第3話 朝の過ごし方

 落ち着けなかった。興奮していたのは確かだが、中々寝付けなかった。寝なきゃいけないと思っていると、ますます目が冴えてくる。

 戸惑いか、違和感か、自分がつい昨日まであの不透明な水の中で過ごしていたからか固い地面に馴染めないのか。そうこうしている内に夜空がぼんやりと明るくなり、水平線の彼方から太陽が顔を出した。

 「・・・・・・」

 知らぬ間に身体が起き上がり、朝日を眺めていた。感動、ただそれだけだった。言い表す言葉は何も出てこない、感極まった時に、人は無心となる。気づかない内に涙を流し始めていた。それは、太陽の光が眩しいからではなかった。

 何時間そうしていたか。気が付けば太陽は空の上へと昇っていた。

 「おはよーーーー!!!」

 「ひゃあ!!?」

 突然の大声にびっくりして悲鳴みたいな声を上げてしまった。ウインドが朝の挨拶を大声で上げたのだ。

 「ビックリした!リン早起き・・・朝日を見てたの?」

 「うん。とても・・・綺麗だった」

 「私もそうだったよ!初めて見た朝日って感動するよね!」

 感動。そう、あれは感動・・・・・・だろうか?むしろ至福の面持ちだったような気がする。まるで夢が叶って感極まった様な・・・・・・

 「どうしたの?」

 何処か上の空になったリンを見てウインドが不思議そうに聞いてきた。

 「・・・あ、何でもない。ちょっと寝不足なだけだよ」

 「当然だ・・・。遅くまで起きていたんだからな・・・」

 寝ぼけ瞼を擦りつつマーレが目を覚ました。欠伸をしながらフルールも起き上がる。

 「どうしてお前は睡眠時間が短くて平気なんだ・・・?」

 「わかんない。元気だからかな?」

 「元気が一番よ。それじゃあ朝ご飯を作りましょう」

 昨日産まれた自分にとって、今日から本当の意味で生きて行くんだ。この感覚、何だろう?心の奥底からざわざわする感じ、身体が疼いてじっとしていられない。緊張?興奮?だけど、何をすればいいのかわからない。

 マーレはすぐ傍の川に浸かり顔と身体を洗っている。ウインドは川に飛び込んで寝起きとは思えない程はしゃいでいる。そんな二人の様子を微笑ましそうに眺めながらフルールが魚を爪で腹を裂いている。

 「リンも川で顔と身体を洗ってきたら?眠気が取れてスッキリするわよ」

 「フルールは?」

 「私は食べ終わった後にするから気にしないでいいのよ」

 何となく申し訳ない気持ちもあるが、このままここにいても気まずいだけだ。素直に言う事に従う事にしリンは川に向かおうとした。

 「・・・嬉しいわ」

 不意の呟き。リンが振り返るとフルールは目を閉じて胸に手を当てていた。

 「本当の自分の名前を持てた事、凄く嬉しいの。そして名前で呼ばれる事も。かけがえのない大切な自分だけのもの、それを与えてくれたリンには本当に感謝しているの」

 「そ、そんな事・・・」

 どう反応していいのかわからなかった。そもそも自分がどうして自分の名前を知っているのかも知らないのだ。同じ場所から産まれたはずなのに自分だけが違う存在の様な孤独感、そんな気持ちになる名前はむしろ疎ましいと感じていたのだ。

 「そんなよそよそしくしなくてもいいのよ。私達はもう家族なんだから。流石にすぐには馴染めないと思うけど、今日一日過ごせばすぐ打ち解けるわよ。

 変に気を遣おうとしなくてもいい、自由でいいのよ。裏表なく正直な気持ちでいる事が一番よ」

 暖かい。フルールは本当に花の様に穏やかな人だ。知識としてある母親のイメージに近い、優しくて心の支えになってくれる。

 思うがままに行動すればいい。なら、思いっきり川に潜ってみよう。意味はない、そうしたいと直感で思っただけだ。

 「ありがとうフルール!私、自分の気持ちに正直になるよ!」

 「どういたしまして。もう少ししたら出来るから余り遠くに行かないでね」

 産まれたばかりと言うのもあった。どんなに親しくされても会って一日も経っていないのでは他人行儀になってしまう。

 無理は駄目だが、自分から馴染もうとしないのはもっと駄目だ。家族、だったら素直に正直な気持ちを出すのに何の遠慮がいるものか。

 服を脱いで川に入るとひんやりとしていて気持ちよかった。岸の方は浅いが川の中心は意外なほど深かった。リンに気づいたマーレが顔を向けた。

 「・・・よし、ちゃんと服を脱いで入っているな」

 「脱がない方がいいの?」

 「そんな訳あるか。脱いで入るのが正しいんだ。それなのにウインドときたら・・・」

 川で派手な水飛沫を上げて泳ぎまくるウインド、よく見ると服を着たままだ。

 「・・・何で?」

 「脱ぐのが面倒だそうだが、大切な衣服なのにどうしてあんなに乱雑に扱えるんだ?代えは無いのはわかっているはずだ。やはりもう一度キツク言い聞かせつべきか・・・」

 マーレはウインドが衣服を大切にしていない事を怒っている様だ。リンはゆっくりと泳ぎながらウインドの傍に近づいた。

 「あ、リン!ねぇねぇ、どっちが長く潜っていられるか勝負しない?」

 「私達が潜ってたら何十分も経つと思うよ?フルールがもう少ししたら朝ご飯の用意が出来るって言ってたし駄目だよ」

 「ちぇー」

 頬を膨らませて拗ねる姿に小動物の様な愛嬌を感じずにはいられない。何故か抱きしめたくなったがグッと我慢した。

 「ウインド、どうして服を着たまま川に入るの?傷つくし、痛んじゃうと思うよ?」

 「・・・ははぁ、マーレが何か言ってたんだね」

 「うん」

 「わかってるよ。こういう事をしちゃいけないって。でも、大切な物だからずっと身近に置いておきたいんだ。だからずっと着てたい、私の自己満足だけどね。

 マーレもフルールも、それにリンも、私の大切な家族だから、ずっと傍にいてほしいんだ」

 その言葉にリンは違和感を感じた。

 「離れなきゃいけないの?」

 「あ、いや、そう言う事じゃないの!ええっと、その・・・・・・あ!良い匂いだよ!朝ご飯が出来たみたいだから行こうリン!」

 そう言ってウインドは凄い速さで岸まで泳いでいった。疑うつもりはないが、秘密があるのは変だ。その背中を静かに見つめ、リンもゆっくりと岸に向かって行った。

 そう言えば、昨日焼き魚を食べたからか余りお腹が空いていない。

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