第4話 ウインドとの一日
「リン!私と一緒にこの家を見て回ろうよ!」
朝ご飯が食べ終わると同時に開口一番ウインドがそう言った。
「やっぱり自分の暮らす家なんだから知っていた方がいいでしょ?」
「・・・そうだね。私も、色んな事を知りたいし」
「それがいいだろう。身体の動かし方にも慣れておいた方がいいだろうしな」
マーレも機嫌よく勧める。身体の動かし方、丈夫だったり力が強かったりするのは今までの会話で察しているが、それはどの程度なのだろう?家の探索でそれも把握しておこう。
「なら、家の見取り図が向こうの石壁に」
「駄目!」
鋭い声で制したウインドに全員が身体を硬直させた。
「先に何があるか知ったらつまらないよ!どんな事でも知らないから初めての感動があるんだよ?だから見ちゃ駄目!」
「それはそうだろうけど・・・」
「行こうリン!凄いものを沢山見せてあげる!」
ウインドはリンの手を握って森の外に向けて走り出してしまった。リンは苦笑いを浮かべながらも、ウインドに感謝と尊敬の念を抱いていた。
「元から元気な奴だが、昨日と今日で今までの三倍は活力的になってないか?」
「自分に付いてきてくれそうな妹が出来て嬉しいのよ。私は、とてもウインドに付いていけないから・・・」
フルールは何処か申し訳なさそうで、暗い影を顔に落している。
「お前はお前だ、フルール。誰にでも得手不得手はある、ウインドもそれはわかっている。初めてお前と顔を合わせた時、リンの時の様な強引さはなかっただろう。お前の良さは誰よりもウインドがわかっている。天性の才と言うべきか、あいつはそう言うのを見極めるのが得意なんだ。
リンの良さにも気づいたんだろう。だから島を見せて回ろうとするんだ。それがお前の為にもなるからな。自分にとって都合のいい者が一番の家族ではないだろう?」
わかってはいる。わかっているが、だからと言って卑屈になれずにいられるだろうか?考えない様に、気にしない様にすればするほど意識してしまう。そんな負の思いを抱いている内は、本当の家族には慣れない様な気がして真っ黒な塊の中にいる様な気持ちになる。
誰にでも得手不得手はある。今はそう思う事で前を向く事にしよう。だが、いつかこの気持ちを誰かに話さなければならないだろう。だが、一体誰に?
*
ウインドに連れられてやって来たのは、大瀑布だった。今日も変わらず水が大きな音を出して流れ落ちている。
マーレの話しによると、ここは自分達が産まれた大事な場所であると同時に立ち入りがたい雰囲気があるから今ではウインドしかここに近づかないらしい。確かに余計な事をしてあのガラスが割れたりしたら一大事だ。
「ちょっと待ってて」
そう言い残しウインドは機械の中に入って行き、数分後残念そうに出てきた。
「今日はまだ産まれてないみたい。フルールが産まれて半年経ってリンが産まれたのに、時間が掛かるんだね」
最後の一人、五番目の子。一体どんな人なのだろう?
ウインドは滝の奥にリンを連れて行くと、何処かに繋がる様な穴があった。しかし天井が崩れたのか岩で塞がってしまっている。
「しょうがないな。ちょっと離れてて」
そう言うとウインドは腕に力を込め全力で岩を殴りつけた。その衝撃で岩にヒビが入って行き最後には粉々に崩れ去った。
「凄い・・・」
「リンもこれぐらい出来るよ。さ、中に入ろう!」
こんな事簡単に出来る事だったのか?知識がある分、岩を素手出て壊せるのか目の前で見ても懐疑的だった。
滝の裏の洞窟に入ったリンは、余りの幻想的な光景に思わず「わぁ・・・」と呟いた。色とりどりの石が僅かに差し込む日の光で煌びやかに光り輝いている。赤色であったり緑色であったり青色であったり、この世とは思えない不思議な光景だった。
「凄いでしょ~。ここを一番最初に見つけたの私なんだ。マーレは神聖な場所って言ってたけど、私はそうは思わないな。これは自然が作り出した光景、ありのままの美しさがあるんだよ!変な理屈とかそう言うのは必要ないの」
そうだ。この素晴らしい光景に理屈も説明も理論も解釈も必要ない。誰の手も借りず自然が生み出した芸術、そこに言葉は必要ない。
ウインドの案内の元、リンは洞窟を進んで行った。薄暗くてもキラキラと光る石に目を奪われて何度か転びそうになりながらも、洞窟の一番奥に着いた。
そこだけまるで刳り貫かれた様に大きな穴の開いた壁があり、断崖絶壁から望む景色は恐ろしくも絶景だった。
「ここの岩壁を登るよ」
「登れるの!?」
「怖いの?大丈夫大丈夫!リンなら平気だって!なら私が後から行くから、何かあったらリンを助けるよ!」
崖を登れると言うのは今までの話しから察しは付いていたが、それが自分でやるとなるとやはり恐ろしい。理性が拒む、出来る訳がないと。しかし自分もウインド達と同じはずだ。だったら出来るはずだ。
今の自分の素直な気持ちは、ウインドに付いて行きたいだ。大きく深呼吸をして、岩壁に手を掛けた。爪が突き出した岩肌にかかり、指に力を込めると「ビキッ」という音がした。見て見るとそんなに力を込めた訳じゃないのに指が岩肌にめり込んでいる。
「・・・・・・」
自分で自分が信じられなかった。これ程の力があるなんて、誰が想像できるだろうか?何だか自身が沸いてきた。脚も岩肌に引っ掛けて指先と腕に力を込めて登り出す。一度だけ脚の指を乗せた石の出っ張りが崩れて落ちそうになったが、右手を岩肌に叩きつけると指が突き刺さって落下が止まった。
十分もしない内に登りきった。全く息が切れていない自分が信じられない。凄い事をしたはずなのに、大したことじゃない様に思えてならない。リンのすぐ後にウインドも登って来た。
「速い速い!凄いよリン!」
おそらくウインドにとっては普通の事だろうけど、純粋に褒めてもらえるのが嬉しかった。
「・・・これって、普通の事なんだよね?」
「普通って?」
「岩を壊したり、断崖絶壁の岩壁登ったりするの」
「うん。海の中に一時間も潜れるし、物音も良く聞こえるよ。例えば・・・」
僅かに耳を澄ませるとウインドは近くの木にまるでリスかトカゲの様にするすると登り何かを持って降りて来た。それは鳥の巣で、卵から孵った雛たちが「ピィピィ」と鳴いている。
「こういう小さな物音にも簡単に気づけるの。驚かせてごめんね、今戻すからね」
恵まれている。この自然溢れる家で暮らしていくのに、自分達は余りにも恵まれた身体機能を有している。これは、自分達が元からこういう種族だったからだろうか?それとも、意図的に与えられた・・・?
「行こうリン!山に登ろうよ!」
「う、うん!」
この疑問は、誰にも言わないでおこう。そもそも、自分達がどういう存在かなんて気にする事じゃない。幸せならそれでいい。家族もあと一人増えるんだ。余計な事を言って皆を不安がらせる事はない。
今自分達がいる場所はあの大瀑布の上の場所だろう。暮らしている森の木々に比べると葉っぱが小さくて密集している。延々と山を登っていくが驚く程に疲れない。身体がもう覚えているのかすいすいと動いていく。初めて登る山なのに、何度も登ったみたいだ。
「疲れた?」
「・・・疲れてない」
「やっぱりおかしいと思うよね。マーレも不思議に思ったみたいだけど、私は気にしないよ。だって、どんなに凄い力を持っていても私は私、皆は皆だもん。
だからさ、そんな小さな事気にする必要ないって。これから見る景色見たら、そんな事もどうでもよくなっちゃうよ」
その言葉の意味を、リンはすぐに知る事になる。山を登り始めてニ十分もしない内に頂上に着いた。
遮るものが何もない、何処まで続くのかわからないぐらい広大無辺の海原。大きい、余りにも大きい。自分と言う存在が如何に矮小でちっぽけな存在なのか思い知らされる。
一呼吸で海に一時間潜っていられる?素手で岩を壊せる?岩肌に指を突き刺して登れる?山に登って息切れをしない?それがどうした。身体能力が優れているから特別な存在か?そんな事が出来る動物なら他にもいるはずだ。
自分の傲慢さが思い知らされる。「そんな事で悩んでどうする?お前はこの地上に生きる動物にすぎない。思い上がりも程々にしろ」そう言われている様だ。
「絶景でしょ?私、ここで風を浴びながら海を眺めるのが好きなんだ。私も風になって何処かに飛んで行きそうで」
「うん・・・。悩んでいたのが馬鹿みたい。自分の事を気にしててもしょうがないよね」
「気になるのはしょうがないと私も思うよ。だって産まれるのって、お母さんからだもん。もしかしたら私達って何か秘密があるのかもしれないけど、そんな事知ったって意味ないもん。だって、ずっとここで暮らしていくんだよ?気にしても意味ないでしょ・・・」
最後の方、何処か虚しい様な寂しい様な感情が含まれていた。風に吹かれるウインドの横顔は何時もの無邪気で陽気で小動物の様な愛らしいものではなく、物静かで哀愁を漂わせた大人の顔だった。
「ウインド・・・?」
「・・・・・・家族だけどね、私、秘密にしてる想いがあるんだ。リンにだけ教えるね。
私、この家を出てみたいって思ってるの。この海の向こうに何があるのか、気になって気になってしょうがないの。風みたいになって、何処までも自由になりたい。
でも、私は皆と離れたくない。私の勝手で迷惑をかけたくない。ずっと皆と一緒にいたいし守っていきたい!大切な、家族だから・・・」
ウインドは涙を流していた。リンには広く思えるこの家も、ウインドにっては狭いのだ。風になって何処までも自由に生きていたい。きっとそれがウインドの本音だ。
海の向こう。そこには何があるのだろうか?リンはイメージしてみた。すると頭に出てきたのは、真っ暗な場所で木を燃やしてはしゃぐ猿の姿だった。
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