まり落ち着く気がする。

 「今から三百年前、世界には沢山の人間が住んでいたわ。それはもう、沢山。百億人だなんて、想像も出来ないわよね。

 人間は高度に発達した文明を持ち、自分達の暮らしが豊かになる機械を発明し、それは日々進化していった。だけど、それに反して人間の暮らしは苦しくなっていった。この地上に、百億人の人間が住む家も行き渡る食料もなかったの。森や山を切り開き、自然と言う自然を破壊して住む場所や食料生産工場を作ったけれども、それは逆に自らの首を絞める結果となった。

 知ってる?木や草は私達が生きるのに必要不可欠な酸素を作ってくれるの。それに大地を支える役目もあるし、地上を冷やす効果もあるのよ。大気は汚染され、あちこちで土砂崩れや地盤沈下が起きて、温度の上昇に伴い北極と南極の氷が解けて海面が上昇、ただでさえ住む場所に困っていた人間は更に追い詰められたわ。

 追い詰められると手段を問わなくなるのが人間。世界中で戦争が起き始めたわ。手を取り合い助け合うのではなく、人間同士が殺し合う戦争がね。自分だけが助かりたい、生き残りたい、死にたくない、飢えたくない、そんな思いが人間を戦争に走らせたのよ。自分勝手で、利己的で、傲慢で、見栄っ張り、綺麗なのは上辺だけで結局自分の事しか考えないのが人間だった。

 ・・・人間はね、汚いのよ。ただ、全部が全部そうじゃない。汚泥の中に咲く一輪の花の様に、綺麗な人間もいるの。ただ、ずっと咲いていられる花は極僅かだけどね・・・」

 哀愁に満ちた、それでいて優しい表情をした。その時リンは、デメテルが僅かに自分に視線を向けた事に気づいた。それに一体どんな意味があるのか、リンはわかったがわからなかった。

 「そして、遂に人間は核を使用したの。わかりやすく言うと、放射能と言う毒が詰まった爆弾よ。それを使用すれば人間どころか世界が滅ぶ。どうして自分達を殺してしまう核を使ったのか、意図があるのか、何かのはずみか、それは私もわからない、誰にもわからないわ。

 とにかく、世界は核のよって滅びたの。でも、一部の人間はこうなる事を予見していた。集められるだけの人間を集めて、核から身を守れるシェルターを作ったのよ。他に生き残った人間がいるかどうかわからないけど、そのシェルターのお陰で総勢五十万人の人間が生き延びたわ。

 人間は地上が放射能によって汚染され、放射能が消えるまでの時間コールドスリープ、冷凍冬眠で過ごす事にしたの。でも、安全にコールドスリープ出来るのは二百年が限界だった。そして二百年では、地上の放射能は消えてなかったの。生身で外に出れば一瞬の内に身体に変調をもたらし、二時間以内に死に至る放射能。人間はシェルターから外に出られなくなった。

 けれど、自然は二百年の間に蘇った。人間が寝ている間に、自然は放射能に適応できたのよ。自然だけじゃない。かつては人間のせいで絶滅しかかった動物達も放射能に適応し自然の中で数を増やし暮らしていたの。

 人間達は驚いたわ。自然の持つ生命力の強さは知っていた。だけど動物まで放射能に適応して生存しているとは考えられなかった。同じ動物である人間が死ぬ程の放射能に、何故か動物は適応できた。人間達はこの理由を解明しようとしたけど結局何もわからなかった。精々が放射能による遺伝子変化による外見・身体上の変化だけだった。

 人間は追い詰められていたわ。シェルターに閉じこもっていても食料や水の限界が訪れる。生き残った人間は自然から隔離されてしまったの。・・・神様と言うのがいるのなら、神の救いと言うべきなんでしょうね。今から七十年前、一人の天才が産まれ、失われかけた文明を再起させ人類を繁栄させる事に成功したの。その男の名はバアト。そう、私やあの子達を作り出した人類の救世主よ」

 ここでデメテルは一旦言葉を切り、紅茶を飲み一息ついた。

 「バアトはシェルターを大きく拡張させ、五百万人もの人類が住める国を作り上げた。指導者となったバアトは人類が再び地上に脚を踏み入れられる様に、放射能に耐性を持つ人間を作り出そうとした。何故人間を作るのか?それは今の人間を放射能に適応させるのが不可能だという結論から出た事よ。人間は知能や適応能力は高いけど、それ以外は余りにも脆弱だったの。

 放射能に適応し、かつ人間との生殖が可能な人間を作り出す。後々の子孫が再び地上に人間という種を広めてくれる事を信じて始まった研究は、難航した。そう簡単に人間と生殖が出来る人間は作れない。それどころか放射能による遺伝子の変化で奇形児が産まれたの。多くは長くは生きられなかった。でも、回数を重ねるごとに生殖は出来なくとも人並みに生きられる人間は増えてきた。それが、私達なのよ。

 これが、世界の歴史よ。何か質問はある?」

 長い説明が終わった。正直な所、難しくわからない箇所もあった。質問を使用にも怒涛の如く押し寄せる内容に処理が追い付かない。だが最も重要なのは、自分達の産まれと彼女達の産まれが全く同じだと言う事だ。

 「その話しが事実だと言う証拠はあるのか?」

 「この事を記した本ならありますよ。それが確かな物とは言えないけれど、読んで見ますか?」

 「・・・いや、いい」

 文字が読めないからとはとても言えない。

 「・・・もう一つ聞こう。さっきの説明で、あんた達がここにいる理由が説明されていない。・・・あの透明な壁で作られた建物から逃げて来たのか?」

 「・・・・・・そうよ」

 デメテルは静かに言った。短い返事には、それ以上聞かれたくないと言う意志がはっきりと含まれていた。

 「デメテル。あなたに聞きたい事があります。私達はここより離れた島で産まれました。そしてあなたが話した様に、機械で、透明なガラスの中から産まれたのです。

 あなたは、私達の事を何か知っていますか?私達は、何者なんですか?」

 初めは気になった。しかし皆で生きていくのにそんな事を気にしてもしょうがないと気にしなくなった。だが今、再びその疑問が再燃した。

 「・・・私はあなた達が何者なのか、どうしてその場所で産まれたのかはわかりません。しかし、きっとあなた達も私達と同じ存在なのでしょう。外を自由に出歩けるのがその証拠です。

 どうですか?この家に住む気はありませんか?外にいる者は全て私の子供、平穏な暮らしを送る気はない?」

 「それは出来ない。私達にはやらなければならない事がある。明日にでもすぐ旅立たないと」

 「ずっと無理でも、しばらくはいてもいいんじゃない?私達はこの世界の事を余りにも知らない。今教えて貰ったけど、一緒に暮らす事でもっと深く学べるかもしれない。

 色々な事を知る為にも、ここにいてもいいですか先生?」

 「もちろんよ!じゃあ皆に教えて来るわ!」

 デメテルは嬉々とした様子で部屋を出て行った。

 「リン、わかっているのかわかっているのか?私達はウインドを助けなければならないんだぞ」

 「・・・わかってる。だけど、考えなしにその国に行っても捕まって終わるだけ。ウインドを助ける為にも、もっと国の情報を得ないといけない。

 それに、私達はこの世界についてよくわかってない。今の説明だけじゃはっきりしない部分もあるし、ここで教えてもらうのもいいかもしれない」

 「そうね・・・。それに私達は余りにも知らなすぎる。私・・・あの子達の事をもっとよく知りたいわ」

 「それに一週間ほぼ休みなしで来たからな。ここらで休んだ方が身の為だろう」

 「・・・そうか。・・・そうだな」

 皆の言う事は最もだ。何処か不満を残しつつもマーレも同意してくれた。

 ウインドを助ける為に国の事を知りたい。それに偽りはない。だが本心は別の所にある。デメテルが話してくれた世界の歴史、おそらく自分だけが内容を理解できた。まるで、知っているかの様に。

 デメテルと初めて会った時、自分は懐かしいという郷愁を感じた。忘れているのだ、きっとまだ自分は。子供達の事を思い出してもデメテルの事を。デメテルは、きっと自分達の事を知っている。知りたい、自分達の事を、どんな真実であろうとも。

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