第8話 旅立ち

 夜空に輝く月と星々が大地を頼りなく照らす。しかし、今はいつもよりも暗く見えていた。

 フルールは長い爪を器用に扱いマーレの身体に入り込んだ固い物体を摘出していた。フルールの手は赤く染まり、マーレは歯を食いしばって痛みに耐えていた。

 「・・・・・・・・・掴んだ!」

 「!!」

 何とも言えない感触と痛みを堪えつつ、マーレの身体から最後の固い物体が摘出された。

 「これで全部よ。次は傷を止血しないと」

 「ああ、頼む。それと・・・」

 周囲の空気は重く、そして冷たかった。リンは膝を抱えて泣き続け、五人目の家族は目を閉じたまま寝ているのか起きているのかわからなかった。尚衣服はフルールにある場所を教えてもらい自分で取ってきた。

 『もう皆元気出してよ!ほら!新しい家族の名前を決めないと!』頭の中でウインドの声がする。フルールからあの四人を始末した時には既に海を移動する物は家から離れていたと説明された。

 助けられなかった。家族を失った。新しい家族は出来たが、喜びを塗りつぶす勢いで悲しみと寂しさと、自責の念が込み上げてくる。

 「全て私の責任だ。あの時服など着ずにすぐに向かっていればウインドを助ける事は出来たんだ。皆を守る立場でありながら、私は・・・・・・」

 「マーレは悪くない。私が悪いの。目の前にいながら頭痛に襲われて、逃げる事しか出来なかった!私が・・・私がそんな事じゃなかったら・・・」

 「リン。それは仕方がない。ウインドはお前に逃げろと言ったのだろう?無理をして二人が攫われては元も子もない。ウインドもリンも取った判断は正しい。責任は私にあるんだ・・・守る事が出来なかった私に・・・」

 「何時まで傷を舐め合っていれば気が済むんだ?」

 今まで黙っていた五人目の家族が眼を開き口を開いた。

 「悪いだの悪くないだの、お互い悪いに決まってるだろう。そんな重要な時に頭痛に襲われるリンも、呑気に服を着ているマーレも悪いんだよ」

 それはおそらく正しい評価だろう。しかし、余りにも情がない。余りにも冷酷な言い草だ。他人の気持ちを思わない発言に、フルールは怒りを露にした。

 「そんな言い方しなくてもいいでしょう!こんな事があって皆傷ついたのよ!もっと優しく言ってあげる事は出来ないの!?」

 「俺達は家族なんだろう?だったら優しさだけじゃなくて、はっきり言ってやる厳しさも必要だろう?

 第一ここでこんな事を言い合っていて何の意味がある?起こってしまった事はどうしょうないだろう。ウインドが攫われた事を悲しむ前に、やる事があるんじゃないか?」

 「だからってそんな言い方」

 「待ってくれフルール」

 尚も突っかかろうとしたフルールを制し、マーレが向かい合った。

 「お前の言う通りだ。言い合っていても意味がない。ウインドを助ける、どんな手を使ってでも必ずだ。家族は助け合い守り合う、そうだろう?」

 「ああ、その通りだと思うよ。それにしても、産まれてすぐ家族の危機で、しかも攫われた家族を助けに海を渡るなんてな。俺の人生、前途多難だな」

 「乗り越えれば平穏だ」

 永遠に続く平和などない。何時かは必ず災害に見舞われ乱される。だが逆に、永遠に続く災害などないのだ。一番肝心なのは、災害を乗り切った後にどうするかだ。

 「リン。お前、何かを思い出したんじゃないか?それが何なのか、教えてくれないか。もしかしたら、ウインドを助ける手掛かりになるかもしれない」

 膝を抱えて泣いていたリン。しかしもう泣いてはいなかった。新しい家族に言われた事、悲しんでいる暇などないのだ。ウインドを助ける為にも、気を強く持たなければ。

 「・・・多分、ウインドを助けられる方法だと思う」

 「本当か!?」

 「うん。私達が産まれた場所に、その方法がある」


                   *


 水が激しく流れ落ちる大瀑布は夜になっても壮大で美しかった。ここで初めて会ったのがウインドだ。今でも目を閉じるとウインドの声と姿が浮かび上がる。太陽の様に眩しい笑顔、水飛沫を上げながら走り回り、『一緒に遊ぼう!』と語り掛けてくれる・・・

 「おい、思い出に浸るのは後にしてくれ」

 「あっ・・・。ごめんなさい。えっと確かこっちにあると思うけど・・・」

 急かされて案内するリンを見て、フルールは悲しくも慈愛に満ちた目を見守り、五番目の家族には少し厳しい目を向けた。ちなみにマーレは怪我をしている事もあり森で休んでいる。

 産まれた場所は先端が折れ、中央に産まれた場所があり、後方に魚の尾の様な物が付いている。今まで中央以外は誰も触らなかったし、基本ここに来るのがウインドと言う事もあり何かに気づくと言う事もなかった。

 後方部分を探ると、ひしゃげて歪んだ大きな扉の様な物を見つけた。リンが引っ張るがビクともせず、フルールと二人で引っ張っても駄目だった。しかし五番目の家族が力を込めて引っ張ると何かが壊れる様な音が響き、ゆっくりと扉が外れていきその勢いで扉を剥がし投げ捨てた。

 「力持ちなんだね」

 「体格が違うって、見ればわかるだろ」

 中は真っ暗で何も見えなかった。松明を持ってきて正解だった。まず目に付いたのは、あの海を渡って来た物だった。間近で見るとその冷たく無機質な大きさに圧倒される。

 「・・・これって、あの時海を渡って来た物?どうしてこんな所にあるの?」

 「わからない。・・・けど、これは船だよ」

 「フネ?」

 「海や水の上を人が渡る為の道具だよ」

 フルールは信じられなかった。こんな固くて重そうな物が海や水の上に浮かぶと言うのか?まるで夢みたいだ。

 「それはわかったが、こんな物をどうやって動かすんだ?これを運ぶのは全員の力を合わせても流石に無理だぞ」

 「・・・他にも何かあるかも知れない。探してみよう」

 探すととは言ったが松明は一つしかないのでリンを先頭に半ば手探りで調べる事になった。壁際に沿って歩いていると何かにぶつかり、照らして見るとそこにはあの茶色い人が佇んでいた。

 「きゃあぁぁぁぁーーー!!!」

 フルールの叫び声がわんわんと反響する。五番目の家族も身構えるが、リンは落ち着いていた。

 「大丈夫。中には誰も入っていないよ。これは、防護服だよ」

 「ぼ、防護服?それって、何かから身を守る服って事?」

 「外殻って訳じゃなさそうだ。俺が奴らを殺した時これは簡単に千切れたからな。襲われるものじゃない、何かからだな。それはわかるか?」

 リンは首を振った。

 「わからない。まだそこまでは、思い出していない」

 「そうか。まぁ、無理をする事はない。ゆっくりでいいさ」

 不意に出た気遣いの言葉にリンはキョトンとし、嬉しそうに笑った。フルールも同じだ。

 壁に沿って歩き続けると、防護服が無数に壁にかけられている。その数はニ十着はありそうだ。

 「どうしてこんなにあるのかしら?」

 「さぁな。知らない事を気にしても無駄なだけだろ」

 自身の疑問をばっさりと切り捨てられフルールは不満そうだが、これはリンにもまだわからない事なので何も言えなかった。

 その後巨大な船の後ろに周り、反対の壁際に出ると壁に吊るされた小型の船が見つかった。大きさも申し分なく、四人が乗って更にある程度の荷物も積めそうだ。

 「これなら海まで運べるし、ウインドを助けに行けるわ!」

 「うん。そうだね・・・」

 「どうしたの?何か気になるの?」

 「都合がいいって思っちゃって。こんな起きる事を見通した様な物があるなんて、何かおかしいよね?」

 「都合がいい事には理由があるもんさ。今はわからなくても後でわかるだろ。俺はこれを浜辺に運んどくから二人はもう休んでろ。明日は準備で忙しいぞ」


                   *

 

 『おはよーーーー!!!』

 ふとウインドの声が聞こえた気がしてリンは跳ね起きた。しかし、幻聴。辺りは静寂。余りにも非情な静寂。これ程静かで、寂しい朝が想像できただろうか?

 リンは一人一人起こして周った。静かなる目覚めにフルールもマーレも戸惑いの色が隠せない。唯一、五番目の家族は馴染みがない為か平然として見える。

 無言のまま身体と顔を洗い、朝食を食べる。まるで火が消えた様に活力がない。太陽を失った花は次第に萎れ枯れてしまう。その印象に近い。

 傷を負っているマーレはフルールと共に食料や水の用意をする事になり、リンは五番目の家族と共に船の様子と動かし方を調べに行った。

 「これは何だ?」

 マーレが手に取ったのは沢山の口の様なものが付いた背負うものだった。

 「昨日船を探している時に見つけたの。リンは「鞄」って言ってたわ。その口を開けると沢山物が入れられるから三つ持ってきたのよ」

 確かにこれなら荷物はかさばらないし運ぶのに便利そうだ。

 干してあった魚の干物を葉で包み込み全て持っていく。あらかじめ焼いたきのこに食べられる木の実。果汁の入った木の実を八個、他に穴を開けた木の実に水を入れたのを八個持っていく事にする。更に日除けの大きな葉を四枚畳んで入れていく。

 食料、水、日除け、三つに別けた頃には鞄は満杯になっていた。

 「これでよし・・・。マーレ、他に何か入れるものはある?・・・・・・マーレ?」

 作業に集中していて気づかなかったが、いつの間にかマーレがいなくなっている。ウインドが攫われたばかり、不安に駆られたフルールは森の中を駆けだした。

 「マーレ!何処にいるのマーレ!」

 川を渡り森の奥に進むと、風に流れてマーレの匂いが漂ってきた。臭いには微かに土の香りもする。臭いを辿り走ると、深く入り組んだ森の奥にマーレは佇んでいた。

 「マーレ!どうしてこんな所に・・・・・・」

 いるの!?と続けて言う言葉が出なかった。マーレが見下ろす掘り返された地面には、自分達と同じ衣服を着た白骨死体が埋まっていた。

 「マ、マーレ・・・それ、誰なの・・・・・・?」

 「・・・私が一番最初に産まれた時、隣の部屋で死んでいた人だ。その時にはもう白骨化していたがな。

 この人は、何か私達にとって大切な人なのかもしれない。だが、同時に係わってはいけない人の様な気もするんだ。だから、誰も来ない様なこの場所に埋めたんだ」

 「・・・そう」

 フルールは何処かマーレに対する疎外感を感じた。マーレの言っている事はわかる。しかし、自分達は同じ場所から産まれた家族だ。これは自分達全員が抱える問題だ。マーレ一人が抱え込む事ではない。何故、マーレはこの事を黙っていたのだろうか?

 マーレがこちらに来る。その手には何か薄い半透明の中に入った紙を手にしていた。なんて書いてあるかはわからないが、そこに貼ってある写真は髪の色や耳がない事を除けばリンにそっくりであった。

 「マーレ!これって、リン!?」

 「似ているな・・・。名前を知っている事、そして謎の記憶、リンには何か秘密があるかも知れない。だが、今はそれを言うべき時じゃない。ウインドが攫われて、リンは自分の事を責めている。今はそっとしておいてあげるべきだ。

 フルール。お前もこの事は黙っていてくれ。話す時が来たら、私が話す」

 「わかったわ。・・・マーレ、あなたは責任感が強いし皆も頼りにしてるけど、一人で抱え込まないでね。何時でも私達に相談してくれていいのよ」

 「お前までそう言うのか?リンにも似た事を言われたぞ」

 「当然でしょ?私もリンも、マーレの事が大好きなんだから」

 「なっ!!!」

 マーレは顔も耳も真っ赤になった。嬉しさと恥ずかしさで、顔から湯気が出そうだった。


                  *

 

 船の後方には何かよくわからない物が付いていた。中に何かが入っている様で箱の様に見えるが、何の為に付いているのか見当も付かなかった。

 「何だこれ?」 

 「・・・これは、モーターだよ。記憶が確かならここを引っ張ると・・・」

 リンがモーターの取っ手を何度か引っ張るとまるで動物のいななきの様な大きな音がしてモーターが振動し始めた。

 「これで海を進めるのか。凄いな船って言うのは」

 リンはモーターを止めると五番目の家族と向かい合った。大きく頼りになる身体付き、乱雑に整えられた短い髪、獣の様に精悍な顔つきだが何処か抜けている様な愛嬌がある顔にも見える。しかし言動があれなので愛嬌と言うよりもムカつきの方があるかもしれない。

 「何だよ人の顔じっと見て?そんなに男が珍しいのか?」

 「・・・知識では理解はしているけど、実際に見るのは初めてだから」

 「俺も驚いてるよ。俺以外全員女なんだからな。偶然だと思うか?」

 「わからない。・・・でも、偶然でも意図的でもそんな事は関係ない。私達は家族だから。

 そう言えば、あなたは自分の名前は何にするの?」

 「名前?そう言えば決めてなかったな」

 「フルールもマーレも、自分が好きな事を名前にしたんだよ。あなたはどんな事が好きなの?」

 五番目の家族は黙って考えた。好きな事と言われても、昨日産まれたばかりなのだ。そう簡単に決まるとは思えない。リンの予想は考えた瞬間に呆気なく外れる事になった。

 「ファミーユだ。好きなものは家族だ。俺の名はファミーユだ」

 嬉しかった。会って一日の自分達を好きな、大切な家族と想ってくれているのだ。相手の気持ちを考えない遠慮のない性格だけど、本心は優しさと思いやりに満ちているのだ。だが、何故だろう?少し恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。

 「何だ?そんなに変な名前か?」

 「う、ううん!とってもいい名前だよ!」

 「ならよかったよ。リン、向こうの準備が終わるまでウインドについて教えてくれないか?今度会った時に突飛な行動で驚かない為にもな」

 多分冗談なんだろうが、まるで知っているみたいな言い方だ。リンは快く承諾し、ウインドについて事細かに説明をし始めた。

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