第10話 出会い

 あれから四日が経ち、大陸に降り立ってから一週間が過ぎた。岩山から見えたあの建物に向かう事に決めた。

 比較的なだらかな道の時もあれば、山林地帯を越える事もあった。道のりは険しく、体力を消耗する。また、あの建物以外に建造物を見つける事も出来なかった。

 何も食べれない日があった。水が飲めずに犬の様に喘ぎながら意識が朦朧として進む事もある。追い詰められれば手段は問わない。そこら辺に生えている草や虫を構わず食べた。生きる為には喰わなければ、ウインドの為にも生きなければ。その想いが全員に力を与えてくれた。

 だが過酷だ。そして仲間内でも体力の低いフルールが遂に倒れてしまった。

 「フルール!」

 マーレが駆け寄り身体を揺する。

 「ごめんなさい・・・・・・少し疲れちゃって・・・・・・」

 「無理もない。この強行軍の上にまともな道はほとんど通ってないんだ。リン、マーレ、俺の荷物を二人で別けて持ってくれ。俺がフルールを背負っていく」

 「ならば私が」

 「体力も力も俺が一番ある。現状最善の策を尽くして前に進むにはこれが最適だ」

 「・・・わかった」

 今更だが、ここまで全ての荷物はファミーユが持ち運んできた。ほとんど空の鞄はともかく防護服を四着背負って運ぶのは負担になっていたはずだ。しかし、ここまで行軍含め声に疲れの色は一切見られない。

 リンが鞄一つと防護服二着、マーレが鞄二つと防護服二着持ち、ファミーユはフルールを背負いあげた。

 「すみません・・・私が力不足なばかりに・・・」

 「気にするな。俺が背負っている内に昼寝でもしてればいいさ」

 言葉はあっさりしているが、フルールはファミーユの確かな優しさを感じた。

 初めは相手の気持ちを考えない冷淡な人だと思った。しかし言葉の端々に含まれる労りや思いやり、厳しくも窘める様な言い方は皆の為を想っての事だ。厳しさは愛情の裏返しとはよく言ったものだ。

 自然を大切にするのは皆同じだが、命を大切にする気持ちは誰よりも強いのかもしれない。いつの間にかフルールはファミーユに対して強い信頼を抱いていた。

 大きな背中は暖かく頼りになりそうだ。その剛腕はどんな障害物も粉砕し、疲れ知らずの身体は皆を引っ張る原動力になりそうだ。どんな事があってもぶれない強さがファミーユにはありそうだ。

 (男の人って・・・こんなに頼りになるんだ・・・) 

 フルールは気づいた。今、自分はファミーユに甘えているのだ。今まで誰かに甘える事などなかった。むしろ家族が自分に甘えてくる事が多かった。自分も甘えよう。誰かに甘える事も、時には必要だ。

 ふと、ファミーユが立ち止まった。しきりに辺りの匂いを嗅ぐ様な仕草をしている。一瞬遅れて三人も気づいた。風に交じって何か動物の臭いが漂って来る。

 「北東からだな・・・。どうする?」

 「行ってみよう。だが、気づかれない様に慎重にだ」

 「わかった」

 風に漂って来る臭いは薄い。おそらくある程度の距離が離れていると思われた。臭いを辿り進んで行くと、森に出た。家の森とは違い、何処か乾いた針葉樹林だった。地面には落ち葉が散らばり、地面を隠している。

 木々が生い茂り普通なら迷ってしまいそうだが、こちらには確かな道標がある。臭いを嗅ぎ取りつつ静かに森を進んだ。

 一時間程進み、開けた場所に出た。そこは森の外に位置する場所で、海が近いのか潮の香りも感じられた。そして眼前に見える建物は、知識の上では知っているが見るのは初めてだった。

 「大きな家・・・」 

 石作りではない、木造の、二階建ての家で森の木々より更に大きい。四十人ぐらいは住めそうだ。下の階と上の階それぞれに窓が四つ付いている。周囲には何の為の道具なのか、蜘蛛の巣の様に入り組んだ置物や紐で吊るされた木の板や砂場などがある。

 そこで遊んでいるのは子供だが・・・四人にはそれが人の子供にはとても見えなかった。まるでカエルの様に頭が凹み眼が大きく出ている子に、首がなく顔が直接身体に繋がり左手が無く右手が異様に肥大化している子など、異形な子供達が楽しそうに遊んでいる。

 (あれは・・・あの子供達は・・・)

 頭に小さな痛みが走る。そう、知っている。自分はあの子供達が何故異形の姿をしているのか知っている。・・・だが、それを言う事は憚れた。

 「・・・何なんだ・・・あれは・・・」

 ファミーユが茫然と言った。

 「私が話しをしてみる。ここで待っていてくれ」

 マーレが子供達の元に行く。物音に気付いた子供達が一斉にマーレの方を振り向いた。

 「・・・すまない。少し聞きたい事が」

 「人間だ!」

 「逃げろ!先生を呼べ!」

 マーレを見るなり子供達はそう叫び一斉に家の中に逃げ込んで行った。突然の出来事に呆気にとられ所在なくマーレは立ち尽くしてしまった。

 しばらくして玄関の扉が開き一人の女性が出てきたが、彼女もまた異形であった。右腕は普通の腕だが左腕が肩の付け根から細く枝分かれし触手の様に動いている。小さく豆の様な右目に対し異常に大きな左目、歩き方も何処かぎこちない。

 女性はマーレを見て驚いた顔をしたが、すぐに優しく穏やかな表情になった。

 「ようこそレリフの家へ。私達はあなた達を歓迎するわ」

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