第5話 フルールとの一日
「おはよーーーー!!!」
ウインドの朝の掛け声と共に目を覚ました。寝起きには耳に響く声だが、そのおかげで確実に目を覚ます事が出来る。
昨日と同じ様に川で顔と身体を洗い朝食を食べた。食べ終わった後少し食休みをして、ウインドは家の見回りと探索に出かけ、マーレは海に魚を捕りに出かけた。二人を見送ってフルールは川で顔と身体を洗い出した。
「・・・ちょっと細いかな」
フルールの体格は他の三人と比べて少しばかり細く見える。自分達も目に見えたゴツイ身体つきと言う訳ではないが、一目でわかるぐらいの筋肉質な身体付きはしている。細マッチョと言う奴だ。
身長で言えばフルールの方がウインドより高いが、多分身体機能ならウインドが勝るだろう。フルールはまるで、名前通り「花」の様に感じられた。
「あら、どうしたのリン?そんな所でじっとして」
リンが見ている事に気づいたフルールが川から顔出して尋ねて来る。水で濡れている姿は何とも言えない色気があった。ウインドが可愛いなら、フルールは可憐と言う言葉が良く似合う。
「今日はフルールと一緒に過ごそうと思うの。フルールの事もっとよく知りたいし。駄目かな?」
「いいに決まってるでしょ。私もリンの事もっとよく知りたいと思ってたの」
川から上がったその裸体は、少し力を込めたら折れてしまいそうだ。花の様な儚さを感じる。
「・・・私、細いでしょ」
「あ・・・えっと・・・」
「いいのよ、気を使わなくたって。どういう訳か私だけ、皆より身体付きが弱く生まれたの。生きて行くには十分だけど、どうしてなんだろうって時折思うの・・・」
何処か辛そうにフルールは言った。その気持ちはリンもよくわかる。自分だけ名前や他にない知識を持っているが故の疎外感と孤独感、フルールも同じ様に身体付きが弱い事で疎外感と孤独感を感じているんだ。
着替え終わったフルールが「いい物見せてあげる」と言い木に登った。・・・ウインドに比べると二倍ぐらいの時間が掛かっている。降りて来たフルールの手には大きな木の実が握られていた。細い繊維が複雑に絡み合った実だ。
「この木の実には甘い汁がたっぷり入ってるの。疲れている時は水じゃなくてこっちを飲む事が多いのよ」
次に見せてもらったのは気の葉っぱで編まれた籠の中に入った沢山のきのこだ。
「ウインドが山で見つけて取った来たきのこよ。色や色とか色んな色のきのこがあるけど全部食べられるのよ」
「食べられないきのこはどうやって見分けるの?」
「臭いで見分けるのよ。どんな臭いかは・・・異臭?としか言えないわね。嗅覚や聴力は私も皆と同じだから。
捕って来た魚は基本その日に食べちゃうけど、同じものばかりじゃ飽きちゃうから干物も作ってるのよ」
川の傍にある岩の上に血抜きされた魚の開きが置かれてある。よく日が当たるし、木の蔓で作られた網が掛けられているから鳥に食べられる心配もなさそうだ。
その隣には草で編んだ皿が置かれており、様々な葉や花が乾燥させられている。
「これは何でこうしてあるの?」
「それをお湯に入れると味が染み込んで美味しくなるし、頭痛やストレスが和らぐのよ。気が落ち着いて気分も晴れるし、自然の恵みに感謝しなくちゃ」
「・・・全部、フルールが飲めるかどうか確かめたの?効果も?」
「そうよ。中には苦くてとても飲めない物や吐き気がした物や逆に頭痛が起こる物もあって大変だったけど、私達は身体が丈夫だからそのぐらい平気よ」
平気と言うが、フルールは見ただけでも自分達に比べて身体付きが弱い。それはひいてはひ弱と言う事にもなる。誰もやりたがらないであろう事を、一番身体が弱いフルールが率先してやった。リンはフルールから尊さを感じた。
リンの気にしすぎで、内面的には自分達と変わらないかもしれないがリンがそれを知る術はない。
「この草の籠や網も私が作ったのよ。よく出来てるでしょ?」
「う、うん」
追い打ちとばかりに告げられた事実にリンは真顔で返事をするしかなかった。
「今日はこれから籠を背負って崖を登って木の実を採りに行くけど、リンも一緒に来る?」
「行きます!手伝わせてください!」
突然のリンの畏まった態度にフルールは目を瞬き、可笑しそうに苦笑した。
「おかしな子ね。でも、元気なのは良い事よ」
用意された肩で背負える草で編まれた籠。一体これを作るのにどれだけの労力と時間が掛かったのだろうか?リンには見当も付かなかった。
寝室の森の川から真っ直ぐ進むと垂直の崖に着いた。この崖の上が昨日ウインドと探索した場所だ。あの時は気づかなかったが、この崖はかなりの高さだ。
「そうだわ!リン、昨日はウインドと一緒に家を見て回ったんでしょ?ならもう家の見取り図を見てもいいわよね。こっちの岩壁に彫ってあるから付いてきて」
そう言われて案内されたのは岩壁に隣接する形で作られた簡素な木の小屋だ。所々隙間があるが雨や風をしのぐには充分だろう。その小屋の岩壁に家の見取り図が彫ってあった。
自分達が暮らす場所だから家と呼んでいるが、本来は島と呼んだ方が正しいだろう。家の南側の三分の一は崖下に森が広がっていて、川の西側に自分達の寝室の森がある。あの大瀑布は自分達がいるすぐ傍であり、主に西側を中心に生活をしている様だ。浜辺は家の北の方まで続いているが、東の方は昨日見た様に断崖絶壁であった為北の途中で途切れてしまっている。家全体を森が覆っており、昨日登った頂上と思われる場所に丸い印が付いている。丁度家の真ん中あたりだ。
「上から見た訳じゃないから正確じゃないし、彫る時にズレちゃってるかもしれないけど、家で行動するときの目安にはなるでしょ」
「・・・これも、フルールが?」
「ううん。これは皆で作ったのよ。私は崖の下を調べて、ウインドは崖の上と山を調べて、マーレは泳いで家の形を調べたのよ」
「そうなんだ」
リンは何処かホッとした。むしろ危険が伴い時間が掛かる事を皆で力を合わせてやった事に強い絆を感じた。
その後岩壁を登った。昨日登った事で自信が付いたリンはスイスイと数分で登って行ったが、フルールは登りきるのに十数分掛かった。
「やっぱりリンも登るの速いのね。待たせちゃってごめんね」
「全然いいよ。木の実取りに行こう!」
*
大体一時間ぐらい木の実の採取を続けリンとフルールは崖下の住まいに降りて来た。これらの木の実は調味料や食材になるらしい。それを自分で調べつくしたフルールにはもう頭が上がらなかった。
一時的に小休止をする事になり、甘い汁が詰まっていると言う木の実の繊維を喰いちぎり二人で飲みながら海を眺めていた。
「今もマーレは海に潜って色々なものを感じているのよね・・・」
「色々なものって?」
「生命の揺り籠、包み込む海、マーレはそう言ってたわ。でも、本当に何を感じているかはマーレにしかわからないから」
「フルールは泳がないの?」
「私は駄目よ。三十分しか潜っていられないし、何時間も泳いでいられる体力もないわ。ウインドやリンみたいな身体能力もないから、家の中を見て回る事もないし・・・」
フルールは何処か寂しそうに、自分を卑下している様に言った。
「・・・・・・私ってなんで劣ってるんだろう?マーレみたいに皆を引っ張る力もないし、ウインドみたいな行動力もないし・・・・・・落ちこぼれよね。皆より身体能力が劣ってるし、出来る事とと言えばこんな事しかないのよ。
どうして私だけこんなに弱く産まれたの?私は生きて行く価値があるの?」
「フルール!」
フルールが何故そんな事をリンに話したのかわからない。もしかしたら心の内に抑圧されていた思いが意図せず湧き上がったのかもしれない。途中から、まるで独り言の様に呟いていた。
「リン・・・?」
「そんな事言わないで!誰にでも良い所も、得意な事もあるんだよ!得手不得手は誰にでもある!皆フルールに感謝してるんだよ!私も!生きて行く価値があるとかないとか、そんな命を粗末にするようなこと言わないで!生きる事に意味があるんだよ!」
「・・・・・・どうして?生きる事にどんな意味があるの?」
「フルール・・・私達は家族でしょ?誰一人も誰かの事を役立たずなんて思っていない、劣っているなんて考えてもいない。フルールがしている事は他の誰でもない、フルールにしか出来ない事でしょ?
私も皆も、フルールにずっと支えられてきた。優しくて、暖かくて、皆の事を安心させてくれるお母さんみたいに。・・・・・・お願いだから、そんな事言わないで・・・。ずっと一緒にいてよ・・・・・・」
リンは泣いていた。どうして泣いているのか自分でもわからなかった。ただ、心の奥底から悲しみと恐ろしさが湧き上がっていた。
涙を流すリンの言葉を受け、フルールは泣いた。そしてリンの事を抱きしめた。リンもフルールの事を抱きしめた。
「ごめんね・・・。そうよね、私達は家族だもの。誰一人も欠けちゃいけないものね。こんなこと言ってごめんね・・・」
「ううん・・・立ち直ってくれたらそれでいいの・・・」
「・・・・・・私、ずっと気にしていた事なの。誰にも言うつもりはなかったけど、リンには話したくなったの。
リンは、私の事をお母さんみたいって言ったけど、私はリンがお母さんに思えたの。だからかしらね・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます